2021年12月20日掲載
医師・歯科医師限定

糖尿病診療における遺伝学的知見――発症リスクを検出するPRSの可能性

2021年12月20日掲載
医師・歯科医師限定

琉球大学大学院医学研究科 先進ゲノム検査医学講座 教授

前田 士郎先生

疾患の発症には遺伝的要因が関わっていることがほとんどであり、糖尿病も例外ではない。近年急速な進歩を遂げている遺伝学的研究やゲノム解析が、糖尿病診療においても応用され始めており、今後の発展に期待が高まっている。

前田 士郎氏(琉球大学大学院医学研究科 先進ゲノム検査医学講座 教授)は、第64回日本糖尿病学会年次学術集会(2021年5月20~22日)にて行われた教育講演の中で「糖尿病と遺伝子」という演題で、これからの糖尿病診療に必要となり得る遺伝学的知見について解説した。

遺伝性疾患の分類

遺伝的要因はほぼ全ての疾患の発症に関わっている。遺伝性疾患と呼ばれるものは、1つの遺伝子変異でその発症が規定される「単一遺伝子病」、複数の遺伝要因が関与する「多因子疾患」、欠損または重複する染色体に含まれる多数の遺伝子が影響を及ぼす「染色体異常」の大きく3つに分類される。

これらのうち、多因子疾患には1型・2型糖尿病や高血圧、がんなどの、いわゆるCommon diseaseが含まれる。多因子疾患では疾患によって遺伝要因が関与する割合が異なり、2型糖尿病の場合は遺伝要因の関与が3~4割程度と推察されていると、前田氏は説明した。

単一遺伝子病

前田氏は単一遺伝子異常による糖尿病の代表的な遺伝形式として以下の3つを列挙した。

・常染色体優性遺伝

・常染色体劣性遺伝

・ミトコンドリア異常症

常染色体優性遺伝形式の糖尿病

常染色体優性遺伝の形式を示す糖尿病には、MODY(maturity-onset diabetes of the young:若年発症成人型糖尿病)、インスリン異常症、インスリン受容体異常症などがある。

常染色体優性遺伝病に共通する特徴として、ホモ接合体とヘテロ接合体の両方で発病すること、異常形質はほぼ全ての世代に垂直性に現れることが挙げられる。

また、ホモ接合体はヘテロ接合体よりも重症であることが多く、時に胎生致死(生存不可)であることから、臨床的な患者はほとんどがヘテロ接合体である。


前田氏講演資料より作成

前田氏はここでMODYに着目して解説した。MODYはインスリン分泌不全を主徴とし、患者の体型は比較的痩せ型であるという特徴を持つ。現在までにMODY1~14までの原因遺伝子が同定されており、日本人ではMODY3が比較的多いといわれている。

MODY3ではインスリン治療適応例も少なくないが、経口薬であるスルホニル尿素(SU)薬が著効することも知られている。ただし、この場合も徐々にインスリン分泌は低下し、最終的にインスリン治療が必要となる場合や、合併症が進行する場合もあるため、経過には注意を要する。

一方、グルコキナーゼ変異によるMODY2は軽症で、耐糖能異常のみを示すこともあるため、見逃されている可能性もあり注意が必要である。

常染色体劣性遺伝形式の糖尿病

常染色体劣性遺伝形式を示す糖尿病としては、Rabson-Mendenhall症候群、Donohue症候群といったインスリン受容体異常症や、Wolfram症候群が知られている。

常染色体劣性遺伝病の特徴は、ホモ接合体でのみ発病することである。患者の両親は原則として保因者(ヘテロ結合)であり、異常形質は同じ世代(同胞)のみという水平性の分布を取るのが一般的となる。このことから、両親が共通の祖先を持つ血族結婚などの場合に罹患の可能性が高くなる。

一方で、同一遺伝子内の異なる部位に変異を持つ保因者同士の子どもが双方の遺伝子を受け継ぎ、発病する例もあり、こうした症例をCompound heterozygosity(複合ヘテロ接合)と呼ぶ。


前田氏講演資料より作成

ミトコンドリア異常症

ミトコンドリア異常症は、母系遺伝形式を取ることが特徴である。

さらに遺伝学的特徴としてヘテロプラスミーがあり、同じ母親から生まれた子ども間の個体差や、同一個体の中で組織や細胞間の変異ミトコンドリアの割合に差があることが知られている。

また発症の閾値があることも特徴的である。脳や筋肉といったATPの要求量が大きい組織では変異ミトコンドリアの割合が比較的少なくても発症する(発症閾値が低い)が、それ以外の臓器や組織では発症閾値が高い、すなわち変異ミトコンドリアの割合が多い場合のみ発症するとされている。


前田氏講演資料より作成

ミトコンドリア異常症による糖尿病でもっとも多いのはMELAS(ミトコンドリア脳筋症)を引き起こす3243変異である。患者の特徴として低身長、痩せ型で、感音性難聴を合併していることが多い。検査値では、抗GAD(グルタミン酸脱炭酸酵素)抗体陰性、血中乳酸値高値、血中乳酸・ピルビン酸比高値を示す。

また、3243以外の部位でも糖尿病を起こす変異があることが明らかにされている。

遺伝学的検査における留意点

遺伝性疾患の診断には、最終的に遺伝学的検査が必要となるが、その情報の取扱いには十分な留意が必要となる。前田氏は「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン(日本医学会)」を取り上げて説明を続けた。

遺伝子異常は、患者本人のみならず、その親族など、さまざまな人に影響のある情報となる。その情報が不適切に扱われると、被検者とその血縁者に社会的不利益がもたらされる可能性があるため、検査を行うにあたっては、その分析的妥当性・臨床的妥当性・臨床的有用性などを慎重に確認しておくことが求められる。

