2022年06月24日掲載
医師・歯科医師限定

【セミナーレポート】患者参加の電子診療記録の可能性――現状の課題、プラットフォームを介した医療情報共有システムのメリット(4700字)

2022年06月24日掲載
医師・歯科医師限定

国立病院機構大阪医療センター 院長 / 一般社団法人健康医療クロスイノベーションラボ 理事

松村 泰志先生

今やすっかり医療インフラとして根付いた電子カルテ。プラットフォームを介した情報共有システムを採用することで患者参加の可能性が広がり、医療従事者・患者双方に福音をもたらす可能性があるという。第1回ハートノートフォーラム(2022年2月5日)において、松村 泰志氏(国立病院機構大阪医療センター院長、一般社団法人健康医療クロスイノベーションラボ理事)は「患者参加の電子診療記録の可能性」と題し、カルテ電子化の現状の課題とプラットフォームを介した患者参加型の情報共有システムの可能性について解説した。

電子カルテ活用に関する現在の課題

かつて主流だった紙のカルテから電子カルテへの移行が進み、対応端末があればどこからでも患者の情報にアクセスでき、記録を随時書き込むことが可能となった。これにより紙のカルテで起こっていた多職種間での「カルテの取り合い」は解消されている。

しかし、現状の電子カルテシステムではまだ不十分だ。理想的には、地域内の複数施設がカルテにアクセスでき、さらに地域によらず必要に応じて1人の患者のカルテにアクセスし治療履歴を把握できる状態が望ましい。というのも、いまや地域の複数の医療機関で1人の患者を共同でケアする時代となり、複数施設のスタッフが共通のカルテにアクセスできることが望まれている。また、先天性疾患や慢性疾患のある患者の場合は本人の転居や転職などに応じて対応する医療機関が変わるため、適切な診療や治療方針の決定を行ううえで、地域によらず必要に応じて患者の生涯にわたるカルテにアクセスできるとよい。

たとえば糖尿病患者の場合、患者の前提やそれまでの治療の経過を踏まえ最終的なアウトカムがよい治療法を選択するべきであるが、前提や治療の履歴が分からないとなると「とりあえずHbA1c値をコントロールしよう」といった大雑把な戦略しか立てられない。

つまり、現状、一連であるべき記録が分断され各医療機関内に閉じられて存在しているということだ。このような現状を打開するためにも、個人を軸としたカルテを作成し、関連医療機関でその医療情報を共有できる状態を目指すべきであろう。

プラットフォームを介した医療情報共有のメリット

前述の課題を解決すべく、全国の医療機関では種々の試みがなされている。特に医療機関間の情報連携という点では、いくつか成功している事例もある。

医療機関間の情報連携を私なりに3つのタイプに分類してみた。Aは「電子紹介状システム」で、運用面で馴染みやすいという特徴がある。Bは「電子カルテの外部からの閲覧」で、電子カルテをウェブサーバーに移し替えて外部からの閲覧すなわち情報共有を可能にするというもの。これが現状もっとも普及しているタイプの取り組みだ。そしてCは「プラットフォームを介した医療情報共有」で、クラウド上にプラットフォームがあり、そこに各病院がカルテを記録し閲覧するというシステムだ。海外ではEHR(Electronic Health Record)あるいはPHR(Personal Health Record)と呼ばれている。

松村氏講演資料(提供:松村氏)

この3タイプの特徴を踏まえると、前項で述べた「地域の複数施設における情報共有」という観点ではどのタイプでもそれなりに機能すると思われる。ただ、もう一方の「生涯にわたったカルテ管理」という観点では、実はA・Bいずれも難しく、Cのみ可能だ。

患者参加のメリット――医療従事者との正確な情報共有が可能に

Cには、患者参加が可能になるというメリットもある。この患者参加についてはA・Bの場合だと難しい。

患者参加のメリットは、医療従事者と患者が安全なネットワークを介して情報共有できる点だ。それにより、患者が自宅で自覚症状や計測データを記録できる・患者自身が病状や変化を理解しやすくなる・患者は医療機関へ行かずに種々の手続きができる・医師は患者が自宅で記録した記録を基に診療ができる・医師が患者の病状の変化に気付きやすくなるといった変化が期待できるのだ。

