2022年12月02日掲載
医師・歯科医師限定

【第7回日本肺高血圧症・肺循環学会レポート】膠原病に伴う肺高血圧症診療の進歩と将来展望(4600字)

2022年12月02日掲載
医師・歯科医師限定

日本医科大学大学院医学研究科 アレルギー膠原病内科学分野 教授

桑名 正隆先生

膠原病に伴う肺高血圧症は、生命予後が不良な膠原病における重篤な臓器病変の1つである。ここ20年ほどの間に有効な治療薬が診療に導入され短期の生命予後は劇的に改善したが、さらに効果的な治療法の確立を目指し研究が続けられている。

桑名 正隆氏(日本医科大学大学院医学研究科 アレルギー膠原病内科学分野 教授)は、第7回日本肺高血圧・肺循環学会学術集会(2022年7月2~3日)における会長講演の中で、膠原病内科医の視点から肺高血圧症診療の歴史や将来展望について解説した。

30年ほど前の肺高血圧症の治療と予後

2008~2013年に国内の専門医療機関9施設で肺動脈性肺高血圧症(Pulmonary Arterial Hypertension:PAH)と診断、治療を受けた147例(WHO機能分類 III/IV度 64%)の3年生存率は、特発性PAH(Idiopathic PAH:IPAH)/遺伝性PAH(Heritable PAH:HPAH)で100%、そのほかで92%と報告されており、現在では診断後早期の死亡例はほとんどみられなくなった。しかし、1970~1990年診断例の1年生存率は50%、3年生存率は20%未満であったと報告されており、30年ほど前までは予後は非常に厳しかった。

一例を提示する。患者は24歳の女性で、1992年に混合性結合組織病(MCTD)、肺高血圧症(WHO機能分類 III度、平均肺動脈圧[mPAP 55mmHg]、Cl 1.9L/分)と診断した。プレドニゾロン20mg、ワルファリン、利尿薬、カルシウム拮抗薬で治療を開始したが、9か月後には息切れとむくみが進行して家事も困難となり、右心不全のため入院となった。酸素投与と利尿薬増量により症状は軽減したが、mPAP 72mmHgと上昇したためステロイドパルス療法を行い、シクロホスファミド50mg(後に100mgに増量)も追加したが、診断から1年未満で死亡した。

留学先での経験:イロプロストの肺高血圧症への効果

私は、肺高血圧症治療の改善を目指して、1993~1996年に世界最大の全身性強皮症(systemic sclerosis:SSc)治療施設である米国ピッツバーグ大学のリウマチ内科に留学した。当時ピッツバーグ大学では、SScの末梢循環障害に対してプロスタグランジンI2(prostaglandin I2:PGI2)製剤であるイロプロスト静脈注射の効果を検討する臨床試験が行われていた。登録例のうち肺高血圧症を合併していた3例で投与前後に右心カテーテル検査を実施したところ、イロプロストを投与された患者の肺動脈圧(PAP)は低下したが、プラセボを投与された患者は変化がなかった。イロプロストの効果を強く実感して帰国したものの、日本では当時未承認であり使用することはできなかった。

PGI2製剤の臨床導入

慶應義塾大学病院では、循環器内科が中心となって肺高血圧症専門外来の運用を開始するなど、肺高血圧症診療に力を入れて取り組んできた。循環器内科とリウマチ内科の診療科連携を積極的に展開し、多くの結合組織病(Connective Tissue Disease:CTD)に伴うPAH (CTD-PAH)の診療を行ってきた。

その間国内でもさまざまな薬剤が承認に至り、1999年にはPGI2製剤であるエポプロステノールとベラプロストが使用可能となった。エポプロステノール投与により累積生存率は、IPAHで59.8%、CTD-PAHで54.7%まで改善した。これらの薬剤が導入される前は、診断後の5年生存率がほぼ0%であったことを考えると劇的な進歩であった。

一例を提示する。患者は37歳の女性で、1997年に全身性エリテマトーデス(Systemic lupus erythematosus:SLE)、2002年にPAH(WHO機能分類 III度)と診断した。エポプロステノールの導入によりPAHはWHO機能分類 II度まで改善し、投与開始後8年近く問題なく経過した。しかし、持続ポンプによる中心静脈への投与であったことからカテーテル感染を繰り返し、最終的に敗血症性ショックにより死亡した。薬剤の有効性は実感していたものの、投与経路の制約による患者の負担は大きいと感じていた。

