2021年08月19日掲載
医師・歯科医師限定

【第64回糖尿病学会レポート】糖尿病とがん、そして腫瘍糖尿病学へ(5700字)

2021年08月19日掲載
医師・歯科医師限定

国立がんセンター中央病院総合内科(糖尿病腫瘍科)

大橋 健先生

現在わが国では、がんは心血管障害などの糖尿病合併症を抜いて糖尿病患者の死因のトップとなり、40%を占めるまでになっている。糖尿病罹患によりがん発症リスクが高まるのか否か、糖尿病や糖尿病治療によるがんリスクについて、糖尿病とがんに共通するリスク因子、また、糖尿病患者のがんを見逃さないために留意すべきこと、そのための診断方法など、診療科の枠組みを超えた糖尿病とがんの新たな問題について触れる。

国立がんセンター中央病院総合内科(糖尿病腫瘍科)の大橋健氏は、第64回糖尿病学会年次学術集会(2021年5月20~22日)で行われた教育講演の中で、糖尿病とがんの関係性、最近の知見、診断上の留意事項、これからの課題について解説した。

糖尿病患者をがんで看取る時代に

糖尿病患者の死因は1900年代からがんによる合併症が心血管障害を上回りトップになり、2000年代に入るとその差はさらに拡大し、糖尿病患者の38.3%ががんで亡くなり、糖尿病患者をがんで看取る時代になっているという。


中村ら、糖尿病59:667-684 2016より作図

米国では、糖尿病患者の死亡率は心血管死の減少と比例して低下しているものの、糖尿病患者においてはいまだがん死よりも心血管死が多い状況にある。一方、英国では、糖尿病患者の死因は心血管死が43.9%から24.3%に低下したが、がん死は21.5%から28.0%と心血管死を上回るようになり、いわば日本型の死因構成になっているという。大橋氏は、今後、糖尿病患者の死亡率をさらに低下させるには、がんによる死亡をいかに減らすかということが課題になると強調した。

糖尿病患者はがんになりやすいのか

日本人糖尿病患者の調査では、死因となるがんの内訳1位は肺がんで日本人全体と共通しているものの、2位肝臓がん、3位膵臓がんとなっており日本人全体(2位大腸がん、3位胃がん)とは異なっている。大橋氏は、「糖尿病患者のがんには何か特徴があるのではないか」と疑問を投げかけた。

2000年以降多くの疫学調査から、糖尿病があるとがんになりやすいと繰り返し示されているという。欧米での調査結果では、糖尿病があると肝臓がん、膵臓がん、大腸がんといった消化器系がん、女性の子宮体がん、乳がん、膀胱がんのリスクが1.2~2.5倍ほど増加する。また、2型糖尿病の男性では前立腺がんのリスクが若干低くなることが示されており、テストステロンが低いことと関連していると考えられる。

日本人30万人を平均10年間追跡した調査では、がん全体のリスクは糖尿病があると男女とも1.19倍増加していた。特に、大腸がん、肝臓がん、膵臓がんのリスクが1.4~2倍弱と有意に増加していたことに加え、有意ではないものの子宮体がん、乳がん、膀胱がんの増加が見られた。また、前立腺がんが減少するという傾向が日本人でも認められた。

では、1.2~2倍といったリスクはどの程度のものなのだろうか。たばこによるがん全体のリスクは1.6倍、たばこを吸う人の肺がんリスクは、吸わない人の4.5倍とされている。したがって、たばこに比べると小さいものの、糖尿病は重要ながんリスク因子の1つであると言えるのではないかと大橋氏は指摘した。

糖尿病とがんには共通のリスク因子が多数存在し、その一例が肥満である。糖尿病患者における肥満の程度とがん死のリスクの関連について米国のコホート研究を見てみると、がん死のリスクがもっとも高いのは意外にもBMIが1番低い痩せ型のグループで、数字にして1.5倍のリスクと示されている。これには、喫煙歴の有無が大きく関与しており、喫煙歴があるとリスクは1.87倍になっているという。つまり、糖尿病で痩せ型かつ喫煙歴のある患者はがん死のリスクがもっとも高いという結果になっていた。

糖尿病によるがんリスク増加の背景

それぞれのがんによって糖尿病との関係、メカニズムは異なるが、罹患リスク上昇要因として考えられるものは複数ある。

<糖尿病によるがん罹患リスク上昇の要因>

  • インスリン抵抗性
  • 高インスリン血症
  • 高血糖による酸化ストレス、AGE(終末糖化産物)など
  • 慢性炎症
  • アディポサイトカイン分泌パターン異常(アディポネクチン 低、レプチン 高)
  • 腸内細菌叢の違いによる胆汁酸代謝の変化 など

