2021年12月20日掲載
医師・歯科医師限定

HIF-PH阻害薬が切り拓く新しい腎性貧血治療

2021年12月20日掲載
医師・歯科医師限定

東京大学大学院医学系研究科 内科学専攻器官病態内科学講座 教授

南学 正臣先生

2019年、ノーベル医学・生理学賞の受賞によって注目が集まったHIF(Hypoxia Inducible Factor:低酸素誘導因子)。低酸素応答の仕組みを利用したHIF-PH阻害薬は、従来の薬剤とは異なる新しい機序を持つ腎性貧血の治療薬として大きな注目を集めている。

第83回日本血液学会学術集会(2021年9月23日~25日)において南学 正臣氏(東京大学大学院医学系研究科 内科学専攻器官病態内科学講座 教授)が、HIFにまつわる研究のあゆみとHIF-PH阻害薬の特徴について解説した。

HIFの発見

酸素は地球上の生物が生きていくうえで欠かせない物質である。生物学においてもっとも基本的ともいえる低酸素応答の仕組みを明らかにしたとして、3名の学者が2019年のノーベル医学・生理学賞を受賞した。

その1人、Gregg L. SemenzaはEPO(エリスロポエチン)の産生調節機構について研究するなかで、転写因子のHIFが重要な役割を果たしていることを発見した。2人目のPeter J. RatcliffeはHIF-PHという分解酵素によって、HIFが酸素依存性の調節を受けるメカニズムを発見している。そしてWilliam G Kaelin Jrは、水酸化されたHIFのαサブユニットがvon Hippel Lindauタンパクによって分解されることを証明した。

これら3名の研究によって、生物における酸素応答機構の基礎的な原理が明らかになっただけでなく、酸素代謝異常が重要となる貧血、虚血性心疾患、腎臓病、がん、脳卒中などさまざまな疾患の道筋が拓かれた。彼らの素晴らしい発見はThe New York Times誌で「textbook discovery」(教科書に載るような発見)とたたえられている。

HIFによるEPOの産生機序

血管内から拡散した酸素は血管周囲にあるEPO産生細胞の中に入り、そこでHIF-PHが酸素を利用して、HIFのαサブユニットを水酸化する。水酸化されたHIFのαサブユニットはvon Hippel Lindauタンパクによって直ちに分解されるため、細胞内からは消えてしまう。このため通常酸素分圧下ではHIFは細胞内には存在しない。

一方、低酸素状態では、HIF-PHが利用できる酸素が減るためHIFのαサブユニットを水酸化できなくなる。このため、HIFのαサブユニットが分解を免れて、EPO産生細胞の中に蓄積し核内に移行する。核内に移行したHIFのαサブユニットはβサブユニットと出会ってヘテロダイマーを作り、さまざまな低酸素応答分子の発現を誘導するのだ。その代表的なものがEPOであるが、そのほかにも血管内皮細胞増殖因子(VEGF)やエネルギー代謝を司る分子などもHIFによって誘導される。

低酸素状態と腎臓疾患の進行

腎臓病の進行にはfinal common pathwayがあるといわれており、これが腎臓の低酸素状態であることと、その適応応答にHIFが重要な役割を果たしていることを、南学氏らのグループとドイツのKai-Uwe Eckardt氏らのグループがそれぞれ独立して提唱してきた。

東京大学の田中 哲洋氏は、全身の臓器における低酸素を定量的に感知できるトランスジェニックラットを作成し、腎臓病のモデルでは初期から腎臓が低酸素状態になっていることを2004年に発表している。その2年後にはWilliam G Kaelin Jrが同じ原理でトランスジェニックマウスを作成し、マウスのいる部屋の酸素分圧を下げて、臓器の酸素分圧を見る実験を行っている。その結果、脳の酸素分圧は最後まで保たれていたが、全身は低酸素状態となり、特に腎臓は極端に酸素分圧が下がることを示した。こうした研究によって、腎臓が非常に酸素分圧の変化に敏感な臓器であることが明らかになった。

そして腎臓病患者に対してBOLD-MRIを用いて酸素分圧を測定した研究の結果、腎臓が低酸素状態にある患者では、将来的に腎不全へと進行する確率が高いことが示された。すなわち、腎臓の慢性的な低酸素状態は腎臓病進行のfinal common pathwayになるということがこの研究からも裏付けられている。