PDE5阻害薬等の臨床導入と長期予後改善に向けた試み

その後、2005年からエンドセリン受容体拮抗薬であるボセンタン、ホスホジエステラーゼ5(phosphodiesterase 5:PDE5)阻害薬であるシルデナフィルやタダラフィルなど、複数の経口投与可能な薬剤が導入され、逐次併用療法(sequential combination therapy)が可能となった。これらの薬剤が導入され、CTD-PAH診断後の3年生存率は76%まで改善した。

一例を提示する。患者は34歳の女性で、2007年にSLE、2009年にPAH(WHO機能分類 III度)と診断した。シルデナフィルやベラプロスト徐放剤、アンブリセンタンなど複数の経口薬の投与により、PAHはWHO機能分類 II~III度を推移しながら現在まで問題なく経過している。

しかし、長期予後に関してはさらなる改善の余地があると考え、2009年以降はさまざまな試みに取り組んだ。アンブリセンタンとタダラフィルの初期併用療法(upfront combination therapy)の効果について検討したAMBITION試験では、各単剤での治療と比較して、初期併用療法は死亡やPAHの悪化による入院などからなる複合エンドポイントの発生リスクを低下させることを示し、中リスク以上の患者への初期併用療法のエビデンスを構築した。また、エポプロステノールの効果予測因子を検討し、導入の目安や導入後の投与プロトコールなど使用戦略の見直しも行った。

CTD-PAHに対する免疫抑制療法

PAHに対する免疫抑制療法のエビデンスはいまだ十分に蓄積されていないが、SLEをはじめとする膠原病は全身性疾患のため、糸球体腎炎や間質性肺疾患などPAH以外の病変に強力な免疫抑制療法を行う。特にループス腎炎合併例に対しては強力な免疫抑制療法によって、しばしば併存しているPAHが完全に消失する事例を経験する。

一例を提示する。患者は23歳の女性で、ループス腎炎とPAHを合併したSLEの症例であった。SLEに対するミコフェノール酸モフェチル併用ステロイドパルス療法により、併発していたPAHは寛解に至った。その後、患者の強い希望により、2回妊娠しいずれも無事出産に至った。初回の妊娠から10年強経過しているが、PAHの再発は認めていない。

しかし、免疫抑制療法の反応性が乏しい症例も存在する。患者は32歳の女性で、労作時息切れ(SOB)を伴うSLEの症例で、皮膚症状等の疾患活動性も認めた。労作時息切れの悪化(WHO機能分類 III度)のため入院となり、シクロホスファミド併用ステロイドパルス療法を行ったが症状は改善せず、エポプロステノールとシルデナフィルも投与したが入院から6か月後に死亡した。

そこで、SSc以外のCTD-PAHに対する免疫抑制療法の効果を予測する因子を検討した。新規に診断されたSLE、MCTD、原発性シェーグレン症候群に伴うPAHの症例で、初回治療時に免疫抑制療法(PSL>0.5mg/kg±免疫抑制薬)を実施した30例のうち、16例では3か月後のWHO機能分類の改善を認めた。レスポンダーと非レスポンダーの背景因子を比較すると、レスポンダーはCTDとPAHの診断が同時期であった症例が多く、非レスポンダーは全例が免疫抑制療法を併用せずステロイド単独で治療されていた。これらの結果より、CTD発症とともに出現したPAHに対して早期のタイミングで強力な免疫抑制療法を行うことの重要性が示された。

桑名氏講演資料(提供:桑名氏)/Yasuoka H, et al. Circ J 2018; 82(2): 546-554.

肺血管拡張薬では血行動態の改善が得られても短期に正常化することはまれである。一方、免疫抑制療法のレスポンダーでは大多数がPAP正常値まで速やかに回復することから、免疫抑制療法が必要な症例には機を逃さず実施することが最善と考える。

ガイドラインにおける免疫抑制療法の記載

現在のところ、免疫抑制療法に関するランダム化比較試験のエビデンスがないため、その推奨に関する記載はガイドラインによって多少異なっている。日本肺高血圧・肺循環学会作成の『結合組織病に伴う肺動脈性肺高血圧症診療ガイドライン』では、SSc以外のCTD-PAH患者に対する免疫抑制療法はCTD-PAHの治療経験豊富な施設で実施されることが提案される(GRADE 2C、エビデンスの確信性「弱い」、推奨の強さ「弱い推奨」)との記載にとどまっている。しかし、日本循環器学会を中心とした合同研究班により作成された『肺高血圧症治療ガイドライン(2017年改訂版)』では、専門家の治療経験に基づき、CTDの疾患活動性を考慮して免疫抑制療法の適応を検討したうえで、リスク評価を行い肺血管拡張薬の併用を検討するアルゴリズムになっている。

