2022年10月13日掲載
医師・歯科医師限定

【第62回日本呼吸器学会レポート】COVID-19肺炎中等症IIの呼吸管理(人工呼吸に至るまで)(3600字)

2022年10月13日掲載
医師・歯科医師限定

聖路加国際病院 呼吸器センター 管理医長

西村 直樹先生

COVID-19がもたらし得る悪化症状の1つに、ARDS(急性呼吸窮迫症候群)がある。このARDSは、当初原因も解明されず手探りの診療が続いていたものの、流行が始まってから2年経つ現在では少しずつ管理上のヒントが見え始めているという。今回、西村 直樹氏(聖路加国際病院 呼吸器センター 管理医長)は第62回日本呼吸器学会学術講演会(2022年4月22日~24日)におけるシンポジウムの中で、COVID-19呼吸不全の病態生理と治療法について解説した。

COVID-19呼吸不全の病態生理

COVID-19呼吸不全は、短時間で肺炎が広がること、そして特有の血管障害・微小血栓(微小循環不全)による重症の換気血流不均衡(VA/Qミスマッチ)が生じることが特徴的である。この結果、急激な酸素化不全と血管透過性の亢進が生じ、静水圧が上昇したり胸腔内圧が強い陰圧になったりすると肺野に水が浸み出して、ARDS L型からH型となり重篤化する。まさに、典型的な呼吸不全であるといえるだろう。

COVID-19で急激なVA/Qミスマッチが起こる理由としては血栓症が代表的だが、炎症により肺炎辺縁部の肺血管が拡張し低酸素時の血管収縮が機能しなくなっていることを推定する報告もある。

人工呼吸中の過度な呼吸努力により、急性肺障害が悪化する原理については本総説が詳しい。


  • 自発呼吸がない場合、胸腔内圧が陰圧となることはなく、経肺圧(毛細血管清水圧-胸腔内圧)が気道内圧(プラトー圧)を上回ることもない。
  • 一方、自発呼吸努力が強い場合は、呼吸筋の能動的な収縮により胸腔内圧が陰圧となり、血管内の水分が肺胞腔へ漏出し、肺障害が悪化し間質液が肺胞内に流れ込む。


同様の現象がCOVID-19患者でも起こっていると考えられる。

COVID-19の治療法――呼吸管理

COVID-19の治療法は、薬物療法・呼吸管理・理学療法・看護に分類されるが、ここでは薬物療法以外の3つについて解説する。

西村氏講演資料(提供:西村氏)/新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療の手引き 第7.1版

本邦では、「新型コロナウイルス感染症診療の手引き」において明確な治療方針が記されている。中でも呼吸不全の有無によって中等症がIとIIに分類され、ステロイドや酸素療法の開始時期が明確に示されている点は、日本独自であり非常に秀逸だといえるだろう。しかし、COVID-19患者の具体的な呼吸管理法の使い分けについては記載がないため、これまでに発表された比較データを基に考えたい。

急性呼吸不全を伴うCOVID-19患者を対象とした呼吸管理法の比較試験はいくつか存在する。2020年に高流量鼻カニュラシステム(high-flow nasal cannula:HFNC)と標準的酸素療法を比較した後ろ向き研究では、有意差をもってHFNCにより挿管が回避できる可能性が示唆された。

その後2021年に、HFNC群109名と標準的酸素療法群111名を比較したランダム化比較試験の結果が発表され、主要評価項目であるDay 28時点での挿管率と、7段階に分類された臨床状態が2段階以上改善するまでの期間は、ともにHFNC群が有意差をもって良好な結果であったと報告されている。

西村氏講演資料(提供:西村氏)/Ospina-Tascón GA, et al. JAMA. 2021 7; 326(21): 2161-2171.

西村氏講演資料(提供:西村氏)/Ospina-Tascón GA, et al. JAMA. 2021 7; 326(21): 2161-2171.

実際に、HFNCは本邦でも現在急速に普及している。日本呼吸器学会会員を対象に行われたアンケート調査によると、COVID-19流行第1波~第2波に相当する2020年6月時点ではHFNCはほとんど使用されていなかったが、2021年2月には呼吸不全悪化時の第一選択とする施設の割合が増加している。

また、HFNCはROX index([SpO2/FiO2] / 呼吸回数[/分])によって成否の予測が可能であり、非COVID-19患者に関しては4.88以上が成功(挿管回避)の目安とされている。近年COVID-19患者を対象にカットオフ値を検討した報告も多い。現状では明確な提案には至っていないものの、4.94未満で挿管リスク上昇、3超でHFNC成功率上昇などが報告されている。なお、COVID-19患者を対象としたROX indexでのHFNC成否予測は、メタアナリシスによって感度70%、特異度79%と示されている。

次に、CPAP(持続陽圧呼吸療法)に関わる比較を紹介する。呼吸不全を伴うCOVID-19患者1,200名を対象とした大規模ランダム化試験(RECOVERY-RS)では、CPAPとHFNCをそれぞれ標準的酸素療法と比較しており、主要評価項目は30日以内の挿管もしくは死亡とされた。結果として、CPAPのみ標準的酸素療法に対する優位差が認められた。副次的評価項目である30日以内の挿管までの期間についても、CPAPのみ標準的酸素療法に対する有意差が認められた。死亡までの期間については、CPAPとHFNCのいずれも有意差は認められなかった。

