2023年07月14日掲載
医師・歯科医師限定

学会の存在意義は「研究による社会貢献」―小児神経学会・加藤理事長に聞く小児神経学の魅力、やりがい、課題

2023年07月14日掲載
医師・歯科医師限定

昭和大学医学部小児科学講座 教授/昭和大学病院 てんかん診療センター センター長

加藤 光広先生

小児神経学は成長発達期におこる脳・神経・筋の障害を診るのに必要な知識・技能・経験が求められる領域だ。発達障害や知的障害など比較的患者数が多い疾患に加え、希少難病も対象とする。かつては“原因不明”とされてきた疾患が遺伝子解析技術の進歩に伴って病因が解明されるなど、進展著しい分野でもある。2022年に日本小児神経学会の第10代理事長に就任した加藤光広・昭和大学医学部小児科学講座教授に、小児神経学領域の魅力ややりがい、抱える課題などについて聞いた。

学会の存在意義は「研究による社会貢献」

小児神経学の領域は広範で、診療対象は希少難病も多い。そうした領域を扱う日本小児神経学会は、数多くの課題を抱えている。

そのうち大きなものの1つは「新薬開発」。国内でも使えるようになった高額な医薬品の半数程度は、小児神経に関するものだ。我々が担っている領域には遺伝的な疾患が多く、医学の進歩の恩恵が直接患者に届く一方で、患者が少数なのでどうしても単価が高くなるという問題がある。我々は単に希少難病の患者を診るだけにとどまらず、新薬開発にも積極的に関与すべきだと考えている。それによってよりよい治療法をいち早く患者に届けるということを、学会として積極的に推進していきたい。

新薬開発の手段として、共同研究の強化を進めている。学会の目的は「研究」と考える向きが多いかもしれない。だが、研究は我々が持っている手段であって、私が考える学会の存在理由は「研究によっていかに社会貢献をしていくか」である。それを実現するために、学会として責任をもって共同研究を推進する。

ポイントは2つ。1つは基礎と臨床を結び付けて、若い臨床医が基礎研究に関心を持つと同時に、基礎の先生方も小児神経のフィールドに入ってもらいたい。もう1つのポイントは臨床医同士の共同研究だ。小児神経疾患は希少難病が多く、一生のうちで1、2人の患者しか診ないという疾患も多数ある。しかし、約4000人(2023年7月時点)の会員が「一生のうちの1、2人」を持ち寄れば非常に大きな数になる。そのようなプラットフォームを実際に作り、それを生かして研究をしてもらおうとしている。

小児神経学に限らず、日本の医学研究で一番弱いのは何かご存じだろうか。それは「レギュラトリーサイエンス*」だ。実際に有効性が推認できる薬があっても、医師主導治験から市販に至る前の段階に“デスバレー”と言われている障壁を乗り越えるのがレギュラトリーサイエンスで、非常に脆弱だ。基礎医学との共同研究で創薬や既存薬再開発の種ができたとしても、レギュラトリーサイエンスを理解できる医師がいないと、患者に研究の成果を届けることができないので、学会としてもその部分に積極的に関与していこうというプロジェクトを始めている。

*「科学技術の成果を人と社会に役立てることを目的に、根拠に基づく的確な予測、評価、判断を行い、科学技術の成果を人と社会との調和の上で最も望ましい姿に調整するための科学」(第4次科学技術基本計画:2011年8月19日閣議決定)と定義される

「医療的ケア児」「きょうだい児」問題に手当てを

新薬の登場がある一方で、残念ながら今はまだ治せない疾患があり、長期的・慢性的に日常生活への影響がある。その影響は患者本人にとどまらず、家族全体に及ぶという疾患も多数ある。家族に過剰な負担を強いていることの問題点として出てきたのが「医療的ケア児」と「きょうだい児」。これが2つ目の課題だ。

医療的ケア児については、2021年に「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律」ができたのだが、現場レベルでは支援の趣旨がまだ実践されていない。純粋な医療からは少し外れるのだが、現場で患者・家族を見ている我々としては積極的に介入していきたいと思っている。

「きょうだい児」は、病気や障害を持つ子供のきょうだいが抱える問題で、主に母親が入院児に付き添いをすることによる生活様式の変化やストレスによってつらい思いをすることなどを指す。実際にはずっと以前からあった問題だが、最近になってようやく光が当たるようになり、当事者の集まりもできている。実は当学会の会員には自身がきょうだい児で、それが小児神経医を志す動機になったという人も少なくない。そのような会員を中心にして、学会としてきょうだい児の問題に手当てをしていきたいと思っている。機微に触れる部分も多い問題でもあり、当事者の意見を聞きながら慎重に進めていきたい。

「未開拓領域に乗り込む」魅力

小児神経学のやりがいは、目の前に“フロンティアフィールド”が広がっていることだ。未開拓の領域が圧倒的に広い。その領域に乗り込んでゆく遺伝子解析のツールができて、開拓がはじまっている。遺伝子解析の先に薬の開発があり、実際に患者に投与するのは医師の役割である。

