2023年01月13日掲載
医師・歯科医師限定

【第81回日本癌学会レポート】がんサバイバーシップを支えるスマホアプリを用いた心理療法(3700字)

2023年01月13日掲載
医師・歯科医師限定

国立がん研究センター がん対策研究所/国立がん研究センター中央病院 支持療法開発センター長

内富 庸介先生

がんの再発恐怖(Fear of Cancer Recurrence:FCR)とは、「がんの再発・進行に対する不安・恐怖・心配・懸念」である。生活の楽しみを始終奪い、人生の質に甚大な影響を及ぼしており、がん患者、がんサバイバーのアンメットニーズのトップに挙げられるが、これまで医療現場では「仕方がない」とされてしまうことが多かった。

内富 庸介氏(国立がん研究センター がん対策研究所)は第81回日本癌学会学術総会(2022年9月29日~10月1日)における特別企画の中で、FCRに対する認知行動療法の効果、スマートフォンのアプリケーションを用いた介入について解説した。

※本レポートでは、学会後に公開された論文の情報を注記として記載している。また、論文化された研究の詳細について、国立がん研究センターよりプレスリリースが公表されている。

がんの再発恐怖とは

定義

FCRとは、2016年に「がんの再発、進行に関連する恐怖、心配、懸念」と定義され、全てのがん患者、がんサバイバーに生じる可能性がある。従来、気持ちのつらさ、漠然とした不安とされてきたがん患者、がんサバイバーの心の問題の中核はFCRであることが分かってきた。デルファイ法により臨床的特徴は次の4つに概念化される。

  1. 再発恐怖に占拠される
  2. 強い心配
  3. 持続的
  4. 身体症状への過敏・警戒

有病率

13か国で行われた46の研究のメタアナリシス(回答者9,311例、うちがん患者2,121例、がんサバイバー7,190例)によれば、FCRを再発恐怖尺度(Fear of Cancer Recurrence Inventory:FCRI)により4段階(なし、軽度、中等度、重度)に分類した場合、日常生活やQOLを著しく制限される中等度、重度の割合はそれぞれ25.9%、19.2%だった。治療遵守や健康行動につながるとされる軽度13.7%を含めると、全体の有病率は58.8%にのぼる。FCRの約20%はがん発症から10年経過しても減少しないとされており、頻回受診など医療コスト増への懸念が指摘されている。

関連因子と推計介入対象者

男性、乳がん、北米をリファレンスとした場合、がん患者、がんサバイバーに共通するFCRの関連因子として、若年、女性が挙げられている。

介入すべき対象を中等度および重度として検討すると、調査対象者の75%は女性、75%は45~74歳、調査対象患者の45%およびサバイバーの60%は乳がん、調査対象患者の90%およびサバイバーの80%は過去5年以内に診断されていた。介入対象者は全世界で年間4,380万人(2018年)と推計されている。

がんサバイバーのニーズ

がんサバイバーが抱えるニーズについてもいくつかの調査結果が報告されている。英国の地域がん登録データより診断後5年以上経過しているがんサバイバー(乳がん、結腸直腸がん、前立腺がん)2,400例を対象とした調査では、もっとも多いアンメットニーズとして「がんが戻ってくることに対する懸念を何とかしたい」(20.8%)が挙げられた。名古屋市立大学病院の外来通院中の乳がんサバイバー408例を対象に行われた調査でも、「がんが広がることへの恐怖」(63%)が最多のニーズとして挙げられている。

FCRの治療モデル

FCRはストレスにより増幅されるため、刺激を避けるために活動性が低下し、楽しいと感じる活動が減ることにより悪循環に陥る。このような状況でからだの痛み、著名人ががんに罹患したニュース、受診などが誘因となり、少しずつFCRが蓄積していく。それに対して、個々人がこれまでの経験を踏まえてさまざまな対処法を試みるが、上手く対処できる人もいればそうではない人もいる。

そこで、問題解決療法と行動活性化療法による対処法を検討した。問題解決療法は、FCRを誘因するものやその他のストレス状況と向き合う際の対処能力向上に貢献するものである。行動活性化療法は、気をそらしたり、何か目標を立てたりすることで喜びの向上につなげ、FCRを和らげることを目指す。

内富氏講演資料(提供:内富氏・明智氏)

認知行動療法の介入効果

23の比較対象試験(うちRCTは21)と9のオープン試験のメタアナリシスによれば、FCRに対する認知行動療法(Cognitive Behavior Therapies: CBTs)の介入効果量は小さいとされている(Hedges' g=0.33)。効果量を伝統的CBTs(g=0.24)と現代版CBTs(g=0.42)で比較すると、認知の過程(心配、半数、注意バイアス)に焦点を当てる現代版CBTsで効果量が大きく、また個人介入よりも集団介入(p=0.041)、オンライン介入(g=0.10)よりも対面介入(g=0.38)の効果が大きかった。

また、乳がんサバイバーを対象とした16のRCTのメタアナリシスでも、伝統的CBTsよりも現代版CBTs、9回以上の長期介入よりも3~8回の短期介入、オンライン介入よりも対面介入の効果が大きいことが示されている。

