2022年03月08日掲載
医師・歯科医師限定

【第43回日本高血圧学会レポート】慢性腎臓病と高血圧――腎臓内シグナル伝達系から病態を理解する(4400文字)

2022年03月08日掲載
医師・歯科医師限定

帝京大学医学部内科学講座 腎臓研究室 教授

柴田 茂先生

生活習慣病の中でも、高血圧は特に慢性腎臓病への関与が大きく、腎保護効果を併せ持つ降圧薬や糖尿病薬も開発されている。しかしながら、そのメカニズムについては未解明な点も多い。

今回、柴田 茂氏(帝京大学医学部内科学講座 腎臓研究室 教授)は、第43回日本高血圧学会総会(2021年10月15~17日)にて行われたシンポジウムの中で「腎臓内シグナル伝達系、慢性腎臓病と高血圧」と題し、講演を行った。

糖尿病性腎症と高血圧

SGLT2阻害薬の腎保護効果

腎不全のうち、約40%以上が糖尿病性腎症由来だとされている。治療法についてはまだまだ発展途上だが、SGLT2阻害薬が近年注目を集めている。本薬剤の有効性が実証された代表的な大規模臨床研究として、プラセボとSGLT2阻害薬「カナグリフロジン」を比較したCREDENCE研究が挙げられる。

本研究には2型糖尿病とアルブミン尿を認める慢性腎臓病患者4,401名が登録され、主要評価項目 (末期腎不全、血清クレアチニン値の倍加、そして腎不全または心血管による死亡) はカナグリフロジン群ではプラセボ群に対し30%のリスク減少が認められた。また、腎疾患や心血管疾患のみをそれぞれ比較したデータにおいても、有意差をもってカナグリフロジンの有効性が認められている。なお、同様の結果がほかの臨床試験のサブ解析やメタ解析でも示されていることから、SGLT2阻害薬には腎保護効果が期待されている。

この機序についてはいくつかのメカニズムが提唱されているが、そのうち有力な説として考えられているのが「SGLT2阻害薬が糸球体の過剰ろ過を低減することで腎保護にはたらく」というものだ。

腎臓の近位尿細管にはSGLT2とSGLT1が発現しており、SGLT2が約90%、SGLT1が残り約10%の糖を再吸収している。近位尿細管前半部に存在するSGLT2で大部分を再吸収した後、近位尿細管後半部のSGLT1を介して残りの糖を再吸収するというメカニズムだ。なお、SGLT2では1分子のグルコースが1個のナトリウムとともに輸送され、SGLT1では2個のナトリウムとともに輸送される。

こうして通常、糖は尿中に排泄されない仕組みとなっているが、糖尿病患者では近位尿細管への糖負荷に伴うSGLTの活性化によって、ナトリウムと糖の再吸収が上昇し、またclaudinなどの傍細胞経路を介してクロールの再吸収が起こる。結果として、糸球体ろ過量の調節に関わる傍糸球体装置に到達する塩化ナトリウム量が減少してしまい、輸入細動脈の不適切な拡張を介して糸球体内圧の上昇と糸球体の過剰ろ過が引き起こされ、腎障害が進んでしまうのだ。SGLT2阻害薬が腎保護効果を持つ理由には、このような経路が関与していると考えられている。

なお、2020年に論文化されたDAPA-CKD試験では、糖尿病を必須条件としない慢性腎臓病患者において「ダパグリフロジン」の腎保護効果が確認されており、上記以外にも多彩なメカニズムが関与している可能性が示唆されている。

SGLT2阻害薬の血圧低下効果

ほかにも、SGLT2阻害薬には血圧低下効果があることが報告されている。大規模臨床研究では数mmHg程度と決して大きいものではなかったが、国内131名の高齢2型糖尿病患者にSGLT2阻害薬「エンパグリフロジン」を投与したSACRA studyでは、24時間収縮期血圧が約10mmHg低下したことが示されており、特に食塩感受性が高い高血圧患者群では、少なからず腎保護効果に寄与するのではないかとも考えられる。ではなぜSGLT2阻害薬が降圧効果を示すのだろうか。

主要血圧調節分子の腎臓内分布を示したシングルセル解析(下図)によると、SGLTが関与している近位尿細管での血圧調節分子発現量は少なく、遠位尿細管やヘンレのループ、集合管主細胞で多く発現していることが分かる。つまりSGLT2阻害薬は、近位尿細管におけるナトリウム再吸収の抑制以外にも、降圧効果を持つ何らかの特徴を持っていると考えられるのだ。

出典:Park J,et al.Science. 2018 May 18;360(6390):758-763.
柴田氏講演資料(提供:柴田氏)

そこで我々は、糖尿病モデルを用いていくつかのナトリウム輸送体に関して検討を行い、コントロールモデルと比較して、糖尿病モデルではナトリウム-クロライド共輸送体(NCC)のリン酸化と発現量の亢進があることを確認した。NCCは降圧薬であるサイアサイド利尿薬の標的であり、遠位尿細管に位置している。さらに、糖尿病モデルの腎臓と、糖負荷した遠位尿細管をそれぞれ解析したところ、ともにprotein kinase C(PKC)の活性化を認めた。

なぜPKCがNCCを活性化させるかについては、NCCの上流に存在するユビキチンリガーゼ構成分子「Kelch-like 3(KLHL3)」によって説明できる。通常、KLHL3はNCCを制御しているが、PKC-αまたはβによってリン酸化されると、不活性化しNCC活性化と食塩の保持を引き起こす。なお、糖尿病モデルで検証すると、コントロールモデルと比べてKLHL3のリン酸化が亢進していた一方で、総発現量は減少していた。総発現量が減少するメカニズムに関しては、現在検討中である。免疫染色でも、糖尿病モデルにおけるNCCの増加とリン酸化KLHL3を確認している。

