2022年10月21日掲載
医師・歯科医師限定

【第119回日本内科学会レポート】iPS細胞を用いたパーキンソン病治療(3800字)

2022年10月21日掲載
医師・歯科医師限定

京都大学 iPS細胞研究所(CiRA) 所長

髙橋 淳先生

パーキンソン病は、中脳黒質のドパミン神経細胞が進行性に脱落していく神経変性疾患だ。日本には現在約16.3万人の患者がいるとされているが、根本的な治療はまだ確立していない。そんな中、注目を集めているのが、iPS細胞を使った神経再生治療である。京都大学iPS細胞研究所(CiRA)所長の髙橋 淳氏が、第119回日本内科学会総会・講演会(2022年4月15~17日)のシンポジウムにおいて「iPS細胞を用いたパーキンソン病治療」と題し、講演を行った。

治療薬の実用化を阻む“死の谷”

パーキンソン病は、中脳黒質のドパミン神経細胞が失われることで、手足の震えやこわばり、運動低下などが生じる神経変性疾患である。しかし、従来の治療では失われた神経細胞を回復させることは困難だ。そこで我々はiPS細胞による再生医療に着目し、2018年から「iPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞を用いたパーキンソン病治療に関する医師主導治験」を開始した。

通常、治療法の開発において、基礎研究の成果を臨床応用につなげるには、非常に険しい関門、いわゆる“死の谷”を超えていかなければならない。我々は、基礎研究から治験に至るまでの過程で、この“死の谷”を超える努力や工夫をしてきた。本講演では、その中で特にポイントとなった「科学的根拠」「非臨床研究」「治験」の3つに焦点を当て、解説していく。

iPS細胞を用いる科学的根拠――移植細胞の作用機序

パーキンソン病治療ではすでに多くの治療薬が用いられているが、なぜiPS細胞移植が必要となるのか、その意義について考察したい。

L-ドパ製剤の作用機序――根本原因「神経細胞の減少」に対する治療

我々の体には、多数のドパミン神経細胞が存在している。これが被殻の神経細胞に到達してドパミンを放出することで、体を動かすことができる。しかし、パーキンソン病では、ドパミン神経細胞内にα-シヌクレインが蓄積し、ドパミン神経細胞が失われていく。そして徐々に体を動かしづらくなっていくのだ。

パーキンソン病の薬物療法で主に用いられているのが、L-ドパ製剤だ。ドパミンは分子量が大きく血液脳関門を通過することができないため、ドパミンの前駆物質で分子量の小さなL-ドパを服用するのだが、ここで留意すべきポイントが1つある。L-ドパは「ドパミン神経細胞を介して」ドパミンを生成するということだ。L-ドパ自体が、直接作用しているわけではない。

髙橋氏講演資料(提供:髙橋氏、イラスト作成:大内田 美紗紀氏)

しかし前述したとおり、パーキンソン病ではドパミン神経細胞が次第に減少していく。ゆえに、ドパミン神経細胞がある程度残っている初期段階ではL-ドパ製剤は著効するケースが多いが、進行するとL-ドパからドパミンを産生するための神経細胞が失われていくため、L-ドパ製剤の効果も失われていく。

そこで、注目されるのがドパミン神経細胞移植だ。移植された細胞は、L-ドパからドパミンの産生を助けるだけでなく、自らドパミンを産生することができる。しかしここで浮上する疑問が、移植した細胞が果たしてきちんと生着・機能するのかということである。

これに関しては、いくつかの先行研究がある。1987年、スウェーデンのルンド大学病院で、胎児中脳黒質細胞がパーキンソン病患者に世界で初めて移植された。これをきっかけに、欧米を中心に400例以上の胎児細胞移植が行われている。多数の報告がある中、中軽症例で症状の改善がみられ、20年以上効果が持続しているケースもある。しかし、胎児の細胞を通常診療で用いることは倫理的なハードルが高い。そこで着目したのが、iPS細胞移植だ。

ドパミン神経細胞の誘導

iPS細胞からドパミン神経細胞を作製するにあたり、まずドパミン神経細胞がどこから発生するのかを調べる必要があった。これについて我々は、中脳のFloor plate(底板)から発生することを報告し、そこから誘導して作製を試みた。

作製の過程では、ドパミン神経細胞だけなく、ほかにもさまざまな異なる細胞が作られる。そのため、安全性、有効性、均一性を保つために、ドパミン神経細胞の表面マーカーを用いて、ドパミン神経細胞だけを選別する手法を開発している。

霊長類モデルを用いたシミュレーション

次に、霊長類モデル(カニクイザル)を用いた実験を行った。大きなマウスではなく、「小さなヒト」と捉え、臨床試験のシミュレーションであることを意識し、実際の臨床試験と同様のプロトコルで実験した。

まず、カニクイザルにMPTPを投与し、パーキンソン病患者のモデルを作製した。そのモデルの脳に、ヒトのiPS細胞から作ったドパミン神経細胞を移植して2年間経過を観察した後、脳切片の組織学評価を実施した。ビデオによる行動解析を行った結果、MPTPでドパミン神経細胞を脱落させたカニクイザルは、投与開始から動作の減少、手足の震えなどの症状がみられたが、移植1年後には、震えの症状が消失し、動作もしなやかになった。さらに、顔の表情や運動にも多様性が出てきた。

