2022年03月28日掲載
医師・歯科医師限定

【第83回日本血液学会レポート】造血器腫瘍のプレシジョン医療 ――ゲノム情報の活用について(4500文字)

2022年03月28日掲載
医師・歯科医師限定

九州大学大学院医学研究院 プレシジョン医療学分野 教授

前田 高宏先生

ゲノムは細胞の設計図であり、1つの細胞あたり約30億の塩基が存在する。ヒトに存在する約2万の遺伝子のうち約500が、がんの発症および進展に関係しているといわれており、これらの解析を行うことでそれぞれに適した治療を行うプレシジョン医療実現への期待が高まっている。

九州大学大学院医学研究院 プレシジョン医療学分野教授である前田 高宏氏は、第83回日本血液学会学術集会(2021年9月23~25日)にて、造血器腫瘍のプレシジョン医療やゲノム情報の活用について、パネル検査の活用法を中心に講演を行った。

造血器腫瘍のプレシジョン医療――これまでの臨床への応用とプレシジョン医療が目指すもの

染色体の構造的な異常が見つかったことを契機に、遺伝子、遺伝子配列、さらには全ゲノムの配列・遺伝子変化を調べることが可能となった。その後、造血器腫瘍の発症に関わる遺伝子異常も徐々に解明され、それらを標的とする薬も開発されてきた。特に急性骨髄性白血病(AML)におけるここ数年の新薬剤の臨床応用はめざましいものがある。

プレシジョン医療の成功例を2例示す。1例目は急性前骨髄球性白血病(APL)におけるATRAの登場である。急性前骨髄球性白血病(APL)においては、ほとんどの症例でPML遺伝子とRARA遺伝子が融合したPML-RARAが陽性となる。RARA遺伝子はレチノイン酸受容体α(RARα)をコードする遺伝子であり、大量のレチノイン酸投与でAPL細胞が分化するため、ATRAの登場以降、APLの予後は劇的に改善している。

2例目が、慢性骨髄性白血病(CML)におけるBCR-ABL1融合遺伝子に対するABLチロシンキナーゼ阻害剤の登場だ。CMLの多くの症例でみられるBCR-ABL1融合遺伝子はBCR-ABLチロシンキナーゼを活性化する。そのため、ABLチロシンキナーゼ阻害剤が有効であり、APLと同様にCMLの予後も薬剤の登場前後で大幅に変化している。

これらを踏まえ、プレシジョン医療の目指すところは新たに分子標的薬を発見すると同時に、ゲノム情報に基づき患者一人ひとりに最適な治療法を選択することであると考えている。

網羅的がん遺伝子パネル検査の定義と実施の意義

網羅的がん遺伝子パネル検査は、約100~500個のがんに関連した遺伝子のみを網羅的にシークエンス解析し、臨床的に有用な遺伝子異常を同定する検査である。この検査によって主に分かることは以下のとおりである。

・遺伝子変異(single nucleotide variantsなど)

・CNVs(copy number variations:増幅、欠失などの遺伝子部位のコピー数変化)

・一部のstructural variation(転座など)

・造血器腫瘍発症、薬剤感受性に関わる一塩基多型

固形がん分野での遺伝子パネル検査はすでに保険収載されており、遺伝子は非常にプライバシー性の高い情報のため、検査の実施にあたっては、まず患者の同意を得ることが重要である。

がん組織もしくはがん細胞のみならず、正常組織からもDNAを抽出して、がん細胞と正常細胞との違いから遺伝子異常を見つけるのが理想である。DNA抽出後は、次世代シークエンサーで配列を解析し、見つかった遺伝子異常に対して、それがどのような病的意義があるのかを専門家で検討する。これがエキスパートパネルという重要な部分である。

この検査によって生殖細胞系列、つまり親から子へと伝わる遺伝子異常が分かる(もしくはその存在が疑われる)ことがあり、遺伝カウンセリングが推奨される場合がある。

固形がんにおけるパネル検査の目的は、がん細胞の遺伝子変異を解析して分子標的薬の適応を決定することであるが、造血器腫瘍においてはその意味合いがさらに広がり、予防から診断、さらに予後予測、治療選択、場合によっては二次がんの予防を考える指針になる。

造血器腫瘍の臨床では、この各ステップにおいてのゲノム情報が重要である。なぜなら造血器腫瘍の治療は非常に多岐にわたっており、特に造血幹細胞移植という選択肢があるため、どのような患者さんにどのようなタイミングで移植すべきかを決める際にも、がんゲノム情報が非常に有用になるからである。

日本血液学会ではゲノム医療部会を設立し、現在「造血器腫瘍ゲノム検査ガイドライン 2021年度一部改訂版」を公開している。本ガイドラインでは、疾患ごとにどのような遺伝子に異常があるのか、そしてそのエビデンスレベルがどの程度であるかを調べることができる。また、各疾患の初発、再発、難治などのタイミングにおいて、診断治療、予後予測といった各観点からパネル検査がどれほど推奨されるのかをエビデンスに基づいて提示している。

造血器腫瘍における遺伝子パネル検査の有用性

造血器腫瘍における遺伝子パネル検査は固形がんと異なる用途があるため、造血器腫瘍に特化したパネル検査が必要になる。そのため、現在、国産の造血器腫瘍パネルの開発が進行しており、2023年度の保険償還を目指している。

ここで、造血器腫瘍における遺伝子パネル検査の有用性について、診断、予後予測、治療の3つの観点から説明する。

診断

AMLでは、遺伝子異常の種類によって病型の亜型診断を行う。WHOでもAMLが遺伝子異常の種類によって分類されているが、現在の日本の保険診療では一部の遺伝子異常に関して検出する術がない。パネル検査で網羅的に遺伝子を確認することで、遺伝子異常に基づいた造血器腫瘍の亜型診断ができる。

