2022年09月08日掲載
医師・歯科医師限定

【第62回日本肺癌学会レポート】血液マイクロRNAを用いた次世代型がん検診(3000字)

2022年09月08日掲載
医師・歯科医師限定

東京医科大学医学総合研究所 分子細胞治療研究部門 教授

落谷 孝広先生

肺がん検診ではCTを用いた検査が一般的であるが、X線被ばく、装置の大きさ、検査にかかる時間など多くの課題がある。そのような中、血液などの体液に含まれるマイクロRNAを対象とした高感度ながん検査の研究が進められている。東京医科大学医学総合研究所 分子細胞治療研究部門 教授の落谷 孝広氏は、第62回日本肺癌学会学術集会(2021年11月26日〜28日)で行われたシンポジウムの中で、血液中のマイクロRNAを用いたがん検査やその応用について、最新の研究によって得られた知見を解説した。

がん細胞とエクソソームの関係性――がん制御の可能性

我々人間があらゆる手段でコミュニケーションを取るように、がん細胞も周囲に存在する多くの細胞やがん細胞とコミュニケーションを図っている。従来細胞間のコミュニケーションツールとして、ケモカイン、サイトカイン、グロースファクターが知られてきたが、がん領域で注目されている物質が「エクソソーム」と呼ばれる100nmの細胞外小胞だ。正常細胞もエクソソームを出すが、がん細胞に変化すると外部・内部ともに特徴が大きく変化する。これらは最終的に体液中に流れ込んでくるため、リキッドバイオプシーの大きなターゲットとなるのだ。

検体から得られたエクソソームにはさまざまな情報が含まれている。たとえば、重要な検診バイオマーカーとなるタンパク質、ctDNAと呼ばれる特徴的な肺がんのDNA断片もエクソソームによって細胞外に排出される。また、マイクロRNAをはじめとするノンコーディングRNA、1,000を超えるタンパク質や代謝産物なども含まれる。実際にがん細胞は特定のタンパク質あるいはRNAの情報を選択的にエクソソームに詰め込み放出するメカニズムがあることを、我々は報告してきた。

がん細胞が分泌するエクソソームは、がんの発生、転移、薬剤耐性獲得といった病態においても重要である。我々が行ってきたマウスの実験では、がん細胞のエクソソーム分泌を止めると肺への転移がほとんどなくなることが分かっている。つまり、エクソソームの分泌を制御することで新たながんの制御につながる可能性がある。

エクソソーム情報によるがんの早期発見

我々は、エクソソームのマイクロRNAを利用することでがんの早期発見につなげようと試みている。がん細胞がネクローシスやアポトーシスを起こすときに放出されるDNA断片「ctDNA(血中循環腫瘍DNA)」が近年世の中を席巻している。多くのがんを偽陽性率0.22%で判定可能なCancerSEEKもリキッドバイオプシーで行われている。

ctDNAを用いたPATHFINDER Studyでは、13種類のがんを非常に早期に発見できる可能性が示唆されたが、画像診断前にctDNAを一次スクリーニングとして扱う可能性についてはさらなる検討が必要だろう。

がん検索とマイクロRNA

肺がん検診におけるバイオマーカーの選択は世界共通の課題である中、我々が注目しているのが、肺がんを含む13種類のがんを早期発見できる血液中のマイクロRNAだ。我々は国立がん研究センターを中心に行ったプロジェクトによって保管されている検体を用いて、2,600種類あるマイクロDNAを高速高感度で見つける技術で分析した。さまざまな要因で変化するマイクロDNAを適切にコントロールしながら、がん患者や非がん患者の検体でもっとも小さいCV値/AJ値を持つマイクロRNAを探し出した。その結果、miR-149-3p、miR-2861、miR-4463の3つのマイクロRNAを使って標準化することができた。早期発見が本プロジェクトの目的であることから、ステージI/IIを中心に臨床情報とマイクロRNAのデータを格納して分析してきた。現在では、各がんの特徴をある程度示すマイクロRNAの組み合わせが明らかになりつつある状況だ。

肺がん検索におけるマイクロRNA

肺がんのマイクロRNAによる検索は、国立がん研究センター中央病院のチームが論文を報告している。がん/非がんの3,744検体を検証し、マイクロRNA解析を行った。

下図のPCAマッピングから分かるとおり、がん患者と非がん患者がはっきりと分かれており、さらにヒートマップを確認すると、肺がん患者の血液中のマイクロRNAには特徴があることが分かる。

Asakura, K. et al. Commun Biol 3, 134 (2020). より引用

この解析では3種類のマイクロRNAを選択しているが、それぞれ感度、特異度、精度が異なる。それぞれ単独でも良好な検出能であるが、主にmiR-1268bとmiR-6075が非常に高い検出を示していることが分かっている。これらを組み合わせることで、AUCが0.993と高い判別能を持つことになる。さらに、ステージにかかわらずこれらの組み合わせは有用であり、がん組織によっても、腺がんで95.1%、扁平上皮がんで94.2%、小細胞がんで90.9%と、高精度にがん/非がんを判別することが可能である。さらに、これらのマイクロRNAが肺がんから分泌されているものであるとすれば、術前と術後でどのような変化が起こるのかについても検討できる。miR-1268bとmiR-6075の組み合わせを指標として術前術後を比較すると、術後の画像診断で肺がんが消失した状態では健常人レベルまで戻っていることが分かった。これらの結果から、マイクロRNAの検査は肺がん治療のモニタリングにも有効である。

マイクロRNAの今後

マイクロRNAの今後の課題として、これまでに解説した結果はラボデータによって得られたものであり、まずは大規模な対象集団研究が非常に重要である。また、健診や一次スクリーニングなど、臨床に応用する方向性を見据えて企業努力をする必要がある。

CT検査と相性がよいといわれるAIは、マイクロRNAとの相性も非常に良好だ。これらを組み合わせることで、さらに新しい肺がん検診が誕生するだろう。我々がAIを用いて肺がんを診断した結果、非常に高い診断能を示しただけでなく、他がんとの鑑別にも用いることが可能であった。

実際に2,600種類のマイクロRNAのうち、500種類のマイクロRNAを用いて判定することで、人間にはとうてい構築できない判定アルゴリズムで高度な判定をする。AIの活用によってマイクロRNAだけでなく、画像診断、Genome、Epigenomeなど多くのモダリティを統合させることで新しいがん診断が誕生することは間違いないだろう。

人間は1日に1万リットルの呼気を出す。呼気中にはマイクロRNAを持つエクソソームが多く含まれているため、将来的には呼気によって肺がんやその病態診断が可能になるだろうと確信している。

講演のまとめ

  • がん細胞はエクソソームと呼ばれる100nmの細胞外小胞を介してコミュニケーションをとっている
  • エクソソームの分泌を制御することで新たながんの制御につながる可能性がある
  • 13種類のがんの特徴をある程度示すマイクロRNAの組み合わせが明らかになりつつある
  • 肺がんにおいてはmiR-1268bとmiR-6075の検出が高く、これらを組み合わせることで高い判別能を持つ
  • 術後の画像診断で肺がんが消失した状態ではmiR-1268bとmiR-6075が健常人レベルまで戻ることから、マイクロRNAの検査は肺がん治療のモニタリングにも有効である
  • マイクロRNAとAIを組み合わせることで、さらに新しい肺がん検診が誕生する可能性がある

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