2022年02月21日掲載
医師・歯科医師限定

【第43回日本高血圧学会レポート】withコロナ時代でのRA系阻害薬内服の意義、循環老廃物が引き起こすAT1活性化機構に対するAT1阻害薬の可能性(3800字)

2022年02月21日掲載
医師・歯科医師限定

大阪大学大学院医学系研究科 老年・総合内科学 准教授

山本 浩一先生

レニン-アンジオテンシン(RA)系阻害薬は、降圧療法の第一選択薬として広く認識されてきたが、COVID-19パンデミックは同薬の使用意義が見直される契機となった。

山本 浩一氏(大阪大学大学院医学系研究科 老年・総合内科学 准教授)は、第43回日本高血圧学会総会(2021年10月15〜17日)において、「withコロナ時代のRA系阻害薬の考え方」と題し、COVID-19下における降圧療法の考え方と、新時代の老年予防医学的観点も含めた検討について説明した。

COVID-19下におけるRA阻害薬内服の意義

ARBやACE阻害薬による臓器障害の抑制

COVID-19流行初期に「ARBやACE阻害薬といったRA系阻害薬はCOVID-19のリスクである」とする複数の報告があった。レニン-アンジオテンシン系の分子であるACE2はSARS-CoV-2の受容体でもあり、RA系阻害薬によって、その発現が増加するといわれていたためだ。ACE2の発現が増えると、SARS-CoV-2が細胞内に侵入しやすくなり、感染リスクや重症化リスクにつながるという理論である。

そこで、これらの文献を詳細に検証したところ、多くが臓器障害によってACE2の発現や活性が低下したものに対してRA系阻害薬を使用することで、ACE2の発現や活性が上昇するという報告だった。つまり、RA系阻害薬が直接的にACE2の発現を上げるというよりも、臓器障害を抑制することによる二次的な効果ではないのかと考えられた。

では、アンジオテンシンIIはACE2に対してどのような影響をもたらすのか。マウスに対し、非常に高濃度のアンジオテンシンIIを2週間持続投与して、心臓組織解析を行った研究では、mRNAレベルでACE2の発現が増加した一方で、タンパク質レベルでは減少したと報告されている。なお、タンパク質レベルで組織発現が減少したACE2は、イルベサルタンの投与によってリバースされることも示されている。

アンジオテンシンII/ARBがACE2に及ぼす影響

そこで我々は、昇圧はさせるが劇的な炎症は起こさない程度のアンジオテンシンIIをマウスに投与し、ACE2発現への影響を検討した。ビークル群、アンジオテンシンII投与群、アンジオテンシンII+ARB「ロサルタン」投与群において、SARS-CoV-2の進入経路である肺、小腸、腎臓、心臓、また血清中のACE2、COVID-19に関連する他酵素に対して、それぞれ発現の解析を行った。

結果、まず血圧に関しては、アンジオテンシンIIによって上昇がみられ、ロサルタン投与で抑制されることが示された。また、肺、小腸、腎臓、心臓において、ACE2に及ぼす影響をmRNAレベルで確認すると、アンジオテンシンII投与とそれに対するロサルタン投与は、ACE2の発現にまったく影響を及ぼさないことが分かった。タンパク活性についても肺、小腸、腎臓、心臓で検討したところ、ACE2の活性は影響を受けなかった。

それでは、本研究の結果と既報が乖離しているのはなぜだろうか。我々の検討では血圧上昇レベルの少量のアンジオテンシンIIを投与しているのに対し、既報の多くは、病理学的刺激、あるいは高濃度のアンジオテンシンII投与によるAT1への刺激によって、組織の障害や炎症が起こっている。このために、ACE2の発現や活性が低下しており、ARB投与によって元の状態に戻るというのが、これまでの基礎研究の結果であったと推察される。

山本氏講演資料(提供:山本氏)

つまり、ARBはACE2の発現を増加させてSARS-CoV-2に影響をもたらすことはなく、むしろ臓器保護にはたらくのではないかというのが、我々の研究の結論だ。

RA系阻害薬はCOVID-19のリスクではない

ACE2はレニン-アンジオテンシン系においてブレーキ役を果たしているが、COVID-19になるとACE2が消費されてしまう。理論上、ACE2の役割はRA系阻害薬で補完可能であり、臨床的にもCOVID-19下でのRA系阻害薬の使用は、よい影響を及ぼすと考えられる。

2021年3月にJAMA network openに掲載されたメタ解析では、ACE阻害薬やARB投与により、COIVD-19による死亡リスクが減少したことも報告されている。ただし、このメタ解析にはランダム化試験は含まれておらず、因果関係についてはいまだ不詳な部分もあるが、少なくとも「RA系阻害薬はCOVID-19のリスクではない」という点は明確だろう。

循環老廃物によるAT1活性化機構に基づくAT1阻害薬の新たな可能性

次に、循環老廃物によるAT1活性化機構に基づくAT1阻害に話題を移す。

AT1固有の活性化機構にアンジオテンシンペプチドが関与していることは、周知のとおりだ。さらに我々は、細胞膜上でAT1がパターン認識受容体(PRR)と近接することで、循環老廃物(酸化LDL、アミロイドβ、AGEなど)がPRRを介してAT1を活性化させるという新しい機序を明らかにしている。また、その活性化機構をARBで抑制できるかを検討しており、紹介したい。

山本氏講演資料(提供:山本氏)

本検討のきっかけとなったのが、鹿児島大学の大石 充先生の下で始めた研究である。研究では、AT1と酸化LDLの受容体であるLOX-1が細胞膜上で複合体を形成し、酸化LDLにLOX-1が結合することで、AT1の活性化とそれによる細胞内シグナルが活性化し、結果的に血管内障害に関連する細胞障害が起こることを報告している。しかし、AT1下流の細胞内シグナルについて詳しい解析は行っていなかった。