また、患者が旅行先で体調不良になり初めての医療機関を受診する際にも、プラットフォームに蓄積された計測データなどを医師に提示することで自身の状態や経過、あるいは禁忌となる薬剤について正確に伝えることができる。これは、患者が安全な治療を受けるためにとても有用な点であると思う。

さらに臨床研究の観点においては、Cを活用することでeConsent(電子的同意取得)が可能になり、研究をスムーズに進められるというメリットもある。

プラットフォームを介した医療情報共有の課題

ただ、Cは優れたモデルである一方、実現の難しさや課題がある。

1つ目の課題はプラットフォームの運用母体をどこが担うかという点である。海外の先進国では国家や大きな公的事業者が担うケースが多いが、本邦においてはまず誰が担うのかが定まらない。民間事業者が運営にあたるとなればどのようにビジネスモデルを構築するのかが大きな課題になる。

2つ目は、医療機関とプラットフォームシステム間の医療情報の送受信の仕組みが必要になる点。まず物理的にネットワークがつながっている必要があり、さらにそれは標準規格に沿ったものでなければならない。これまでは規格の標準化がなかなか進んでいなかったが、近年ようやく規格については国内外共に医療データ連携の国際規格である「FHIR」を採用する方針で、おおむねコンセンサスが取れてきている。ただ、実のところコードの標準化についてはまだ未整備の部分がかなり多いのも事実だ。

そして3つ目が、プラットフォーム運営母体が個人の医療情報を管理することについて規約などを整備する必要があるという点。この点は、個人情報保護法の中での位置づけを明確にして進めなければならない。

患者参加の医療情報共有における課題と対策

また、患者参加という点でもいくつかの課題が生まれる。

1つ目がセキュリティ面の課題だ。非常に機密性の高い医療情報をクラウド上に保管するため、高度なセキュリティシステムが必要となるのだ。この課題に対してはこれまで地域連携システムで採用されていたVPN(バーチャルプライベートネットワーク)、すなわち仮想的な専用線を引いて安全性を担保する境界型防御の仕組みではなく、ゼロトラストという概念を適用することで解決しようという流れになっている。ゼロトラストとはハッカーからプライベートネットワーク内への侵入を受けた場合でもデータを守るための仕組みであり、確実に個人認証したうえでアプリケーションへの参加を許可することが必要要件となる。

2つ目に、患者に開示する情報の選別も重要な課題となる。個人的な考えとしては、患者にカルテに記載された情報を全て見せるのではなく、選別し整理されたデータを分かりやすく表示する必要があると考えている。ただし、その場合には先ほど提示した旅行先などで急に新しい医療機関を受診したケースで医師が必要とする情報を得られにくくなってしまう。そのため、カルテそのままの情報と選別・整理された情報とを分けて管理するのが理想的ではないだろうか。そのうえで、カルテそのままの情報を患者に開示するのかどうかはまた別の議論が必要となるだろう。

阪大病院、SMBCの取り組み――『医療情報銀行』の導入と展開

現在、大阪大学医学部附属病院(以下、阪大病院)は三井住友銀行(以下、SMBC)と共同し、PHRシステム「医療情報銀行」の構築に取り組んでいる。医療情報銀行とは、SMBCが情報プラットフォーム事業者となり、あらかじめ阪大病院と医療情報銀行との間に「患者が求める場合には病院にあるデータを医療情報銀行に預ける」という基本契約を結んで医療情報を管理するシステムだ。手始めに、産科の患者を対象に取り組みを進めている。現在、阪大病院の2階に特設コーナーが設置されており、産科の患者が医療情報銀行のアカウントを開設することで、自身の医療データをスマートフォンで閲覧できるようになる。

実際に取り組みを進めると患者から好評を得た。産科の場合、超音波検査の画像などが確認できるという点で患者の潜在的なニーズも高かったようだ。さらに産科以外にかかっている患者からも「私も自分の医療情報を確認したい」とのリクエストが募り、2022年度から対象を全患者に広げることとなった。