2型糖尿病の病態に関連するインスリン抵抗性、高インスリン血症は、がんリスク増加に影響すると想定される。インスリンは細胞増殖因子でもあり、インスリン抵抗性によって代償性の高インスリン血症が引き起こされると、臓器や細胞によっては細胞増殖因子としてのインスリンのシグナルが過剰に伝わりがんのリスクになる可能性があるという。

さらに高血糖そのものも、酸化ストレスやタンパク質の糖化変性などを通じてがんのリスクに関係していると考えられる。酸化ストレスの亢進は直接DNAのダメージをもたらす可能性があるほか、特定の部位のヒストンメチル化などが、がん関連遺伝子の発現に影響することも想定されるという。

加えて、肥満や糖尿病の背景にある慢性炎症や、アディポサイトカインの分泌パターンの異常、具体的には善玉と呼ばれるアディポネクチンが糖尿病患者では低く、レプチンが高くなっていることなどもがんリスクに関係していると大橋氏は述べた。

さらに最近では、腸内細菌叢の関与も指摘される。糖尿病や肥満者では腸内細菌叢が通常と異なることはよく知られており、この腸内細菌叢の違いによって腸管内での胆汁酸代謝が変化し、主に肝臓がんなどのリスクとの関係が指摘されているという。

残念ながら、血糖コントロールとがんのリスクに関する質の高いエビデンスは今のところない。血糖コントロールに関する欧米のUKPDSなど5~10年にわたる大規模臨床試験では、厳格な血糖コントロールを行う強化治療群と通常治療群ではがんのリスクにまったく差がなかったという。大橋氏は、当該試験の期間が短いことも考慮に入れるべきかもしれないと前置きしたうえで「逆に5~10年間、インスリンを初めとする糖尿病治療薬を使用してもすぐにがんのリスクが増えることはないという解釈も可能かもしれない」と指摘した。

HbA1cの推移とがんのリスク、HbA1cとがんによる死亡のリスクの相関は見られていないが、「興味深いことに、食後2時間血糖値とがんによる死亡のリスクとの間には相関が見られている」そして、「HbA1cのような平均の血糖コントロール指標よりも、むしろ食後高血糖や血糖変動幅ががんのリスクに影響しているのかもしれない」と大橋氏は話した。

肥満の糖尿病患者におけるダイエットとがん罹患リスクへの影響

ダイエットには食事や運動などさまざまな要素が加わるため評価が難しいが、肥満症に対する減量手術は直接体重の変化を評価することができる。減量手術が及ぼす効果を見てみると、糖尿病はほぼ寛解することが知られているほか、全死亡は40%減、心血管死は50%減となる。さらに、がんによる死亡に至っては60%減少したという結果になっていた。

米国で行われた肥満2型糖尿病患者に関するランダム化比較試験Look AHEAD試験の報告によると、介入群では1年後に最大マイナス8.5%の減量効果が得られ、HbA1cも介入期間中に有意に低下したが、心血管アウトカムには差が見られなかったという。がんについては、12年間のフォローアップで参加者の15~20%ががんになっているものの、両群で有意差はなかった。同様に、全がん、肥満に関連するがん、がんによる死亡リスクについても有意差は認められなかったという。

大橋氏は、「こうした結果を見ていくと、糖尿病患者において、減量だけでがんを減らすということは難しいのかもしれない」と述べた一方で、「あるいはさらに長期間にわたって減量を維持することが必要という可能性もある」とも付け加えた。

糖尿病患者のがんを見逃さないために

糖尿病患者は、いつがんになってもおかしくない状況にある。日常の診療でがんを見逃さないために気を付けるべきことについて、大橋氏は以下のように述べた。

  • 意図せぬ体重減少や貧血の進行といった一般的ながんのサイン
  • HbA1cの経過を見る際には、ヘモグロビンおよび平均赤血球容積(MCV)の推移も共に確認する
  • 食事や運動などに特に変化がないにもかかわらず血糖コントロールが悪化する

原因が分からない、あるいは説明できない血糖コントロールの悪化は見逃さないようにすべきであり、特に注意が必要なのは糖尿病と因縁の深い膵臓がんだという。大橋氏は「説明できない血糖コントロールの悪化は、がんのサインかもしれないということを患者さんにも伝えておくとよいのでは」と提案した。

また、まれであるが、膵臓がんによって新たに糖尿病を発症した人が隠れていることもあるため、糖尿病初診時には膵臓がんの可能性も念頭に置く必要がある。中には、初診時が手術のできる段階の膵臓がんを発見する最初で最後のチャンスというケースもあると話した。

