2022年03月08日掲載
医師・歯科医師限定

【インタビュー】肺高血圧症は「肺血管拡張薬」で治療成績が劇的に向上――高まる個別化医療の重要性、早期診断に向けた国際的な定義見直しも(1600文字)

2022年03月08日掲載
医師・歯科医師限定

日本医科大学 大学院医学研究科アレルギー膠原病内科学分野 大学院教授/日本医科大学付属病院 リウマチ・膠原病内科 部長/強皮症・筋炎先進医療センター センター長

桑名 正隆先生

肺高血圧症は肺動脈圧の上昇をきたす症候名で、その中には種々の異なる病態が含まれる。原因となる基礎疾患はさまざまな領域に及び、また関わる診療科も多岐にわたる。ただ、一方で患者数は少なく、そのために各診療科での専門家が極めて少ないことが肺高血圧症診療の大きな課題であろう。

肺高血圧症の最新トピックといえば、何よりも治療法の進歩である。2000年以前には、肺高血圧症(特発性、二次性を含む)は、息切れの自覚症状が出て診断されると3年以内にほぼ全ての患者が亡くなる、すなわち「診断=短期間で命を失う疾患」であった。当時の唯一の治療法は脳死心肺同時移植であったが、国内ではその選択肢はなかった。移植を受けるためには、多額の渡航費・治療費・滞在費等をかけて海外で移植を受けるしかなかったのである。

日本では1999年に「肺血管拡張薬」が登場して以降、治療成績は劇的に向上した。最近の国内の患者レジストリデータを見ると、3年生存率が90%を超えるようになった。そして現在、肺血管拡張薬は14種類にまで増えている。

これだけ短期間で生命予後が劇的に改善した疾患がほかにあるだろうか。肺高血圧症の分野で、治療法の進歩は患者の生命予後に大きな変革をもたらした。一方、留意すべき点も残されている。それは、悪性腫瘍のレジメンのように全ての患者で良好な治療成績を得られる画一的な肺血管拡張薬の使い方がない点だ。つまり「個別化医療」が極めて重要なのである。肺高血圧を呈する疾患は多岐にわたるため、疾患により治療法は異なり、たとえ同じ基礎疾患を持つ患者でも病態、重症度や合併症により使用する薬剤や治療戦略が変わってくる。このような点から、肺高血圧症診療は一筋縄ではいかない専門性の高い分野となっている。

また、治療薬の登場によって短期の死亡率は大きく低下したが、肺高血圧症の患者は比較的若年で発症するため、5年、10年という長期での生命予後をみると必ずしも「十分に改善した」とはいえない。この点を克服するために進んでいるのが、個別化医療を実践するための治療アルゴリズムの作成や、バイオマーカーなどできるだけ簡便な方法によって病態を鑑別し治療の適正化につなげる情報集積のための研究である。

さらに、多くの疾患に共通することであるが、肺高血圧症においても早期診断・治療介入したほうが治療効果は高い。実際、先天的素因となるBMPR2ALK1といった遺伝子変異を持つハイリスク群に定期的な心エコー検査によるスクリーニングを行うことで、早期・軽症での発見が可能になり、予後も改善されたことが示されている。肺高血圧症の病状の進行はがんに似ていて、初期の段階ではゆっくりと進行するが、ある時点から急速に悪化するという特徴がある。過去の肺血管拡張薬のランダム化比較試験(RCT)では、治療開始が12週間遅れただけで3年後の死亡率が高くなる結果が示されている。このことからも、早期・軽症での診断と治療開始が重要であることは明白である。

このような点を踏まえ、肺高血圧症の定義を見直すことで早期・軽症の患者に速やかに治療介入することで、治療成績をさらに上げる試みが国際的に行われている。具体的には、肺高血圧症の定義は従来、右心カテーテル検査を行い肺動脈圧(安静時の平均圧)が25mmHg以上とされていたが、それを21mmHg以上まで下げるというものだ。これにより早期・軽症例を肺高血圧症として把握できることが期待されている。現在、世界中で早期・軽症例に対する治療介入が生命予後を改善するかの検証が行われている。

ちなみにコロナ禍での影響に関しては、生命に関わる希少疾患ということもあり専門施設、患者の意識は高く、国内では受診控えによる大きな影響はみられていない。ただし海外、特に欧米ではロックダウンの影響により診断の遅れや治療中断が増えて予後が悪化したという報告もある。

会員登録をすると、
記事全文が読めるページに遷移できます。

会員登録して全文を読む

医師について

新着記事