2022年01月14日掲載
医師・歯科医師限定

【学会レポート】新型コロナウイルスの変異と免疫――時間とともに変化する中和抗体の質、新たな抗体「NT-193」への期待(3000字)

2022年01月14日掲載
医師・歯科医師限定

国立感染症研究所 治療薬・ワクチン開発研究センター センター長

高橋 宜聖先生

COVID-19完全収束の目途が立っていない理由の1つにVOC (Variants Of Concern:懸念される変異株)の存在がある。今後、新たな変異株に備えるためには免疫プロファイリングと抗体医薬の開発を進めることが重要だ。

高橋 宜聖氏(国立感染症研究所 治療薬・ワクチン開発研究センター センター長)は、第68回日本ウイルス学会学術集会(2021年11月16~18日)にて行われたシンポジウムの中で、変異株への免疫反応と新たな中和抗体について解説を行った。

エスケープ変異と免疫反応

変異株における中和抗体からのエスケープ

2021年11月17日時点で、アルファ株・ガンマ株・ベータ株・デルタ株の4種類がVOCに位置づけられている*。これらのうち、特にベータ株は抗体エスケープ能が高いと考えられており、RBD(受容体結合領域)にN501Y・E484K・K417Nの3つの変異が確認されている。高橋氏は1つ目のトピックとして、これらのエスケープ変異に免疫がどのように反応しているのかについて解説した。

*2021年11月26日、新たにオミクロン株がVOCに位置付けられた

カシリビマブなど中和抗体の多くは、通常ACE2受容体との結合部位であるRBDのくぼみ部分を一部エピトープとすることで、ウイルスとACE2受容体との結合を防いでいる。しかし変異株においては、RBDのACE2受容体結合部位近傍で変異が起こっているため、中和抗体との結合性が消失してエスケープされ、ウイルス感染が成立してしまうという。


高橋氏講演資料(提供:高橋氏)

そこで高橋氏は中和抗体からのエスケープ量を検証するため、COVID-19発症・回復を経験した188例、368検体を使って、重症度別に従来株・ガンマ株・ベータ株への中和活性を比較した。導き出された結果は以下のとおりである。

・ベータ株では、抗体の中和活性が3~6分の1以下に低下する

・重症者が獲得した抗体がもっともエスケープされやすい

・E484Kがもっともエスケープに寄与し、K417N・N501Yもわずかながら相乗効果を持つ

本研究から、SARS-CoV-2は遺伝子に変異を入れることによって、抗体からエスケープできる変異株を生じることが明らかとなった。

<図A:変異株への中和活性、図B:変異RBDに結合するIgG量>


図A:WK-521=従来株、501Y.V3=ガンマ株、501Y.V2=ベータ株

Moriyama S,Adachi Y,et al.Immunity. 2021 Aug 10;54(8):1841-1852.e4.より引用

COVID-19回復者・ワクチン接種者では、時間とともに中和抗体の質が向上する

免疫系は、B細胞の抗体遺伝子にもランダムに変異を入れることで抗体結合性を進化させる「抗体の親和性成熟」と呼ばれる機能を持つ。しかしながら、変異株への反応については当初不明であったため、高橋氏らは中和抗体の量だけではなく、質を評価する新たなパラメーターを導入した。

質の低い抗体が高濃度で存在するよりも、質の高い抗体が低濃度で存在するほうが生体へのメリットが大きいことについては、2021年1月に発表された論文で報告されている。高橋氏らはこの報告結果を踏まえ、中和比活性(抗体あたりの中和活性=中和活性/RBD抗体濃度)と交差性(従来株と変異株の相対比=変異株中和活性/従来株中和活性)を算出し、変異株に対する中和抗体の質を評価した。

COVID-19発症後、1〜3か月をTime Point 1、6~8か月をTime Point 2とし、中和比活性とベータ株への交差性を検証した。すると、6〜8か月の時点で中和比活性は約6倍、交差性は約2倍と、時間の経過によって抗体の質が向上していることが確認されたのだ。

そこで、質の向上が抗体の親和性成熟に依存するかどうかを検証するため、ガンマ株・ベータ株への中和比活性と抗体の結合親和性との相関をみたところ、r値は0.6~0.7であり、相関関係が認められたという。