このことから、糖尿病では活性化したPKCがKLHL3のリン酸化を亢進させることで、KLHL3の不活性化とNCCの活性化を起こし、血圧を上昇させる経路が推測できる。

<KLHL3のリン酸化とNCC制御のメカニズム>

出典:Ishizawa K,Shibata S,et al.PNAS.February 19, 2019 116(8)3155-3160.
柴田氏講演資料(提供:柴田氏)

では、この経路にSGLT2阻害薬はどう関わっているのだろうか。SGLT2阻害薬「イプラグリフロン」と、チアゾリジン薬「ピオグリタゾン」を比較すると、イプラグリフロン群ではNCCの活性化が抑制されていたものの、ピオグリタゾン群では同様の結果が得られなかった。さらにイプラグリフロン群では、リン酸化KLHL3の有意な低下も認められた。

先に示したとおり、通常血糖値の上昇が続くと、腎臓内の糖含有量が増加し、PKCの活性化とKLHL3のリン酸化を招くことで、NCCが活性化される。SGLT2阻害薬は、おそらく腎臓内における糖の状態を改善することによって、KLHL3のリン酸化異常を抑制していると推測できる。一方で、インスリン抵抗性を改善するチアゾリジン薬は、ジアシルグリセロールの抑制効果が弱いことに加え、KLHL3リン酸化を促進させるAKTを活性化する特徴があるため、SGLT2阻害薬のような効果がみられなかったと考えられる。

<SGLT2阻害薬によるKLHL3のリン酸化異常とNCC過剰活性化の抑制>

Ishizawa K,Shibata S,et al.JASN. 2019 May;30(5):782-794.より引用

また、本研究の過程では、糖尿病モデルにおいて、NCCの上流に位置するNKCC2分子の活性化も確認した。NKCC2はフロセミド利尿薬の標的であり、水の再吸収に非常に重要な役割を果たしている。さらに、傍糸球体装置の上流に存在することから、TGフィードバックにも影響している可能性があるという、非常に特徴的な分子だ。糖尿病でこの分子が活性化するメカニズムの詳細は不明だが、バソプレシンV2受容体拮抗薬「トルバプタン」を投与した検証では、NKCC2活性の抑制が確認されたことから、V2受容体シグナルの異常が関与しているものと考えられる。V2受容体は腎臓で尿の濃縮に関わることが知られており、この作用にはNKCC2と集合管の水チャネルの協調的作用が重要と考えられる。従って、糖尿病によるNKCC2の過剰な活性化は、体液貯留やフロセミド抵抗性、糸球体過剰ろ過などの病態に関与している可能性がある。

食塩感受性高血圧とCKD-MBDの関連

慢性腎臓病(CKD)による血清リン濃度の上昇は、心血管疾患を助長すると考えられている。また、いくつかの臨床研究では、正常範囲内であったとしても、血清リン濃度上昇によるACE阻害薬の腎保護効果の減弱や、腎障害の進行も報告されている。そのメカニズムに関してはいまだ不明であるものの、血清リン濃度が上昇する前の段階で、微細なカルシウムリン酸結晶が、フェチュインというタンパク質と結合することによってcalciprotein particles(CPP)という分子を形成し、腎臓や組織への炎症を誘導するという説もある。

Komaba H,Fukagawa M.Kidney Int. 2016 Oct;90(4):753-63.より引用

我々はこのメカニズムに興味を持ち、Dahl食塩感受性高血圧ラットを用いて、リン代謝と臓器障害の関連について検証した。食塩感受性ラットでは、血圧、尿中ナトリウム、尿中アルブミンが増加していたが、このうち尿中アルブミンに関してはリン吸着薬投与による減少が確認された。また、抗老化分子としても知られるリン代謝分子「Klotho」の低減や、腎臓の炎症を示す「CD68陽性マクロファージ」の浸潤も、リンの抑制によって改善した。

柴田氏講演資料(提供:柴田氏)

また、今回血清リン濃度には変化がみられなかったものの、食塩負荷に伴う尿中リン排泄の上昇と、その後のリン吸着剤投与による改善効果が確認され、さらにリン排泄と腎臓炎症マーカーには非常に強い相関がみられた。なお、CPPと推測されるリンの微細結晶が、近位尿細管で炎症性サイトカインを誘導していることも確認されている。

自治医科大学の黒尾 誠氏がまとめられた論文では、CPPの腎障害作用について非常に詳細に解析している。リン負荷によって近位尿細管で増加したCPPがToll-like受容体を介して細胞内に取り込まれ、細胞死や炎症を引き起こす。さらに、リン負荷の増加によってネフロン周辺でもリンが増加し、ネフロンの減少と腎障害の悪化が起こるという経路が存在するようだ。

講演のまとめ

・糖尿病性腎症に伴う体液異常には、近位尿細管のSGLTに加えて、遠位尿細管のNCC、ヘンレ係蹄のNKCC2異常なども関与する。前者は糖尿病に合併する食塩感受性高血圧に、後者はフロセミド抵抗性の浮腫や糸球体過剰ろ過への関与が考えられる。

・慢性腎臓病に合併するリン代謝異常は、それ自体が腎障害の促進因子になると考えられ、その有害作用は食塩の過剰によって促進される可能性がある。

会員登録をすると、
記事全文が読めるページに遷移できます。

会員登録して全文を読む

医師について

新着記事