2022年01月26日掲載
医師・歯科医師限定

【学会レポート】CPER法による簡便・迅速な新型コロナウイルス人工合成技術の確立――変異株にどう対応していくか(3300字)

2022年01月26日掲載
医師・歯科医師限定

北海道大学大学院医学研究院 病理系部門 微生物学免疫学分野 教授

福原 崇介先生

新型コロナウイルスが確認されて以降、世界各地でさまざまな変異ウイルスが次々と発生している。こうした変異ウイルスへの対応や解析は、喫緊の課題といえるだろう。

福原 崇介氏(北海道大学大学院医学研究院 病理系部門 微生物学免疫学分野 教授)は、第68回日本ウイルス学会学術集会(2021年11月16日~18日:神戸国際会議場)において、「CPER法による新型コロナウイルスのリバースジェネティクス法の確立」と題し、講演を行った。

新型コロナウイルスとCPER法

研究背景とCPER法

新型コロナウイルスゲノムは、RNAウイルスの中で最大の約3万塩基にも及ぶ。これまで行われてきたリバースジェネティクス法(ウイルスの人工合成技術)では、1万塩基程度のウイルスを扱っていたため、DNA分子のプラスミドを用いることができたが、新型コロナウイルスでは大腸人工染色体(BAC)を用いる方法と、ウイルスゲノムの連結とRNA合成による方法が用いられる。しかし、いずれも複雑な技術と数か月の時間を要するという課題があった。

そこで福原氏らは、フラビウイルスの人工合成に用いられてきた「CPER法」を、新型コロナウイルスの人工合成にも応用できないか研究を行った。CPER法は、PCRで複数の遺伝子断片を作製してウイルスの遺伝子全長をカバーするよう伸長した後、再度PCRの反応によってプロモーターを含む遺伝子断片を環状ゲノムにし、それを直接細胞に導入することで感染性ウイルスを作出する方法である。

CPER法の新型コロナウイルスの人工合成技術への応用

CPER法による新型コロナウイルスの人工合成技術の確立にあたり、福原氏らはまず新型コロナウイルスの遺伝子断片を9個準備した。各遺伝子断片のサイズは2.4〜4.6kb で、PCRによって全ての断片の末端が隣の断片と相互領域を持つ状態になるよう設計した。またCMVプロモーターを含むリンカー断片も合成した。

そして再度PCRを行うと、遺伝子の重なりを介して断片が連結し、ウイルス遺伝子全長をコードした環状ゲノムが作製できた。これを感受性細胞にトランスフェクションし、受容体のACE2およびTMPRSS2を発現誘導したところ細胞変性効果が認められ、感染性の新型コロナウイルス作出に成功した。


福原氏講演資料(提供:福原氏)

出典:Torii S,et al. Cell Rep. 2021 Apr 20;35(3):109014. 

こうして作出した新型コロナウイルスの感染力価を経時的に測定すると、早い場合4〜5日目で感染力価が認められ、その後7〜8日目くらいまで上昇していくという。また、組み換えウイルスのシーケンス解析を行うと変異がほとんど認められず、安定性の高いウイルスであることも分かった。ウイルスRNAをノーザンブロッティングで確認しても、親ウイルスと同様のサブゲノムRNAのパターンになっていることも明らかとなっている。

CPER法の有用性 ――変異ウイルス・蛍光遺伝子を導入したウイルスの作出

CPER法による新型コロナウイルス人工合成技術の有用性について、福原氏は「簡単に遺伝子改変ウイルスを作出できる点にある」と語る。

たとえば、各断片をコードするプラスミドに特定の変異を導入すると、変異のある環状DNAが作出される。これを感受性細胞にトランスフェクションすれば、容易に変異ウイルスを作り出すことができる。この技術を用いれば、今後新たな変異ウイルスが発生した場合には、それに対応した変異ウイルスを設計し組み換え予想を行うことで、増殖性の評価も簡単に行うことができるという。


福原氏講演資料(提供:福原氏)

同様に、sfGFP蛍光遺伝子をプラスミドに導入すれば、sfGFP蛍光遺伝子を搭載したウイルスを作ることも可能だ。通常、ウイルスに感染した細胞ではsfGFPが検出されるため、感染細胞が可視化できる。このメカニズムを利用して、sfGFPの反応が減るような薬剤の開発などに応用できるのではないかと福原氏は期待を込める。


