2022年06月24日掲載
医師・歯科医師限定

【セミナーレポート】「ハートノート」がつなぐ心臓病診療――心不全による再入院を減らすための課題、多様化が必要な治療の目標/場所/従事者(3700字)

2022年06月24日掲載
医師・歯科医師限定

大阪大学 大学院医学系研究科 循環器内科学 教授

坂田 泰史先生

「ハ―トノート」は大阪心不全地域医療連携の会(以下、OSHEF)が発案した、心不全による再入院を減らすための自己管理ツールである。患者に向けた心不全の解説に加え、日々の体重・脈拍・自覚症状に対して点数(心不全ポイント)を付けて自身の病状を評価できる。心不全ポイントは早期受診・緊急受診のための判断基準となり、再入院の回避にもつながると期待されている。第1回 ハートノートフォーラム(2022年2月5日)では、坂田 泰史氏(大阪大学 大学院医学系研究科 循環器内科学 教授)が『「ハートノート」がつなぐ心臓病診療』と題し、ハートノートの心不全診療活用の可能性について講演を行った。

心不全診療の課題――患者割合の急増と背景にある少子高齢化

心不全診療の課題として、患者数の増加が前々から挙げられている。近年、日本の人口は減少し続けており、いつか1億人を切る。そのなかで相対的に心不全患者が増えていくのは間違いない。しかも患者は後期高齢者と呼ばれる年代が多く、これが心不全患者の増加の大きな要因になっている。

心不全診療における課題の1つは心不全患者の急激な増加、いわゆるパンデミックであろう。その大きな要因は高齢化であり、後期高齢者の患者が増えることで結果的に心不全患者も増加し続ける。さらに、少子化も相まって心不全診療のコストを誰が負担するのかという医療経済的な問題に直面するだろう。厚生労働省の報告によれば、日本の医療費における循環器系疾患が占める割合はおよそ2割となる約6兆円で、この高い比率をどうするかは日本の医療経済的な大きな課題となっているのだ。いかにして心不全患者の数を減らすのかという“闘い”は、すでに始まっている。

心不全治療「目標」の多様化――IoHの時代へ

そのような課題を踏まえ、今後何が必要になるのだろうか。私は3つのことを「多様化」する必要があると考えている。

まず1つは「心不全治療目標の多様化」だ。我々循環器医は従来、心不全の予後をいかに延長するか、すなわち1分1秒でも心臓が鼓動を続けられるかを目標にしてきた。もちろんその目標は崇高で、今後も追い求め続けるべきものではあるが、一方で果たして本当にそれだけでよいのかという疑問も残る。近年、公衆衛生や社会医学的な観点において、新たな視点で心不全診療を捉えるようになった。すなわちQALY(質調整生存年)や、それを得るためのICER(増分費用効果比)といったものが注目されている。

一般的に心不全診療は患者のQOL(生活の質)、ひいては患者自身の幸せを追求するべきである。しかし幸福学とは難しい学問で、患者の幸せを測る絶対的かつ共通の指標があるというわけではない。人が死に向かっていくなかで、それまでの時間と患者自身の幸せをいかに最大化するかが重要で、そのためには治療目標の多様化が必要である。

坂田氏講演資料(提供:坂田氏)

さて、患者自身の幸せを形成する要素の1つに「健康寿命」がある。厚生労働省は、健康寿命を「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」と定義している。つまり、自力で動き日常生活を送れることが重要である。

これまではこの「自力で動けるか」を、問診票などで単純に測ってきた。しかし、現在はもっと客観的な指標で測定可能になっている。ウェアラブル・デバイス(装着可能端末)、あるいはインプランタブル・デバイス(埋め込み型端末)を用いたIoH(Internet of Human)の時代が近付いている。すでに心音の聴診、ホルター心電図は実現されており、運動負荷検査もいずれ可能になる。さらには血液検査を代替するものが登場する可能性もある。これらのデータを総合することで、患者がどのように動いているか・どのくらい動けるのかを的確かつリアルタイムに把握できるのではないだろうか。

心不全治療「場所」の多様化――リハビリを病院以外でも

2つ目は「心不全治療場所の多様化」だ。手術などの治療が必要となれば自宅で行うのは非効率的であり、むしろ病院に集約化していくべきである。ただし、手術以外のさまざまな方法論そのものを全て病院で行う必要はない。その代表例がリハビリテーション(以下、リハビリ)であろう。人間が動くという機能を取り戻すためにもっとも有用な治療がリハビリであることは自明である。我々の専門である心臓ポンプ機能のみならず、筋力・筋肉量・ホルモンバランス、そしてメンタル機能についてもリハビリは大きな影響をもたらす。それらが相まって再入院率が低下することはデータですでに示されている。

しかし、現在の日本において本来リハビリを行うべき急性心不全患者のうち、実際にはわずか7%ほどしかリハビリを実施できていないという報告もある。つまり、本来は入院や外来の中でリハビリを継続的に行わなければいけないのにできていない。なぜそのようなことが起こるのかについては、医療従事者・医療現場のインセンティブを含めた施設側のさまざまな問題に加え、少子高齢化の影響が大きい。リハビリを必要とする高齢の方をさまざまな形で支える生産年齢人口が足りない。それはすなわち、外来に患者を連れて行く者や、入院中に患者にリハビリを行う者である。このような問題に対して現状、我々は何ら解決策を持っていない。

