2022年12月15日掲載
医師・歯科医師限定

【第80回日本癌学会レポート】がんと生きる高齢者の介護予防――「高齢者機能評価(GA)」が必須の手法に(3500字)

2022年12月15日掲載
医師・歯科医師限定

東京都健康長寿医療センター 呼吸器内科部長

山本 寛先生

一人暮らしの高齢者が増加している今、「介護予防*」は喫緊の課題である。さらにがん患者は、介護要因となる老年症候群を高頻度に有するとの報告もあり、高齢者ががんと共生するためには、より介護予防のアプローチが欠かせない。東京都健康長寿医療センター 呼吸器内科部長 山本 寛氏は、第81回日本癌学会学術総会(2022年9月29日〜10月1日)の中で、高齢がん患者の介護予防における「高齢者機能評価(Geriatric Assessment:GA)」の有用性について、自験例やエビデンスをもとに講演を行った。

*介護予防:要介護状態の発生をできる限り防ぐ(遅らせる)こと、あるいは要介護状態にあってもその悪化をできる限り防ぐ(軽減を目指す)ことと定義されている。

医療に対する高齢者の望みは

日本では3〜4人に1人ががんで命を落とし、一生涯で2人に1人以上はがんを患うとされている。がんの罹患率は年齢が上がるにつれて高くなることから、高齢者がいかにしてがんと共生していくかは非常に重要な課題だ。

では、高齢者は医療サービスに対し、どのようなことを望んでいるのだろう。市中高齢者を対象に実施したアンケート調査では、「病気を効果的に治療してほしい」との回答に加え、「家族の介護負担を軽減してほしい」「身体機能や活動能力を回復・維持させてほしい」と回答した人が多かった。また「死亡率低下を目指してほしい」と答えた人数は、回答として用意された12項目でもっとも少ない結果だった。つまり高齢者は、長生きしたいというよりも、家族や周囲に迷惑をかけずに今の生活を維持したいと希望する人が多いと考えられる。

増える独居高齢者――介護予防の重要性

現在、日本では高齢化が進むにつれて、一人暮らしの高齢者が年々増加している。65歳以上の人口のうち約2割は独居高齢者であり、また約半数は高齢者2人世帯であるといわれている。そうした生活を送る高齢者が、ひとたび医療・介護を必要とする状態になると、治療の継続が難しくなったり、同居する高齢家族に大きな負担がのしかかったりする。そこで重要となるのが、高齢者の介護予防に対するアプローチだ。

しかし現状、介護を必要とする高齢者は多い。平均寿命と健康寿命の差に関する2019年の調査では、平均寿命が男性81.41歳、女性87.45歳であるのに対し、健康寿命は男性72.68歳、女性75.38歳であることが分かっている。つまり約10年間は、周りのサポートを受けながら余生を過ごす人が多く、この年数をいかに減らしていくかが喫緊の課題である。

がん患者は「老年症候群」の頻度が高い

高齢者が要介護状態となる原因について、2019年の厚生労働省による調査では、認知症、脳血管疾患(脳卒中)、衰弱、骨折・転倒、関節疾患が多かった。一方、がんが直接的な原因となる割合は2%ほどである。しかしながら、がん患者は老年症候群の発症頻度が高いことが報告されており、老年症候群には、先述の介護要因となる症状・疾患が多数含まれている。がん患者においては、より介護予防に対するアプローチが必要なのだ。

がん治療が要介護状態を生む可能性

高齢になるにつれて生理学的予備能は低下していき、生理学的な限界を越えるストレスやダメージが心身に加わると、元の状態に回復させることはできない。実際、がんの高齢者が化学療法を受けると、施行後ADL/IADLが低下する頻度が高いことが分かっている

また、高齢乳がん患者が術後補助化学療法を施行した後、認知機能の低下を自覚した人が多かったとの報告もある。その割合は、もともと認知機能に問題がない人で27%、1種類の認知機能障害を持つ人で50%、2〜3種類の認知機能障害を持つ人で83%と、治療前に抱えている問題が多いほど頻度が高くなっている。すなわち、あらかじめ患者が抱える問題を把握し、介入していくことが結果的に介護予防につながると考えられる。