スマホアプリの開発

今回はスマートフォンのアプリケーション(以下、アプリ)を用いて、がんサバイバー自身が対処法を実践する方法を取った。

問題解決療法:「解決アプリ」

問題解決療法は「解決アプリ」を用いて、構造化された方法で行った。具体的には、問題を小分けにし、具体的・達成可能な目標を設定して、解決策をブレインストームしたうえで、メリット・デメリットを検討し、気持ちの変化を振り返るというものである。たとえば、1人でいるときにがんのことを考えて頭から離れなくなってしまうときには、問題を「1人で過ごす」と小分けにし、「休日にがんを考えない時間を2時間作る」という目標を設定する。そのうえで、散歩、お風呂、図書館、カフェ、電話、音楽、パチンコ、ワイン、叫ぶなど、思いつく限りの解決策を挙げる。その中から、試してみたいものとして図書館、カフェを選び、実際に行動してみる。そして「病気を考える時間が減った」「気持ちをコントロールできた」と結果を振り返ることで達成感を得る。

行動活性化療法:「元気アプリ」

行動活性化療法は「元気アプリ」を用いて、行動の重要性について学習することを目指した。具体的には、楽しい活動・新しい活動をして、結果を評価するというものである。選択肢として、捨てる、花のにおいをかぐ(5秒)、お香、プレミアムビール(5分)、スイーツ、雑貨屋に出かける(60分)、体験ヨガ教室(1時間以上)など、所要時間別にいくつかの行動を例示した。やってみたい行動を記入し実行したうえで、「病気のことも忘れ気分も楽になった」「行動してみることが大切」と結果を振り返る。いずれも考え方や行動のレパートリーを広げ、苦痛を軽減することを目指している。

内富氏講演資料(提供:内富氏・明智氏)

スマホアプリの介入効果の検討:J-SUPPORT 1703 Study

これまでのエビデンスと日本のがん医療における公認心理師が少ない、CBTsスキルも十分ではない、精神的ケアの提供体制も十分ではないという状況を踏まえ、乳がんサバイバーを対象にスマートフォンのアプリを用いたCBTsの介入試験を世界で初めて実施した。

適格基準は乳がんと診断された20~49歳、手術後1年以上経過しており担がん状態ではない方とした。当初アプリはiPhoneのみでの提供となったため、iPhoneユーザーを念頭に置き、対象年代を若く設定した。また、ほかに重篤な疾患がある、日本語が話せない、精神科治療中、過去に問題解決療法、行動活性化療法、CBTsを受けたことがある方は本試験の対象外とした。

国立がん研究センタープレスリリースより転載

主要評価項目はConcerns about Recurrence Scale(CARS)日本語版を用いたFCRの評価とした。CARS日本語版は「乳がんが再発する可能性について考える時間はどのくらいですか?」「乳がんが再発するかもしれないと考えると、どのくらい動揺しますか?」「乳がんが再発する可能性について、どのくらい頻繁に心配していますか?」「乳がんの再発をどのくらい恐れていますか?」の4項目について、それぞれ1~6点で評価し合計スコアが高いほどFCRが高いとする指標である。

内富氏講演資料(提供:内富氏・明智氏)

パイロット試験では、ベースラインと比較して4週後、8週後には、FCRの有意な減少が認められた(各p<0.01)。

※2022年11月に公表された論文では、アプリを使用した患者は、ベースラインと比較して4週後にFCRの有意な減少が認められ、その効果は8週後もそのままみられた。また8週後と24週後時点におけるFCRに差がみられなかったことから、その効果は24週後も持続している可能性が示唆された。

国立がん研究センタープレスリリースより転載

同様の結果が、抑うつと心理的ニード(心理的側面に関するケアの必要性)にもみられた。一部の参加者に聞き取り調査を行った結果、副作用はみられなかった。

国立がん研究センタープレスリリースより転載

研究の限界としては以下が挙げられる。

  • 対面群を設定できなかった
  • 本来これらの治療の対象である担がん患者群を設定できなかった
  • iPhone使用者のみを対象とした
  • 待機対象群を用いた
  • 問題解決療法や行動活性化療法の複合コンポーネントの中でどれが効果的か不明である


これらの課題克服の参考となる論文が1つ、2021年に公表された。3つのCBTsのコンポーネントと遠隔コーチングの有無により16通りの介入を設定し、各群に対象者を割り当てて効果を検討するというものである。今後、より費用対効果の高い手法を検討していくうえで重要なエビデンスとなり得ると考える。

講演のまとめ

  • FCRとは、「がんの再発、進行に関連する恐怖、心配、懸念」と定義される
  • FCRはがん患者、がんサバイバーのアンメットニーズのトップに挙げられる
  • 乳がんサバイバーのFCRを対象に、スマートフォンを用いて「解決アプリ」と「元気アプリ」の効果検証試験を行った
  • パイロット試験では、4週後、8週後のFCRの有意な減少が認められた
  • 新しい研究マネジメントシステムを開発することができた


※2022年11月に公表された論文では、8週後と24週後のFCRに差がみられず、アプリの効果は24週後も持続している可能性が示唆された。同様の結果が、抑うつと心理的ニード(心理的側面に関するケアの必要性)にもみられた。一部の参加者に聞き取り調査を行った結果、副作用はみられなかった。

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