酸化LDL刺激時のGタンパク活性化はGαi選択的である

アンジオテンシンIIはAT1と結合することで、主に3種類のGタンパクを活性化し、細胞反応を引き起こす。我々は、昇圧に関連するGタンパクである「Gαq」が酸化LDLによって活性化されるのかを、LOX-1やAT1を発現させた遺伝子改変チャイニーズハムスター卵巣細胞(遺伝子改変CHO細胞)を用いて検討した。

まず、Gαiシグナルに関しては、同シグナルで低下する細胞内サイクリックAMP濃度を観察したところ 、酸化LDLでアンジオテンシンIIと同じように低下を認めた。この反応はGαi阻害薬で抑制され、AT1のGタンパクの結合部位変異で消失したことから、酸化LDLがAT1のGαiシグナルを活性化させることが分かった。一方、Gαqシグナルに関しては酸化LDLを高濃度で投与してもまったく変化が起こらなかったことから、酸化LDLはGαqを活性化させず、Gαiに選択的であることが明らかとなった。

<図B:Gαiシグナル、図C:Gαqシグナル>

Takahashi T,et al. iScience. 2021 Jan 21;24(2):102076.より引用

酸化LDL+AT1+LOX-1の複合体はβarrestin依存性に細胞内移行する

次に、酸化LDLの細胞内移行へのAT1の関与について検討した。

アンジオテンシンIIとAT1が結合すると、Gタンパク依存性経路以外にβarrestin依存性経路も同時に生じることで、細胞内にAT1が侵入することはすでに報告されてきた。我々はこの既報を踏まえて、酸化LDL+AT1+LOX-1の複合体自体がβarrestin依存性に細胞内へと侵入することで、酸化LDLが細胞内に移行するのではないかと考え研究を行った。

研究ではまず、赤色に蛍光標識したLOX-1と、緑色に蛍光標識したAT1を細胞内にトランスフェクションした後、高解像度の顕微鏡を使って細胞表面を観察した。すると、時間の経過とともに双方が消失していき、AT1とLOX-1の複合体が細胞内に侵入する様子を捉えることができた。

実際に、酸化LDL刺激時にLOX-1がどれだけ消えるかを確認したところ、LOX-1単独ではまったく動きがなかったが、AT1とLOX-1の複合体では有意な低下がみられた。また、Gタンパク結合部位に変異がありβarrestin結合部位は変異がないAT1(AT1mβ)では同様の現象が起こったが、βarrestin結合部位が変異したAT1(AT1mg)では、この現象が起こらなかったことも確認された。これらの結果から、AT1のβarrestin依存性経路が動くことでLOX-1が細胞内に移動することが示された。

Takahashi T,et al. iScience. 2021 Jan 21;24(2):102076.より引用

また、酸化LDL自体が細胞内に侵入したかを調べるために、蛍光標識した酸化LDLを細胞に投与し、それが細胞内にどれだけ蓄積したかを定量的に評価した。すると、遺伝子改変CHO細胞では、LOX-1、LOX-1+AT1、LOX1+AT1mg、LOX1+AT1mβのいずれにおいても、先述したLOX-1移行の検証と同様の結果、つまりAT1-βarrestin経路依存性の酸化LDLの細胞内移行を支持する結果が得られた。また、ヒト大動脈内皮細胞では、siRNAでノックダウンしたAT1またはLOX-1において、細胞内への酸化LDLへの移行が抑制され、βarrestin阻害薬でも移行が抑制された。

これらの検証から、酸化LDLはAT1のβarrestin依存性経路を活性化させることで、酸化LDL+LOX-1+AT1の複合体を細胞内に移行させ、酸化LDLの細胞内蓄積の促進に関わっていることが明らかとなった。また本研究の中で、AGEの受容体であるRAGEでも、酸化LDLと同様の作用経路が存在することが判明し、現在はアミロイドβなどを標的にした研究を行っている。

老廃物の細胞内移行が老化疾患に関与? 新規薬剤への期待

我々は、老廃物が細胞内に移行する現象が老化疾患と関与しているのではないかと考え、現在検証を行っている。AT1とPRR複合体は「老廃物輸送機構」として、細胞へ老廃物を輸送する役割を持つ。正常細胞であれば、これをリソソームやオートファジーによって綺麗に処理することができるが、老化細胞では老廃物の処理機能が低下しており、細胞内に老廃物が蓄積してしまう。これが、さらに老廃物の処理機能を低下させるという負のスパイラルを招き、結果として生体老化やサルコペニア・認知症といった老化疾患を引き起こすのではないかと考察している。

実際に、AT1欠損マウスは長寿であるという報告や、加齢による筋力低下が抑制されるという報告がある。また、高齢AT1欠損マウスは毛並みがよいという報告もあり、我々が明らかにしたメカニズムと関連している可能性もある。

では、こうした老化メカニズムをARBの投与によって抑制することはできるのだろうか。この点について我々が検討した結果、Gタンパク依存性経路を阻害することはできるが、βarrestin依存性経路は抑制できず、酸化LDLの細胞内移行についても、ロサルタン、テルミサルタン、イルベサルタンといった3種類のARBを投与しても抑制できないことが分かっている。今後、βarrestin依存性経路を介した老廃物の細胞内蓄積が抑制できるような新しい薬剤を開発することが、老化疾患の予防につながることを期待し、研究を続けている。

講演のまとめ

・RA系阻害薬はCOVID-19時代においても、高血圧患者の感染リスクを増大せず臓器保護に有効と考えられる

・既存のAT1阻害薬(ARB)では抑制できないAT1活性化機構が存在するが、その病態生理学的意義については今後検討が必要である

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