乳歯早期脱落の陰に低ホスファターゼ症の可能性――「遭遇した歯科医は小児歯科専門医と連携を」早期発見に向け呼びかけ

2023年06月08日掲載

医師・歯科医師限定

先天性・遺伝性疾患

小児疾患

筋骨格系疾患＞骨

その他＞プライマリケア

大阪大学大学院歯学研究科小児歯科学講座教授／大阪大学歯学部附属病院小児歯科科長

仲野和彦先生

乳歯は6歳前後から永久歯への生えかわりが始まり、4歳ぐらいまでに乳歯が抜け落ちることはほとんどない。もし、標準よりも早くに歯が抜け落ちたなら、その陰に別の病気が隠れているかもしれない。低ホスファターゼ症（Hypophosphatasia：HPP）という遺伝性の病気は、乳歯早期脱落の原因になりうる。ところが、そうした情報に詳しくない一般歯科医も多く、患者が見逃されている可能性が指摘されている。早期に発見することで、小児科医による診断に至り、適切なケアができる可能性があるとして、大阪大学大学院歯学研究科小児歯科学講座、仲野和彦教授は歯科領域におけるHPPの啓発に努め、早期発見を呼びかけている。

一般歯科医にはあまり意識されない乳歯早期脱落の理由

HPPのため乳歯の早期脱落が起こることは、小児歯科専門医にとっては“常識”だが、一般の歯科医は乳歯の早期脱落とHPPの関係について詳しくないことも多く、「乳歯が抜けてもいずれ永久歯が生えてくるのでそのままにしておく」という人も少なからずいるという。日本小児歯科学会の会員は約5000人（2023年5月現在）、同学会の認定専門医は全国に約1,100人（同）しかおらず“専門医空白県”もある。「小児歯科」を標榜する歯科医院・診療所は全国に3万～4万軒あるとされるが、その多くは学会の会員でもなく、認定専門医の資格も持っていない。

一般の歯科医に対しては、早期に乳歯が脱落したり、歯が揺れたりするなどの場合はHPPの可能性があるということを知っておき、疑わしいケースは小児歯科専門医につなぐなどするよう呼びかけている。

仲野教授は、小児の歯科健診でスクリーニングすることも提案している。「各自治体で、1歳半、3歳などの歯科の乳幼児健診がある。その際に、すでに乳歯が脱落したり、動揺したりする子どもを見つけて、早めに小児科に紹介して診断につなげようという動きが出てきている」と、仲野教授。乳幼児歯科健診は各自治体が実施主体のため、仲野教授は機会あるごとに各自治体の担当者や歯科医師会関係者にHPPについて説明し、健診項目に乳歯の早期脱落を加えるようはたらきかけているという。

強い骨や歯が作れなくなる「低ホスファターゼ症」

HPPは、病的バリアントによって骨や歯を作るのに必要なアルカリフォスファターゼ（ALP）という酵素のはたらきが悪くなったり、はたらかなくなったりするために起こる。ALPのはたらきが低下するとカルシウムがたまることができず、強く健康な骨や歯を作ることができなくなる。

HPPには重症なタイプと軽症なタイプが存在する。重症型はALPの量が非常に低く、たとえば、肋骨が正常に形成されないなど命にかかわるような症状が出るため、小児科医による管理がほとんどで、歯科医が遭遇する症例は極めて少なかった。

一方で、骨の弯曲や乳歯の脱落といった症状だけで命にかかわらないような軽症なタイプの症例は、小児科医の診断のもと歯科医もケアする機会がある。一方で、症状が軽微なことから、患者自身もHPPであることに気付かずに生活している症例も存在している。

従来、HPPは両親からバリエーション遺伝子を受け継いだ場合に発症する（潜性遺伝：以前は「劣性遺伝」と表現された）と考えられてきた。一方、軽症型の患者を分析すると、両親のうち片方だけからバリエーション遺伝子を受け継ぐことで発症している（顕性遺伝：以前は「優性遺伝」と表現された）ことが分かってきた。