そして、この状況を打開するための1つの方法として、心臓リハビリを自宅で安全に行える環境を整備することの重要性を考えている。必ずしも病院でなくてよい治療をほかに広げていく、そのためにIoTが必要なのだ。また、それを実現するためには当然医師・医療従事者だけではなく、さまざまな多職種が携わる必要がある。

心不全治療「従事者」の多様化――患者への多面的な関与

心不全治療目標/場所の多様化に加えて、もう1つ「心不全治療従事者の多様化」が重要であると考えている。心不全とはご存知のとおり心臓ポンプ機能が悪化して全身に症状をきたした状態であるが、心筋細胞などミクロなものから患者の社会的背景に至るまで、幅広い要素が心不全に影響を及ぼすことが知られている。

たとえば英国のある論文では、孤独のスコアが高いほど心不全入院/ER(救命救急室)が多いということが報告された。医療従事者であれば、患者が配偶者を失って独居になったことで心不全が急に悪化するようなケースを多く見たことがあるだろう。

坂田氏講演資料(提供:坂田氏/Manemann SM. et al. JAHA 2018; 7: e008069より)

このように孤独は予後規定因子になっており、COVID-19時代にはそれが特に大きな負荷になっていると予想される。前2つの「多様化」とは少々逆説的になってしまうが、遠隔のみならず人と直接つながる・会うことが重要といえるだろう。

そうなると、我々心不全診療専門の医師だけでは到底太刀打ちできない。心不全を専門にしていない診療所の医師、訪問診療医、看護師、介護関係者などはもちろん、基礎研究の分野や企業関係者が知識や情報を共有しながら、さまざまな形で心不全患者に関わる必要がある。それはまさに心不全治療「従事者」の多様化である。

坂田氏講演資料(提供:坂田氏)

ハートノート活用の可能性

心不全治療従事者の多様化については、OSHEF所属の医師たちが主導で行う心不全地域連携事業が1つ先駆的な取り組みである。たとえば救急病院の医療従事者、介護関係者、訪問で歯科・服薬指導を担当されている方々などが集まり、多職種で心不全患者を診ようとしている。

彼らは、それぞれの専門性を生かし協働するために患者教育、評価方法、診療情報、運用方法を共通にするためのツールを導入している。その中で患者教育を共通にするために活用されているのが、心不全患者用の自己管理ツール「ハートノート」である。

ハートノートは、非常にシンプルに患者の状態を評価することを目指している。そしてこのたび、竹谷 哲氏(OSHEF代表幹事、医療法人竹谷クリニック院長)や阿部 幸雄氏(大阪市立総合医療センター循環器センター 循環器内科 副部長)、大谷 朋仁氏(大阪大学大学院医学系研究科循環器内科学 講師)をはじめ、多くの方々の努力によって改訂版が完成した。心不全患者の緩和ケアという難しい問題に対するACP(人生会議)なども含めて、分かりやすい文章とイラストで解説されている。

ハートノートを起点にさらに患者教育を深め、今日ご説明した3つの多様化を進めていくことが、今後の心不全急増時代を乗り越える道筋となるであろう。

講演のまとめ

  • 心不全診療の課題は、患者割合の急増と少子高齢化への対応
  • 今後は心不全治療の目標/場所/従事者の多様化が必要となる
  • 心不全治療従事者の多様化に向けたハートノート活用の可能性は大きい


【セミナー概要】
・タイトル:第1回「ハートノート」フォーラム~「ハートノート」コミュニティの誕生~
・日時:2022年2月5日(土)13:30~16:40
・場所:オンラインセミナー(Medical Note Conference)
         
【プログラム】
・ごあいさつ
・基調講演1『医療情報連携はこうなります「患者参加の電子医療記録の可能性」』
松村泰志先生(国立病院機構大阪医療センター院長、一般社団法人健康医療クロスイノベーションラボ理事)
・医療拠点からの事例の共有「ハートノート」導入病院のノウハウを共有します
ファシリテーター:阿部幸雄先生(大阪市立総合医療センター 循環器内科副部長)
・産業側からの取り組みの共有
ファシリテーター:竹谷哲先生(大阪心不全地域医療連携の会代表幹事、一般社団法人健康医療クロスイノベーションラボ理事)
登壇予定企業:アストラゼネカ株式会社(i2.jp)/帝人株式会社/日本生命保険相互会社/ノバルティスファーマ株式会社/阪急阪神ホールディングス株式会社/株式会社フィリップス・ジャパン
・基調講演2『「ハートノート」がつなぐ心臓病診療』
坂田泰史先生(大阪大学大学院医学系研究科循環器内科学教授)
・クロージング
           
主催:一般社団法人健康医療クロスイノベーションラボ
共催:大阪心不全地域医療連携の会
後援:大阪府、大阪市、大阪府医師会、大阪府看護協会、大阪府薬剤師会

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