2022年12月08日掲載
医師・歯科医師限定

【第7回日本肺高血圧・肺循環学会レポート】診断に苦慮し治療に至った領域横断的な肺高血圧症――単剤治療で様子を見るべき症例は(3400字)

2022年12月08日掲載
医師・歯科医師限定

国際医療福祉大学 医学部 循環器内科学 教授/国際医療福祉大学 成田病院 循環器内科

杉村 宏一郎先生

肺高血圧症(PH)は第1〜5群に分類されるが、臨床では分類の難しい領域横断的な症例に遭遇することが多い。PHの治療法は群によって異なるため、こうした症例に対する診断・治療には迷う場面もある。杉村 宏一郎氏(国際医療福祉大学 医学部 循環器内科学 教授/国際医療福祉大学 成田病院 循環器内科)は、第7回日本肺高血圧・肺循環学会学術集会(2022年7月2~3日)における講演の中で、領域横断的なPH症例を2例紹介しながら、診断や治療のポイントについて解説した。

分類困難な領域横断的な症例が多いPH

PHは特に第1群と第4群に対する治療法が飛躍的に進歩し、予後が大きく改善している。日本で使用可能な肺血管拡張薬も急速に増加しており、2000年にはプロスタグランジンI2経路の単剤治療のみであったが、現在はエンドセリン経路および一酸化窒素(NO)経路で複数の治療薬が登場している。

1群の肺動脈性肺高血圧症(PAH)に対しては、初期併用療法が主流となっている。日本におけるPAHに対する初期併用療法の成績として、3年生存率が95.7%という報告があり、欧米と比べて良好な結果が得られている。日本では、平均肺動脈圧(mPAP)をできる限り下げることが治療目標とされてきた結果の表れだろう。

一方で実臨床では、単独の群に分類できないPH症例に少なからず遭遇する。Opitz氏らの報告にもあるように、典型的な特発性肺動脈性肺高血圧症(IPAH)ではなく、左心疾患の併存を有する非典型的IPAHも多く存在する。第1群と他の群の境界領域の症例をどのように診断し対応するかは、非常に難しい問題である。

2018年に開催された第6回肺高血圧症ワールド・シンポジウムでは、PHとする平均肺動脈圧の診断基準を下げることが提唱された。これによって早期治療につながる可能性は高まるが、同時に領域横断的な症例の増加が懸念される。本日は、領域横断的ゆえに診断や治療に迷ったPH症例(東北大学病院在籍時の症例)を2例紹介する。

強皮症・冠動脈バイパス手術(CABG)・大動脈弁置換術(AVR)後のPH症例

患者は60歳代女性。5年前に冠動脈バイパス術(CABG)・大動脈弁置換術(AVR)を実施し、手指限局型強皮症、間質性肺炎の既往歴があった。術後も労作時の息切れが改善せずセカンドオピニオンで当科を紹介受診したところ、心臓超音波検査で三尖弁逆流圧較差の上昇(46 mmHg)を認め、入院精査となった。

入院時、収縮期雑音(第III度/VI度)および皮膚硬化を認め、WHO-Fc II度、X線検査では間質性肺炎の所見を認めた。心臓カテーテル検査では肺動脈楔入圧(PAWP)20 mmHg、PAP 60/23(37) mmHgであり、心臓超音波検査も合わせて僧帽弁狭窄症(MS)と診断し、手術をすすめた。他院で僧帽弁置換術が施行された。

4年後、息切れの継続を主訴に再び当科に紹介、精査となった。脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)が330 pg/mLあり、X線検査では間質性肺炎所見は4年前と変わらなかった。心臓カテーテル検査ではPAWP 13 mmHg、PAP 68/21(37) mmHg、肺血管抵抗(PVR)615 dyne・sec・cm-5であった。

NO吸入肺血管反応性試験を実施したところ、mPAP・PVRの低下を認めたため、肺血管拡張薬の効果が期待できると判断しタダラフィル20 mgの単剤治療を開始した。しかし、2週間後に再び息切れ増悪を主訴に来院され、X線検査で肺水腫の所見とBNPが 550 pg/mLと上昇を認め、うっ血性心不全として入院となった。

利尿薬投与で症状が改善し、再び行った心臓カテーテル検査では前回検査とほぼ同様の数値であった。ここで水負荷試験を実施すると、PAWP 22 mmHg、mPAP 45 mmHgまで上昇した。左心の要素が強い症例であることは分かったが、その原因については強皮症か、AVRのためか、あるいは虚血性心疾患の影響かはっきりしなかった。

このような左心要素のあるPrecapillary PHの症例に対して、肺血管拡張薬の投与は慎重に判断すべき症例であった。

杉村氏講演資料(提供:杉村氏)