ヘルメット型NIV(非侵襲的換気療法、pressure supportあり)をHFNCと比較したランダム化比較試験では、主要評価項目である28日間の人工呼吸不要日数はNIV群で20日、HFNC群で18日となり、有意差は認められなかった。しかし、累積挿管率の比較において、HFNC群よりもNIV群のほうが約50%のリスク減となることが示された点には注目したい。ヘルメット型NIVは施設での慣れと飛沫対策が必要であるものの、有望な呼吸管理法となり得る可能性があるかもしれない。

COVID-19の治療法――理学療法

理学療法としては、覚醒下での腹臥位療法(アウェイクプローン)が有用である。荷重分散を試みても、腰の痛みを訴える患者は一定数存在するため課題は残るが、換気の均⼀化によって肺傷害を回避しVA/Qミスマッチを改善する効果もある。

覚醒下腹臥位療法について初めてポジティブな結果が示された試験を紹介する。HFNC以上の呼吸管理が必要であったCOVID-19患者1,126名を対象とし、覚醒下腹臥位療法群と標準的ケア群にランダムに割り付けて比較した6か国でのメタトライアルである。主要評価項目はDay 28までの治療不成功率(挿管または死亡)とされた。結果として、治療不成功率、挿管率、HFNC離脱率は覚醒下腹臥位療法群で有意な改善効果が認められたが、死亡率では有意差は認められなかった。実施時間については、1日あたり8時間以上の実施で成功率が上昇していることから、この数値を目安にするとよいだろう。

さらに、上記のメタトライアルを含めた29試験のメタアナリシスが2022年3月に公表された。覚醒下腹臥位療法により挿管リスクが約16%減少することが示され、有用性が示されている。なお、死亡リスクでは差は認められなかった。

COVID-19の治療法――病棟管理・看護

当院では無症状の軽症患者からECMOの適応となる最重症患者まで幅広く受け入れを行っている。その特徴を生かして全患者の全入院期間における日ごとの状態を評価して遷移確率を算出しマルコフモデルを作成した。なお、患者の状態については以下の4つに分類した。


:酸素投与が不要

:酸素投与が必要だが、赤群の条件を満たさない

:(1)前日より酸素需要が増加かつ3L以上

  (2)発症10日以内

  (3)24時間以内に38℃以上の発熱を記録

  (4)食事摂取量半分以下

のうち3つ((1)(3)が前日より軽快した場合は黄群)

集中治療:集中治療室に入室している

西村氏講演資料(提供:西村氏)

2020年1月~2022年3月に当院に入院した477名を対象に行った集計では、白に分類された患者が翌日も白である確率は96.5%、同様に黄に分類された患者が翌日も黄である確率は69.2%であった。しかし、赤に分類された患者が翌日も赤である確率は52.6%であり、集中治療となる確率は26.4%、黄に改善する確率は15.8%と、状態が悪くなるにつれて悪化する確率が上昇していることが分かる。さらに一度集中治療となった患者が翌日も集中治療である確率は78.6%、黄に改善する確率は16.2%であった。

西村氏講演資料(提供:西村氏)

このように患者の状態によって急変の可能性が想定できると、病床管理を行ううえで非常に有用である。このようなモデルを病院から地域全体に拡大して作成することが可能となれば、地域ごとの病床配分などを適切に行うことができると考える。

また、急変する原因についても検証した。2020年1月~2021年12月に当院一般床に入院したCOVID-19患者754例のうち、急変して集中治療室での管理が必要となった患者は57例であった。そのうち酸素化不良が理由であった52例の内訳を調査すると、32例は悪化直前に看護記録や経過図で体動の記載が確認できた。中でもトイレに関する記載が多く、呼吸不全が進行した状態で無理にいきむことで肺水腫を引き起こし、ARDS L型からH型へ移行して集中治療室での管理が必要となる患者が多いことが分かった。体動があってから集中治療室入室までの時間は中央値で7.9時間であったが、これはカルテ上に記載された時間であるため、実際にはその1~2時間前に呼吸不全の急速な悪化が確認されていたと推測される。そこで当院では、中等症IIで呼吸不全の更なる悪化傾向が認められる患者には、呼吸努力をさせないように尿道カテーテルを留置するなど安静を保てるように全面看護(介助)を意識したところ、急変が減少したと感じている。COVID-19軽症例ではADL低下防止を目的として積極的なリハビリテーションが必要である一方、悪化傾向のある患者では安静が重要だといえるだろう。

講演のまとめ

COVID-19の呼吸不全は呼吸生理の基本に忠実であり、呼吸器内科医はこれから長く続くwithコロナ時代に生かせる多くの呼吸管理を経験した。

COVID-19(中等症IIまで)の呼吸管理のポイントは以下のとおりである。


挿管回避:HFNC≧標準的酸素療法

      CPAP>標準的酸素療法

      ヘルメット型NIV(PSあり)>HFNC

      覚醒下腹臥位療法も有用

全生存:改善を示した呼吸管理法はない

中等症IIで呼吸不全の悪化傾向がみられた患者は安静を保つことが重要

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