そして、遺伝子異常の種類によっては疾患特異性が高い場合がある。たとえば再生不良性貧血と骨髄異形成症候群(MDS)は鑑別が非常に困難だが、PIGABCOR/BCORL1遺伝子などの異常は再生不良性貧血に比較的特異性が高く、同様に、ヘアリ細胞白血病におけるBRAF V600E遺伝子変異も特異性が高いため、鑑別診断の際に有用である。

また、パネル検査で網羅的に遺伝子異常を解析することで、薬剤耐性クローンの同定が可能となる。例として、FLT3阻害剤に対するFLT3  F691LやABLチロシンキナーゼ阻害剤に対するABL1 T315Iの変異などが挙げられる。

さらに脳の悪性リンパ腫など検体へのアクセスが難しい場合に、ctDNA解析が有用になる可能性もある。たとえば中枢神経系原発悪性リンパ腫(PCNSL)ではMYD88の変異は比較的特異性が高いとされておりctDNA解析によって調べることができる。加えて、薬剤耐性の同定やMRD評価においても注目を集めている。

パネル検査はあくまで細胞集団からDNAを抽出するものであり、一つひとつの細胞における遺伝子異常を見ているわけではないという点には注意したい。つまり、通常のパネル検査では患者の体内全ての遺伝子的な背景を把握することは困難である。

生殖細胞系列の遺伝子異常に関する研究を踏まえた近年の動き

AMLの発症に関わる生殖細胞系列の遺伝子異常(CEBPA、RUNX1、GATA2、ETV6、DDX41など)がみられる場合に、同じ遺伝子配列をもった子どもが必ず白血病を発症するというわけではない。これはペネトランス(浸透率)と呼ばれ、遺伝子の種類によってさまざまである。そのため、家族歴のみでは遺伝子異常の存在を否定することはできない。

たとえば、CEBPAのN-terminal変異は浸透率が90%と非常に高いのに対して、ANKRD26は10%程度、ETV6に関しては30%程度である。そのため遺伝子異常の種類ごとに、遺伝カウンセリングのありかたや、保因者のフォローアップ方法に留意する必要がある。

また、DDX41など一部の遺伝子異常では、平均の発症年齢が65歳程度であることが分かっており、高齢者の白血病に関しても生殖細胞系列の遺伝子異常が引き金になっている可能性がある。

各遺伝子のさまざまな変異に対してどう対応をすべきかについて、米国ではガイドラインの制作が進められており、2020年にはRUNX1の遺伝子変異に関して発表された。今後、さまざまな遺伝子に関してこのようなガイドラインの制作が進むことが期待される。

予後予測

AMLは、遺伝子変異の種類によって予後が異なることはよく知られており、ELNのAML治療指針では、遺伝子異常の種類によって予後良好群、中等度群、予後不良群に分けられている。つまり、遺伝子パネル検査によって遺伝子異常を見つけることが患者の予後予測につながっており、移植適応を考えるうえでも非常に有用となる。

このような流れは今後さまざまな造血器腫瘍で発展してくると考えられる。たとえば、悪性リンパ腫においても、CAR-Tをはじめ、さまざまな細胞免疫療法や分子標的薬も開発されており、今後、疾患のがんゲノム情報に基づいて治療法を選択するという時代が来るかもしれない。

治療

網羅的がん遺伝子パネル検査によって遺伝子変異が判明すれば、変異を起こしている遺伝子がコードするタンパクに対して分子標的薬を使用できるため治療選択をするにあたって非常に有用となる。さまざまな分子標的薬が開発されているが、本邦で未承認である場合もある。たとえば、日本ではIDH1/IDH2阻害剤などは未承認であり、パネル検査の結果を有効に患者に還元できない可能性がある。

また、遺伝子変異により活性化した下流の経路が治療標的になる場合がある。RAS/MAPKシグナル伝達経路は、がんにおいてもっとも変異をきたすシグナル経路といっても過言ではなく、さまざまな血液腫瘍でもRAS変異がみられる。RAS変異によってその下流の各種キナーゼが活性化されるという特性を生かし、各種キナーゼを標的とする薬剤の開発・併用療法の開発が進められている。

今後の課題として、(1)保険診療の枠組みでの造血器腫瘍遺伝子パネル検査の開発、(2)分子標的薬へのアクセスを可能にする体系の構築、(3)生殖細胞系列の遺伝子異常への対応、(4)血液内科医の遺伝子・遺伝子異常に対する理解を深めるなどが挙げられるだろう。

講演のまとめ

  • プレシジョン医療の目指すところは分子標的薬を新たに見つけると同時に、ゲノム情報に基づいた最適な治療法を選択することである
  • 特に造血器腫瘍では、予防から診断、予後予測、治療選択など、幅広い臨床応用が期待される

  ・予防:生殖細胞系列の遺伝子異常の発見、CHIPクローンの同定

  ・診断:遺伝子異常に基づいた確定診断・亜型診断

  ・予後予測:遺伝子異常から予測される予後に基づいた治療方針の決定

  ・治療:分子標的薬の適応決定、ゲノム情報に基づいた臨床試験

  • 今後の課題として、保険診療の枠組みでの造血器腫瘍パネル検査の開発、分子標的薬へのアクセスにつながる体系の構築、生殖細胞系列の遺伝子異常への対応、そして医療者の理解の向上などが挙げられる

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