2022年02月01日掲載
医師・歯科医師限定

【学会レポート】COVID-19の疫学的特徴――SARSとの違い、感染伝播の異質性、第5波収束の理由(4600文字)

2022年02月01日掲載
医師・歯科医師限定

東北大学大学院医学系研究科 微生物学分野 教授

押谷 仁先生

COVID-19の発生から2年近く経過し、その疫学的特徴について多くのことが明らかになってきている。感染収束のためにはCOVID-19の特徴を正しく捉え、適切な対策を講じる必要がある。

第68回日本ウイルス学会学術集会(2021年11月16日~18日)において、押谷 仁氏(東北大学大学院医学系研究科 微生物学分野 教授)が「COVID-19の疫学的特徴-これまでの知見と今後の課題」と題し、COVID-19について疫学的に解明された知見と今後の課題について解説した。

基本再生産数・実効再生産数でみるCOVID-19感染拡大

病原体の感染性を表す指標として、基本再生産数(R0)と実効再生産数(Rt)がある。R0とは「ある感染症に対してまったく免疫を持たない集団において、1人の感染者が平均して何名に感染させるかを推定した値」のことだ。たとえば、下図のようにR0が1.5から1.6になるだけでも、感染者数は10倍程度にまで膨れ上がる。

そうした理解がないままに「感染力が2倍になる」などの表現が散見されることに、押谷氏は警鐘を鳴らす。感染力が2倍になるということは、感染者数は数万倍ほどと、想像を遥かに超えるレベルに達するのだ。

<基本再生産数(R0)と感染拡大>


押谷氏講演資料(提供:押谷氏)

一方 、Rtは「すでに感染が拡大している環境において、1人の感染者が平均して何名に感染させるかを推定した値」を意味する。COVID-19の対策下においては、このRtが用いられており、1を超えると感染者の増加局面となり、反対に1を切ると減少局面となることを示す。日本では第5波の際、Rtは約1.5まで増加している。また、ドイツのRtは2021年9月末から1を切っておらず、11月中旬には1日の感染者数が4万人を超えている。このことからRtが1未満である状態を維持しなければ、感染爆発を避けられない状態となってしまうことが分かるだろう。

COVID-19とSARSの疫学的な違い

押谷氏はCOVID-19の病態をSARS(重症急性呼吸器症候群)と比較し「これらは疫学的に見て、まったく違う感染症だと考えてよいほど特性が異なる」と語る。

軽症・無症状者が多く、感染者の発見が困難

SARSでは感染者のほとんどが重症化したため、感染者を見つけることが容易だった。このため、ほぼ全ての感染連鎖を断ち切ることができ、封じ込めに成功した。

一方COVID-19は、軽症・無症状の感染者が非常に多いため、感染者を見つけ出すことが難しい。こうした感染者によって、クラスターの発生や院内感染といった感染連鎖が引き起こされるだけでなく、そもそも誰から感染したのかが分からない孤発例も多くなる。これがCOVID-19の収束が難しい大きな理由だと押谷氏は言う。

<COVID-19とSARSとの症状発現の違い>


押谷氏講演資料(提供:押谷氏)

発症前の感染伝播――発症間隔と潜伏期間

COVID-19とSARSでは発症間隔(serial interval:一次感染者の発症から二次感染者の発症までの期間)が大きく異なり、COVID-19のほうが短い。さらにCOVID-19の発症間隔は潜伏期間(incubation period:感染から症状出現までの期間)よりも短いことが分かっている。つまり、多くの場合は発症前の感染者が症状に気付かないまま二次感染を引き起こしているのだ。

<COVID-19とSARSの発症間隔>


Nishiura H,et al.Int J Infect Dis.2020 Apr;93:284-286.より引用

SARSでは発症前の感染はほとんどないと考えられており、発症者を隔離すれば感染拡大は抑えられた。しかしCOVID-19の場合は、発症者だけを徹底的に隔離しても封じ込めることはできない。こうした特性を持つ感染症の封じ込めが非常に難しいということは、数理モデル上でも示されている。

<COVID-19とSARSとの感染性の違い>


押谷氏講演資料(提供:押谷氏)

COVID-19の伝播の異質性――クラスター対策が有効な理由

では、COVID-19の感染拡大を抑え込むことは不可能なのだろうか。押谷氏はCOVID-19の最大の弱点といえる「過分散(Overdispersion)」について解説した。

京都大学(現在)の西浦氏らの研究などから、COVID-19感染者の大多数は二次感染を生んでおらず、ごく一部の感染者から非常に多くの感染を生む「過分散」という傾向を示すことが早い時期から分かっていた。こうした感染伝播の異質性により、多くの感染は維持されることはない。しかし、1人の感染者が多くの人に感染させ「クラスター」が発生すると、たちまち爆発的に感染が拡大してしまうという。

つまり、COVID-19の感染連鎖を断ち切るためには、1人の感染者が多くの人に感染を拡大させる機会を防ぐことが重要だ。具体的には、多人数でのパーティーや、普段会わない人たちとの面会を避ける必要があると語った。また押谷氏らの解析では、医療機関、カラオケ店、接待を伴う飲食店などの場でクラスターが多く発生していることが分かっている。さらに約半数が20〜30歳代の若い世代であり、40%以上は発症前にクラスターを引き起こしているという。


