2023年01月16日掲載
医師・歯科医師限定

【第81回日本癌学会レポート】がん専門病院における新型コロナウイルス感染症への取り組み(3000字)

2023年01月16日掲載
医師・歯科医師限定

国立研究開発法人 国立がん研究センター中央病院 感染症部/感染制御室 医師

岩田 敏先生

がん患者が新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)に罹患した場合の死亡リスクは、非がん患者と比較して高いことが知られている。多くのがん患者を扱うがん専門病院は、がん患者の感染症対策をどのように実施すればよいのだろうか。岩田 敏氏(国立がん研究センター中央病院 感染症部/感染制御室 医師)は、第81回日本癌学会学術総会(2022年9月29日~10月1日)にて、がん患者における新型コロナの死亡リスクを踏まえたうえで、同院で実施してきた新型コロナ対策の取り組みを紹介した。

国内における新型コロナ感染状況の変化

日本における新型コロナ感染状況は、オミクロン株の流行以降、若年層が感染拡大の中心となっている。一方死亡率は、依然として高齢者で高い傾向にある。ただし致死率の推移を見ると、2020年7月で4.2%、2021年11月で1.1%、2023年1月現在は0.2%と徐々に低下している。ワクチンの普及や変異株の登場などの影響を受け、全体として予後は改善傾向だ。なお、現在の変異株はオミクロン株が主流であり、系統はBA.1からBA.2、BA.5と移行している。

新型コロナによるがん患者の死亡リスク

一般的にがん患者は非がん患者と比較して、新型コロナ感染時の死亡リスクが上昇することが明らかになっている。2020年に発表された論文によると、血液腫瘍を除くがん患者の死亡リスクは、診断から1年未満の患者で1.72倍とされている。また血液腫瘍患者の場合は、診断から1年未満で2.82倍、診断から5年以上経過していても1.62倍との結果だ。

一方、オミクロン株の流行後は、がん患者においても感染後の予後が改善していることが分かっている。流行初期とオミクロン株流行後の退院率や死亡率を比較した論文を見ると、D614G株流行時に23.5%だった退院率はオミクロン株流行時に41.3%へ上昇し、死亡率は26.4%から0%へ低下した。しかし非がん患者と比較したデータでは、がん患者における死亡率のオッズ比は3.91倍であり依然として死亡リスクは高いといえる。

国立がん研究センター中央病院のコロナ病床運営状況

当院はがんを専門とする病院であるが、新型コロナの流行後、25床から最大32床を新型コロナ専用病床(以下、コロナ病床)として解放した。これまでに839人が入院しており、このうちがん患者の割合は2020年が6.7%、2021年が15.9%、2022年が72.4%と増加傾向にある(2022年9月23日時点のデータ)。そのため、コロナ病床を設置した当初は、全診療科の医師4~8人の交替制で運営していたが、がん患者の入室が増加傾向にある現在は、担当医ががん治療と感染症治療の両方を行っている。

徹底した院内感染対策――がん診療と新型コロナ診療の両立

院内感染対策をしながら、がんと新型コロナの診療を両立させるためには、患者のスクリーニングと院内のゾーニングが重要だ。標準予防策や飛沫予防策、接触予防策を確実に行うことや、徹底した職員の健康管理もポイントとなる。

当院では、新型コロナの流行が始まった2020年1月から対応マニュアルの作成を進め、現在26版まで改訂された。マニュアルでは以下の条件に該当する人をスクリーニング検査の対象者として定めている。

  • 直近7日以内に感染症患者や感染が疑われる患者と接触した人
  • 直近10日以内に呼吸器症状や発熱が出現した人
  • 新型コロナの罹患歴(既往)がある人
  • 味覚、嗅覚障害を認める人


ただし、発熱や呼吸器症状、味覚、嗅覚障害は化学療法を実施している患者にもみられる症状であり、感染症による症状との判別は難しい。そのため実際は、新型コロナが疑われる場合は全てPCR検査を実施しており、その件数は増加傾向にある。

また、外来患者との接触を避けるために、新型コロナが疑われる患者は専用の入口を通じて発熱外来で診察を行っている。エリアのゾーニングについては、1つの病棟をコロナ病床とし、汚染エリアとクリーンエリアを明確に区別する、動線が重なる場所は時間を区切るなどの対策を講じている。

術中の感染予防としては、術前患者を対象に手術1~3日前にPCR検査を実施しているが、無症状の陽性患者が増加しており、手術の延期や遠方から来院している患者への対応が課題となっている。現状緊急手術に関しては、感染症対策を講じたうえで手術を実施している。

新型コロナががん治療に与えた影響

新型コロナの流行初期は、人員確保や病棟の運営が立ち行かず、新規患者の受け入れを制限せざるを得なかった。新型コロナが流行し始めた2020年、当院では1日平均で入院患者数が約9%減少し、初診の外来患者数は約20%減少した。また同年、手術件数は10%、内視鏡検査件数は16%、内視鏡治療件数は12%程度減少している。しかし、いずれの件数も2021年には新型コロナ流行前の値に回復した。

がんは治療が遅れると、がんの種類によって死亡リスクが6~13%程度上昇するとの報告もあることから、感染症の影響は最小限に抑え、がん診療をできる限り通常どおりに実施することが重要だと考えている。そのためには、職員の感染対策を徹底する必要がある。当院では、毎日の体調管理をはじめ、確実なマスクの着用や三密の回避を徹底している。しかし、対策を徹底している状況下でも、オミクロン株の流行時は職員の感染者が増加し、院内クラスターの発生により病棟の入院戦略を再考する必要性に迫られた。

新型コロナに罹患したがん患者への対応

新型コロナに罹患したがん患者への対応も課題となった。流行当初は他者への感染リスクがなくなるまでの期間が判明しておらず、新型コロナ感染者としての対応期間を12週間に設定していたが、その後6週間に見直された。現在は、通常10日で隔離解除となるが、免疫機能が低下しているがん患者では20日を基準として対応している。がん患者が新型コロナを発症した場合はコロナ病床で治療を行い、発症から20日以内のがん治療もコロナ病床で実施している。また「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療の手引き(第8.1版)」にのっとり、がん患者へは早期に抗ウイルス薬を投与している。

がん患者における新型コロナワクチン接種

がん患者においても、新型コロナワクチン接種による感染対策が強く推奨されている。日本におけるワクチンの接種率は高齢者で特に高く、たとえば東京都では、65歳以上の3回目ワクチン接種率が約90%、4回目ワクチン接種率が70%以上となっている。

がん患者に対する特別なワクチンプランはないものの、治療にCD20抗体を使用している患者や造血幹細胞移植後の患者、血液腫瘍の患者はワクチンの効果が現れにくい可能性が示唆されている。非がん患者とがん患者でワクチン接種後の抗体価を比較した論文では、がん患者における2回目ワクチン接種後の抗体価は、非がん患者と比較して十分に上昇していないことも示されている。がん患者においては、ワクチンのブースター接種は必須といえるだろう。ブースター接種を実施しても抗体価が不十分な場合は、中和抗体製剤の使用も選択肢の1つになると考えている。

講演のまとめ

  • がん治療と新型コロナ治療を両立させ、がん治療を中断させないことが重要
  • 新型コロナ予防のためにワクチンや中和抗体製剤を積極的に使用することが必要
  • がん患者が新型コロナに罹患した場合は、早期の抗ウイルス薬投与が望ましい
  • 医療機関における新型コロナ対策として、患者のスクリーニングと病棟のゾーニング、標準予防策の徹底が重要
  • 病院運営を問題なく行うためには、職員の徹底した健康管理が大切

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