2022年10月13日掲載
医師・歯科医師限定

【第53回日本動脈硬化学会レポート】がん関連血栓症の発症機序とバイオマーカーの使い分け(4500字)

2022年10月13日掲載
医師・歯科医師限定

金沢大学大学院 医薬保健学総合研究科 保健学専攻・医療科学領域病態検査学講座 教授 / 日本医科大学付属病院 血液内科 客員教授

森下 英理子先生

がん患者は血栓症の合併リスクが高いことが知られており、血栓症を合併した場合は予後が悪いと言われている。今回、森下 英理子氏(金沢大学大学院 医薬保健学総合研究科 保健学系 病態検査学 教授)は、第53回日本動脈硬化学会総会・学術集会(2021年10月23日~10月24日)におけるシンポジウムの中で、がんにおける血栓形成メカニズムと血栓症バイオマーカーについて解説した。

がんの血栓形成メカニズム――直接的メカニズム

がん細胞は、がん遺伝子(EGFRファミリー、K-ras)の活性化とがん抑制遺伝子(p53、PTEN)の不活化を引き起こし、自ら組織因子(TF)を発現する。さらにがん細胞は、TFを含有する腫瘍由来細胞外小胞(EVs)や、第X因子を活性化する腫瘍由来凝固促進因子(CP:Cancer procoagulant)、ポドプラニンを産生する。このように複合的な要素によって血栓が形成されるが、その中でも腫瘍由来EVsによる凝固活性化の影響は大きい。

 

森下氏講演資料(提供:森下氏)

腫瘍由来EVsは、向凝固活性因子であるTF、リン脂質、第VIIa因子、血小板活性化因子であるポドプラニンなどを産生する。さらには、がん細胞は癌腫ムチンや腫瘍由来血小板活性化因子(ADP、トロンビン、TF、ポドプラニン保有MP)を放出することで、血栓形成を引き起こす。また、がん細胞はPAI-1という線溶を阻害する因子も放出しており、形成された血栓の溶解が阻止される。

がんの血栓形成における直接的なメカニズムは以下のとおりである。

・フィブリン血栓形成

  1. TF
  2. 細胞外小胞(Evs):TF*、フォスファチジルセリン(PS)、接着因子、ポドプラニン*
  3. Cancer Procoagulant(CP)

・血小板血栓形成

  1. ポドプラニン*
  2. 腫瘍由来血小板活性化因子:ADP、トロンビン、TF、ポドプラニン保有
  3. 癌腫ムチン

・血栓溶解阻止

  1. PAI-1*

*付きの項目は血中濃度の測定が可能

がんの血栓形成メカニズム――間接的メカニズム

また、がんの血栓形成における間接的なメカニズムは以下のとおりである。

・がん細胞産生炎症性サイトカイン

  1. TNF-α*、IL-1β*:血管内皮TF産生亢進、VWF産生亢進、TM産生低下、NO産生低下、PGI2産生低下
  2. VEGF*:単球TF産生亢進
  3. basic FGF:血管内皮TF産生亢進
  4. G-CSF*

・Neutrophil extracellular traps(NETs)

  1. DNA(cell-free DNA*)
  2. ヒストン(シトルリン化ヒストン3*)
  3. タンパク分解酵素:エラスターゼ*、MPOなど

・DAMPs(Damage-associated molecular patterns):HMGB1*、ヒストン

*付きの項目は血中濃度の測定が可能

なおNETsとは、好中球から放出されたヒストン、エラスターゼ、ミエロペルオキシダーゼ、フィブロネクチンなどからなる構造物である。細菌やリポポリサッカライド、サイトカインなどの刺激によって好中球が活性化して細胞膜が破綻すると、NETsは細胞外に放出されて線維状の構造を形成する。通常、この線維に捕獲された病原微生物タンパク分解酵素によって融解されるが、血小板が捕獲されると血小板の凝集・活性化が起こり、血栓が形成される。さらに線維状の構造物を形成するDNAは陰性荷電であるため、内因系凝固因子である第XII因子を活性化し、その後最終的には外因系凝固にも関与することでフィブリン血栓を形成する。つまりNETsは、フィブリン血栓を介して病原微生物を局所に封じ込めるはたらきをしているが、過剰に反応すると血栓症を惹起する。また、NETsは血栓形成だけでなく、血管新生やがん増殖、腫瘍細胞の保護、血管内皮細胞への接着促進などにも関与しているといわれているため注意が必要である。

血栓症のバイオマーカーとVTE発症リスク評価スコア

がん患者では静脈血栓塞栓症(VTE)の発症率が高いことが知られており、その危険因子は、腫瘍関連因子、治療関連因子、患者関連因子の3つに大別することができる(Ay C, et al. Thromb Haemost 2017; 117(2): 219-230)。

【腫瘍関連因子】

・原発部位:

  VTE発症リスクVery high:膵臓、胃、脳

  VTE発症リスクHigh:肺、子宮、卵巣、造血器、膀胱

・組織型:腺癌、ムチン産生腫瘍

・病期、転移の存在

・診断から最初の3~6か月

【治療関連因子】

・化学療法:従来型化学療法、分子標的療法、免疫療法

・ホルモン療法

・手術

・放射線療法

・輸血

・中心静脈カテーテル

【患者関連因子】

・高齢(65歳以上)、長期臥床、入院中

・合併症(心・肺・腎疾患など)

