2023年01月16日掲載
医師・歯科医師限定

【第81回日本癌学会レポート】Non-MDの立場から見たがん研究の意義と課題(3600字)

2023年01月16日掲載
医師・歯科医師限定

公益財団法人がん研究会 がん化学療法センター 分子生物治療研究部 部長

清宮 啓之先生

がんは、過去41年間にわたって日本人の死因第1位に君臨する、病の“絶対王者”的な存在だ。それゆえ「がん研究」には、人生をかけて対峙する価値があると清宮 啓之氏(公益財団法人がん研究会 がん化学療法センター 分子生物治療研究部 部長)は説く。清宮氏は第81回日本癌学会学術総会(2022年9月29日〜10月1日)の特別企画において、薬学専門の立場から見たがん研究の意義について講演を行った。

我が国におけるがん研究の位置づけ

がん医療を考えるにあたり、まずは2018年の閣議決定『第3期がん対策推進基本計画』を紹介したい。がん患者を含めた国民が、がんを知り、がんの克服を目指すうえで、がん予防・がん医療の充実・がんとの共生という3分野の発展が必要だとして具体的な施策が掲げられている。さらにこれらを支える基盤として、(1)がん研究、(2)人材育成、(3)がん教育・普及啓発が必要だという。私のような薬学研究者は「がん研究」や「人材育成」によって薬物療法の発展や医薬品の早期開発・承認に貢献し、がん医療の充実につなげることが使命だと考えている。

清宮氏講演資料(提供:清宮氏)

がんの基礎研究――“テロメアパラドックス”の解明

がん研究は、がんの本態解明を目指した基礎研究と、がん医療としての実用化を目指した応用研究に大別される。まずは、私が取り組んできたテロメアと、がんの結び付きに関する基礎研究について紹介したい。

テロメアとは真核生物の染色体の両端に存在し、末端を保護する役割を持つ構造体のことである。通常、細胞が分裂を繰り返すごとにテロメアは徐々に失われていき、これが限界に達した細胞は老化を起こすか、死滅する。つまりテロメアには、異常な増殖性を持った細胞のがん化を未然に防ぐ役割がある。しかし、がん細胞ではテロメア合成酵素(テロメラーゼ)が活性化しており、この酵素のはたらきによってテロメアが安定に維持される。これによりがん細胞は無限に分裂できるのだ。当初私の研究目的は、このテロメラーゼの制御機構を詳しく理解するとともに、その阻害薬を開発することであった。

がん細胞のテロメア動態を詳しく解析していくうちに、いくつかの矛盾と出合った。まず、がん細胞の本質は無秩序かつ無制限に分裂を繰り返して増殖することであるとするならば、テロメアは長いほうがよいはずだ。しかし実際は、がん細胞のテロメアは短く維持されていることが多い。また、テロメアを構成する5’-TTAGGG-3’の反復配列は、ヌクレオソーム形成に高いエネルギーを必要とするため、本来は熱力学的に不利なはずであるが、長い生命進化の過程でなぜか、この配列が忠実に保たれている。

私たちはこれらの矛盾を“テロメアパラドックス”と呼び、その謎を解明するべく研究を行ってきた。私たちの研究では、テロメアを過度に伸長したがん細胞では、テロメアから転写されたRNAがグアニン4重鎖と呼ばれる高次構造を取り、これが本来腫瘍内で高まるはずの遺伝子発現を抑制することが分かってきたのだ。このような例で示されるとおり、がんの基礎研究は、一見必然的でないようにみえる細胞内のイベントが実は、精緻な合理性に裏打ちされている、という面白さに触れられる学問である。

がんの応用研究

現在は、がんとテロメアに関する基礎研究で得た成果を治療に結び付けるべく、創薬応用研究に注力している。一例として、2011年に文部科学省ならびにAMED(Japan Agency for Medical Research and Development/国立研究開発法人 日本医療研究開発機構)の次世代がん研究シーズ戦略的育成プログラム(P-DIRECT)として採択され、以降は同機構の次世代がん医療創生研究事業(P-CREATE)、革新的がん医療実用化研究事業へと継承されてきたタンキラーゼ阻害薬の開発研究を紹介する。これは、理化学研究所 創薬・医療技術基盤プログラムとしても進めてきた創薬プロジェクトだ。

清宮氏講演資料(提供:清宮氏)