診断・治療に苦慮したPH症例

2例目は30歳代男性で、受診12年前に間質性肺炎、1年前に顕微鏡的多発血管炎と診断されプレドニゾロン25 mgが開始された。息切れの増悪で紹介、PHが疑われ当科受診となった。右心カテーテル検査でPAWP 15 mmHg、PAP 46/24(34) mmHgであり、Precapillary PHの血行動態であった。しかし、PVRは462 dyne・sec・cm-5と高いものの、左室駆出率は44%と顕著に低下しており、肺疾患だけでなく左心疾患の要素もある症例だった。X線検査やCT検査で認めた肺病変、呼吸機能検査から3群のPHも疑われていた。

血液免疫科で免疫抑制療法を予定していたため、PHの治療は免疫抑制療法の効果を判断したのちに検討することとし、循環器内科は併診という形で経過を診た。6分間歩行距離が250m程度と30歳代男性としては短く、少し歩くだけで息切れしADLが著しく低下していた。1か月後に再びカテーテル検査を実施し、PAWP 10mmHg、PAP 48/26(37) mmHg、PVR 969 dyne・sec・cm-5であった。

水負荷試験の結果、PAWPの上昇はなく、左心の要素は見受けられなかったため、肺血管拡張薬のPDE5阻害薬を開始した。その後の右心カテーテルでは、mPAPは24 mmHgまで低下し、6分間歩行距離が560mまで伸びた。歩いて帰宅できる状態にまで回復し、期待以上に肺血管拡張薬の効果がみられた症例であった。

杉村氏講演資料(提供:杉村氏)

左心の要素を含むPHの判断方法

紹介した2例のような症例における治療決定の基準は明確ではなく、可能性のある治療を一つひとつ試していくしか方法はないだろう。

現在、特にPAHに対しては、「より強く、より早く」というキーワードで初期併用療法が提唱されており、一定の効果が認められていることは確かである。一方で、本日紹介したような領域横断的な症例、特に左心の要素がある1例目のように、単剤治療から開始し経過を追っていく必要がある場合もある。

診断の際は、左心の要素をいかに評価するかが課題となる。高齢である、左心疾患の既往歴があるといった場合は左心性心疾患に伴うPHの可能性が高まることが報告されており、そうした基準に沿って評価することも重要だ。

杉村氏講演資料(提供:杉村氏)/出典:Vachiéry JL, et al. Eur Respir J. 2019: 24; 53(1): 1801897. 

現在、生理食塩水負荷検査と運動負荷検査の2つが負荷検査としてガイドラインにおいても記載されている。生理食塩水負荷試験は比較的簡単に実施でき、左心の要素を顕在化させるという点では有用と考える。PAHと診断されている症例に、生理食塩水負荷試験を行いPAWPが18 mmHgを超える場合は左心の要素が疑われるため肺血管拡張薬の導入は慎重に行うべきだとする報告もある。一方で、運動負荷右心カテーテル試験では、mPAP-CO slopeが3を超える場合は肺血管床の異常が示唆される。

PH治療の今後

IPAHのCOMPERAレジストリを用いたクラスター分析によれば、IPAHは3つのクラスターに分かれ、それぞれ予後や治療薬の反応性が異なる。このことからも、臨床分類の5つの分類以上に、より細かく患者を診ていく必要があると考えられる。

また、初期併用療法が主流となっている現在においても、初期単剤療法を考慮すべきPAH症例が報告されている。たとえば、75歳を超える高齢のIPAH/遺伝性(H)PAHであり、左室収縮力の保たれた左心不全の危険因子を複数持っている症例などに対しては、初期から多剤を用いずに単剤で慎重に治療していく必要があるだろう。単剤とする症例の判断基準は今後の検討課題である。

治療法の進歩によってPHの予後は大きく改善したが、領域横断的な複雑な病態を持つ症例も散見されるようになった。単剤治療やその選択について再検討する時代が来ているのかもしれない。PH診療にはより専門性が求められる時代となり、ほかの診療科と協力して、チーム医療を実施しながら対応することが重要となるだろう。

講演のまとめ

  • PHは5群に分類されているが、実臨床では分類の難しい領域横断的な症例も散見される
  • 領域横断的な症例に対しては治療法の決定が難しい
  • 左心の要素のある症例に対しては安易に肺血管拡張薬を使用すべきではない
  • 生理食塩水負荷試験は左心の要素を判断する有用な情報となる
  • 初期併用療法が主流となっている現代においても、領域横断的な症例は単剤療法で慎重に治療を進めるべきである
  • PH治療にはより専門性が求められる時代となり、多くの診療科と協力し、チーム医療を実践しながら対応することが重要である

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