Furuse Y,et al. Emerg Infect Dis. 2020 Sep;26(9):2176-2179.より引用

ウイルスの排出量と二次感染

続いて押谷氏は、二次感染に関連するウイルスの排出量について解説した。

当然、ウイルスの排出量と感染の起こりやすさは比例するが、米国の研究では感染者の2%が全体のウイルスの90%程度を排出しているような場合もあることが明らかになっている。1人で全体の約5%ものウイルスを排出する感染者がおり、その中には有症状者と無症状者が同数含まれている。これがクラスターを生む大きな理由の1つだと、押谷氏は指摘した。


Q Yang,et al.medRxiv. 2021 Mar 5;2021.03.01.21252250.より引用

しかしウイルス量だけが二次感染を引き起こすかというと、そうではない。デンマークの解析によると、高齢者の場合ではウイルス量は非常に少なくても、二次感染を起こしやすいことが示されている。これには、免疫反応の低下や接触機会が多い(耳が遠く近い距離で会話するなど)といったことが関与している可能性がある。他方で、20歳代の感染者のウイルス量はそれほど多くはないが、例外的にウイルス量が多く二次感染を引き起こす症例があり、クラスターを形成するリスクとなっている。

また押谷氏は、性別・年齢別の感染伝播のパターンに関する自身の研究にも言及し、感染成立が圧倒的に多いのは20歳代男性同士、次いで20歳代女性同士と、若い世代間で感染が拡大していることを強調した。

エアロゾル感染

押谷氏は、飛沫感染、空気感染、接触感染といった感染経路の分類はCOVID-19では成り立たないことを指摘したうえで、COVID-19では空気中に漂う大小さまざまな粒子から感染が成立するエアロゾル感染が起こっていると説明した。


Nancy H L Leung.Nat Rev Microbiol. 2021 Aug;19(8):528-545.より引用

特に、大きな粒子に多くのウイルスが含まれている可能性が数理モデル上で示されている。普通に会話をしているだけでも粒子は飛散するが、特に咳をする、歌う、大きな声で喋るといった行為によって非常に多くの粒子が飛散し、大きな感染リスクとなる。そこから「三密を避ける」といった対策が生まれたのである。

国内におけるこれまでの感染拡大状況

国内の感染拡大状況を振り返ってみよう。東京での第1波・第2波においては飲食店から感染が拡大するケースが多かった。この動きは、地方においては第5波でも同様にみられている。東京における第3波以降の要因も飲食店での会食だったと思われるが、感染者の増加に伴い積極的疫学調査が十分に実施できなくなり、残念ながら詳細な動向が追い切れなくなってきた。

また、流行と流行の間に首都圏の感染率が増加する傾向がみられ、特に東京の都心部において感染者数が減らず、ベースラインが少しずつ上がってきていたことが第5波の始まりまでの非常に大きな課題であった。しかし、第5波の終わりには首都圏の感染者数が激減した。その要因は議論されている最中であるが、夏休み中の緊急事態宣言による外出控え、自宅療養中に死亡する患者が話題になったことによる行動変容なども要因ではないかと押谷氏は述べた。

感染者減少と自然感染

2021年11月現在、国内のCOVID-19感染者数は減少局面をみせている。押谷氏は、第3波で防げなかった高齢者での感染拡大を第5波で防ぐことができたのは明らかにワクチンの効果であるが、感染拡大のコアとなる若い世代での感染源が減ったことが、この減少局面の大きな理由だとした。

実際、8月15日時点での東京都発表のワクチン接種率をみると、2回接種済みの20歳代は人口の8.3%しかいないため、ワクチンの効果だけとは考えにくい。一方で、20歳代の10%以上の人口が第5波で感染したと推測されており、感染者の減少には自然感染の影響も大きかったのではないかと押谷氏は推測した。なお、同じような傾向はインドやインドネシアでもみられるという。

ワクチン有効性の減弱

ワクチンの有効性は時間とともに徐々に減弱していくことは複数のデータで示されており、ファイザー社の報告では接種から4か月後には有効性は70%未満になるとされている。また、ブレークスルー感染者からも多くのウイルス量は排出されており、二次感染を起こす可能性があることについても最近の研究で明らかになっている。


Brown CM,et al. MMWR Morb Mortal Wkly Rep. 2021 Aug 6;70(31):1059-1062.より引用

また英国では97%以上の人口が抗体を持っているにもかかわらず、1日4万人ほどの感染者が報告されており、日本においてもワクチンの効果だけでCOVID-19が収束していくとは考えにくいと述べた。

これからワクチン効果の減弱と行動自粛緩和の影響によって、感染者数が再び増えてくる可能性は大いに考えられる。昨年は年末年始の賑わう時期にRtが1を超える時期が長期にわたって続いており、これから同様のシーズンが到来する。押谷氏は感染拡大の動向を注視する必要性を強調し、講演を締めくくった。

講演のまとめ

・実効再生産数(Rt)1未満を維持しなければ感染は収束しない

・COVID-19はSARSとは異なり発症前の二次感染が起こるうえに、軽症・無症状者が多いため無自覚のまま感染連鎖に関与してしまう

・感染者のほとんどは二次感染を引き起こさないことがCOVID-19の弱点である

・ごく少数の感染者が二次感染を生み出すことによる、クラスターの発生が感染拡大の要因となるため、クラスター対策が非常に重要である

・感染拡大のコアとなるのは20歳代を中心とする若い世代であり、日本における第5波の収束はワクチンの効果だけではなく自然感染の影響も大きいと考えられる

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