それに伴い、どのデータを患者へ開示するかという「情報仕分け」を現在進めている。患者への情報開示は「2階建て方式」とする予定だ。すなわち、1階部分は氏名や性別、生年月日、アレルギー・禁忌情報、処方データ、検体検査結果などの基本的な患者情報、2階部分は患者の病気にリンクした情報(たとえばペースメーカー植え込みを施した者の場合、手術時の状況や埋め込んだペースメーカーのタイプなどの情報)となる見込みである。

松村氏講演資料(提供:松村氏)

また、アカウント作成時の個人認証も重要となる。現在、銀行のアカウントを作るのと同じ方法、すなわち銀行口座の開設時に行われる本人確認・認証サービスを利用したオンライン上のアカウント作成の可能性を検証している。また、こうして作成されたアカウントを用いて情報を管理するスマートフォンアプリ「decile:デシル」も開発された。decileでは、医療情報や医師からの連絡事項、過去の検査結果や処方などさまざまな情報が確認できる。

今後の可能性――本人から家族などにも開示できる仕組みへ

今後の可能性として、現在は本人だけが閲覧できる医療情報を、家族や医師に開示できるような仕組みを開発したいと考えている。その場合にも同様の本人認証システムを導入することで、安全に情報を開示・共有できるようにしたい。

さらに、現在阪大病院で導入している問診システム、すなわち患者のスマートフォンなどに問診票が表示され、入力された情報が阪大の電子カルテに反映されるという流れを医療情報銀行のシステムに取り込む計画がある。

このような流れのなかで、心不全領域においては大阪心不全地域医療連携の会(OSHEF)が発案した「ハートノート*」に医療情報銀行の仕組みを適用することで、日々の体重・脈拍・自覚症状をスマートフォンに記録することで、患者自身が自分の心不全の状態を把握でき、ひいては適切な診療・指導も可能になるだろう。

*ハ―トノート:心不全による再入院を減らすための自己管理ツール。患者に向けた心不全の解説に加え、日々の体重・脈拍・自覚症状に対して点数(心不全ポイント)を付けて自身の病状を評価できる。心不全ポイントは早期受診・緊急受診のための判断基準となり、再入院の回避にもつながると期待されている。

講演のまとめ

  • 現状の電子カルテ活用には「複数施設間の情報共有」と「生涯にわたる患者の記録」という2つの課題がある
  • それらを解決するためにプラットフォームを介した医療情報共有の可能性は大きい
  • さらに患者参加が可能になれば医療従事者との正確な情報共有が可能になる
  • 阪大ではSMBCと協働し、PHRシステム「医療情報銀行」の構築を進めている


【セミナー概要】
・タイトル:第1回「ハートノート」フォーラム~「ハートノート」コミュニティの誕生~
・日時:2022年2月5日(土)13:30~16:40
・場所:オンラインセミナー(Medical Note Conference)
  
【プログラム】
・ごあいさつ
・基調講演1『医療情報連携はこうなります「患者参加の電子医療記録の可能性」』
松村泰志先生(国立病院機構大阪医療センター院長、(一社)健康医療クロスイノベーションラボ理事)
・医療拠点からの事例の共有「ハートノート」導入病院のノウハウを共有します
ファシリテーター:阿部幸雄先生(大阪市立総合医療センター 循環器内科副部長)
・産業側からの取り組みの共有
ファシリテーター:竹谷哲先生(大阪心不全地域医療連携の会代表幹事、(一社)健康医療クロスイノベーションラボ理事)
登壇予定企業:アストラゼネカ株式会社(i2.jp)/帝人株式会社/日本生命保険相互会社/ノバルティスファーマ株式会社/阪急阪神ホールディングス株式会社/株式会社フィリップス・ジャパン
・基調講演2『「ハートノート」がつなぐ心臓病診療』
坂田泰史先生(大阪大学大学院医学系研究科循環器内科学教授)
・クロージング
  
主催:一般社団法人健康医療クロスイノベーションラボ
共催:大阪心不全地域医療連携の会
後援:大阪府、大阪市、大阪府医師会、大阪府看護協会、大阪府薬剤師会

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