福原氏講演資料(提供:福原氏)

CPER法で作出した変異ウイルスによる応用研究

これまでに、新型コロナウイルスの変異株として、アルファ株、デルタ株、ラムダ株、ミュー株などが出現してきている。福原氏らはCPER法を用いてこれらの変異ウイルスを作製し、以下のような応用研究を進めているという。

(1)変異の意義の解明

(2)薬剤耐性化に関する研究

(3)ワクチンの有効性に関する研究

(4)抗ウイルス薬のスクリーニング

福原氏は本講演で(1)〜(3)の応用研究について詳しく解説した。

(1)変異の意義の解明――P681R変異は感染拡大と高い病原性に関与

最初に、東京大学の佐藤 佳氏が主宰するG2P-Japanによる、P681R変異を解析した研究について紹介した。

2021年5月頃にインドで流行したデルタ株(B.1.617.2系統)をはじめ、B.1.617.1系統、B.1.617.3系統の変異株には全てP681R変異があることから、この変異には何らかの意義があると考え、検討を行った。研究では臨床分離株との比較に加え、P681R変異の有無(変異以外はまったく同じ配列を持つ)による比較をしている。

まず、ウイルス感染による細胞融合能をみたところ、従来株やほかの変異株に比べてデルタ株で非常に高いことが分かり、P681Rの単一変異でも非常に高い細胞融合能が認められた。また、P681R変異を持つ新型コロナウイルスを人工合成して培養細胞を用いた実験を行ったところ、高い細胞融合能を認め、P681R変異が感染拡大に関与していることが示された。初代鼻腔上皮細胞を使った実験でも、同様の結果が得られたという。

さらに、P681R変異を持つウイルスとコントロールウイルスをハムスターに感染させた結果、変異ウイルスに感染したハムスターでは、大幅な体重減少と肺における強い炎症反応を認めた。このことから、P681R変異は高い病原性に関与する重要な変異であることが示唆されたのである。

(2)薬剤耐性化に関する研究

E802D変異が抗ウイルス薬であるレムデシビルの耐性に関与しているとはすでに報告されている。福原氏らは、レムデシビルの耐性変異を誘導することで、耐性化に関与する変異について実験的に検討した。

まずレムデシビル耐性変異を誘導するために、ウイルスに対してレムデシビルを0.01μMと低い濃度から4μMまで徐々に濃度を上げて加えていき、最終的に得られた変異を解析した。すると、E802D変異がある領域の近くに2つの変異が見つかった。そこで、これらの変異を持つウイルス(E802D変異ウイルスを含む)をCPER法で作製したところ、いずれも野生型と比べてレムデシビルに耐性化を持つことが示されたという。

なお、本研究内容は未発表のため変異の詳細は紹介できないが、数理シミュレーションや構造予測の解析などを含めて、近日中に論文にまとめられる予定だと福原氏は付け加えた。

(3)ワクチンの有効性に関する研究

福原氏らは、ベータ株・ガンマ株でみられるK417N、E484K、N501Y変異を持つ「Triple mutantウイルス(三重変異ウイルス)」を人工的に作製した。そして、新型コロナウイルスに感染して回復した患者の血清とワクチン接種者の血清にTriple mutantウイルスを入れたところ、血清の中和能が低下することが分かった。現在は、アルファ株、デルタ株、ラムダ株、ミュー株の感染性ウイルスを作出し、血清の数も増やし検証を続けているという。

福原氏は「CPER法で人工的に作製した変異ウイルスを用いて、複数のチームと共同研究を行うことで、新たなワクチンや抗ウイルス薬が開発できるかもしれない」との考えを述べ、講演を締めくくった。

講演のまとめ

・新型コロナウイルスの性状解析において課題であったリバースジェネティクス法だが、CPER法を応用して誰もが実施できる簡単なプロトコルを確立した

・CPER法を用いることで、次々に現れる変異ウイルスの素早い解析ができるようになる

・人工的に遺伝子改変したウイルスを用いてワクチンや抗ウイルス薬の開発が可能となる

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