韓国からの報告によると「糖尿病の家族歴がない」ことを必須条件とし、「65歳以上」「2キロ以上の体重減少」「BMIが25未満」のうち1つ以上該当する場合、膵臓がんによる新規糖尿病を疑うとよいという報告がある。膵臓がんでは、家族歴も重要なリスクファクターとなるため、初診時に膵臓がんの家族歴も確認するとよい。

加えて、患者自らに糖尿病はがんリスクが高くなるという自覚を促し、積極的にがん検診を受けてもらう必要性があると、大橋氏は強調した。糖尿病治療のための自己管理をするということが、結果的に生活習慣に関連する多くのがんを遠ざけることにつながることを患者さんにも知ってもらうことが重要といえる。

糖尿病管理はがん支持療法の一部

多くのがんで糖尿病があると予後が悪いという報告がある。がん治療のあらゆる局面で糖尿病への配慮が必要になり、がん治療中の糖尿病管理はがん支持療法の一部となる。

外科手術に際しては術前からの血糖コントロールが必須となり、化学療法では制吐剤のステロイドや一部の分子標的薬によって高血糖を引き起こすこともある一方で、吐き気や味覚障害で食事量が不安定になり低血糖になることもあると指摘した。

さらにがん治療中は感染症のリスクも高い。糖尿病の場合にはそれに加えて高血糖による感染症リスクの増大もあるため、高血糖と感染症の悪循環に陥ることも考えられる。また、高カロリー輸液や経管栄養が高血糖昏睡の引き金になることなどもあるという。

大橋氏は糖尿病を持ちながらがんの終末期を迎える方のケアは、在宅医療や地域連携においても今後ますます課題になってくるだろうと見解を述べた。

続けて、免疫チェックポイント阻害薬の免疫関連有害事象(irAE)によって1型糖尿病を発症するケースについても言及した。

免疫チェックポイント阻害薬による1型糖尿病の発症については、非常に多様なパターンがある。一般に発症時期が早いほど血糖値はやや高くHbA1cは低い傾向にあり、劇症1型に近いタイプが多い。発症時期が遅いケースでは、血糖値はやや低めでHbA1cは高く、急性発症1型に近いタイプが多いとされる大橋氏は指摘した。

HLAなど遺伝要素の関与があるのは明らかだが、発症時期や発症様式の多様性から、さまざまな因子が影響していると見られている。日本では糖尿病学会によって免疫チェックポイント阻害薬による1型糖尿病の症例の集積が進められているという。

これからのがん治療中の糖尿病管理

これからのがん治療中の糖尿病療養支援で大切なことは「シックデイルールの徹底だ」と大橋氏は強調する。がん治療中は毎日がシックデイであり脱水の予防や病院への連絡、受診のタイミング、予期せぬ低血糖や高血糖への対処法、体調不良で食べられないときの内服薬やインスリンの調整などが重要になる。特に、インスリン、SU薬、グリニド薬、またSGLT2阻害薬の対応についての服薬指導が重要と指摘する。

大橋氏は、「糖尿病とがんという2つの困難な病を持つ患者さんに対して適切な対処、支援ができているか、これからの病院全体の『糖尿病力』が試される時代となっている」と話した。

最後に、なぜ糖尿病でがんが増えるのか、糖尿病患者のがんをどのように診ていくか、がん患者の糖尿病管理をどのように行っていくかといった糖尿病とがんの多様な接点について考えて行く領域を「腫瘍糖尿病学」という診療科を越えた新たな枠組みで統合していきたいと締めくくった。

講演のまとめ

  • 以前は糖尿病患者の死因のトップは心血管障害だったが、現在ではがんがトップとなっている
  • 今後の糖尿病診療における課題は、がんによる死亡をいかに減らすかという点である
  • 糖尿病によって大腸がん、肝臓がん、膵臓がんの発症リスクが有意に上昇する
  • 報告によっては有意差が見られない場合はあるものの、糖尿病患者においては子宮体がん、乳がん、膀胱がんのリスクが上昇する可能性が示唆されている
  • 糖尿病によるがん罹患リスク上昇の要因として、インスリン抵抗性、高インスリン血症、高血糖による酸化ストレスやAGE(終末糖化産物)、慢性炎症、アディポサイトカイン分泌パターンの異常、胆汁酸代謝の変化などが考えられる
  • 説明できない血糖コントロールの悪化はがんのサインである可能性もあり、そのことを患者自身に知ってもらうことも重要である
  • がん治療中の糖尿病管理はがん支持療法の一部となる
  • 糖尿病とがんについて、診療科の枠組みを超えて診療にあたる「腫瘍糖尿病学」として考えていく必要がある

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