2022年10月03日掲載
医師・歯科医師限定

【第53回日本動脈硬化学会レポート】臨床研究から考える血糖コントロールと動脈硬化対策(4000字)

2022年10月03日掲載
医師・歯科医師限定

千葉大学大学院医学研究院 内分泌代謝・血液・老年内科学 教授 / 千葉大学医学部附属病院 病院長 / 千葉大学 副学長

横手 幸太郎先生

糖尿病や肥満は健康寿命を短縮させるだけでなく、最近ではCOVID-19の重症化因子でもあり、健康な状態をできるだけ長く維持するために、包括的な管理が求められている。

横手 幸太郎氏(千葉大学大学院医学研究院 内分泌代謝・血液・老年内科学教授)は、第53回日本動脈硬化学会総会・学術集会(2021年10月23~24日・国立京都国際会館)のシンポジウムにおいて、「臨床研究から考える糖尿病の動脈硬化と予防」と題し、血糖コントロールが動脈硬化対策にもたらす影響について講演を行った。

血糖コントロールが動脈硬化に及ぼす影響

日本人の2型糖尿病患者に対して血糖やLDLコレステロール、血圧、体重などの包括的リスク管理を行うことで、細小血管障害のみならず大血管障害の抑制も可能であることが明らかになってきた。特に動脈硬化に対しては血圧や脂質管理が大きな影響を及ぼすことが示されている。現在、日本動脈硬化学会で改訂を進めているガイドラインにおいても、特に糖尿病ハイリスク群へのLDLコレステロール管理目標値を厳しくすべきであるという議論がされている*。

*その後、2022年7月に「動脈硬化性疾患予防ガイドライン 2022年版」が発行され、「糖尿病患者では、PAD、細小血管症(網膜症、腎症、神経障害)合併時、または喫煙ありの場合、LDLコレステロール以外の危険因子の管理とともにLDLコレステロール100mg/dL未満を目標とする管理を提案する(エビデンスレベル:1、推奨レベル:B)。」とされた。

かつて、血糖コントロールは動脈硬化の抑制にさほど大きな効果がないといわれてきた。過去の大規模研究(DCCTUKPDSADVANCEACCORDVADT)でも、血糖コントロールのみでは大血管障害のリスクは明らかな減少を示さなかった。一方、長期フォローアップ観察研究(DCCT/EDICUKPDSADVANCE-ONVADT)では大血管障害に対しても効果が認められたが、脂質や血圧に比べると介入効果の発現に時間がかかると考えられた。

また、2007年に公表された研究結果から、血糖コントロールに対する疑問が投げかけられた。日本未発売のチアゾリジン誘導体であるロシグリタゾンを用いた臨床試験において、コントロール群に比べてロシグリタゾン投与群では心筋梗塞が有意に増加した。また、心血管死も増加することが多くの治験で示された。そのため、血糖コントロールは短期的な動脈硬化の抑制効果がないうえ、心血管死を増やす可能性があるという警告が発出された。

上記の結果を踏まえFDA(Food and Drug Administration:アメリカ食品医薬品局)は、2008年以降新たに申請される糖尿病治療薬には必ず心血管安全性に関するデータを求める方針を示した。プラセボと比較して心血管障害が増加した薬剤は承認されないことになる。動脈硬化リスクの増減がない、または動脈硬化イベントを減少させられる薬剤が承認されることになり、以降さまざまな薬が開発されてきた。

心血管イベント抑制効果と糖尿病の治療選択

FDAの新たな方針に則って初めて承認されたDPP-4阻害薬であるシタグリプチンは、TECOS試験においてプラセボと比較して心血管イベントの増加を認めず世界中で使用されるようになった。その後、サキサグリプチンなどほかのDPP-4阻害薬も同様に承認されている。

