2022年12月06日掲載
医師・歯科医師限定

【第7回日本肺高血圧・肺循環学会レポート】肺高血圧症治療の現状――PAH、CTEPHに対する診断・治療、肺移植の現状(4500字)

2022年12月06日掲載
医師・歯科医師限定

東京大学医学部附属病院 高度心不全治療センター 准教授・センター長

波多野 将先生

肺高血圧症(pulmonary hypertension:PH)はかつて予後不良の難治性疾患であったが、ここ20年ほどでさまざまな薬剤が登場し、外科手術も発展したことで治療法は飛躍的に進歩した。その一方で、肺移植のプロセスや治療成績の面では課題も残っている。波多野 将氏(東京大学医学部附属病院 高度心不全治療センター 准教授・センター長)は、第7回日本肺高血圧・肺循環学会(2022年7月2~3日)における講演の中で、PHの診断や治療法、治療成績、および肺移植における課題などについて解説した。

肺高血圧症(PH)とは

PHは安静時の平均肺動脈圧が25mmHg以上と定義される。肺循環系は体循環系と比較して低圧系であり、収縮期圧で30 mmHg、平均で20 mmHgを超えないのが正常である。 

2018年に開催された第6回肺高血圧症ワールドシンポジウムでは、PHの診断基準として平均肺動脈圧を25 mmHg以上から 20 mmHg以上に引き下げることが提案されたが、本邦の肺高血圧症治療ガイドラインでは25 mmHg以上に据え置かれている。

PHはその原因により以下の5群に分類される。本日は主に、第1群と第4群について解説する。

第 1 群:肺動脈性肺高血圧症(pulmonary arterial hypertension:PAH)

第 2 群:左心性心疾患に伴うPH

第 3 群:肺疾患および/または低酸素血症に伴うPH

第 4 群:慢性血栓塞栓性肺高血圧症(chronic thromboembolic pulmonary hypertension:CTEPH)

第 5 群:詳細不明な多因子のメカニズムに伴うPH

第1群:肺動脈性肺高血圧症(PAH)

診断基準

PAHの診断基準は以下のとおりであるが、重要なのは、ほかのいずれの群にも当てはまらないことを確認したうえでの除外診断となるということだ。

(1)右心カテーテル検査で、肺動脈圧の上昇(安静時肺動脈平均圧で25mmHg以上、肺血管抵抗で3 Wood単位、240 dyne・sec・cm-5以上)、および肺動脈楔入圧が正常(15 mmHg以下)

(2)肺血流シンチグラムにて区域性血流欠損なし

薬物治療

PAHの治療指針の決定は、特発性/遺伝性PAH(I/HPAH)の確定診断と重症度評価に基づいて行われる。現在のPAHに対する薬物療法は、一部の低リスク症例を除いて、治療初期から併用療法を実施する初期併用療法(Upfront combination therapy)が世界的な主流となっている。初期併用療法では、エンドセリン経路、一酸化窒素経路、プロスタサイクリン経路の3系統から1種類ずつ選び、3剤を併用する。

なお本邦では、平均肺動脈圧をできる限り下げることがPAHの治療目標とされている。近年の報告で、平均肺動脈圧40 mmHg以下を達成したPAH患者では治療法にかかわらず5年生存率が高いことも明らかとなっている。

3剤併用療法による肺動脈圧の低下については、I/HPAH患者10例にエポプロステノール、ボセンタン、シルデナフィルの併用療法を実施した試験において、4か月で平均肺動脈圧が68±17mmHgから45±13mmHgに低下したと報告されている。別の報告でも、IPAH患者21例にアンブリセンタン、タダラフィル、皮下注のトレプロスチニルの3剤併用療法を実施したところ、平均肺動脈圧が60±9mmHgから42±5mmHgまで低下している。

また経口薬のみの報告では、マシテンタン、リオシグアト、セレキシパグの3剤併用療法を実施したPAH患者26例において、観察期間441日(中央値)で平均肺動脈圧が56.0 mmHgから40.0 mmHgまで低下したことが示されている。

その一方で、初期併用療法に警鐘を鳴らす報告もなされている。Galie氏らの報告によれば、65歳を超える高齢のI/HPAHであり、高血圧、糖尿病、冠動脈疾患、心房細動、肥満などの因子を複数持っている場合などは、初期単剤療法を考慮すべきとされている。

