2022年01月05日掲載
医師・歯科医師限定

MDSにおけるRNAスプライシング因子・コヒーシン複合体因子の遺伝子変異

2022年01月05日掲載
医師・歯科医師限定

熊本大学大学院生命科学研究部 臨床病態解析学講座 教授/熊本大学病院 がんゲノムセンター センター長

松井 啓隆先生

昨今、各領域で包括的なゲノム解析研究が進み、ゲノムレベルでの疾患発症メカニズムに注目が集まっており、骨髄性造血器腫瘍もその例外ではない。

第83回日本血液学会学術集会(2021年9月23日~25日)において松井 啓隆氏(熊本大学大学院生命科学研究部 臨床病態解析学講座 教授)が「骨髄性造血器腫瘍の分子機構」という演題で、特にMDSで認める遺伝子変異とその病的意義について講演を行った。

骨髄性造血器腫瘍の発症と遺伝子変異

一般的に悪性腫瘍は、正常細胞が遺伝子変異によるクローン進化を経て、最終的に疾患として顕在化することで発生する。骨髄性造血器腫瘍においても同様の経過をたどって疾患が発症するが、腫瘍細胞が持つ遺伝子異常のパターンは急性骨髄性白血病(AML)と骨髄異形成症候群(MDS)とで、必ずしも同一とは限らない。

本講演で松井氏は、主にMDSで認める遺伝子異常がどのような細胞機能制御異常を招くのかということについて、(1)RNAスプライシング変異の意義、(2)コヒーシン複合体因子の意義の2点に焦点を当て解説した。

MDSで認めるRNAスプライシング変異の意義

RNAスプライシング関連因子の遺伝子変異とMDS

松井氏ははじめに、MDSの約50%で遺伝子変異を認めるRNAスプライシング因子について言及した。MDSでは全体の約25%にSF3B1遺伝子変異を認め、次いでSRSF2遺伝子変異(約12%)、U2AF1遺伝子変異(約7%)が多くみられる。SF3B1遺伝子変異はMDS-RS(環状鉄芽球を伴うMDS)との関連が強く、MDS-RSの約60~70%の患者にSF3B1遺伝子変異が検出される。

それではこれらのRNAスプライシング因子の遺伝子変異が、どのようにして骨髄性造血器腫瘍を発生させるのだろうか。これを説明するにあたっては、まず選択的RNAスプライシングについて理解する必要がある。

選択的RNAスプライシングとは

ゲノムの中でタンパク質に翻訳されるコーディング遺伝子の約95%は選択的RNAスプライシングを受ける。RNAスプライシングとは、プレメッセンジャーRNA(pre-mRNA)からメッセンジャーRNA(mRNA)が合成される際に、エクソン配列とエクソン配列の間にあるイントロン配列の一部が取り外されるプロセスを指す。

イントロン配列内には、5’スプライス部位(イントロンの開始部位)、3’スプライス部位(イントロンの終結部位)、ブランチ部位(切断された5’スプライス部位の結合部位)がある。このうち、どのイントロン配列を切り取るか選び、1つの遺伝子から複数の異なるmRNAを生み出すことを選択的RNAスプライシングと呼び、主に以下のような種類があるという。

<選択的RNAスプライシングの種類>


松井氏より提供

MDSで多く認めるRNAスプライシング因子の遺伝子変異

MDSにおいて遺伝子変異が多くみられるSF3B1SRSF2U2AF1は、いずれも3’スプライス部位側の認識に関わる分子である。松井氏はこれら3つのRNAスプライシングにおける役割について解説した。

SF3B1遺伝子変異

SF3B1変異が存在すると、Non-canonical BAF複合体を構成する因子であるBRD9に影響が及ぶ。具体的には、正常なBRD9 mRNAではなく、エクソン14AがmRNAの中に残されたものが合成されてしまい、BRD9の発現量が低下する。これがクロマチンの制御異常やクロマチンの三次元構造の変化につながる。

