2023年09月04日掲載
医師・歯科医師限定

J-OSLERの登録1.4か月分の勤務時間に相当、北大が実態調査――危惧される地方の内科医減少

2023年09月04日掲載
医師・歯科医師限定

北海道大学病院 臨床研修センター副センター長/血液内科 講師

小野澤 真弘先生

新専門医制度開始から5年が経過した。内科専門医制度では「J-OSLER(ジェイ・オスラー:専攻医登録評価システム)上において、160の症例登録と29の病歴要約作成が修了要件となっている。自身が経験した症例や病歴の記載を積み重ね、指導医から評価を受けること自体は専攻医にとって有益である一方、J-OSLERにかかる負担についてさまざまな意見が挙がっている。北海道大学病院では、専攻医と指導医に対してJ-OSLER利用に関するアンケート調査を実施し、2023年7月長崎で開催された第55回日本医学教育学会大会で結果を報告した。本調査を主導した小野澤 真弘氏(北海道大学病院 臨床研修センター副センター長/血液内科 講師)に、J-OSLERの課題と調査概要について話を聞いた。

北大病院では32人中10人が断念――J-OSLERの課題は

2018年度から「新専門医制度」が始まり、学会認定専門医から日本専門医機構が認定する専門医へと移行した。以前の内科認定医では、18症例の病歴要約を紙で提出する形式だったが、新しい内科専門医制度ではJ-OSLER上での160の症例登録と29の病歴要約作成が求められることとなった。症例登録については症例指導医の評価、病歴要約に関しては、受け持ち症例の指導医に加えて、病歴担当指導医、プログラム統括責任者、外部査読委員会の評価を受ける。各段階において、論文査読と同様にリバイスやリジェクトがコメントとともにフィードバックされる仕組みだ。卒前教育で症例報告のフィードバックを受ける機会は少なく、一部の専攻医からは「丁寧な指導により症例報告の書き方が身につけられた」との意見が挙がっている。

一方で、J-OSLERにかかる専攻医や指導医の負担は無視できない。患者情報を確認するためだけに以前の勤務地に赴くことが頻回に行われているなど、本来の登録作業以外にも大きな負担がかかっている。J-OSLERでは初期研修時期の経験症例を使用することが認められているが、J-OSLERのアカウントは内科専攻医となってからしか作成できず、初期研修中にはJ-OSLERの使用権限がない。そのため、多くの内科専攻医は初期研修中の症例経験を病院異動前にワードやエクセルにまとめているが、リバイスや症例変更を求められた際に、患者情報閲覧のために初期研修病院を複数回訪れなければならないケースがあるのだ。

最近では、学生や研修医から「J-OSLERの負担が大きいため内科は選ばない」という声を聞く機会も増えてきた。北海道大学病院内科専門研修プログラムでは2022年度に32人が修了を目指したが、10人が修了要件を満たせずに断念している。

1.4か月分の勤務時間がJ-OSLERに

そこで我々は、専攻医・指導医がJ-OSLERにどれほどの時間を費やしているのか実態調査(Googleフォームを用いた無記名アンケート)を行った。専攻医は北海道大学病院内科専門研修プログラム修了者、指導医は内科専攻プログラム管理委員会にて通知した全56連携施設(当日欠席の施設を含む)の所属指導医を対象にメールで依頼した。実施日は専攻医が2023年2月22日〜28日、指導医が2023年2月24日〜3月3日で、最終的に専攻医44名、指導医67名(事務担当2名含む)より結果を回収した。

まず、J-OSLERにおける症例登録数(160症例)が「過剰である」と回答した割合は専攻医・指導医ともに9割弱にのぼった。病歴要約数(29症例)については、専攻医の77%、指導医の63%が「過剰である」と回答している。

それでは、実際にJ-OSLERの入力にどれほどの時間がかかっているのだろうか。症例登録1症例にかける時間を聞いたところ、専攻医で5〜210分(中央値30分)、指導医で1〜60分(中央値10分)との結果だった。また、病歴要約1症例にかける時間は、専攻医で60〜1,440分(中央値300分)、指導医で5〜600分(中央値30分)であった。

