2021年12月16日掲載
医師・歯科医師限定

ノーベル賞につながった腎臓のHIFと低酸素症研究、腎不全との関係判明から受賞3氏が解明した低酸素症の経路――国際腎臓学会が選出した60+1の「Breakthrough Discoveries:画期的な発見」より

2021年12月16日掲載
医師・歯科医師限定

東京大学医学部附属病院 腎臓・内分泌内科 科長/教授

南学 正臣先生

国際腎臓学会(ISN)は2020年、学会発足から60周年を記念し「Breakthrough Discoveries:画期的な発見」という企画を開催した。これは、これまで腎臓病学の進歩にもっとも多大な影響を与えた歴史的研究について上位60+1の研究を選出したものである(ただし発見順に並べたもので、重要度に差はない)。顕微鏡によるネフロンの発見、クレアチニンの日常的な測定が腎機能推定になることを示した研究など腎臓病学の礎となるものから、最新の研究まで幅広い研究が選出されている。今回はその中から「腎臓のHIF(低酸素誘導因子)と低酸素症」についての研究と、それに関わった3人の研究者について紹介したい。

12月に選出された「HIF and hypoxia of the kidney:腎臓の低酸素誘導因子(hypoxia-inducible factor:HIF)と低酸素症」は、腎臓における低酸素症が腎不全の進行に深く関わっていることと、腎臓における酸素応答の重要性を示した研究である。

腎臓における低酸素症が腎不全の進行に重要であることを最初に提唱したのは英国のLeon G. Fine氏だ。さらにドイツのKai-Uwe Eckardt氏、および東京大学医学部附属病院 腎臓・内分泌内科のグループがそれぞれ独立した研究で詳細を示したという経緯がある。

一方、腎臓における酸素応答の重要性については、ご存じのように「細胞による酸素量の感知とその適応機序の解明」に寄与した米国のGregg L. Semenza氏、英国のPeter J. Ratcliffe氏、米国のWilliam G Kaelin Jr.氏の3名が2019年のノーベル医学生理学賞を受賞した。

Gregg L. Semenza氏は小児科のバックグラウンドを持ち、低酸素状態で分泌されるホルモンの「エリスロポエチン:EPO」の産生機構に関する研究の中で、HIFと呼ばれる低酸素に応答する転写因子がEPOの産生に重要であることを発見し、1992年には米科学誌「Molecular and Cellular Biology」で発表した。これが27年後のノーベル医学生理学賞につながったのである。

2人目のPeter J. Ratcliffe氏は腎臓内科医として初めてノーベル医学生理学賞を受賞した人物である。2016年頃まで臨床に従事していたそうだ。彼はHIFの発現量が低酸素依存性によって調節されるというメカニズムを解明し、論文にしている。すなわち、低酸素誘導因子プロリン水酸化酵素(Hypoxia Inducible Factor Prolyl Hydroxylase:HIF-PH)が酸素依存性に活性を持つことでHIFの発現量が調整されているのだ。このメカニズムはすでに腎性貧血の薬剤に応用されており、日本では2019年に5種類の薬剤が世界に先駆けて使用可能な状態になった。最近は欧州でも承認され、世界的に使われる薬剤となっている。

ちなみにRatcliffe氏は当時、先の論文を「Nature」に直接持ち込んだが、3週間後「非常に変わった研究で誰も査読できないためリジェクト」と言われたという。最終的には「Science」に掲載され、2019年のノーベル医学生理学賞受賞に至ったわけだが、このエピソードは「その研究があまりに独創的である場合、最初の頃は正しく評価されないことがある」ことを示す代表的な例であろう。

3人目は米国ハーバード大学のWilliam G Kaelin Jr.氏である。彼はフォン・ヒッペル・リンドウ病(Von Hippel-Lindau:VHL)の原因タンパクであるVHLタンパクが、HIF-PHによって水酸化されたHIFを分解する役割を担うことを示した。

このようにしてHIF、HIF-PH、VHLタンパクという低酸素症に関する経路が明らかになり、2019年のノーベル医学生理学賞受賞につながったのだ。そしてこのメカニズムに基づいた薬剤が開発され、現在さまざまな臨床応用がなされている。それまでは腎臓病に関してよい治療薬がなかったが、そこへ大きな変革をもたらしたという観点でたいへん重要な研究であろう。

慢性腎臓病に関しては内科分野での注目度も高い。というのも、日本内科学会で2021年の初めにアンメット・メディカル・ニーズに関する調査が行われ、そのトップに慢性腎臓病が挙がったのだ。これは、慢性腎臓病の根本的な治療がない現状がいかに困った状態であるかが、臓器の分野を問わず内科全般で広く認識されている証拠ではないだろうか。

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