<腎臓の酸素分圧と腎臓病の予後との関係>


Pruijm et al.Kidney Int.2018 Apr;93(4):932-940.より引用

また、腎臓の低酸素状態は長期的に影響を及ぼすことも分かっている。急性腎障害から慢性腎臓病への移行について調べた東京大学の三村 維真理氏の研究では、急性腎障害によって生じた一時的な低酸素がヒストン修飾などに影響を与え、細胞の中にエピジェネティックな変化として記憶されることで、長期的な腎臓の状態に影響を与えることが見出された。これをhypoxic memoryと提唱して、多くの研究で証明している。

HIFの活性化によるさまざまな恩恵

腎臓病進行のfinal common pathwayは腎臓の低酸素状態のため、HIFを薬理学的に活性化することは腎保護に有効だ。これについては2003年に南学氏らのグループが世界で初めて証明し、その後もさまざまなグループが異なる手法によってこれを示している。

東京大学における複数の研究によっても、HIFを薬理学に活性化させることで以下のような効果があることが示されている。

・心臓と腎臓における酸化ストレス・障害の軽減

・尿細管中の代謝が変更されて蓄積するグリコーゲンが新たなエネルギー源として使用されることによる細胞保護効果

・糖尿病患者の腎臓におけるTCAサイクルやアミノ酸代謝の異常の改善

・脂肪肝の改善

・インスリン抵抗性改善、アディポネクチンの産生増加

HIF-PH阻害薬の効果

前述のように、HIF-PH阻害薬にはさまざまな作用が確認されているが、現在は腎性貧血の治療薬として承認を受け、日常臨床で用いられている。

HIF-PH阻害薬はEPO産生を促すだけでなく、フェロポルチン、DCYTB、DMT-1などの発現を増加させることで、鉄の利用効率を上げて赤血球産生を誘導する作用もある。

実際に、HIF-PH阻害薬であるエナロデュスタットを使った臨床試験では、日本人の非透析患者/透析患者のいずれにおいても貧血治療への有効性が示され、鉄利用効率が上がったことも確認されている。さらにバダデュスタットというHIF-PH阻害薬を使った臨床試験では、非透析患者/透析患者のいずれにおいても用量依存性に貧血を改善している。

HIF-PH阻害薬を処方する際の課題と注意点

南学氏は最後にHIF-PH阻害薬の懸念点について言及した。HIF-PH阻害薬はESA・EPO製剤と異なり、造血系だけでなく全身にはたらく薬剤であるがゆえに、メリットだけでなく課題点もあるという。

まず、血管平滑筋の石灰化への影響だ。長期的にHIF-PH阻害薬を使いHIFを活性化する際、石灰化の促進への影響は検討すべき課題である。

次に血栓塞栓症の増加である。HIF-PH阻害薬は、HIFを活性化することによって鉄利用効率を上げる。その結果、鉄の補充が不十分であると血中鉄が減少するため、血栓塞栓症が誘導される可能性があるのだ。したがって、HIF-PH阻害薬を使用する際は鉄を十分補充しておくことが非常に重要となる。日本腎臓学会が発出したrecommendationでは、フェリチン100ng/mL、TSAT 20%をHIF-PH阻害薬使用中の鉄補充のカットオフ値として推奨している。

そして、VEGFへの影響についてである。理論的にはHIF-PH阻害薬はVEGFの産生を促進する。しかし現在、さまざまな臨床試験や長期の動物実験において、悪性腫瘍の悪化はみられておらず、HIFを活性化することで新しく悪性腫瘍ができるとも考えにくい。

一方、発見されていないがんがあった場合、VEGFの産生によって腫瘍内に血管が新生され、腫瘍の増大が加速する可能性も考えられるため、しっかりと患者を観察することが推奨される。

そのほかのVEGFへの影響としては、網膜症が挙げられる。日本における臨床試験において、これまで網膜に関わる有害事象の増加は報告されていないが、長期的に日常臨床の現場でHIF-PH阻害薬が使われた際には、網膜症に及ぼす影響を注視していく必要がある。

そして南学氏は講演の最後にHIF-PH阻害薬は大きなポテンシャルを持った素晴らしい薬剤であると述べたうえで「HIF-PH阻害薬を適性に使用し育薬することが、臨床家にとってもっとも重要な責務である」と締めくくった。

まとめ

・腎臓の低酸素状態は腎臓病進行のfinal common pathwayであり、HIFの薬理学的な活性化は実験動物では腎保護に有効である

・HIF-PH阻害薬にはEPO産生促進だけでなく、フェロポルチンやDCYTB、DMT-1の発現増加などによって造血のための鉄利用効率を改善することが明らかになっている

・HIF-PH阻害薬は全身にはたらく薬剤であるがゆえに、血管平滑筋の石灰化への影響、血栓塞栓症、VEGFへの影響などの課題もあり、長期使用時の各器官への影響を注視していく必要がある

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