2022年11月22日掲載
医師・歯科医師限定

【第7回日本肺高血圧・肺循環学会レポート】肺高血圧症の新たな病態解明と治療薬の展望――肺血管リモデリングへの直接介入(3300字)

2022年11月22日掲載
医師・歯科医師限定

京都府立医科大学 長寿・地域疫学講座 教授

池田 宏二先生

近年、肺高血圧症の治療が飛躍的に向上している一方で、治療薬の多くは肺血管拡張薬であり、治療反応性に乏しいケースでは極めて予後不良である。そこで、肺高血圧症の病態である肺血管リモデリングに直接介入できる新たな治療薬の開発が求められている。池田 宏二氏(京都府立医科大学 長寿・地域疫学講座 教授)は、第7回日本肺高血圧・肺循環学会学術集会(2022年7月2~3日)において、Inhibin-βA/Activin-Aと肺血管リモデリングの関連、肺高血圧症に対するSotaterceptの有効性、血管内皮細胞の老化と肺高血圧症の病態増悪について講演を行った。

肺高血圧症の概論

肺高血圧症は、肺小動脈の進行性の筋性化、筋性動脈の中膜肥厚、Plexiform病変による末梢肺動脈の閉塞といった病的な肺血管リモデリングが生じた結果、肺動脈の血管抵抗が増大し、肺動脈圧が上昇する進行性器質性の疾患である。

肺高血圧症の治療薬として2005年にボセンタンが登場して以降、さまざまな新薬が開発・臨床応用されており、治療戦略も格段に向上してきている。一方で、現在利用可能な治療薬で病状が改善しない患者の予後は極めて悪く、そのような症例に対する治療戦略の確立は、肺高血圧症診療における喫緊の課題といえる。

さらに、現行の治療薬の大半は肺血管拡張薬であるため、肺高血圧症の病態である肺血管リモデリングに直接介入できる治療薬の登場が望まれる。

池田氏講演資料(提供:池田氏)

肺高血圧症とInhibin-βA/Activin-A

肺血管リモデリングを強く認める肺微小血管内皮細胞で高発現する遺伝子を探索した結果、Inhibin-βA(INHBA)を同定した。このINHBAはホモダイマーを形成してActivin-Aになる。血管内皮細胞にINHBAを過剰発現させるとActivin-Aとして作用し、内皮機能を低下させることが示された。

Activin-AはTGF-β Superfamilyの一員であり、骨形成タンパク質受容体2型(bone morphogenetic protein receptor 2:BMPR-II)と結合する。また、BMPR-IIをコードする遺伝子の変異は、肺高血圧症患者において高頻度であることが知られている。そのため、BMPR-IIがINHBA/Activin-Aにより血管内皮機能の低下が生じるメカニズムに関与するという仮説を立て、さまざまな解析により検証を行った。

その結果、INHBAが過剰発現した血管内皮細胞ではBMPR-II発現が低下して内皮機能障害を呈することが分かった。さらに、Activin-Aが細胞膜上のBMPR-IIと結合して細胞内への取り込み、およびリソソームでの分解を促進させることも明らかとなったのである。

そこで、血管内皮細胞でINHBAが過剰発現するマウスを作製したところ、正常酸素の状態でも肺動脈圧上昇・右室肥大・肺血管の病的リモデリングといった肺高血圧の所見がみられた。さらに低酸素ばく露を行うと、野生型と比較して肺動脈圧がより増悪する結果が認められた。

また、血管内皮細胞でのみINHBAが欠損するマウスで検討した結果、肺高血圧の所見(肺動脈圧上昇・右室肥大・肺血管の病的リモデリング)が軽減する結果が得られた。さらに、肺高血圧症患者と健常対照者とで、肺から単離した血管内皮細胞を比較検討したところ、患者肺ではINHBAのmRNA発現およびActivin-Aのタンパク合成が亢進していた。

