2022年09月01日掲載
医師・歯科医師限定

【第59回日本癌治療学会レポート】がんの近赤外光線免疫療法(NIR-PIT)――メカニズムや課題、今後の展望とは(3000字)

2022年09月01日掲載
医師・歯科医師限定

アメリカ国立衛生研究所(NIH)/アメリカ国立がん研究所(NCI)主任研究員

小林 久隆先生

近赤外光線免疫療法(NIR-PIT)とは、がん細胞に特異的に結合する抗体とIR700を組み合わせて静脈内投与した後、人体に無害な近赤外光を標的部位に照射する治療法である。開発者であるアメリカ国立衛生研究所(NIH)/アメリカ国立がん研究所(NCI)主任研究員の小林 久隆氏は、第59回日本癌治療学会学術集会(2021年10月21日~10月23日)における特別講演の中で、本治療法について解説した。

がんの近赤外光線免疫療法のメカニズム

がん治療は、手術療法、放射線療法、化学療法の3つが主体である。これらの治療はがん細胞を減らすことを目的としている。しかしながら、免疫細胞や所属リンパ節ごとがんを切除する手術療法や、リンパ球に強いダメージを与える放射線療法、分裂の激しい細胞に強い作用を及ぼしやすい既存の化学療法には、一般的に免疫低下のリスクが存在する。これらの治療とは逆に体の免疫を活性化することを目的に誕生した治療法が免疫療法であり、現在は抗PD-1/PD-L1抗体や抗CTLA-4抗体などの免疫チェックポイント阻害薬などが臨床使用されている。そして今回紹介するNIR-PITは、その両方の利点を1つの治療で実現するために、免疫細胞にダメージを与えることなく、悪性のがん細胞のみを選択的に破壊することを基本概念として研究・開発された治療法である。

NIR-PITの開発にあたり、特定のがん細胞に結合する抗体に何かしらの物質を付加して治療する方法を考えた。この方法については100年以上前から検討が続けられているものの、細胞障害性の薬物を添付すると標的細胞以外にも毒性を発揮してしまうという課題があった。そこで、毒性のない薬物ががん細胞と結合したときにのみ光に反応して細胞毒性を起こすことができる物質を追い求めた結果、IR700という物質にたどり着いたのである。

抗体-IR700結合体が細胞と結合した後に無害な近赤外光を照射することで、IR700が光化学反応を起こしてその物性が変化する。このIR700の物性変化によって、IR700が共有結合で結合している抗体および抗体が結合した抗原蛋白の形状が変化し、抗原が発現している細胞膜に機能障害が生じる。NIR-PITは化学反応と物理反応を用いた治療法といえるだろう。細胞膜の変化に関しては、当然1点だと効果はないが、1つの細胞に複数の細胞膜障害を重ねることで細胞膜の機能が障害されて標的の細胞は死に至る。その後、細胞は細胞外の水分を吸収し、数倍に膨張した後破裂して全ての内容物が漏出する。NIR-PITは標的細胞のみを破壊することで大量の抗原を一気に漏出させ、それらを認識する免疫反応を強力に作用させることができる。

細胞膜の破裂によって免疫学的細胞死(ICD)が生じると、漏出した細胞内容物によって近傍に存在する未成熟の樹状細胞が刺激され成熟する。さらに破壊されたがん細胞から放出された大量の抗原を成熟した樹状細胞が受け取り、腫瘍免疫のサイクルが始動することで、がん細胞に対する獲得免疫が誘導され破壊しきれず残存した1〜2割ほどのがん細胞もこの免疫によって処理することも可能だ。実際、ヌードマウスにNIR-PITを行った実験では、全てのマウスで再発と死亡が確認された一方で、免疫のあるマウスでは一度の照射で完治するマウスが現れた。一度完治したマウスでは、再度がん細胞を移植しても再発はみられず、活性化CD8の数も明らかに増加していた。このことから、細胞破壊によってT細胞が新たに教育され、残存したがん細胞への攻撃と獲得免疫の活性化が起こったと想定される。

なお、がんは一般的に低酸素状態になりやすいとされているが、水溶性の抗体-IR700結合体は低酸素状態の照射によって効率よく反応を進めることができる。この点からもがんに適した治療法といえるだろう。