軽症型の患者が意識されるようになったのはここ数年のことで、多くは診断されず、自覚もないままに中年期、老年期を迎える人がいることも分かってきた。そうした人の中には、一生懸命歯を磨き歯ぐきもきれいなのに歯がぐらつくようなケースも埋もれているとみられる。また、骨が弱いため骨粗鬆症と間違って診断されて骨粗鬆症治療薬の「ビスホスホネート系製剤」を処方されると、かえって病気が悪化するということも意識されてきている。

「低ホスファターゼ症の専門家と私たち小児歯科は、そうしたことが起こらないよう啓発をするとともに、4歳ぐらいまでに歯が抜けるようなお子さんを追跡して早めに小児科につなぎ、診断をつけてもらおうという動きが出ている」と仲野教授は説明する。

HPPで歯が抜ける理由

軽症型の子どもの歯が早期に脱落するのは、歯の根元部分の表面に問題があるからだ。歯の根の表面では「セメント質」という硬い組織に「歯根膜」という線維が付着してあごの骨に固定される。セメント質を作る際にもALPが必要だが、HPPではセメント質がしっかり作られず歯とそれを支える骨との接着が弱くなり、歯が揺れて最終的に抜け落ちる。

歯を失う理由には通常、外傷、虫歯、歯周炎がある。歯周炎は歯と歯ぐきの間の「歯周ポケット」で歯周病菌が増殖し、歯を支える組織が破壊されることで起こる。歯周病菌は嫌気性のため、歯周ポケットが深くなければ定着できない。子どもは歯周ポケットが浅いため、歯周炎になって歯が抜けることはほとんどない。HPPの患者は歯の根がしっかりと接着しておらず歯周ポケットが深くなっているため、汚れがたまりやすい傾向がある。だが、根本的には歯周炎が原因で歯が抜け落ちているわけではないので、どれだけ口の中をきれいにしても乳歯の早期脱落は防げない。

「乳幼児で生えかわりの時期でもないのに乳歯が抜ける症例では、何らかの全身疾患が背景にあることが疑われる。そこで、1～4歳で歯が抜ける症例をスクリーニングすることで、小児歯科の領域からHPPの患者を早期発見していきたいと考えている」と仲野教授。

患者は希望をもって治療を

HPPで不足している酵素のALPを人工的に合成した薬（一般名「アスホターゼアルファ」）が2015年に世界で初めて日本で承認された。それ以前は、根本療法がなく命をつなぐのが困難であったが、この薬ができたことで重症型患者も命をつなぐことができるようになってきた。

ただ、歯に対するこの薬の効果はまだ検証できていないという。薬が使われるようになって約7年が経過し、初期に使われた子どもの永久歯がやっと生えてくる段階だ。「歯の形成時期は、それぞれの歯でずれている。そのため、歯の形成状態とこの薬の使用期間との関係を分析すると、この薬が歯の形成に効果があるか分かる可能性が高い。症例報告レベルでは、効果の有無が発表され始めており、それらの包括的な分析で効果の有無を明確に示すことができるようになると思われる。そして、効果があると明確に示されれば、我々歯科医もアスホターゼアルファを歯の形成促進のために処方する時代になるかもしれない」と、仲野教授は見通しを語る。

現状では、軽症型で乳歯の早期脱落がある患者に対して歯科医ができるのは対症療法が主だという。

「残念ながら抜けてしまった箇所には入れ歯を入れて、見た目の回復だけではなく、子どもの時期に獲得すべき発音や咀嚼、嚥下などの機能をきちんと獲得してもらえるようにすることを最優先に考えている。また、永久歯への生えかわり以降では、永久歯は歯根が長く乳歯に比べると脱落はしにくいが、歯の表面がうまく形成されないことで、歯とそれを支える骨との接着が不十分である。そこで、一般の人よりも歯周炎になりやすいことを念頭に、1本でも多く歯を長く残すことを目指す」と治療方針を語る。そして、治療を受ける患者・家族の心構えについて次のように語りかける。

「現在の治療に全力を傾けながら、近い将来に根本治療法を確立するための研究活動を精力的に進めている。患者・家族は明るい未来を期待しながら、私たちの頑張りを見て、現在の治療を受けてもらいたい」

会員登録をすると、
記事全文が読めるページに遷移できます。

会員登録して全文を読むログインして全文を読む

医師について