そうした点で、小児神経学は単に既存の治療法を応用するだけでなく、新しい治療法や検査法を開拓できる可能性が非常に高い分野だろうと考えている。三十数年前に小児神経学を選んだ理由の1つが「分からないことがたくさんある」ことだった。“分からない”ということは何かが隠れていて分からないだけなので、自分にもなにか1つ、誰かが分からなかったことを明らかにすることができるのではないかと考えた。当時はMRIが出始めたころで、6年間の学生時代に講義でMRIの話が出たのは1回だけ。「世の中にはこんなものがあるらしい」という程度だった。今の次世代遺伝子シークエンサーがまさに当時のMRIと同じ位置付けで、今後確実に広がっていくだろう。そこから新しい“視野”が生まれてくる。分からないことを知るとわくわくする。それが小児神経学の魅力でもありやりがいでもあると思っている。

私がアメリカ・シカゴ大学に留学していた当時、まだヒトゲノム配列が解読される前でサンガー法とDHPLCというスクリーニング解析をしていた。そこから次世代シークエンサーまで、時代の進歩とともに歩み、少しばかり貢献もできた。「大変」は「大きく変わる」ときと言われる。現在進行形の時は大変ではあったが、振り返ってみると恵まれていたし幸せだったと思う。臨床、研究、教育、社会活動全てにおいて、人との出会いに非常に恵まれていた。そのおかげで今の自分があるのは間違いない。

若い人たちには「富士山を目指しても意味はない。目指すならエベレストだ」と言っている。どんな小さいことでもいいので“世界一”を目指せということだ。そのためには「共同研究」という方法論が確立している。

研究に人脈は関係ないと思うかもしれないが、それは逆だ。人脈を駆使して、自分が持っているスキルと自分にはないが相手が持っているスキルをコラボレートして成し遂げるのが現在の研究の在り方で、そうでなければ大きなことができない世の中になっている。

医師はあきらめず「未来変える」ため行動

小児神経科医に大切なことは「あきらめない」ということだ。最初に話した通り小児神経学は希少疾患と同時に、発達障害や知的障害など患者数は多いが現状では治療法がほとんどない疾患が多い分野だ。医者としては「障害の受容」を保護者に求めざるを得ない、という現実はある。だが、受容とはあきらめるという意味ではない。現状ではこういう障害・状態ではあっても、「これから未来を変えていくために一緒に考えて行動していきましょう」というスタンスが我々には必要だ。医師があきらめ、治らないことを認めてしまっては何も先に進まない。臨床医も基礎研究者と同じマインドをもってフロンティアフィールドに切り込んでいってほしいと願っている。

それは、私1人だけでも学会だけでもできることではない。最低限、基礎研究者と一緒に取り組むのはもちろん、最大のステークホルダーである患者と手を携えないと何事も進まないと感じている。2023年の学術集会では、患者団体との連携を強く打ち出してシンポジウムも組んだ。

患者と基礎研究と臨床の3者がスクラムを組む。それに加えて行政のかかわりも重要だ。さらには専門家だけの閉じた関係だけではなく「小児神経の病気なんか知らない」という普通の人たちも巻き込んでいかなければ理解が進まない。1つ1つの疾患はマイナーかもしれないし、個々をみれば患者数は少ない。だがトップジャーナルを読めば小児神経の疾患に関する論文が多数掲載されているように、サイエンスという意味でメジャーであることは間違いない。

患者や患者団体からは「先生たちが熱心に研究してくれていると、頑張れる力になる」と言われる。我々がやりがいをもって楽しく研究していることがみんなのためになるということを、若い人たちに感じてもらい、次につなげたいと願っている。

失敗にめげず次世代に役立てる意思を

私は小児科医になってすぐ、今でいう研修医の時に“痛恨のエラー”を経験した。

当時、脳性麻痺の早期発見、早期療育が言われていた。ある時、毎月診ていた新生児の父親から「うちの子、ちょっと足の動きがおかしいんだけど」と言われ、確かに何となくぎこちないので診察した結果、脳性麻痺であることが分かった。父親にいつから気付いていたか聞いたら「3カ月前から。だけど、先生が大丈夫だって言ってたから大丈夫だと思っていた」と。早期発見を志していたにもかかわらず、3カ月前から親が気付いていたのに自分には分かっていなかったわけで、とことん落ち込んだ。その時には小児神経はやらないと決めたのだが、その経験を反動にして今もやっている。

現在では、脳性麻痺の早期発見は、AIを使ったディープラーニングで15分ほどの子どもの自発運動ビデオで予後判定をするシステムが開発された。AIが健診の業務の一部を代替することが、テクニカルには可能になってきている。

失敗は失敗として心に刻んだうえで、そこでめげて終わりにするのではなくそれをばねにして勉強を続け、その時は患者の役に立てなくても次世代の患者の役に立てようという意思は持ち続けたいし、若い人たちにも持ち続けてほしいと思っている。

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