SRSF2遺伝子変異

SRSF2変異は、エクソンのスプライシングに影響を及ぼす。

たとえば、血液細胞においてヒストン修飾などの重要な機能を担うEZH2のmRNAのエクソン8と9の間にあるエクソンは、本来ならスプライシングを受ける。しかし、それがmRNAに残ると途中でストップコドンが生じ、EZH2が作られなくなる。したがって、SRSF2変異はEZH2の発現量低下を介した血液細胞の障害につながる。

U2AF1遺伝子変異

U2AF1遺伝子変異が起こると、特定のエクソンを使う/使わないといった選択(エクソンスキッピング)に変化が生じる。たとえばU2AF1変異のあるCD34陽性MDS細胞では、IRAK4遺伝子のエクソン4が mRNAに組み込まれる。IRAK4遺伝子でエクソン4が使われたフォームをIRAK4-Lと呼び、U2AF1遺伝子変異を持つ細胞ではこの発現割合が増加する。また併せてNFκBシグナルの活性化が起こる。

以上のように、同じMDSでも遺伝子変異を起こすスプライシング因子ごとに、生じるスプライシング変化や標的となる遺伝子はさまざまであり、必ずしも同一とは限らない。

R-loopの蓄積とMDS

R-loopの蓄積によるDNA損傷シグナル応答の活性化

RNAスプライシングの変化はMDSに共通する疾患機序であるが、別の機序として近年注目されているのが、R-loopの形成・蓄積だ。すでに複数の独立した研究グループから、RNAスプライシング因子の遺伝子変異を伴うMDSにおいて、R-loopの蓄積が報告されている。

R-loopはDNA/RNAハイブリッドと単鎖DNAからなる構造体を指す。RNAポリメラーゼIIによってゲノム配列をもとに転写されたRNAが、相補的にDNAに結合することによって形成されると考えられている。

<R-loopの形成>

松井氏講演資料をもとに作成

R-loopは生理的にも形成されるが、悪性腫瘍では異常な形成・蓄積が認められる。通常、形成されたR-loopは主にRNaseH1の作用によって分解・除去されるが、何らかの理由でR-loopがうまく除去できない場合には、RNAポリメラーゼIIの停止を招いたり、DNAダメージを惹起したりする。

具体的には、R-loopが形成され単鎖DNAが生じると、この種のDNA損傷を認識するATRというタンパク質の活性化によって、ATR-Chk1経路が活性化される。すると、サイクリン依存性キナーゼであるCDK1がリン酸化された状態になり、細胞周期の進行が停止する。こうしたことによりDNA損傷修復経路がはたらくが、特にDNA損傷修復経路に問題のある細胞では、遺伝子変異の蓄積やゲノム不安定性を招くことが知られている。


Chen L,Mol Cell 69:412-425,2018より引用

R-loopの検出方法

SF3B1変異体を発現した細胞では、核内にR-loopを検出するS9.6抗体が増加する。しかし、S9.6抗体は細胞質に存在する二本鎖RNAやミトコンドリア内のR-loopを検出することもあるため、R-loopを分解・除去できるRNaseH1を過剰発現させ、R-loopによるDNA損傷シグナルを確認することで、R-loopの検出精度を高めることができる。

また、R-ChIP法と呼ばれる次世代シーケンサーを用いた解析方法も開発されている。これらによって、R-loopは転写されている遺伝子の転写開始点や転写終結点の近傍に形成されやすいことが明らかになっている。

MDSにおけるR-loopの形成

RNAスプライシング因子の遺伝子変異を伴うMDSにおいて、R-loopが形成される過程については十分には解明されていないが、松井氏は諸説あるうちの1つとして、RNAの転写伸長障害との関連について紹介した。

RNAポリメラーゼIIによる転写伸長がスムーズに進行するためには、RNAポリメラーゼIIのC末端ドメイン(CTD)がリン酸化される必要がある。このリン酸化によるRNAポリメラーゼIIの活性化を制御するのが、P-TEFbというタンパク質複合体であり、これが7SK snRNPと結合している場合には、RNAポリメラーゼIIがリン酸化されず、転写伸長が停止する。そして近年、7SK snRNPとP-TEFbの解離にSRSF1SRSF2が関与していることが報告されつつある。つまり、これらの因子に変異が起こると転写伸長を促進する作用に障害が生じるため、R-loopが形成・蓄積されやすくなるという。

