2022年09月20日掲載
医師・歯科医師限定

【第59回日本癌治療学会レポート】進行非小細胞肺がんの分子標的治療の耐性と克服戦略(4500字)

2022年09月20日掲載
医師・歯科医師限定

国立がん研究センター 東病院 呼吸器内科 医長

葉 清隆先生

進行非小細胞肺がんの治療効果を高めるためにはバイオマーカーによる個別化が必須だ。一方で、分子標的薬には耐性化という問題がある。これを克服し、治療効果をさらに向上させていくにはどうすればよいのだろうか。第59回日本癌治療学会学術集会(2021年10日21日〜23日)にて行われた教育講演の中で、葉 清隆氏(国立がん研究センター東病院 呼吸器内科 医長)は、進行非小細胞肺がんに対する分子標的治療の耐性と克服戦略について解説した。

進行非小細胞肺がんのドライバー変異に基づく分子標的治療

現在国内では進行非小細胞肺がんを治療する際、コンパニオン診断としてドライバー遺伝子検査が行われている。その中で非小細胞肺がんに特化して承認されているものは6種類(EGFR、ALK、ROS1、BRAF、MET、RET)あり、2021年にRET融合遺伝子陽性肺がんに対する治療開発が臨床導入された。※2022年1月にKRASが追加され、現在は7種類。

進行非小細胞肺がんの治療において通常の殺細胞性抗がん剤ではPFS(Progression Free Survival:無増悪生存期間)が6か月程度であるが、ドライバー遺伝子を根拠とした分子標的薬(キナーゼ阻害薬)による治療ではPFSが1年以上見込めることが分かっている。これらのことから、ドライバー遺伝子に基づく分子標的治療が求められている。

しかし分子標的治療においても、1〜2年の経過で耐性を獲得するという問題がある。下に示すのは、EGFR変異(L858R)陽性進行非小細胞肺がんの治療経過の一例である。通常の殺細胞性抗がん剤では耐性獲得後に急性増悪することも多いが、分子標的薬では緩徐な増悪を示すことが多い。ゲフィチニブ投与開始後、左肺の腫瘍は縮小し胸水の消失を認めていたが、2年を越えたあたりから徐々に耐性化した。2年6か月時点で治療効果の判定を行い、3年2か月時点(T790M確認)で治療を変更した。

葉氏講演資料(提供:葉氏)

第1/第2世代EGFR阻害薬耐性後の治療

EGFR陽性肺がんは、非小細胞肺がんの中で最初にドライバー遺伝子に基づく分子標的治療が導入されていたためもっとも臨床研究が進んでおり、耐性機序も解明されてきている。第1/第2世代のEGFR阻害薬はPFSが1年程度であり、その後は増悪する場合が多い。腫瘍生検を行い耐性機序の解明を行ったところ、60%のケースで耐性二次変異であるT790変異が出現していた。T790M変異はキナーゼ結合部位のGatekeeper変異であり、ここを標的とした第3世代EGFR阻害薬の開発が行われた。

第3世代EGFR阻害薬は、Gatekeeper変異であるT790M変異にも阻害活性を持つ薬剤の総称として使われることが多い。実際に基礎研究のデータでは、第3世代EGFR阻害薬のオシメルチニブがex19delである通常の感受性変異に加えて、T790M変異が生じた場合でも阻害活性を有することが示されている。

葉氏講演資料(提供:葉氏)

オシメルチニブは第I相試験時点からEGFR陽性肺がんを対象として開発が進み、第1/第2世代EGFR阻害薬の既治療例に対して登録が行われた。第I相試験の段階では、T790M変異の陽性/陰性にかかわらず症例が登録された。T790M陰性では抗腫瘍効果が十分に得られなかったが、陽性例では奏効率61%、PFS9.6か月と十分な効果が示されたため、臨床導入に至った。

初回治療からオシメルチニブを投与したほうが高い有効性が得られるという仮説の元、第1世代EGFR阻害薬との比較治験が行われた。その結果、オシメルチニブのほうがPFS、OS(Overall Survival:全生存期間)ともに有意に延長することが証明された。したがって、ドライバー変異陽性の非小細胞肺がんの分子標的治療を行う場合は、Gatekeeper変異に対する阻害活性を有する薬剤がより有効だろう。

ALK阻害薬耐性後の治療

ALK陽性肺がんは肺がん全体の約5%と希少ではあるものの、耐性機序は解明されてきている。第1世代ALK阻害薬であるクリゾチニブは耐性後の遺伝子解析において、約3分の1のケースで耐性二次変異を生じると報告されている。

EGFR阻害薬との相違点としては、Gatekeeper変異はL1196M変異であることに加えて、それ以外のキナーゼ結合部位に複数の耐性変異が同定されたことである。原因について詳細は解明されていないが、クリゾチニブはMETROS1を含むマルチターゲットの薬剤であることが影響しているだろう。

第2世代ALK阻害薬ではALK選択的阻害活性を高め、Gatekeeper変異であるL1196M変異に対しても阻害活性を有するよう開発された。アレクチニブは世界に先駆けて日本で臨床開発が進んだ薬剤である。ALK阻害薬未治療例に対して奏効率93.5%、3年PFS割合62%という結果が得られた。EGFR阻害薬と同様、Gatekeeper変異にも活性を持つ薬剤であるアレクチニブを一次治療から投与した結果、クリゾチニブのPFS10.2か月に対し、アレクチニブではPFS34.1か月と良好な結果が得られている。