・VTE既往歴

・血栓性素因:先天性血栓性素因、抗リン脂質抗体症候群


また、VTE発症を予測するバイオマーカーは以下のとおりである。

・血算:白血球数増多(>11,000/μL)、血小板数増多(>35万/μL)

・D-ダイマー高値

・可溶性P-セレクチン高値

VTE発症リスクの評価スコアとしては、KhoranaスコアやViennaスコアがある。

 

森下氏講演資料(提供:森下氏)/Ay C, et al. Blood 2010; 116(24): 5377-5382

Khoranaスコア5点以上、3点、0点の3群を6か月間観察し、VTEの発症率を検証した試験では、0点群でほぼVTEの発生がみられなかった。一方、5点以上の群では35%がVTEを発症していた。

 

森下氏講演資料(提供:森下氏)/Ay C, et al. Blood 2010; 116(24): 5377-5382

しかしながらこれらは海外で作成されたスコアであり、日本人の体格に合わせた評価スコアの構築が必要である。2019年に発表された報告では、日本人肺がん患者682例による検討によって、本邦ではBMIは≧25kg/m2が適当だろうと結論づけられている。

VTE発症を予測するバイオマーカーについては、白血球数、血小板、D-ダイマー、可溶性P-セレクチン、腫瘍由来EVsTF活性、ポドプラニン、NETs関連(シトルリン化ヒストン3、cell free DNA、ヌクレオソーム)のオッズ比が高い。

最近の報告として、がん患者におけるEVsTF活性がVTEの発症予測マーカーになるかを確認した試験がある。TFを含んだがん細胞は、血中にEVsとして放出されることでDICやVTEの発症に関与するため、EVsTF活性の予測マーカーとしての有用性が期待されている。しかし、実際に検討した試験の結果はさまざまである。この理由はがん種によって含まれるTF量に差があるためであると考えられ、実際に海外の研究では、TFを多く含有する膵臓がんにEVsTF活性が予測マーカーとして有用であると報告されている。

また、NETs関連マーカーである血中シトルリン化ヒストン3(H3Cit)がVTE発症の予測マーカーとして有用だとする報告もある。動脈血栓発症の予測マーカーについては、オッズ比がそれほど高くないものの、好中球と可溶性P-セレクチンが有用だと報告されている。さらには、がん患者の予後予測マーカーとしては好中球エラスターゼ、可溶性P-セレクチン、シトルリン化ヒストン3、G-CSF、IL-8の有用性が示されている

しかし、これらバイオマーカーの一部は保険収載されていない。NETs関連マーカーやポドプラニンは、血小板数や可溶性P-セレクチンによる代用が可能である。腫瘍由来EVsTF活性は代用できるものがないため、今後の保険収載が期待される。

凝固線溶分子マーカーの使い分け

臨床では多くの凝固線溶分子マーカーが測定可能だが、それぞれ特徴や半減期が異なるため、使い分けが必要である。たとえばTATはトロンビン発現後に上昇するが、半減期が3分ほどで持続しない。一方D-ダイマーは長期間持続するため、その瞬間に血栓ができていることを示さない場合もあることには注意する必要があるだろう。また、可溶性フィブリン、フィブリンモノマー、フィブリンモノマー複合体の測定にはさまざまな種類のキットが発売されているが、測定対象が若干異なっている点は理解しておく必要がある。

使い分けの例として、代表的な血栓マーカーを紹介する。D-ダイマーは、二次線溶亢進血栓形成のマーカーであり、できた血栓が溶けているかの判定が可能だ。可溶性フィブリンは、血栓ができる前の準備状態を示している。フィブリンモノマー複合体は、凝固亢進マーカーであり、プロトロンビンフラグメント1+2は、トロンビン産生マーカーである。

 

森下氏講演資料(提供:森下氏)

使い分けが必要な理由として、1つ例を示して解説したい。血栓確認後ヘパリン治療を行った症例におけるD-ダイマーと可溶性フィブリンの変動を比較した図をみると、新鮮血栓の発見とともにD-ダイマーと可溶性フィブリンは共に高値を示している。その後ヘパリン投与によって可溶性フィブリンが速やかに減少した一方で、D-ダイマーはゆっくりと減少していることが分かる。このような症例でD-ダイマーのみを測定していると、正確な判断ができない。

別の例では、治療開始後D-ダイマーはほぼ正常値に戻っており、ヘパリンを減量したところ血栓が再発している。しかしながら可溶性フィブリンを見ると、治療開始後減少がみられたものの、正常値には戻らず高値を維持していることが分かる。つまり、本症例では凝固の活性化状態が継続していたことが予測され、本来はヘパリンを減量するべきでなかった可能性が考えられる。

可溶性フィブリンは抗凝固療法の効果判定や凝固亢進状態の評価に有効であり、D-ダイマーと使い分けることで、ある程度血栓状態や凝固活性化の状態を予測することが可能だ。

講演のまとめ

  • 血栓症発症予測バイオマーカーの新たな候補としては、腫瘍由来EVsTF活性、ポドプラニン、NETs関連マーカーが有用である可能性がある(ただし、TF活性はがん種によって使い分ける必要がある)
  • がん患者におけるリスク因子や各種バイオマーカーを用いて、リスクを層別化しVTE発症を予測する必要がある
  • がん患者の血栓リスクを適切に判断し、リスクの高い患者のみに有効な抗血栓治療を行うことによって、リスクの低い患者への出血合併症を回避できる。

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