以上より、肺微小血管内皮細胞でINHBAが高発現すると、Activin-Aの作用により内皮細胞のBMPR-II発現が著明に減少して血管内皮機能が障害される。これにより、肺血管の病的リモデリングが発生・進行して、肺高血圧症の発症につながることが明らかとなった。そのため、肺動脈血管内皮細胞が発現するINHBAやActivin-Aは、肺高血圧症における新たな治療標的となる可能性があるだろう。

肺高血圧症に対するSotaterceptの効果

Sotaterceptは、Activin-Aを含むTGF-β superfamilyを標的リガンドとして結合するリガンドトラップ薬である。肺高血圧症患者に対するSotaterceptの有効性を検討した第II相臨床試験(PULSAR試験)では、3週間ごと24週間にわたってSotaterceptを投与した群は、プラセボ群と比較して肺血管抵抗、6分間歩行距離、NT-proBNPが有意に改善する結果が示された。

また、肺高血圧症ラットモデルを用いた検討では、Sotaterceptがシルデナフィルと異なり、肺動脈圧を下げるだけでなく、炎症に関連する遺伝子をはじめとした多くの遺伝子群の発現変化を正常化させる傾向がみられた。肺動脈圧の低下がシルデナフィルよりもSotaterceptで大きかった点については留意が必要ではあるが、Sotaterceptはシルデナフィルなどの肺血管拡張薬と比較し、肺血管リモデリングを直接改善できる可能性がある。近い将来、本邦でSotaterceptが上市され、肺高血圧症の診療に用いられることが期待される。

肺高血圧症と血管内皮細胞老化

加齢に伴い血管内皮細胞が老化することは広く知られている。肺高血圧症患者は年々高齢化してきているが、血管内皮細胞の老化が肺高血圧症の発症・進展に与える影響については、これまであまり検討されてこなかった。

そこで我々は、血管内皮細胞だけが特異的に老化した遺伝子可変マウス(TRF2DN-Tg)を用いて検討を行った。その結果、血管内皮特異的老化マウスは野生型よりも、低酸素負荷によって有意に肺動脈圧上昇・右室肥大・肺血管の病的リモデリングが増悪する結果がみられた。

そこでより詳細な検討を行ったところ、老化した血管内皮細胞と接触(cell-cell contact)ありの条件で共培養された平滑筋細胞は増殖・遊走能が亢進することが分かった。さらに、老化した血管内皮細胞ではJag1、Jag2、Dll4といったNotchリガンドの発現が上昇し、cell-cell contactして共培養されたpericyteや平滑筋細胞では、Notchシグナルの発現が上昇することを認めた。また、血管内皮特異的老化マウスの肺血管内皮細胞においても、Notchリガンドの発現が亢進、肺血管平滑筋細胞におけるNotch標的遺伝子の発現が増加していた。

以上から、老化した血管内皮細胞ではNotchリガンドの発現が上昇し、周囲にあるpericyteや平滑筋細胞のNotchシグナルを活性化する。これにより、平滑筋細胞の増殖・遊走能が亢進して肺動脈のリモデリングが増強し、肺高血圧症が増悪すると考えられる。今後、肺高血圧症治療薬としてNotchシグナル阻害薬の開発が期待される。

講演のまとめ

  • 血管内皮細胞にINHBAを過剰発現させるとActivin-Aとして作用し、内皮機能を低下させる
  • Activin-Aは結合したBMPR-IIの細胞内への取り込み、およびリソソームでの分解を促進させるため、BMPR-IIの発現が減弱して血管内皮機能が低下する
  • 肺動脈血管内皮細胞が過剰に発現するINHBAやActivin-Aは、肺高血圧症における新たな治療標的となり得る
  • Activin-Aを含むTGF-β superfamilyに対するリガンドトラップ薬であるSotaterceptの肺高血圧症に対する有効性が、第III相臨床試験のPULSAR試験で示されている
  • 血管内皮細胞の老化は平滑筋細胞などのNotchシグナル活性化を介し、肺高血圧症の増悪と関与する

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