近赤外光線免疫療法の課題と診断

NIR-PITの課題は、レーザー光を照射した箇所周辺の痛みや腫れである。低温やけどもその一因と考えられるが、光の強さを弱くすることで大幅に改善することが可能だ。また、ワイヤレスLEDという腫瘍の中に埋め込むことができる発光デバイスにも注目している。大きさは1mmほどと非常に小さい。ワイヤーで通電する必要はなく、スマートフォンの充電のように生体の下に置いたコイルに通電させることで、リモートでLEDを光らせるシステムだ。侵襲なく繰り返し照射を行うことが可能なので、胆道がん患者のステントチューブに埋め込むなどの使用法が想定される。蛍光観察ができるという点では、消化管がん患者にも応用が有効だろう。内視鏡から確認しながらがん細胞に照射することで、診断と治療の一体化が期待できる。

がん細胞が死滅したかを判断する方法としては、FDG-PET検査が有効だ。NIR-PITでは照射後すぐにがん細胞の代謝が完全に停止するため、治療直後の効果判定も可能である。

近赤外光線免疫療法 今後の展望

NIR-PITは標的とする細胞のみを狙って攻撃することが可能だ。そのため、がん細胞だけでなく免疫抑制細胞を攻撃することで、現在のがん免疫療法で起こる全身の自己免疫過剰やほかの正常臓器での副作用を心配することなく、腫瘍局所で免疫を活性化させることもできる。

免疫のあるマウスに腫瘍を移植し、片側の腫瘍のみCD25を標的としてTreg細胞を攻撃した実験では、翌日には腫瘍が縮小していた。これは、Treg細胞の一斉除去によって超早期に免疫細胞が活性化したためである。実際、Treg細胞の攻撃後3時間ほどで、80%ほどのNK細胞がインターフェロンγを分泌したことを確認している。また、攻撃していない片側の腫瘍においても縮小が確認された。つまり、腫瘍浸潤リンパ球が存在すれば、Treg細胞という抑制因子を外すことによって一気に全身のがん細胞を攻撃して治療することが可能ということだ。ただし、がんであっても、攻撃したものとは別のがん種であれば効果を示さない。

重要なのは、Treg細胞を一気に攻撃するということだ。一度に80%以上のTreg細胞を数分間で叩くことで、免疫のバランスが覆り、がん細胞を強力に破壊することができる。さらには、体内のほかの腫瘍においてもCD8の活性化がみられるようになる。

近赤外光線免疫療法によるコンビネーションセラピー

がん治療においては、がん細胞の破壊と免疫細胞の活性化を組み合わせていくことがベストである。さらには、免疫細胞に余裕があればあるほどメモリーT細胞が残りやすく再発を防ぐことができるうえ、血流に乗って移動するCD8による転移先の治療も可能だ。

ここで、がん細胞CD44とTreg細胞CD25の2つを同時に標的とした治療について報告する。シングルセラピー1回治療時にはそれぞれ20%以下の完治率であったが、コンビネーションセラピーによっては60%以上のマウスが一度の治療で完治した。完治率は、治療回数を重ねることで、さらに高めることが可能だ。さらに、一度完治したマウスには再度がん細胞を移植しても、獲得免疫の効果によって再発することはない。

病理がん組織画像を以下に示す。CD25攻撃後1日目には、すでにがん組織周辺のTreg細胞(CD4+Fox3+)が大きく減少していることが分かる。4日目には多数のCD8細胞ががん細胞の中に侵入し、7日目にはがん細胞における巨大なネクローシス誕生と、より密度の高いCD8の侵入も確認できる。

小林氏講演資料(提供:小林氏)

なお、CD8細胞ががん細胞を攻撃する際には接近する必要がある。そのため、組織画像によって細胞の場所や分布、接触を確認する。このようにしてデータを蓄積していくことで、NIR-PITの効果と予後の診断材料になると考えている。

また、Treg細胞にCD25抗体-IR700結合体を結合させ照射するとTreg細胞は破壊されるが、その後CD8細胞が活性化した際にCD25が細胞膜上に発現すると、血中に残っている抗体がCD8細胞上のCD25分子と結合してしまう。すると、IL2の結合が妨げられる可能性があり、その場合にはCD8細胞が十分に活性化できなくなる。そのため、CD8細胞へのIL2の結合を邪魔しないようなCD25抗体が必要だと考えられた。そこで我々は、IL2の結合を邪魔しないうえ、さらに抗体に抗体依存性細胞傷害(ADCC)活性をもたせないことでCD8細胞を障害することのない、IR700の運搬だけを目的とした抗体を作製した。副作用が考えられない科学的には完璧なTreg標的抗体として、NIHで約3年後を目処にフェーズ1の治験に移行できるよう進めている。

講演のまとめ

  • NIR-PITは、がん細胞の破壊と免疫細胞の活性化を同時に生じさせることが可能な唯一の治療法である
  • NIR-PITによるがん細胞と免疫抑制細胞を同時に標的にしたコンビネーションセラピーは転移に対しても効果を発揮し、再発を予防する可能性がある

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