タンキラーゼはタンパク質のポリ(ADP-リボシル)化という翻訳後修飾を司る酵素であり、もともとはテロメラーゼのはたらきを促進する因子として発見された。タンキラーゼは、がん細胞の増殖や免疫逃避を促すWntシグナルの増強にも関わっており、本開発研究は、私が米国留学時代から行っていたタンキラーゼの構造、ポリ(ADP-リボシル)化に関する基礎研究を応用させる形で展開してきた。現在は、患者層別化バイオマーカーの妥当性を検証するとともに、開発候補薬RK-582のGMP原薬製造、そして治験準備へと向かっている段階だ。軸足を基礎研究に置きつつも、ただちに応用・開発研究につなげられる点はがん研究が持つ大きな魅力の1つだ。

がん研究における今後の展望

創薬は探索研究、開発研究を経て臨床治験という長い道のりを進むことになるが、その源流として基礎研究が欠かせない。がんをピンポイント攻撃する分子標的治療では特に、ターゲットPOC(proof-of-concept:薬効の論理的な裏付け)を達成し、ドラッガビリティ(薬剤の作りやすさ、実現可能性)を確保したうえで、薬剤の有効性が期待される患者さんを事前に識別するバイオマーカーを明らかにすることが重要である。これらの基盤となるのは基礎研究である。また、開発技術の進歩やデータ・リソースの充実化、モダリティの多様化を推進することで、がん創薬研究はさらなる進歩を遂げてゆくだろう。

がんの本態解明が進むなかで、治療の標的分子をどのように設定すべきだろうか。2022年1月にHanahan博士とWeinberg博士による“Hallmarks of Cancer”が改訂され(最新の改訂版はHanahan博士による単著)、がんに関わる重要な要素として「可塑性」、「エピジェネティクス」、「マイクロバイオーム」および「老化細胞」の4項目が追加された。これらは、今後のがん創薬における新たな突破口になると期待される。

創薬研究の現場では、そのフェーズごとにさまざまな外部の担当者と関わることになる。特に開発研究(非臨床試験)から臨床試験の段階においては、CRO・企業関係者から医師・統計家・治験関係者、法務・知財・薬事の担当者に至るまで、自身の知識が及ばない分野の関係者と綿密に議論を重ねていかなければならない。全体を統括する担当者も必要だ。今後アカデミア発の創薬研究を発展させていくうえで、効率的な外部連携や組織構築のあり方についても考えていく必要がある。

清宮氏講演資料(提供:清宮氏)

がん研究を担う人材を育成するために

最後に人材育成を語るにあたって、まずは本庶 佑先生が掲げた、優れた研究者になるための6つのCを紹介したい。本庶先生いわく、研究には「勇気(Courage)」「自信(Confidence)」「好奇心(Curiosity)」を持って「挑戦(Challenge)」し、「集中(Concentration)」して「継続(Continuation)」することが重要だという。研究者とは未知なるものを求める冒険者のような存在なのだ。

近年はコロナ禍のため中断しているが、私の研究室ではアウトリーチ活動の一環として多くの中高生の見学を受け入れてきた。私はその時いつも、本庶先生の言葉とともに、好奇心を頼りにどこまでも追い求めていける「研究」の魅力を伝えている。実際、私たちの研究室は「自由であること」を研究の本質としており、東京大学や明治薬科大学などの連携大学院生の研究テーマを決める際は、まず各人の興味が尊重される。当研究室は基礎科学と応用実学両方の分野に跨がるように研究を行っており、卒業生は大学、公的研究機関、製薬企業、規制当局などさまざまな分野で活躍している。今後も個々の学生の自主性を重んじることで彼ら/彼女らの主体性とリーダーシップを養い、どのような舞台でも活躍できる柔軟性のある人材を育成していきたい。

一方で、人材育成面での大きな課題として、少子高齢化によってがん医療の未来を担う若者が減少していることが挙げられる。また、個々の研究の規模が急速に拡大しており、キャリアアップのために必要な「個」の研究と、プロジェクトの目標達成に必要なチームサイエンスとのバランスも大きな課題である。さらに、企業との共同研究では学会や論文などの対外発表が制限されることも少なくない。これは、論文発表が学位取得の必須要件になっている博士課程の学生にとっては、まさに死活問題である。知財を保護しながらも、研究者が望むタイミングで研究成果を報告できるような仕組みを工夫・構築していくことが必要である。

講演のまとめ

  • 40年以上にわたって日本人の死因トップを占める「がん」は、私たちの生活・社会・科学に対する問題提起そのものである。
  • がんの基礎研究には、一見必然的でないようにみえる生命現象にも精緻な合理性を見出すことができる面白さがある。
  • 革新的がん創薬には、基礎研究とそれを加速する技術開発が不可欠であり、実務レベルでは外部の適切な専門家と有機的に連携できる能力・体制が鍵となる。
  • 次世代を担う人材育成のためには「個の研究とチームサイエンス」および「知財保護と対外発表」のバランスを考えながら戦略を立てる必要がある。

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