さらに、サルパーキンソン病スコアに改変した神経学的スコア(UPDRS)で点数化したところ、健常者からiPS細胞を移植した群(青)と、パーキンソン病患者からiPS細胞を移植した群(赤)では、どちらもスコアが減少していた。この結果が、本当にiPS細胞移植によるものか確認をするために、PETを用いた検証も行っている。FDOPAでドパミン合成を、PE2Iでドパミン再取り込みを確認した結果、移植した細胞が被殻に生着し、ドパミン神経細胞として機能していることが分かった。

また移植2年後に、脳切片でドパミン神経細胞マーカー染色をしたところ、移植された細胞が生着していたことも分かった。生着した細胞数は、片側で約64,000個、左右合計すると約130,000個であった。胎児細胞移植での研究報告において、症状改善に必要な生着数のコンセンサスが約10万個とされており、それと同等の生着が得られたといえる。

非臨床試験――臨床株の安全性・有効性の確認

臨床応用を考える際は、「実験用の細胞」ではなく、実際に患者に投与する細胞(臨床株)で安全性と有効性を確認し、投与する規格を設定する必要がある。

iPS細胞製造の工程管理と品質の考え方については、厚生労働省から5指針が出されている。細胞成分・非細胞成分の安全性と有効性については、以下のとおりだ。

髙橋氏講演資料(提供:髙橋氏)

我々が実施する治験では、有効細胞成分はドパミン神経前駆細胞にあたる。また、目的外細胞成分は、脳内で増殖する可能性のある未分化iPS細胞や神経幹細胞、がんになる可能性のある形質転換細胞が該当する。最終製品の品質規格試験では、これらの細胞について厳しいチェックを行う。免疫不全マウスを用いたin vivo試験では、約1年間経過観察したが、腫瘍性増殖や悪性所見、他臓器へ毒性・転移はみられず、移植片に起因する死亡もなかったことが確認され、治験に進むことができた。

治験について――概要と評価方法

2018年8月に患者の募集を開始し、同年10月に第1例目の手術(片側)を実施した。半年間観察し異常はみられなかったため、翌年に1例目の対側手術を行い、2例目以降は両側の手術を実施している。2021年12月に予定していた7例全ての手術を完了し、現在経過観察をしている。 

治験では、まず京都大学医学部附属病院(以下、京大病院)で健常人ドナーから血液の提供を受け、CiRAで臨床用iPS細胞を作製する。そこから分化誘導したドパミン神経前駆細胞を京大病院に送り、移植手術後に安全性と有効性を評価する。

本治験は非盲検・非対照(術前と術後の症状を比較)とし、単施設(京大病院)で実施している。Hoehn&Yahr重症度分類がIII~IVのパーキンソン病患者を対象、観察期間は24か月とした。

細胞移植は、定位的脳手術で実施。全身麻酔下で両側穿頭術を行い、3本の刺入経路を用いて、1つの刺入経路あたり4~8か所ずつ合計約250万個あるいは500万個の細胞を移植した(両側で合計約500万個あるいは1,000万個)。その後、免疫抑制剤としてタクロリムスを1年間投与する。

主要評価項目と副次評価項目は以下のとおりである。

<主要評価項目>

(1)有害事象の発現頻度と程度

(2)移植後24か月における脳内の移植片増大の有無

<副次評価項目>

(1)MDS-UPDRS

(2)1日平均オン/オフ時間

(3)Hoehn&Yahr重症度

(4)PDQ-39スコア

(5)EQ-5D-5L など

さらに、移植細胞・免疫反応に関してPETを用いてより客観的な評価も行う。具体的な評価方法は以下のとおりである。

  • 18F-FDOPA……ドパミン合成を検知。移植細胞の生着、成熟、機能発現を評価
  • 18F-FLT……細胞増殖能を検知。移植細胞の異常増殖、腫瘍化の有無判定に有効
  • 18F-GE180……炎症によるミクログリアの活性化を検知。移植後の拒絶反応や神経炎症の有無判定に有効

細胞を中心とした新しい治療戦略

我々の研究のみならず、さまざま分野で細胞移植の治療開発が進み、実用化の可能性がみえてきた。今後は従来の薬物治療や遺伝子治療、リハビリテーション、医療機器と組み合わせて細胞機能を高める治療、いわゆる“第2世代の細胞移植”が進んでいくのではないかと考えている。

講演のまとめ

  • パーキンソン病を克服するためには、根本原因であるドパミン神経細胞の消失にアプローチする必要がある
  • 霊長類モデルを用いた実験では、ドパミン神経細胞の移植によってパーキンソン病の症状に明らかな改善がみられ、移植2年経過後も移植細胞の生着が確認できた
  • 2018年から7例のパーキンソン病患者に対し、iPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞移植の医師主導治験を実施しており、現在術後の経過観察中である
  • 将来的には、単に細胞を移植するだけではなく、既存のほかの治療を組み合わせながら移植細胞の機能をより高める治療が進んでいくだろう

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