2022年11月22日掲載
医師・歯科医師限定

【第65回日本糖尿病学会レポート】K-ATPチャネルの構造解明――5年半の研究を振り返って(3900字)

2022年11月22日掲載
医師・歯科医師限定

京都大学 名誉教授/公益財団法人田附興風会 医学研究所北野病院 理事長

稲垣 暢也先生

第65回日本糖尿病学会年次学術集会(2022年5月12日~14日)にて、“Susumu Seino Memorial Symposium”と題し、(故)神戸大学大学院医学研究科 特命教授 清野 進氏の功績を振り返る会長特別企画が実施された。京都大学大学院医学研究科 糖尿病・内分泌・栄養内科学 教授 稲垣 暢也氏(2022年10月より京都大学名誉教授/公益財団法人田附興風会 医学研究所北野病院 理事長)からは、清野氏と共に行ったK-ATPチャネルの構造解明に関する紹介が行われた。

K-ATPチャネルからの複合体単離

清野氏と研究を行っていた5年半の中で、もっとも思い出深い研究は「膵β細胞におけるATP感受性カリウムチャネル(K-ATPチャネル)の構造決定」である。我々が本研究を始めた当時、グルコースによるインスリン分泌のメカニズムについて2つの仮説が唱えられていた。グルコース代謝によってインスリン分泌が生じるとする「代謝説」と、グルコース受容体を介するシグナルによってインスリン分泌が生じるとする「グルコレセプター説」である。

その後1983年頃には、代謝説を強く示唆するデータが続いて報告された。国内外から、心筋や膵β細胞でK-ATPチャネルが発見されたと発表されたのだ。膵β細胞におけるK-ATPチャネルについては、内向き整流性カリウムチャネルであり、ATPの産生によって閉鎖するという特徴も報告されたが、その詳細な分子実態については依然として不明であった。

1993年には、久保 義弘氏が世界で初めて、発現クローニング法によるcDNA構造決定を行い、この内向き整流性カリウムチャネルが非常に単純な細胞膜2回貫通型であることを解明した。natureでこの論文を見た私は、その日のうちに、膵β細胞に発現する細胞膜2回貫通型カリウムチャネルの単離に取りかかったことを覚えている。

そして翌年には、膵β細胞に発現するKir6.2のcDNAを単離するとともに、Kir6.2が膵島やβ細胞株であるHIT-T15やMIN6以外にも、骨格筋や心筋、脳で発現することを確認した(下図)。しかし、驚くことにKir6.2を実際に細胞で発現させても、K-ATPチャネルとしての機能を確認することはできなかったのである。

稲垣氏講演資料(提供:稲垣氏)

K-ATPチャネル機能の再現に成功

原因について悩んでいた我々が着目したのがスルホニル尿素(SU)薬だ。当初作用機序は不明とされていたが、1986年にはSU薬であるトルブタミドがK-ATPチャネルを閉鎖するという研究結果が報告されたことで、作用部位がK-ATPチャネルであることが明らかとなっていた。

1995年に米国のBryan博士夫妻が、SU薬に結合するタンパク質SUR1のcDNA単離に成功したことをScienceで報告した。しかしながら彼らもまた同様に、細胞内でSUR1を発現させても、K-ATPチャネルとしての機能を見出すことはできなかった。

この論文を見てKir6.2とSUR1の共発現を思いついた私は、さっそくBryan博士夫妻からSUR1のcDNAを送っていただき実験した。すると、SUR1が膵島と膵β細胞の細胞株で強く発現していることが確認できた。そこで実際にKir6.2とSUR1を哺乳動物細胞に共発現させて観察すると、ATPやSU薬であるグリベンクラミドによる閉鎖と、ATP感受性カリウムチャネル開口薬であるジアゾキシドによる開口が確認されたのである。まさにK-ATPチャネル機能再現が完成した瞬間だった。

こうして我々は、膵β細胞のK-ATPチャネルが、内向き整流性カリウムチャネルKir6.2と、SU受容体SUR1の両サブユニットの複合体により構成されているという結論を導き出し、Scienceに発表した。

K-ATPチャネルの構造解明により、K-ATPチャネルは、グルコースの代謝によって細胞内のATP産生が増加することで閉鎖し、細胞を脱分極させ、その結果、電位依存性カルシウムチャネルの活性化を介してインスリンが分泌されることが明らかになった。また、SU薬やグリニド薬に関しても、これらがSUR1サブユニットに結合しK-ATPチャネルを閉鎖させることで、インスリン分泌を刺激していたことが明らかとなった。

稲垣氏講演資料(提供:稲垣氏)

さらにSUR1とKir6.2を1分子として反復配列(タンデムリピート)の形で発現させたところ、先に行っていた共発現事例とまったく同じ電流の大きさが認められた。このことから私たちは、当初より4量体であることが判明していたKir6.2と同じように、SUR1も4量体であり、これらは1対1の割合で発現しているのではないかという仮説を提唱した。その後、ほかの研究者らによりクライオ電子顕微鏡単粒子解析法を用いて、Kir6.2とSUR1が各々4個のヘテロ8量体構造をとっていることが明らかになった。