これに対して、SGLT2阻害薬エンパグリフロジンGLP-1受容体作動薬リラグルチドの臨床試験では、心血管死や非致死性心筋梗塞、非致死性脳卒中の有意な減少が認められた。週1回投与型のGLP-1受容体作動薬セマグルチドでの臨床試験においては、心血管イベントが26%減少した。このように投与期間5年以内の場合でも、薬剤によっては心血管イベントの減少が示唆され、これら新規の薬剤を用いた血糖コントロールによる動脈硬化抑制効果が注目され始めた。

米国糖尿病協会(ADA:American Diabetes Association)と欧州糖尿病学会(EASD:European Association for the Study of Diabetes)の合同ガイドラインでは、アテローム動脈硬化性心血管疾患や慢性腎臓病の既往がある患者に対し、一次治療としてメトホルミンとSGLT2阻害薬またはGLP-1受容体作動薬の併用療法が推奨されている。

PRIME-V研究:DPP-4阻害薬治療中の日本人2型糖尿病における内臓脂肪減少に対するSGLT2阻害薬またはメトホルミンの比較

SGLT2阻害薬やGLP-1受容体作動薬の臨床試験は欧米で実施されたものであり、ベースラインとしてメトホルミンが投与されていることが特徴である。DPP-4阻害薬が高頻度で使用されている日本において、これらのデータをそのまま参照できるかは疑問が残る。SGLT2阻害薬が非常に重要視されてきているなか、日本人の臨床に即したデータが必要と考え、我々はPRIME-V研究を立案した。

DPP-4阻害薬(シタグリプチン50mg)を投与中で、HbA1c 7%以上、BMI 22kg/m2以上の2型糖尿病患者103例を2群に割り付け、SGLT2阻害薬(イプラグリフロジン50mg/日)またはメトホルミン1,000mg/日を投与した。主要評価項目は投与24週間後の腹部CTによる内臓脂肪面積の減少効果である。なおメトホルミンについては、効果不十分の場合1,500mg/日まで増量できることとした。

患者の平均年齢は55歳、BMI 28、HbA1c 8%、内臓脂肪面積 160程度であった。

結果は、SGLT2阻害薬では体重が3%、内臓脂肪面積が12%減少したが、メトホルミンではいずれも変化がなかった。DPP-4阻害薬投与下にSGLT2阻害薬を併用することで、さらなる内臓脂肪の減少が得られることが確認された。

血糖は両群とも有意に低下していたが、メトホルミンではSGLT2阻害薬よりも強い血糖低下が認められた。理由として、メトホルミン投与群の1/3で1,000mgから1,500mgへ増量できるプロトコールだったが、SGLT2阻害薬は1doseであったことが考えられる。空腹時血糖は、メトホルミンとSGLT2阻害薬の結果に差はなかった。空腹時インスリン値はSGLT2阻害薬のみで低下し、血中のアディポネクチン値もSGLT2阻害薬のみで上昇していた。内臓脂肪蓄積に伴うメタボリックシンドローム様の病態に対し、DPP-4阻害薬に上乗せしたSGLT2阻害薬は効果的であることが示された。

脂質代謝に関しては、SGLT2阻害薬では有意な中性脂肪の減少と、HDLコレステロールの有意な増加を示した。一方メトホルミン投与群では、LDLコレステロールが7.5%減少した。

本研究より、DPP-4阻害薬単剤で効果不十分の場合に併用する薬剤として、メタボリックシンドロームの患者ではSGLT2阻害薬が適している可能性がある。一方、よりHbA1cやLDLコレステロールを低下させたい患者では、メトホルミンの追加投与が効果的であると考えられる。

GLP-1受容体作動薬の抗動脈硬化作用

GLP-1受容体作動薬は、動脈硬化への直接効果を示唆するデータが複数示されている。

日本未発売のGLP-1受容体作動薬であるアルビグルチドの第III相臨床試験では、心血管死・心筋梗塞・脳卒中の複合エンドポイントは22%の減少、非致死性心筋梗塞は25%の減少が報告されている。