波多野氏講演資料(提供:波多野氏)/Galiè N, et al. Eur Respir J. 2019: 53(1): 1801889. より作表

また、左心疾患危険因子を3つ以上持つ非典型PAHに関しては、典型的なPAHと拡張不全の肺高血圧症のどちらの要素も併せ持つ可能性が示唆されている。肺血管拡張薬により肺うっ血をきたす恐れがあり、投与は慎重に行うべきである。

膠原病に伴う肺動脈性肺高血圧症(CTD-PAH)

原疾患について

混合性結合組織病(MCTD)、全身性強皮症、全身性エリテマトーデス(SLE)、原発性シェーグレン症候群など、膠原病がPAHの原因となるケースも多い。原発性シェーグレン症候群に伴うPAHの発症は、世界的にはまれであると報告されているが、本邦においてはPAHをきたす重要な疾患として考慮しておきたい。実際に、当院に紹介された原因不明のPAH(IPAHが疑われる)患者40例のうち、6例は原発性シェーグレン症候群またはその疑いがあると診断されたことも分かっている。

一方で、世界的には強皮症がPAHをきたすケースが多い。強皮症レジストリからPHの高リスク患者237例を抽出した試験では、そのうち71例がPHをきたした。その内訳は、PAHが49例、第2群の左心性心疾患に伴うPH (PVH)が7例、第3群の肺疾患および/または低酸素血症に伴うPHが15例であった。重要なのは、PHとなった症例全てがPAHではなかったことだ。つまり、どの群に分類されるかをきちんと診断し、その原因に応じた治療を選択することが必要となる。

全身性強皮症患者では、心筋の線維化がみられる場合がある。自験例でも、遅延造影にて心筋の線維化を認めた症例を確認しており、そこから拡張障害が起こってPVHの病態を呈すると考えられる。

波多野氏講演資料(提供:波多野氏)出典:Fernandes F, et al. J Card Fail. 2003; 9(4): 311-7.

強皮症患者におけるPVHの診断においては、肺動脈楔入圧が正常値であっても完全に除外してはいけない。PH疑いの強皮症患者107例を対象に、潜在的PVHを調査した試験では、肺動脈楔入圧が正常値のため古典的定義によるPAHと判断された29例のうち、11例が潜在的PVHであった。こうしたことも念頭に置きながら、丁寧に診断する必要があるだろう。

免疫抑制剤の治療反応性

CTD-PAHに対する免疫抑制剤の治療効果を検討した試験では、全身性強皮症以外に伴うPAHで治療効果が確認されている。CTD-PAH患者28例に免疫抑制剤を投与したところ、SLEに伴うPAHで13例中5例、MCTDで8例中3例に一定の効果が認められた。一方で、全身性強皮症では6例全例で無効だった。

当院では、2012年以降CTD-PAH患者13例に対して免疫抑制療法を実施し、平均肺動脈圧42.9±9.3 mmHgから30.5±6.5 mmHgの低下を認めている。

免疫抑制療法は、強皮症以外を原疾患とするPAHに対しては一定の割合で効果がみられるため、試みる価値はあるだろう。ちなみに肺高血圧症治療ガイドライン(2017年改訂版)においては、SLE/MCTDに伴うPAHに対する免疫抑制療法は推奨クラスIIaとされている。

CTD-PAHのアルゴリズム(案)

以上の結果からも分かるとおり、CTD-PAHの疑いがある場合は、強皮症に伴うものであるのか否かの判断が非常に重要となる。それを踏まえたCTD-PAHの治療方針決定のためのアルゴリズムを考案した。

波多野氏講演資料(提供:波多野氏)

CTD-PAHの疑いがあり、オーバーラップを認める場合は、強皮症を含むのか否かで治療方針が変わる。強皮症を含み、肺血管病変が強皮症によるものであると判断した場合は、第2群、第3群の要素、肺静脈閉塞症の要素の有無を判断し、治療を選択していく必要がある。

波多野氏講演資料(提供:波多野氏)

強皮症を含まない場合は、基本的には免疫抑制療法を試す価値があるが、WHO肺高血圧症機能分類でIV度となるような重症例に関しては、肺血管拡張薬を併せて考慮すべきである。

波多野氏講演資料(提供:波多野氏)