また、血糖値の観点からみると、高インスリン性低血糖と新生児糖尿病はまったく異なった病態を示しているが、K-ATPチャネル構造の解明によって、これらの疾患はともにKir6.2やSUR1の遺伝子変異に関連したものであることが明らかとなった。高インスリン性低血糖は約半数がSUR1遺伝子の変異によるものであり、まれにKir6.2遺伝子変異でも引き起こされる。一方、我々の研究によると、日本人の新生児糖尿病は約半数がKir6.2遺伝子変異由来で、SUR1変異を含めると約60%がK-ATPチャネル遺伝子の変異によるものだ。

さらにThe New England Journal of Medicineの報告によれば、Kir6.2変異による新生児糖尿病の約90%はインスリン治療からSU薬への切り替えが可能で、さらに良好なHbA1cを維持したと報告され、患者に福音がもたらされた。

K-ATPチャネルの分子基盤

その後我々は、SUR1が心筋で発現していないことに着目し、1996年には新たにSUR2(後にSUR2Aと改名された)の単離に成功し、心筋のK-ATPチャネルがKir6.2 とSUR2Aの複合体であることを明らかにした。Kir6.2とSUR2Aの複合体は、Kir6.2とSUR1の複合体と比較してATPに対する親和性が低いため、ATPが産生されてもチャネルの閉鎖は起こりにくいという特徴がある。さらには、ジアゾキシドの効果がみられない一方で、心筋のK-ATPチャネル開口薬として知られるクロマカリムやピナシジルによってK-ATPチャネル電流が活性化することも確認された。

こうした研究から、以下のごとくK-ATPチャネルの分子基盤が明らかになった。

  • 膵β細胞:Kir6.2+SUR1
  • 心筋・骨格筋:Kir6.2+SUR2A
  • 平滑筋:Kir6.2+SUR2B
  • 血管平滑筋:Kir6.1+SUR2B


なお、SUR2Bは大阪大学の倉智 嘉久氏らによって単離されたSUR2Aのスプライシングアイソフォームであり、Kir6.1は1994年に我々が単離したものである。

黒質網様部におけるK-ATPチャネルの役割

後に我々は、K-ATPチャネルに関する1つの海外文献に出合った。その文献では、SU薬がラットの脳内に広く結合し、中でも黒質に強い結合がみられたこと、無酸素状態にすることで生じた過分極がSU薬によって解消されたことから、過分極にはK-ATPチャネルの関与が想定されることが示されていた。

SU薬が黒質で強く結合するということは、そこにK-ATPチャネルが多く存在することを意味している。また、黒質網様部はけいれん発作の制御に重要な部位であることも知られている。そこで私たちはKir6.2を全身で欠損させたマウスに5.4%の低酸素という負荷を与えて観察を行った。結果として、野生型マウス10例では1例も起こらなかった全身けいれんが、欠損マウスでは9例中全例で起こり死亡したのである。

脳のスライス画像を用いて原因を探ったところ、野生型では過分極によって発火が抑制されているのに対し、欠損マウスでは膜電位がより高くなることで発火が起こりやすくなっていることが明らかとなった。

この研究から、下図に示すメカニズムが解明された。通常膵β細胞では、血糖値の上昇によってATPが産生され、K-ATPチャネルが閉鎖されることで脱分極に動き、インスリンが分泌される(下図赤)。一方、低酸素状態ではATPが減少してしまうため、K-ATPチャネルが開口して過分極が起こり、けいれんを抑制する。そのためKir6.2を欠損させることで防御機構がはたらかなくなり、低酸素状態でけいれん発作が起こってしまうのだ(下図青)。このように、K-ATPチャネルは身体のさまざまな部位に発現し、それぞれが生体維持に重要な役割を示していることが確認された。

稲垣氏講演資料(提供:稲垣氏)

上記は、神戸大学 清野 進氏と共に行った5年半とその後の研究の発展の記録である。清野氏と共に感動を分かち合った当時の思い出を胸に、ご冥福をお祈りしたい。

講演のまとめ

本講演のポイントは以下のとおりである。

  • 膵β細胞のK-ATPチャネルは、内向き整流性カリウムチャネルKir6.2と、SU受容体SUR1の複合体により構成されている
  • SU薬やグリニド薬は、SUR1に結合し、K-ATPチャネルを閉鎖させることによってインスリン分泌を刺激する
  • K-ATPチャネルは、膵β細胞以外にも、心筋や骨格筋、平滑筋、血管平滑筋で発現する
  • 脳の黒質網様部におけるK-ATPチャネル障害は、低酸素時のけいれん発作に対して防御的にはたらく

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