現状、多くの施設では、SSc以外のCTD-PAH患者に対してはある程度免疫抑制療法を活用しているが、効果予測が難しい点が普及を妨げている。そこで、免疫抑制療法を組み合わせた治療を行う際は、開始2~4週後の早期に右心カテーテル検査による血行動態評価を行い、反応性を確認することが重要である。レスポンダーであれば劇的な改善がみられることが多いため、有効であれば継続し、反応性が乏しい場合は速やかに肺血管拡張薬を追加する。

桑名氏講演資料(提供:桑名氏)/伊藤浩,松原広己 編: 新 肺高血圧症診療マニュアル. 南江堂 2017, pp194-198.

CTD-PAH治療の進歩と将来展望

ここ20年ほどの間にCTD-PAHの治療は大きく変化し、生命予後は劇的に改善した。

前掲の1992年診断例とほぼ同じ経過や血行動態的評価を示した2013年診断の一例を提示する。患者は28歳の女性で、2013年にMCTD、肺高血圧症(WHO機能分類 IV度、mPAP 54mmHg、Cl 1.6L/分)と診断した。ループス腎炎の治療に準じて、シクロホスファミド併用ステロイドパルス療法にシルデナフィル、アンブリセンタンを投与した。レスポンダーと判断し、免疫抑制療法を継続しつつベラプロスト、タダラフィルも追加投与した結果、治療開始後6か月の右心カテーテル検査ではmPAP 24mmHg、PVR 3.1Wood Uまで改善し、現在もほぼ自覚症状なく過ごしている。

しかし、SScに伴うCTD-PAHのように、いまだに予後不良の病態もある。その要因としては、症例ごとにPAH以外の肺静脈病変、左心疾患、間質性肺疾患の肺循環障害における貢献度が異なること、そのため肺血管拡張薬によって肺うっ血や酸素飽和度低下などの潜在病変の顕在化がみられることなどが指摘されている。AMBITION試験の全症例を対象としたサブグループ解析によれば、肺高血圧症臨床分類(ニース分類2013年)第1群PAH主体の症例で初期併用療法が有効である可能性が高く、左心疾患リスクが低く、呼吸機能が良好であるほど有効性が高いことが明らかにされた。

また、PAHではすでに肺血管床の2/3以上が障害されているが、現在主に使用されている薬剤は対症療法としての肺血管拡張薬である。今後は免疫抑制療法のように肺血管床を回復させる治療法の開発が求められている。IPAHでもリンパ球やマクロファージ、Interleukin-6(IL-6)など炎症、免疫応答が肺血管リモデリングに関与することがよく知られている。時に、PAHを合併した膠原病患者に対して、炎症や免疫に対する分子標的治療をPAH以外の病変に対して行うことがある。

一例を提示する。患者は39歳の女性で、2001年にMCTD、2003年にPAHと診断されステロイドパルス療法を実施したが、2008年よりSOBが徐々に悪化していた。併存するキャッスルマン病に対してIL-6阻害薬であるトシリズマブを投与したところ、PAHの劇的な改善を認めた。

現在トシリズマブの医師主導治験も行われており、そのほかの分子標的薬やSotaterceptなどの抗細胞増殖薬、酸化ストレスを軽減するNrf2活性化薬などの新規薬剤も、PAHに対する有効性が検討されているため、今後さらによい治療が確立することを願っている。また、ここ数十年における生命予後の改善は、有効な新規薬剤の開発がそれを後押ししたことは確かだが、治療が難しいといわれた時代から目の前の患者に向き合い、治療を模索し続けた医療者の努力なしには到達しえなかったことも言及しておきたい。

講演のまとめ

  • 30年ほど前の肺高血圧症の予後は非常に厳しかった
  • PGI2製剤やPDE5阻害薬などの新規薬剤が臨床導入され、予後は劇的に改善した
  • CTD-PAHに対する免疫抑制療法のエビデンスは十分に蓄積されていない
  • 免疫抑制療法を組み合わせた治療を行う場合は、投与開始後早期に反応性を確認する必要がある
  • 今後、肺血管床を回復させるような治療法の開発が期待される

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