GLP-1受容体作動薬であるデュラグルチドの臨床試験では、複合心血管エンドポイントのほかに非致死性脳卒中の発症も抑制されている。ただし日本人とは投与量が異なるため、同様の結果が日本人患者でも得られるかは今後検討が必要である。

GLP-1受容体作動薬の体重減少効果:セマグルチドの臨床研究

SGLT2阻害薬と異なり、GLP-1受容体作動薬では持続的な体重減少効果が認められる。GLP-1受容体作動薬であるセマグルチドは、日本では未承認だが欧米では肥満に対して承認されつつある。その臨床研究はSTEP1~4の4段階で構成されており、ここではSTEP1、2、4の結果を示す。

STEP1:体重減少効果の検証

セマグルチドの投与量を0.25mgから2.4mgまで増量し、52週間にわたって体重測定を行った。52週間で14.9%の体重減少が認められ、体重はその間減少し続けていた。8割以上の患者で5%以上体重が減少し、約7割で10%以上、半数以上で15%以上体重が減少した。肥満の外科治療に匹敵する初めての薬剤として期待されている。

収縮期血圧や空腹時脂質の改善も認められ、BMIは4.6、ウエストは9cm以上減少し、高感度CRPも44%減少していることから、セマグルチドは心血管保護にも寄与すると考えられる。

STEP2:2型糖尿病かつ肥満の患者に対する効果の検証

2型糖尿病患者を対象に、1mgまたは2.4mgのセマグルチドを投与した。1mg投与で7.0%、2.4mg投与で約10%の体重減少が認められた。肥満や糖尿病、およびその合併症の抑制に対して期待ができる。

HbA1cは、1mgで1.4%、2.4mgで1.6%の低下が認められた。

STEP4:セマグルチド中止後のリバウンドの有無の検証

2.4mgのセマグルチドを20週間投与した後、半数の症例ではプラセボに変更し、半数はセマグルチドの投与を継続した。

セマグルチドの投与を中止すると、体重は増加したもののベースラインまでは戻らなかった。同様の傾向はSTEP1でも確認されており、投与中止後も体重や脂質、血糖について効果が持続した。体重減少を維持するためには、一定期間以上の投与継続が必要な薬剤といえるだろう。

セマグルチドの投与量を2.4mgまで増加すると有害事象が懸念される。10~40%の患者に悪心や下痢などが認められたが、ほとんどは軽度~中等度であった。

これらの結果をもとに、2021年6月にアメリカで肥満症に対して適応が承認された。

デュアルGIP/GLP-1受容体作動薬

2型糖尿病患者を対象に、デュアルGIP/GLP-1受容体作動薬であるチルゼパチドとセマグルチドの効果を比較した臨床試験も行われた。

HbA1cはベースライン8.28%から、セマグルチド1mgでは6%まで減少し、チルゼパチドではセマグルチドを上回る効果が用量依存性に認められた。

体重でも、チルゼパチドはセマグルチドを上回る減少効果がみられており、現在肥満症に対する第III相臨床試験がグローバルに実施されている。

COVID-19感染症の重症化因子として、肥満や糖尿病があげられている。さらに我々は、COVID-19に罹患した人々のみならず、社会におけるこの感染症の影響、たとえば外出機会の減少に伴う肥満症患者の増加や受診の差し控えに伴う糖尿病患者の状態悪化などを総合的に考えていく必要がある。今後は、肥満症と糖尿病の双方に好影響を及ぼす薬剤の活用がますます重要になるだろう。

講演のまとめ

  • 糖尿病には、血糖管理だけでなく包括的管理が必要とされる
  • 従来、厳格な血糖コントロールだけでは動脈硬化の抑制効果は期待できず、逆に心血管イベントを増加させるとのデータもあった
  • SGLT2阻害薬やGLP-1受容体作動薬の登場により、糖尿病治療薬の概念は大きく変化しているが、さらに日本人の臨床に即したデータが必要である
  • 肥満症に対する治療薬の開発や臨床への適応が進みつつある

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