第2世代ALK阻害薬はGatekeeper変異に対する阻害活性はあるものの、その他複数の耐性変異が生じると報告されている。Solvent front変異であるG1202Rでは第1/第2世代ともに耐性を示した。一方でV1180Lにおいてはブリグチニブ、セリチニブは感受性が高く、アレクチニブは耐性を示した。ALK陽性肺がんにおいては、変異の状況によって薬剤の感受性が異なる点が特徴的である。

第3世代ALK阻害薬では、Solvent front変異であるG1202Rを含む耐性二次変異に対する効果の増強を目的に薬剤の開発が進んでいる。ALK阻害薬治療後にG1202R陽性であった28例にロルラチニブを投与した結果、ORR(Overall Response Rate:全奏効率)57%、PFS8.2か月と高い抗腫瘍効果が報告されている。

葉氏講演資料(提供:葉氏)

ROS1阻害薬耐性後の治療

ROS1陽性肺がんは肺線がんの約1〜2%であり、治療による耐性の克服はこれから開発が進んでいく段階である。第1世代ROS1阻害薬としては、ALK阻害薬でもあるクリゾチニブが用いられている。EGFR阻害薬やALK阻害薬とは異なり、第1世代ではあるもののPFSが15.9か月と良好な結果が得られている。耐性機序はGatekeeper変異での耐性はなく、約半数でG2032RやD2033NといったSolvent front変異で耐性化が生じると示されている。

したがって次世代のROS1阻害薬では、G2032R耐性二次変異に対する効果の増強を目的として開発が行われている。レポトレクチニブは、クリゾチニブ耐性ROS1変異(G2032R、D2033N)に対する活性が基礎研究のデータで示されており、国内でも企業治験として臨床開発が進んでいる。

葉氏講演資料(提供:葉氏)

耐性二次変異に対する治療開発――併用による耐性克服も

分子標的薬の耐性機序の1つとして、キナーゼ部位の変異により薬剤の結合が弱まることが挙げられる。腫瘍細胞の増殖は既知のドライバー遺伝子に依存しているため、異なる結合プロファイルを持つ次世代のキナーゼ阻害薬の開発が耐性克服に有効である。EGFR阻害薬については、第3世代のオシメルチニブが耐性化した場合はC797S変異が生じることが報告されている。基礎研究のデータではブリガチニブとパニツムマブ併用の有効性が示されており、またチロシンキナーゼ阻害薬として第4世代EGFR阻害薬の開発も進行中である。

側副経路や下流経路の活性化による耐性――MET増幅克服のための治療開発

分子標的薬の耐性機序として、側副経路や下流経路の活性化はさまざまながん種でも知られている。BRAF阻害薬を単独で用いた場合、ARAFやCRAFなどほかの経路を介して下流であるMEKが活性化するため、抗腫瘍効果が十分でない。BRAF V600変異陽性の非小細胞肺がん治療においては、BRAF阻害薬に加えてMEK阻害薬を併用することでORR64%、PFS10.9か月という良好なデータが出ており、国内での実臨床にも導入されている。

葉氏講演資料(提供:葉氏)

第3世代EGFR阻害薬のオシメルチニブが耐性を獲得した際には、EGFR、MET、HER2、FGFRの増幅や、ALK、RET、ROS1の発がん性融合がみられたと報告されている。ただし、以前からMET増幅が耐性化の機序に大きく寄与するといわれており、オシメルチニブ耐性においてもMET増幅が7〜15%生じることから、その点を克服した薬剤の開発が進められている。

METの増幅は、非小細胞肺がんにおいてEGFR阻害薬以外にもALK、ROS1、RET阻害薬での治療後に10〜20%程度の頻度で発生することが報告されている。

MET増幅克服のための治療開発として、EGFR阻害薬耐性後にMET阻害薬を併用した場合の有効性を評価するゲフィチニブ+カプマチニブの臨床試験が行われた。MET増幅についてはFISHとIHCを基準としている。カットオフ値によってMET増幅の幅も変わってくるが、METの増幅が大きいほど抗腫瘍効果は高くなることが示唆されている。

第3世代EGFR阻害薬オシメルチニブにMET阻害薬サボリチニブを併用した臨床試験も行われている。オシメルチニブ耐性後にMET増幅があった症例にサボリチニブを併用した結果、ORR33%、PFS5.5か月というデータが出ている。高い抗腫瘍効果とはいえないが活性を示すことには間違いないだろう。

新しい薬剤としては、EGFR陽性肺がんにおいてオシメルチニブ耐性後にラゼルチニブとアミバンタマブを併用する臨床試験が展開されている。ラゼルチニブはオシメルチニブと同じ第3世代EGFR阻害薬であり、アミバンタマブはEGFRMETの両遺伝子変異を標的とする二重特異性抗体である。第I相試験の初期の報告では、EGFRMETを介した耐性化がある例でORR47%、PFS6.7か月、EGFRMETの増幅などがない例ではORR29%、PFS4.1か月というデータが出ている。今後はそれぞれの耐性機序に応じた薬剤の開発が進んでいくと考えられる。

非小細胞肺がんの耐性後の個別化医療の確立を目指すためには、治療ごとに耐性機序を明らかにする必要がある。現在我々はLC-SCRUM-TRYという研究を進めており、分子標的薬投与後に組織もしくは血漿を用いて遺伝子解析を行い、薬剤の耐性機序を調べている。初期のEGFR陽性肺がんのデータにおいても、これまで報告されているような遺伝子変異やMETの増幅を認めている。

葉氏講演資料(提供:葉氏)

講演のまとめ

  • 進行性非小細胞肺がんの耐性克服のためには、耐性時に遺伝子パネル検査による包括的な耐性機序の把握が必須である
  • 個別の耐性機序に基づいた新薬開発が、今後のさらなる治療成績の改善につながる

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