RNAスプライシング因子の異常は、単に特定の遺伝子においてRNAスプライシングの異常を招くだけでなく、RNAポリメラーゼIIによる転写制御システムに障害をもたらす可能性がある。松井氏は「今後、実験的に証明する価値が大いにあると考えている」と語った。

MDSとコヒーシン複合体関連因子

続いて松井氏は、コヒーシン複合体関連因子の遺伝子変異とMDSの関連に話題を移した。

コヒーシン複合体の役割

コヒーシン複合体はSMC1ASMC3RAD21STAG1またはSTAG2の4つのタンパク質からなるユニットで構成されている。リング状の構造をしており、その内側にDNAを通すことで、ゴムバンドのようにDNAを束ねると考えられている。

コヒーシン複合体はDNAを結束することで、さまざまな役割を持つといわれている。その1つが、細胞分裂の際に複製された染色体を、2つの細胞に分配される直前までつなぎとめておく役割だ。またそのほか、1本の染色体上で2本のDNAをつなぎとめ、ループ状の構造を作るはたらきもあり、このはたらきに異常が生じることで発症すると考えられている疾患として、コルネリア・デランゲ症候群がある。

ここで松井氏は、クロマチン上で遺伝子発現の制御を受ける基本構造単位であるTopology associating domain(TAD)について言及した。TADとは、1つまたは複数の遺伝子とそれに関連するエンハンサー領域がひとまとまりになった、ループ状の構造を取るものを指す。このループの中でエンハンサーと遺伝子プロモーターの相互作用が起こり、遺伝子発現が制御されている。このTAD領域においてゲノムの構造異常が起こると、別のTADの中の遺伝子発現を制御してしまう。これによって手指の形成異常などを伴う疾患の発症に関与していると考えられている。

MDSとコヒーシン複合体関連因子との関わり

MDSでは、特異的にSTAG2をはじめとするコヒーシン関連因子の遺伝子変異を認めることが知られている。さらに、STAG2遺伝子変異と共存しやすいRUNX1の遺伝子変異が存在すると、染色体の三次元構造が脆弱化しやすく、遺伝子発現の変化が起こりやすくなることが報告されている。さらにこうした現象により、RNAポリメラーゼIIの転写伸長にも影響を与え、遺伝子発現の障害が顕著になることも示されている。

また最近では、STAG2変異が生じた造血細胞では、コヒーシン複合体がDNA損傷修復関連因子と強く相互作用するようになるという報告もある。

コヒーシン関連因子の遺伝子変異の場合にも、RNAスプライシング因子の遺伝子変異と同様に、RNAポリメラーゼIIによる転写伸長制御の障害や、ゲノム不安定性につながるDNA損傷が観察されていることから、松井氏は「これらがMDSの疾患表現型の形成に共通するメカニズムであるならば、非常に興味深い現象である」と語る。

こうした研究によって、現在RNAスプライシング阻害剤の開発が行われている。そして今後は、ほかの骨髄性造血器腫瘍の発症メカニズムの詳細が明らかになり、新たな治療手法が開発されていくことへの期待を述べ、松井氏は講演を締めくくった。

講演のまとめ

・MDSとRNAスプライシング因子の遺伝子変異との関連

   ・SF3B1SRSF2U2AF1などをコードする遺伝子の変異により、RNAスプライシングに変化が生じる

   ・変異を起こす遺伝子により、RNAスプライシングパターンの変化が異なる

   ・MDSでは、RNAスプライシングの変化とともに、R-loopが蓄積する

   ・R-loopの蓄積により、ゲノム不安定性が増強する

・MDSとコヒーシン複合体因子の遺伝子変異との関連

   ・コヒーシン複合体は、異なるループ間で遺伝子発現が相互作用することを防ぐインスレーター機能を有する

   ・コヒーシン複合体は、ループ内で遺伝子とエンハンサーとを近接させ遺伝子発現を制御する機能を持つ

   ・コヒーシン複合体を構成する因子(STAG2など)の遺伝子変異により、クロマチンのループ構造に変化が生じる

   ・コヒーシン複合体の機能障害は、RNAポリメラーゼIIによる転写伸長やDNA損傷シグナルに変化を及ぼす

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