患者本人または後見人となる親族に対して遺伝カウンセリングなどで十分な説明を行ったうえで、主治医は患者本人の意志を尊重して遺伝子検査を施行するかの判断をすることが必要である、と前田氏は注意を促した。

2型糖尿病のゲノム解析の現状

ここで前田氏は2型糖尿病をはじめとしたCommon Diseaseのゲノム解析の現状に話題を移した。

GWASについて

Common Diseaseの疾患感受性遺伝子研究は、21世紀初頭にヒトゲノムプロジェクトが完了したことによって大きな転機を迎えている。30~32億文字というヒトゲノム配列の全容が明らかとなり、さらにその後、解析技術も進歩した結果、GWAS(ジーウァス:genome-wide association study<ゲノムワイド関連解析>)という統計的手法が可能となったことが、この領域にブレイクスルーをもたらした。

解析の対象

ヒトゲノム配列のほぼ全ては人類共通であるが、部分的に個体差が存在する。この中でもっとも多く存在するのが、配列中の1箇所の塩基配列が別の塩基に置換しているSNP(スニップ:single nucleotide polymorphism<一塩基多型>)である。

SNPは珍しいものではなく、ゲノム上に1,000万か所以上と非常に多く存存するといわれている。GWASではこの全てのSNPを対象に解析を行う。

解析の方法と有意水準

GWASは、疾患群とコントロール群の間で、あるSNPが生じている頻度(アレル頻度)を比較する「ケースコントロール関連解析」という手法を取る。2群間でその頻度に差があれば、そのSNPと疾患との間に関連があると判断できる。

解析時の注意点として、少ない症例数で判断してはならないとされている。現在では少なくとも各群で数千人ずつを解析する必要があるという。

また、通常の研究の有意水準はp<0.05を使用するのに対し、GWASの場合はp<5×10-8(0.00000005)と非常に厳しい有意水準(ゲノムワイド水準)を基に解析が行われる。

GWASの進歩

2007年にGWASが確立して以降、数年のうちに2型糖尿病のSNPは40か所程度が同定されたが、いずれも欧米人を対象とした解析であった。

日本人を対象とした研究では、2008年に独立した2つの研究グループが、11番染色体のKCNQ1のイントロン15領域が日本人2型糖尿病と強い関連があることを明らかにしている。

GWASは欧米や日本のみならず世界中で精力的に実施されており、解析規模(解析症例数)を拡大することにより2018年末までに300か所以上の2型糖尿病関連領域が同定されている。

GRSとPRS

それでは、GWASによって得られた情報をどのように活用していくべきなのか。

2型糖尿病を対象とした2013年の研究で、49の2型糖尿病関連SNPsに関して、そのリスクアレル保有数(GRS[genetic risk score]:遺伝的リスクスコア)と2型糖尿病発症との関連を調べたところ、リスクアレル保有数が多いほど疾患発症のリスクが高いことが示された。この報告では全人口の5%程度のハイリスク集団が検出可能とされており、この集団では生活習慣介入による発症予防が重要であることも示された。しかしながら、残りの95%の人々にとって、この情報のみでは有用性が高いとはいえないとの見解が示されている。

生活習慣病の発症はゲノム情報に加え環境要因の関与が重要と考えられることからGRSの利用には限界があると考えられたが、2018年にPRS(polygenic risk score)の有用性が報告され注目されている。

GRSがゲノムワイド水準の領域のみを使用するのに対し、PRSは全ゲノムの情報を利用してスコアを算出し、発症との関連を検討する手法である。

現在までに欧米で構築されたPRSは高い精度で疾患の発症を予測できると同時に、単一遺伝子異常に匹敵するほどの超ハイリスク群も抽出可能と報告されており、欧米においてはPRSの臨床応用が実現されようとしている。

一方、欧米で構築されたPRSでは、アジア人や日本人における疾患発症を正確に予測できないことも報告されている。精度のよいPRSを構築するためには10万人規模以上のGWASデータが必要とされているが、今後はアジア・日本でもPRSの構築と応用が加速していくだろうと前田氏は言及する。

ゲノム研究の課題と今後の展望

これまでゲノム研究の発展について述べてきたが、一方で多くの課題も残されていると前田氏は語る。1つは解析結果を疾患の発症予測に利用することはできても、それぞれの領域がどのような機序で発症に関わっているかが解明されていない点だ。また、ゲノム情報と環境要因との相互作用についても明らかになっていない。

こうした課題に対し、今後は精密医療(Precision Medicine)が鍵になるだろうと前田氏は話す。2015年に当時の米国大統領であったバラク・オバマ氏が「Precision Medicine Initiative」という政策を発表して以来、日本でもその考えは広まりつつある。

さらにゲノム解析の手法は、SNP解析から全ゲノム配列解析の時代へ突入している。個人のゲノム配列情報をもとにAIを利用した診療を行う「AIホスピタル構想」も進められており、糖尿病診療においても活用される時代が近く到来するだろう。

前田氏は未来の医療に期待の言葉を向けながら、講演を締めくくった。

講演のまとめ

・単一遺伝子病による代表的な糖尿病に、常染色体優性遺伝のMODY、常染色体劣性遺伝のインスリン受容体異常症、ミトコンドリア異常症などがある

・遺伝子検査を施行する際には、その分析的妥当性・臨床的妥当性・臨床的有用性などを十分に説明したうえで、患者本人の意志を確認することが必要である

・2007年にGWASという統計的手法が確立されて以来、2型糖尿病に関連する多くのSNPsが同定されてきた

・PRSの構築と応用によって、今後日本人の2型糖尿病の発症リスクを予測できる可能性がある

・個人のゲノム配列情報などのビッグデータをもとにAIを利用した診療を行う「AIホスピタル構想」が進められている

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