この数値をもとに、症例登録(160症例)と病歴要約(29症例)にかかる合計時間を算出すると、専攻医では95.8〜1,256時間(中央値225時間)、指導医では5.1〜450時間(中央値14.5時間)もの膨大な時間を費やしていることが分かった。ちなみに、これらを勤務時間に換算すると専攻医では中央値1.4か月分、指導医は中央値0.09か月分に相当する。

専攻医は登録時間、指導医は評価時間を示す(提供:小野澤氏)

そのほか、専攻医に対して「J-OSLERの登録作業が診療・研修に影響を与えたか」と聞いたところ、80%が「影響があった」と回答。「J-OSLERの負担が内科選択にどのような影響を与えるか」という問いには、98%が「マイナスの影響がある」と回答している。

また、指導医に対して「J-OSLER開始後に専攻医のベッドサイドでの臨床経験(質・量)にどのような変化があったか」と聞いたところ、33%が「減少した」、63%が「変わらない」と回答した。「専攻医の論文・学会発表の増減」については、40%が「減少した」、57%が「変わらない」と回答。「内科専攻医数の増減」については、40%が「減少した」と答えた。

提供:小野澤氏

J-OSLERの負担について自由記述で回答を求めたところ、以下のような意見が挙げられた(一部抜粋)。

<専攻医の声>

  • 時間外の自己学習の時間を大幅に削られるため平日はなかなか難しい。有給を取って集中的にまとめるしかなかった。
  • 大量の承認要求を送信しなければならないため、早期の処理を要求して指導医との関係が悪化した。
  • 北海道という土地柄、症例の登録と修正にあたり、長時間および長距離の移動をしなければならず、本来行うべき診療時間を削る必要があった。
  • J-OSLERに追い詰められて精神的におかしくなりそうだった。
  • 以前の制度から比べて随分と負担が重くなり、内科には進まないほうがよいと後輩にアドバイスした。など……


<指導医の声>

  • 多忙な病院業務の中、多数の症例をまとめるのは、やるほうも見るほうも大変。内科医減少にもつながる。
  • 症例登録、サマリ作成が目標になってしまい、臨床経験の質・量が明らかに減っている。
  • 専攻医の大変さは見ていられないほど可哀想。寝不足で倒れそうなので、受け持たせる症例数を大幅に減らしている(制度開始前の半分以下)。そのしわ寄せによる中堅クラスの内科医の過労も当院のような医師不足の状況では深刻。さらにそれを見ている初期研修医が内科に魅力を感じない一因になっている。など……

地方の内科医減少、地域偏在への懸念

先述したとおり、J-OSLERでは患者情報を確認するために前任地に行かなければならないケースが多々ある。しかし、病院間の移動時間や距離が長く、人手も不足している地方の病院においては、J-OSLERのために現場を離れることは容易ではない。J-OSLERを進めるには、人手に余裕があり、時間の融通が利く都市部のほうが有利な状況だといえるだろう。中にはJ-OSLER入力のための時間を勤務時間内に設けている病院もあると聞く。

内科専攻医数は全国的に減少傾向にあるものの、都道府県別の内訳を見ると首都圏などの都市部では増加傾向にある(下図)。地方での内科研修が不利な状況が続けば、地方における内科医減少は今後より加速していく恐れがある。北海道では2023年度の新規内科専攻医が89名(前年)から70名へと大きく減少している。

提供:小野澤氏

また、J-OSLERの登録はインターネットにつながっている端末で行われるが、患者情報は院外に持ち出すことができないため、診療の合間に病院端末(電子カルテ)を開きながら行われることが多い。この時間は専攻医にとって患者診療にあたらない“自己研鑽”の時間であり、病院にとっては逸失診療時間となる。2024年度から「医師の働き方改革」が始動する中、診療時間とは別に、自己研鑽としてJ-OSLERにどの程度の時間を費やすことが専門研修修了要件として妥当であるのか、今後さまざまな角度から議論されるべきであると考えている。

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