がん診療における「高齢者機能評価(GA)」の効果

高齢者の身体機能、精神・心理機能、社会的・経済的状況を評価し、介入していく手法として、高齢者総合的機能評価(Comprehensive Geriatric Assessment:CGA)がある。CGAを用いることで、高齢者の死亡と再入院を減らし、自宅での生活を可能とするという質の高いエビデンスもあり、老年医学の領域では長年用いられてきた手法だ。

しかしながら、CGAによる細かな評価・介入を、がんを専門とする医師が現場で実施することは現実的ではない。そこで、がん診療の場で活用したいのが「高齢者機能評価(Geriatric Assessment:GA)」だ。CGAは評価と介入がセットになっている概念であるのに対し、GAは評価のみ実施することを指す。介入を前提としなくとも、GAを用いた評価によって、以下に対する有用性を認めたとする報告がある。


また当センターの研究では、認知症のスクリーニングツールである「DASC-21」を活用することで、通常どおり薬物治療を実施している患者や、PS(Performance Status)が良好と判断された患者でも、実は事前に気付くべき多くの問題が隠れていたことが分かった。PSだけでなく、こうした評価ツールを用いることで患者の抱える問題を検出できる可能性がある。

症例紹介

次に、当センターのフレイル外来において、がん治療前に評価を実施した自験例を紹介する。

当外来は東洋初となるフレイル外来として2015年10月に開設された。他科通院中の患者で、歩くのが遅くなった、疲れやすくなってきた、弱ってきた、物忘れを感じるようになってきた、などの症状を抱える人を対象にフレイルの評価を行っている。2022年現在、医師、臨床心理士、栄養士、事務員が在籍し、最近になり「フレイル予防センター」として発展的改組をした。

患者は81歳男性。左上葉肺がんに対してペムブロリズマブによる治療を完遂し、良好な結果が得られている。治療開始時にGAによるスクリーニングを実施したところ、身体機能に問題はなかったものの、認知機能に複数の問題があることが判明した。その後、治療の過程で経過を追っていったところ、徐々に筋力が低下していき、認知機能に関しても最終的に大幅な低下がみられた。これらの機能低下により、社会とのつながりが希薄になる弊害も生じた。詳しい検査を実施した結果、認知症を疑う所見が複数見つかり、当科にて介護環境の調整を進めることなった症例である。

高齢者におけるがん治療戦略のこれから

当センターでは、肺がんが疑われる65歳以上の患者に確定診断をした後、治療を開始する前にGAによる評価を行い、その結果をもとに患者や家族とともに、現在の生活状況や今後の治療方針などについて話し合う場を設けている。また同時に、GAで検出された問題点に対して老年医学の視点から介入を行う。そして次の治療法に移行する際も、その都度GAによる評価と介入を繰り返す。こうした取り組みにより、医療者と患者・家族(介護者)のコミュニケーションが盛んになり、患者本人の希望に沿った意思決定の支援が可能となる。

山本氏講演資料(提供:山本氏)

昨年のLancetに報告された論文では、GAの結果と具体的な介入方法の提示があることによって、重篤な有害事象を減らせるだけでなく、多剤服用の改善や転倒頻度の軽減につながったことが報告されている。別の報告では、GAの活用により、コミュニケーションによる満足度が向上し、加齢に関連する会話の数や質が改善することも分かっている。

これまでのがん診療では、がん種や組織型、ドライバー遺伝子変異などの結果に基づいた意思決定支援のもと治療が行われていた。しかしこれからは、GAに基づいた老年医学的な介入(運動、栄養、社会参加など)やACP(Advance Care Planning)を組み合わせ、高齢者とがんの共生を目指していく必要があるだろう。

山本氏講演資料(提供:山本氏)

講演のまとめ

  • 介護予防による健康寿命の延伸が喫緊の課題となっている
  • がん患者は老年症候群を有する割合が多く、介護予防アプローチを必要としている
  • 高齢者は脆弱で多様であり、PSが良好でも要介護状態に至るリスクが隠されており、がん治療は要介護状態を生む可能性をはらんでいる
  • GAは見逃されている問題の発見や治療方針の決定、有害事象の予測、予後の予測に役立つ
  • GAの結果とそれに基づく介入方法が事前に提供されれば、重篤な有害事象を減らすことができ、不要な薬の中止や転倒の防止につながり、結果的に介護予防につながる
  • GAによって患者・家族(介護者)とのコミュニケーションの質が高まり、満足度の向上にも役立つ
  • 高齢者ががんと共生していくためには、介護予防の視点が必須であり、そのためにGAは欠かせない手法である

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