2022年10月25日掲載
医師・歯科医師限定

【第119回日本内科学会レポート】腸内細菌beyond the gut――迷走神経反射を介した腸管の恒常性維持とその経路の解明(4400字)

2022年10月25日掲載
医師・歯科医師限定

慶應義塾大学医学部 内科学(消化器)教室 教授

金井 隆典先生

腸管免疫の恒常性維持に重要な役割を果たす制御性T細胞(Treg)が、腸内細菌によって分化誘導されることは知られている。慶應義塾大学医学部 内科学(消化器)教室 教授の金井 隆典氏は、腸内細菌による末梢由来Treg(pTreg)の分化誘導および腸管の恒常性維持に、肝臓を介した迷走神経反射が関与することを見出し、第119回日本内科学会総会・講演会(2022年4月15日~17日)において、その経路について実験結果を踏まえながら解説した。

腸と脳のつながり

迷走神経切断術後の晩発生IBD

H2ブロッカーが登場する以前は、消化性潰瘍の治療として迷走神経切断術が実施されていた。迷走神経切断による胃酸分泌の抑制が目的であったが、2020年に発表された疫学調査によれば、迷走神経切断術の既往歴は晩発生炎症性腸疾患(IBD)のリスクファクターとなることが明らかとなった。今回は腸と脳のつながりに着目しながら、そのメカニズムについて解説してみたい。

腸脳相関

私はかねてより、体における第一のブレインは腸であると主張してきた。「病は気から」という言葉が示すとおり、医食同源、つまり食事が悪いと病気になるといわれている。IBD領域でいえば、ストレスでも暴飲暴食でもIBDは再燃する。すなわち、脳と腸は両方向性に作用しているのである。このような腸脳相関(一般的には脳腸相関であるが、消化器内科医のため腸を先にさせていただく)は、脳、自律神経、腸管神経叢、腸管、腸内細菌の5つの役者で成り立っていると考えられる。

pTregの分化誘導

腸内細菌によるpTregの分化誘導

腸管は免疫細胞の宝庫であり、全身の60~70%の免疫細胞が存在するともいわれ、あらゆる種類が認められる。その中でも特徴的なのが末梢由来Treg(pTreg)だ。ほかの免疫細胞が免疫を活性化するのに対し、pTregは過剰な免疫を抑制するはたらきを持ち、腸管免疫の恒常性を保つのに重要な役割を担っている。ちなみにpTregは腸管由来であり、胸腺由来のtTregとは異なる。

pTregの分化誘導には腸内細菌が関わっている。腸内細菌が抗原提示細胞(APC)に指示を出し、アルデヒド脱水素酵素(ALDH)を誘導することで、未熟なT細胞を成熟したFoxp3陽性のpTregへと分化誘導させるのだ。これは腸管の恒常性が腸内細菌によって支配されているとも解釈できる。しかし我々はその危うさに疑問を持ち、APCからpTreg生成までの過程で、何らかの形で脳が関与しているのではないかという仮説を立て、実験を行った。

pTreg分化誘導に対する脳の関与

実際にマウス大腸の免疫組織染色を実施したところ、APC、神経、Foxp3(Tregマーカー)が一か所に集まる現象が至る所に認められた。我々はこの結果から、pTregが脳の関与を受けている可能性が高いと考えた。

次に、マウスの細胞を用いて、大腸のAPCに神経伝達物質の受容体が発現しているか調査した。脾臓のAPCをコントロールとしたところ、大腸APCにおいてのみムスカリン型アセチルコリン受容体(mAChR)が強く発現していることが確認された。また、ムスカリンをかけてみると、pTreg誘導に重要なALDHが強く誘導されることも確認された。ムスカリンによるALDHレベルの上昇は、ヒトの細胞でも同様に認められた。

さらに、mAChRノックアウトマウスを用いた実験では、Foxp3陽性のナイーブT細胞(CD4T細胞)の増加がみられなかったことから、大腸APCは神経伝達物質の刺激によって、mAChR依存的にpTregを誘導していることが示唆された。

脳と腸をつなぐ自律神経

迷走神経の経路

自律神経には、腸から脳へと向かう求心路と、その逆の遠心路がある。求心路には節状神経節を通り延髄孤束核へと向かう経路と、脊髄の後根神経節を上がっていく経路の2つがあり、迷走神経は前者の経路を通る。遠心路は交感神経と副交感神経の経路があり、迷走神経は副交感神経の1つである。

迷走神経は第10脳神経であり、左右に存在する。左側は横隔膜下で肝臓枝と腹側胃枝、および副腹腔枝の3本に分岐し、右側は横隔膜下で背側胃枝と背側腹腔枝の2本に分岐する。横隔膜下の迷走神経は腸を支配しており、右の背側腹腔枝が比較的太いことから、右側の迷走神経が腸を優勢的に支配していると書かれている教科書もある。

pTreg生成への迷走神経の関与

我々は、pTregの生成が迷走神経の影響を受けるか否かを確認するため、マウスを用いて横隔膜下にある左右両方の迷走神経切断術を実施した。その結果、切断後たった48時間で腸管のpTregが大きく減少したのである。

その後pTregは1週間減少したままであったことから、迷走神経はpTregの分化誘導、あるいは維持に関与していることが考えられた。また、DSS誘導性腸炎モデルマウス(DSSマウス)の迷走神経を同様に切断すると、体重減少や臨床症状の悪化が顕著にみられた。迷走神経切断によってpTregによる腸管の免疫制御ができず、悪化に至ったと考えられる。