COVID-19発症から3か月以内という早期に作られる中和抗体のほとんどは、変異に弱い抗体だ。しかしながら、その後免疫反応が進行し、数か月以上の時間をかけて抗体の親和性成熟が起こることで、変異に強い中和抗体へと成熟したり、そのような抗体が免疫系によって選択されたりすることが明らかになったのである。

それではCOVID-19回復者ではなく、ワクチン接種者でも同じようなことがいえるのだろうか。高橋氏らはRNAワクチン接種者を対象とし、2回接種から1か月後をTime Point 1、4~5か月後をTime Point 2として同様の解析を行った。すると、4〜5か月後には中和比活性は2.8倍、交差性は2.4倍の増加が確認された。

メモリーB細胞の交差結合性も時間とともに向上

中和抗体の質は、時間とともに向上することが明らかになったが、免疫記憶を構成するのは抗体産生細胞だけではない。ワクチン接種やウイルス感染によって誘導されるメモリーB細胞はT細胞のヘルプを受けて速やかに抗体を分泌し、発症・重症化予防効果に関与する可能性が示唆されているのだという。

そのため高橋氏らは、メモリーB細胞の交差結合性を検証し、時間の経過による抗体の質の変化を検証した。メモリーB細胞において、武漢株のRBDに結合する細胞中にベータ株RBDが占める割合をプロットしたところ、時間の経過によって増加していく様子が確認された。

さらに網羅的な解析を行うため、メモリーB細胞と抗体の進化を同時に高解像度でプロファイリングできる技術を開発したという。高橋氏は最後に、現在データを集積している段階であることを報告し、本トピックを終了した。

中和活性と交差性に優れた抗体医薬の開発

次に高橋氏は2つ目のトピックとして、中和活性と交差性に優れた抗体医薬の発見について報告した。今後、新たなウイルスが出現するリスクに備えるために、有効な抗体を単離し、治療薬として準備しておくことが重要だ。実際最近になって、複数のグループから変異株を制御する「コロナ交差中和抗体」や「スーパー抗体」と呼ばれる抗体の単離が報告されているという。

高橋氏らもSARS関連ウイルスに対して高い中和活性を示す新たな抗体を単離することに成功し、それを「NT-193」と名付けた。NT-193は、SARS-CoV-2変異株(ガンマ株)に対して、高い中和活性を維持することが明らかとなっている。さらにNT-193はSARS-CoVに対しても高い中和活性を示し、アイソタイプをIgG1からIgG3に変化させただけで活性がさらに向上することも分かったのだ。

高橋氏は「NT-193は高い中和活性と交差性を両立する、極めてユニークな抗体だ」と述べ、その理由を検証するために行った北海道大学 前仲氏との共同研究についても紹介した。RBD複合体の結晶構造解析を行ったところ、NT-193はRBDにACE2受容体とほぼ同じようなアングルで結合することが分かった(下図A)。さらに重鎖でSARS関連ウイルスの保存領域を認識して交差性を獲得し、軽鎖でACE2結合領域を認識して高い中和活性を獲得するという結合様式も確認できたという(下図G)。


Onodera T,Kita S,Adachi Y,Moriyama S,et al.Immunity, 2021 Oct 12;54(10):2385-2398.e10.より引用

また、SARS関連ウイルス保存領域の中には、本来NT-193の鍵となるようなエピトープ残基であるG504が存在する。今回、興味深いことにG504が別のアミノ酸に変化することで、SARS-CoV-2の増殖性が10分の1以下に低下することが分かった。別のグループでもG504について類似した報告が挙がっていることから、高橋氏は「G504は新型コロナウイルスの弱点、いわばアキレス腱のような存在かもしれない」と期待を述べた。

講演のまとめ

最後に高橋氏は、ポイントを以下のとおりまとめ、講演を締めくくった。

・COVID-19回復者やワクチン接種者では、時間とともに血液中の中和抗体が進化する

・メモリーB細胞が発現する抗体も経時的に進化する

・変異株やSARS関連ウイルスを中和できる交差中和抗体が存在し、そのエピトープ解析から、新型コロナウイルスのアキレス腱のような部位の存在が明らかになりつつある

会員登録をすると、
記事全文が読めるページに遷移できます。

会員登録して全文を読む

医師について

新着記事