2022年02月21日掲載
医師・歯科医師限定

【第59回日本癌治療学会レポート】母体の子宮頸がんの移行による小児がん――羊水を吸い込み肺がんを発症した2症例(2600字)

2022年02月21日掲載
医師・歯科医師限定

国立がん研究センター中央病院 小児腫瘍科医長

荒川 歩先生

2021年、2例の小児肺がん症例において、母親の子宮頸がんが羊水を介して子どもに移行し子どもががんを発症したという論文が「The New England Journal of Medicine」で報告された。世界初のこの発見は、小児がん領域に大きなインパクトをもたらした。

国立がん研究センター中央病院の小児腫瘍科医長であり、論文の執筆者でもある荒川 歩氏は、第59回日本癌治療学会学術集会(2021年10月21〜23日)の会長企画シンポジウムの中で、「母体の子宮頸がんの移行により母親由来のがんを発症した小児の2例」と題し、講演を行った。

胎盤を介した母親から子どもへのがんの移行

妊婦の約1,000人に1人はがんに罹患しているといわれているが、がんが母親から子どもへ移行する「mother-to-child transmission(MTCT)」は、がんに罹患している妊婦の約50万人に1人しか発生しないと推定される、非常にまれな現象である。

過去に確認された18例のMTCTの報告は、母親のがんが胎盤を経由して臍帯から子宮内の子どもへ移行するという血行性の移行だった。18例のうち14例は血行性転移が多い白血病やリンパ腫、メラノーマであり、一部は病理診断で胎盤に母のがんが移行していることが確認されている。また胎盤を経由した血行性のMTCTでは、母親のがんが子どものさまざまな臓器に転移を認め、しばしば播種性に転移をしている傾向もある。

羊水の吸入によるがんの移行――症例紹介

我々が報告した2例の小児肺がんでは、これまでの血行性移行とは違った母親から子どもへの新しいがんの移行様式を発見した。子どもが生まれて初めて泣いたとき、母親の子宮頸がんが混ざった羊水を肺に吸い込み、がん細胞が肺に播種するというものだ。

症例(1)

1例目は、生後23か月で肺に多発する腫瘍が見つかり、肺原発性神経内分泌がん(NEC)と診断された男児。母親は出産3か月後に子宮頸部扁平上皮がんと診断され、産後の診断だったため経腟分娩で出産している。

家族の希望により、男児は約1年間無治療で経過観察したところ、興味深いことに一部のがんが縮小していた。自身の免疫機構によって、がん細胞の増殖を抑制していたと考えられる。初診時に確認した画像所見では、気管支に沿う形で10か所以上の多発腫瘍を認めたものの、肺以外に転移はみられていない。

当初は母親から男児にがんが移行した可能性を疑ってはいなかった。そこで、がん遺伝子パネル検査「NCCオンコパネル検査」で男児のNECの遺伝子を解析したところ、他者の遺伝子配列が検出されたが、検査操作段階でのコンタミネーションによるものと考えていた。

しかし、しばらくすると母親が肺に転移をきたし、転移巣からNEC成分が検出された。その時点で初めて母親からのがんの移行を疑い、母親と男児の病理組織を比較したところ、両者の所見が非常に似通っていた。そして遺伝子配列の比較により、男児のがん細胞が母親の子宮頸がん由来であることが示されたのだ。

そして、次世代シーケンス(NGS)で母親と男児のがん細胞のDNA配列を解析すると、両者のがん細胞は共にKRASTP53の同じ変異を有していた。また、母親が持っていて男児の正常細胞には遺伝していなかった47の一塩基多型(SNP)を、男児のがん細胞だけが有していたことから、男児のがん細胞は母親から移行したことが示された。

また染色体検査を行ったところ、男児の正常細胞はXとY染色体を有したが、がん細胞はX染色体のみの女性由来であった。さらに、男児と母親のがん細胞の双方から同じタイプのHPVが検出され、男児のがん細胞が母親由来であることが示された。

荒川氏講演資料(提供:荒川氏)

治療は男児にのみニボルマブが著効した。ニボルマブは抗PD-1抗体でTリンパ球によるがん細胞への攻撃を強める薬剤だ。母親由来のがん細胞は、男児のTリンパ球にとっては非自己であるので、ニボルマブによりがん細胞に対する攻撃が強まった可能性が考えられる。また、ニボルマブ投与後に腫瘍切除を行ったところ完全にネクローシスとなり、今も再発していない。母親にも治験内でニボルマブを投与したが、残念ながらまったく効かず死亡した。

症例(2)

2例目は6歳で左肺腺がんと診断された男児。母親は妊娠中にポリープを指摘されていたが、経過観察のうえ、経腟分娩で出産した。その際の生検で子宮頸部腺がんと診断され、出産から2年後に死亡している。

1例目と同様、男児にNCCオンコパネル検査をしたところ、他者の遺伝子配列が検出された。しかし、出生から6年経過して母親由来のがんを発症することは考えにくく、当初は母親からがんが移行した可能性は疑っていなかった。しかし1例目の経験もあったことから、母子の遺伝子解析を実施したところ両方とも粘液産生性腺がんの像を示し、組織像も似ていた。

1例目と同様にNGSを実施したところ、両者のがん細胞はKRASSTK11の同じ変異を有しており、男児のがん細胞は、母親が持っていて男児の正常細胞には遺伝していないSNP遺伝子を有していることも分かった。さらに、男児のがん細胞が女性由来のX染色体のみを有し、同じタイプのHPVも確認されたため、男児のがん細胞が母親由来であることが示された。

荒川氏講演資料(提供:荒川氏)

生まれてから6年間、がんを発症しなかった理由は、他者のがん細胞のため男児の免疫機構によって非常にゆっくりと進行し、6年たって表在化してきたのではないかと考察する。男児は診断から1年2か月後に左肺の摘出術を行っており、術後3年たった現在も存命である。

講演のまとめ

・親が若年でがんに罹患している小児がん患者の場合は、生殖細胞の変異(germline mutation)の可能性に目が行きがちであるが、母親が妊娠中・出産直後にがんに罹患している場合は、非常にまれではあるがMTCTの可能性もあることを、特に小児がんを診療する立場の医者としては考慮すべきである

・特に小児がんにおいて、がん遺伝子パネル検査で他者の細胞が検出された場合、簡単にコンタミネーションと決めずに、非常にまれではあるがMTCTの可能性を一度は考慮する必要がある

・母親のがんの発症のみならず、子どもへの移行を防ぐという意味でもHPVワクチンの普及は非常に重要である

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