次に、左右どちらの迷走神経が腸を支配しているかを調べるため、各臓器にトレーサーを取り込ませて脳への伝わり方を観察した。その結果、肝臓、十二指腸は主に左の迷走神経に支配されていること、小腸、盲腸、大腸は意外にも、左の迷走神経の支配も受けていることが確認できた。

さらに、左右の迷走神経を別々に切断してみると、驚くべきことに左の迷走神経を切断したときだけ腸管pTregの減少がみられた。これまで右の迷走神経の背側腹腔枝が重要視されてきたが、実は左の迷走神経の副腹腔枝も重要な役割を果たしている可能性が示唆されたのである。

腸炎情報は肝臓を介して脳へ

左の迷走神経の重要性が高まったところで、我々は次に肝臓に着目した。DSSマウスの肝臓の迷走神経を観察すると、腸炎を起こした後に活性化がみられ、次いで節状神経節が活性化し、最終的には延髄孤束核の活性化を確認した。つまり、腸炎を発症すると門脈を通って肝臓の迷走神経が活性化され、そこから脳へと情報を伝えていることになる。

マウス左迷走神経の肝臓枝のみを切断した実験では、両側迷走神経を切断した時に匹敵するほど腸管pTregが減少した。このことから、経路としては肝臓枝がもっとも重要である可能性が示唆された。DSSマウスを用いた実験でも、肝臓枝切断によって顕著な体重減少および臨床症状の悪化がみられた。

肝臓枝は十二指腸あるいは肝臓に行く経路に分岐するが、肝臓に行く経路のみを切断した場合でも同様にpTregの顕著な減少がみられた。このことから、pTregの減少は肝臓の迷走神経の特異的な現象であり、腸→肝臓→脳という経路は確からしいと考えている。

迷走神経反射への腸内細菌の関与

冒頭で、pTregは腸内細菌によって分化誘導されると述べたが、これまでのデータを加味すると、そこに迷走神経が大きく関与していることが考えられた。そこで最後に、迷走神経反射にどれほど腸内細菌が関与しているかを調べるため、DSSマウスに4種類の抗生剤を投与し続け、腸管に菌が乏しい状態で肝臓枝を切断する実験を行った。

すると、抗生剤非投与のDSSマウスでみられたような体重減少や臨床症状の悪化はみられなかった。また、腸内細菌の信号を受けるのに重要な分子であるMyd88のノックアウトマウスでも、肝臓枝を切断したところ同様の結果が得られた。つまり、腸内細菌がなければ、迷走神経反射が成立しないことが示唆された。

迷走神経による腸管恒常性維持の経路

これまでの結果をまとめると、迷走神経反射による腸管恒常性の維持は次のような経路でなされていると考えられる。

腸内細菌が乱れて腸炎が起こると、腸内細菌の情報が門脈を通って肝臓に届く。おそらく、クッパー細胞などを活性化し、肝臓内にある左迷走神経の肝臓枝の求心路を刺激して脳に向かう。脳の延髄孤束核で神経反射が起こり、復路として迷走神経の副腹腔枝を通って腸管に戻り、APCを活性化し、pTregの分化誘導へとつながる。これまで、腸管のpTregは腸内細菌によって分化誘導されることが知られていたが、迷走神経反射を絶妙に使いながら腸管の恒常性を維持していることが分かった。

冒頭で述べた、迷走神経切断によるIBD発症のメカニズムとしては、迷走神経切断によって腸管のpTregが減少し、腸管の恒常性が維持できなくなることが関係していると考えている。

Alan de Araujo,et al.Nat Rev Gastroenterol Hepatol. 2020; 17(11): 651-652.より引用

迷走神経切断術以外の治療法の模索

てんかん治療において、左頸部の迷走神経にカフを装着し、電気刺激によって脳に信号を与える治療法が実施されている。我々はこれを応用し、総肝臓枝にカフを装着して求心性に刺激し、神経反射を利用して腸管pTregを増やす方法を考案した。実際にマウスで実施してみると、左の延髄孤束核の活性化がみられ、3日間の実施でpTregの増加がみられた。肝臓枝へのカフの装着は侵襲性が高いため今後多くの調整が必要になるが、将来的には難治性クローン病やIBDの治療戦略の1つになり得ると考えている。

講演のまとめ

  • 腸脳相関で知られるように腸と脳は両方向性に作用している
  • 腸管免疫の恒常性を保つpTregは腸内細菌がAPCに指示を出すことで分化誘導される
  • 腸管のAPCは神経伝達物質の刺激によってmAChR依存的にpTregを誘導する
  • 迷走神経は左右に存在し、左側の肝臓枝を切断すると左右両方の迷走神経の切断時に匹敵するほど腸管pTregの減少がみられた
  • DSSマウスの腸炎発症後、肝臓の迷走神経に次ぎ、節状神経節、延髄孤束核の活性化がみられた
  • 腸内細菌が乏しい状態では迷走神経切断による変化はみられなかった
  • 腸内細菌によるpTregの分化誘導および腸管の恒常性維持には、肝臓を介した迷走神経反射が関与している可能性がある
  • 迷走神経切断術により晩発生IBD発症のリスクが高まる。その理由はpTregが減少することで腸管の恒常性が保てないためであると考えられる
  • 迷走神経切断術以外の腸炎の治療法として、総肝臓枝にカフを装着して求心性に刺激し、神経反射を利用して腸管pTregを増やす方法を考案している

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