2022年11月02日掲載
医師・歯科医師限定

【第59回日本癌治療学会レポート】大腸手術におけるアウトカム向上を目指した医療機器の開発――AIによるナビゲーションシステムと酸素飽和度イメージング(2500字)

2022年11月02日掲載
医師・歯科医師限定

国立がん研究センター東病院 医療機器開発推進部門 医療機器開発推進部 手術機器開発推進室 室長 / 国立がん研究センター東病院 大腸外科 医員

長谷川 寛先生

現在の医療における画像情報やAI(人工知能)の活用は大きく進歩し、医療の標準化・均てん化に貢献している。しかし、外科治療で術者間・施設間の治療成績の格差が課題となっており、課題解決に向けた医療機器開発が求められている。長谷川 寛氏(国立がん研究センター東病院 医療機器開発推進部門 医療機器開発推進部 手術機器開発推進室 室長/大腸外科 医員)は、第59回日本癌治療学会学術集会(2021年10月21〜23日)で行われたシンポジウムの中で、大腸手術の治療成績向上を目指して企業や研究者と共同で取り組んでいる医療機器の開発について解説した。

※本講演には、同院副院長/医療機器開発推進部門長/大腸外科長 伊藤 雅昭氏が研究代表を務める研究内容を含みます。

外科治療における課題と取り組み

手術の手技は術者の経験や技量により、いわゆる“暗黙知”という形で行われている。国内外ともに外科治療の均てん化が進んでおらず、術者間・施設間の治療成績の格差が報告されているのが現状だ。こうした外科診療における課題に対して、我々の医療機器開発推進部門ではアウトカムの向上を目指した医療機器の開発を行っている。

具体的な取り組み内容は、術中合併症発生率の低下を目的とする「AIを用いたナビゲーションシステム」、術後合併症発生率の低下を目的とする「再建腸管の血流の可視化」「再建腸管の減圧」に関する研究開発だ。これらについて詳しく紹介していく。

AIを用いたナビゲーションシステム

はじめにAIを用いたナビゲーションシステムの開発についてだ。

医療におけるAIの応用は、下部消化管内視鏡検査におけるポリープの検出や、頭部MRI画像における脳腫瘍の検出など診断領域で進んでいる。一方、外科手術領域におけるAI技術の応用はまだ進んでいないのが現状だ。

我々は2019〜2023年のAMED事業「医療機器等における先進的研究開発・開発体制強靱化事業(旧・先進的医療機器・システム等技術開発事業)」において、オリンパス株式会社、大分大学、福岡工業大学、東京大学と協力して、情報支援内視鏡外科手術システムの製品開発に取り組んでいる。内容は、ナビゲーションシステムをメインとした「情報支援内視鏡外科手術プラットフォーム(Information Rich Platform)」、「自律制御内視鏡システム(Autonomous View Control)」、「自動制御処置具システム(Active Device Control)」の三本柱だ。本講演では、情報支援内視鏡外科手術プラットフォームについて解説する。

情報支援内視鏡外科手術プラットフォームは、手術動画上にランドマークを表示することで、執刀医の意思決定を支援するリアルタイムナビゲーションが目的だ。技術としてランドマークの認識が必要となり、その認識にAIを活用している。ディープラーニングを用いた画像認識におけるタスクは、分類、物体検出、セグメンテーションの3つに分類される。解剖構造の認識は、ピクセルレベルで認識可能なセグメンテーションを用いる。

ランドマーク認識を用いる術式は、腹腔鏡下の左側大腸切除術とした。手術における重要なランドマークは下腸間膜動脈、尿管、下腹神経である。

AIを用いるためには、データセットの作成が必要だ。6,306枚の動脈画像と17,134枚の尿管画像、13,600枚の神経画像のデータセットを作成し、認識精度を評価した。認識精度の評価はDice係数を用い、動脈0.77、尿管0.72、神経0.56と良好であった。AIの製品開発には産業利用可能なデータベースの構築が必須であり、データベース構築を行っている別のAMED事業と連携して製品開発を進めていく予定だ。

再建腸管の血流の可視化――酸素飽和度イメージングの開発

消化器外科手術におけるもっとも重篤な合併症は縫合不全(吻合した腸管が癒合せずに破綻して便が腹腔内に漏れる状態)だ。年間約2万件の直腸手術における縫合不全の発生率は10.2%、死亡率は0.9%という報告もある。

縫合不全を回避するには血流がもっとも重要な因子で、リアルタイムに血流を可視化するICG蛍光法が注目されている。国立がん研究センター東病院では、ICG蛍光法を導入することで縫合不全の発生率が12.4%から2.8%と著明に低下した。一方で、ICG蛍光法にはインドシアニングリーンの投与が必要である、定性的な評価である、反復利用ができない、術中使用に限定されるという課題も残る。

ICG蛍光法の課題を解決するべく考案されたのが、酸素飽和度イメージングである。酸素飽和度イメージングでは、薬剤投与をせずに組織の酸素飽和度をリアルタイムに測定可能だ。そのほか、薬剤投与が必要ないため反復使用できる、酸素飽和度が数値として算出されるため定量評価ができる、術中だけでなく術後にも使用できるといった利点もある。

ブタを用いた虚血モデルでは、虚血部位が青く表示され、低酸素を認識できることが確認された(下図)。現在はヒトに対して応用されている。

Hasegawa H,et al. BMC Surg. 2020 Oct 22 250 (2020)より引用

再建腸管の減圧――専用ドレーンの開発

縫合不全を回避するための重要な因子は、血流のほかに再建腸管における減圧が挙げられる。減圧のために経肛門的にドレーンを留置するが、汎用のドレーン固定は皮膚に縫い付けるため疼痛を伴う。腸管穿孔のリスクがあることや専用のドレーンがないことも課題だ。

そこで我々は、再建腸管の減圧を目的とした専用ドレーン「WING DRAIN」の開発(研究代表者:伊藤 雅昭氏)を行った。専用の経肛門ドレーンは、穿孔リスクを軽減させるバルーン構造や回収効率を上げた二重管構造、シリコン接着剤による固定など、新しいコンセプトによって設計した。

長谷川氏講演資料(提供:長谷川氏)

この専用ドレーンについて、多施設共同第II相試験「WING DRAIN STUDY」を行った。対象は肛門縁から10cm以内の原発性直腸がんで器械吻合を予定する症例だ。器械吻合再建かつ経肛門ドレーンを5日間留置した後で抜去し、術後縫合不全の評価を行った。主要評価項目は症候性縫合不全発生率で、サンプルサイズは96例だった。腸管穿孔は1例も認められず縫合不全発生率は5.2%であり、経肛門ドレーンの安全性と有効性が示される結果となった。

講演のまとめ

  • 外科手術領域におけるAIの活用として、ランドマークを用いた手術支援システムの開発を進めている
  • 酸素飽和度イメージングによる再建腸管血流の可視化はICG蛍光法の欠点をカバーし、縫合不全の発生率を下げられる可能性がある
  • 多施設共同第II相試験「WING DRAIN STUDY」にて、再建腸管の減圧を目的とした専用ドレーン(経肛門ドレーン)の安全性と有効性が確認されている

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