2022年11月07日掲載
医師・歯科医師限定

【第94回日本胃癌学会レポート】胃がんに対する外科治療の課題と展望――薬物治療と組み合わせた個別化医療の発展(2400字)

2022年11月07日掲載
医師・歯科医師限定

がん研有明病院 病院長

佐野 武先生

2018年に発表された最新のデータによると、日本国内には12万4,100人の胃がん患者が存在する。そのうち約60%は初回治療として外科手術(外科的治療/鏡視下治療)や内視鏡手術が選択されている。胃切除数は年々減少しているものの、術後の合併症は増加しており、今後の課題となっている。胃がん治療における外科手術の位置づけは、今後どのように変化していくのだろうか。

今回佐野 武氏(がん研有明病院 病院長)は第94回日本胃癌学会総会(2022年3月2日~3月4日)における会長特別企画の中で、胃がん領域における外科手術の現状と今後の展望について講演を行った。

胃がん治療の実際

術後合併症は増加傾向に――患者の高齢化、腹腔鏡下手術の急速な普及との関連か

National Clinical Database(NCD)が発表した2011~2019年の資料を見ると、幽門側胃切除術や胃全摘術といった代表的な胃がん手術は、毎年3~5%ずつ減少している。にもかかわらず、Clavien-Dindo分類IIIaからIVに該当するような術後合併症は増加傾向にある。

この理由として、第一に患者年齢の変化が挙げられるだろう。幽門側胃切除術では、わずか9年間でも高齢層の割合の増加が明らかであり、2019年のデータでは手術患者の半数以上が70歳を超えていた。一方で、60歳未満で手術を受ける割合は十数%ほどとなっている。

佐野氏講演資料(提供:佐野氏)

また、腹腔鏡下手術の急速な普及が合併症増加につながっている可能性もある。NCDは国内手術の95%以上が登録されているReal World Dataであるが、幽門側胃切除術における腹腔鏡下手術の割合は、2019年時点ですでに半数以上を占めていた。今後、早期がんのみならず進行胃がんでも積極的に用いられると思われるが、トレーニングや実績不足による合併症増加が起こらないか不安が残る。

さらに、食道切除術や肝切除術、膵頭十二指腸切除術は9割以上が学会認定施設・認定医によるものであるのに対し、胃全摘術や結腸切除術はいまだ2割ほどが認定を受けていない一般病院・一般外科医によって行われていることも明らかとなっている。

外科手術の限界――適切な薬物療法を併用する重要性

そもそも、胃切除術による予後改善効果はどれほどあるのだろうか。胃がん分野では、大動脈周囲リンパ節郭清に関する研究(JCOG9501)や食道浸潤胃がんにおける左開胸下の切除・郭清に関する研究(JCOG9502)、上部進行胃がんへの胃全摘術における脾合併切除に関する研究(JCOG0110)、進行胃がんに対する網嚢切除に関する研究(JCOG1001)など、過去20年間にわたって大規模ランダム化比較試験が行われてきた。しかしながら、いずれにおいても対象群に対する優越性は証明されず、JCOG9502では開腹+開胸手術のほうが開腹のみの手術よりも生存が劣る傾向まで示された。このように、手術による予後改善は行き詰まりの状態となっている。

一方で補助化学療法は着実に進歩している。2000年以降に発表された米国のINT0116試験、ヨーロッパのMAGIC試験、日本のACTS-GC試験で、外科手術に補助化学療法を加えることによる明確なベネフィットが示されて以降、早期がんを除き胃がんを外科手術のみで治療する時代は終わった。さらに補助化学療法同士を比較する試験が世界各地で行われ、欧米では術前化学療法(NAC)が主流になっている。

ただし、根治切除可能な大型3型・4型胃がんに対する術前S-1・CDDP療法+手術+術後S-1補助化学療法の有用性を検討したわが国初の第III相試験(JCOG0501試験)では、標準治療である手術+術後S-1補助化学療法に対する優越性は認められず、NACの有用性を明らかにすることはできなかった。NACの適応は慎重に決めるべきである。

進行胃がんに対する集学的治療を整理すると、以下のようになる。

  • NAC:切除可能ながんに対して、根治性を高める目的で術前化学療法を加えること
  • コンバージョン手術:切除不能ながんに対して、化学療法が著効を奏し切除可能となったものを切除すること
  • サルベージ手術:切除可能ながんに対して、治癒を目指した非手術療法(化学放射線療法など)を行った後、遺残したがんを切除すること
  • 姑息/減量手術:切除不能ながんに対して、症状緩和もしくは予後延長を目的に行う非治癒手術


これらをきちんと棲み分けてエビデンスを積み重ねることが重要である。今後は、外科医による安全な手術と適切な全身療法との組み合わせによって患者の予後を改善していくことになるだろう。その点では、やはり認定医・認定施設での実施が望ましいと考える。

胃がん治療の展望

今後の胃がん治療についてまず考えられることは、腫瘍や患者の二極化が進むということだ。検査方法の進歩によって超早期胃がんが見つかる一方で、放置されてしまった進行胃がんへの対応がなくなることもないだろう。また、欧米化が進むなかで若年肥満者における噴門がんが増加する一方で、ピロリ菌と生きる超高齢者の下部胃がんにも対応しなくてはいけない。スキルスか非スキルスかの区別も重要である。このように、多様化する患者・腫瘍に応じた適切な治療が求められるであろう。

外科治療は、今後よりいっそう低侵襲化されていくことが見込まれる。ロボット手術の技術は着実に進歩していくはずである。内視鏡的切除は、さらに適応拡大が進むと思われる。

さらには、ゲノム解析や化学放射線療法、免疫療法などの進歩によって、集学的治療はより個別化されていくことになるだろう。

振り返れば、1960年代の胃がん治療は手術しか選択肢がなかったが、1980年代後半には内視鏡治療や補助化学療法が登場した。そして現在は、内視鏡治療の適応が拡大する一方、補助化学療法が進歩したことで、外科手術単独で治療する対象は早期がんの一部に限られてきている。今後は免疫療法の著しい進歩により、薬剤の組み合わせのみによって完治する胃がんが出てくるかもしれない。そのような時代の流れのなかで、外科医はどのような役割を担い、どのような技術を磨くべきなのか、常に考えていく必要がある。

講演のまとめ

本講演のポイントは以下のとおりである。

  • 胃がん分野では定型的な外科手術が減少傾向にある一方で、術後合併症は増加傾向がみられる点に注意する必要がある
  • 今後の胃がん治療は、多様化する患者・病態に対し、外科治療と薬物治療の最適な組み合わせのエビデンスを構築しながら個別化の方向に進むはずであり、常に知識をアップデートする必要がある

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