肺高血圧症の重症例に対する肺移植

肺移植の成績

PHの重症例では、肺移植が必要となることもある。肺移植待機登録を行うべき基準としては、心係数<2L/分/m2、平均右房圧>15 mmHgなどが挙げられるが、その時点で登録しても肺移植に間に合わないケースも多い。脳死肺移植実施施設へのコンサルテーションは、治療強化にもかかわらずWHO機能分類III-IV度である、持続静注・皮下注の肺高血圧治療薬を使用しているなどの時点で考慮すべきだろう。

本邦における脳死肺移植実施施設は10施設(2021年1月時点)であり、当院も2014年に肺移植認定施設に登録されている。 2020年12月末時点での全国の脳死肺移植成績は、5年生存率が73.0%、10年生存率が60.7%であり、満足できる結果とは言えない。ただ、1年後の予後が不良であるほどの重症例に対して肺移植を行い、3~5年後にこれほどの割合で生存できている患者もいることを思うと、非常に意義のある治療と言えるだろう。

肺移植の課題

本邦における肺移植の問題点の1つは、待機期間の長さである。2020年末時点での平均待機日数は525日であり、2020年末時点までの約22年間で37.3%(606人)が待機中に死亡している。つまり、1年後の予後も不透明な重症患者でも、何とかして3年間生存させなければ肺移植は受けられないのだ。肺高血圧症は、肺移植が必要となる原疾患として2番目に件数が多い疾患である。

当院における肺移植待機患者34例の予後調査では、肺動脈収縮期圧(PASP)に対する三尖弁輪平面収縮期エクスカーション(TAPSE)の比(TAPSE/PASP)が0.3 mm/mmHg未満の患者は、3年生存率が20%を切る(=移植にたどり着くのが難しくなる)ことが分かっている。

現在本邦では、原則的に早く登録をした患者から肺移植が受けられるシステムとなっている。しかし世界的には、肺移植時にlung allocation system(LAS)によって待機患者の優先順位をスコア化して決定している。世界的LASをそのまま本邦で用いることが難しいため、日本版LASの構築に向けて研究が進められている最中である。

第4群:慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)

CTEPHとは、急性肺塞栓症のまれな合併症であり、血栓が器質化して肺動脈の狭窄や閉塞を起こした結果、PHを呈する疾患である。血栓の場所によって治療が分かれ、付着血栓の先端が主肺動脈~葉動脈~区域動脈の近位部までにある中枢型は肺動脈血栓内膜摘除術(PEA)を考慮するが、付着血栓の先端が区域動脈の近位部よりも遠方にある末梢型は手術適応外となる。手術不能のCTEPHは予後不良であり、平均肺動脈圧が40 mmHgを超える重症例では、5年生存率は60%弱と報告されている。

肺高血圧症治療ガイドライン(2017年改訂版)では、CTEPHの治療アルゴリズムとして、まずは手術適応を検討し、適応なしと判断した場合はバルーン肺動脈形成術(BPA)、もしくは血管拡張療法を考慮する。従来、手術適応外のCTEPHに対する治療法は乏しかったが、現在はBPAや血管拡張療法への薬剤投与が可能となり、選択肢が増えている。

本邦におけるCTEPHに対するPEAの成績は良好であり、1995~2004年で88例に施行した報告では3年生存率が90.7%、5年生存率が86.4%、2012年の報告では81例において院内死亡率が2.5%まで改善し、平均肺動脈圧も術後に顕著に改善している。

BPAに関しては、本邦のBPA施行施設は2015~2018年で30施設から50施設に、施行件数は479件から852件に増加し、院内死亡率はわずか0.2%にとどまっている。

当院では2020年末までにBPAを施行した69例において、死亡例は3例、平均肺動脈圧はBPA施行前の42.1±8.5 mmHgから施行後は23.9±4.7 mmHgまで低下しており、良好な成績を残している。

波多野氏講演資料(提供:波多野氏)

講演のまとめ

  • PAはその原因により治療が異なるので鑑別診断が極めて重要
  • 本邦では予後改善のために肺動脈圧をできる限り低下させることを目指すべきとされている
  • I/HPAHであれば積極的な併用療法により予後は大きく改善したが、治療抵抗性の症例やPVOD/PCHの症例においては早期の肺移植登録を考慮する必要がある
  • CTEPHもBPAおよび薬物療法(リオシグアト、セレキシパグ)の登場により予後は大きく改善した

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