2022年12月19日掲載
医師・歯科医師限定

【第7回日本肺高血圧・肺循環学会学術集会レポート】肝硬変患者における門脈肺高血圧症の診断――コホート研究によるスクリーニング要素の探求(2500字)

2022年12月19日掲載
医師・歯科医師限定

日本医科大学付属病院 消化器内科 准教授

厚川 正則先生

門脈圧亢進症に伴う肺高血圧症である門脈肺高血圧症(PoPH:Portopulmonary Hypertension)は、メカニズムの詳細が不明なため診断が難しく、病態の解明が求められている。厚川 正則氏(日本医科大学付属病院 消化器内科 准教授)は第7回日本肺高血圧・肺循環学会学術集会(2022年7月2〜3日)において、PoPH症例の特徴やスクリーニングの重要性について講演を行った。

典型的な画像所見がないPoPH診断の難しさ

息切れは肺高血圧症の主症状であるが、肝硬変患者が息切れを訴えた場合、肝臓専門医であれば肝性胸水を疑うことが多い。

実際、過去に経験した症例ではPoPHの診断まで4年かかったケースがある。患者はアルコール性肝硬変(Child-Pughスコア7点、grade B)の50歳代男性だ。以前から労作時の呼吸苦を自覚していたが、加齢による体力の低下が原因と考えていた。しかしその後の心エコー図検査でTRPG高値を認め、心臓カテーテル検査によりPoPHと診断された。治療開始後の経過は良好だが、PoPHに対する我々の知識の浅さゆえに診断が遅れた症例だ。

厚川氏講演資料(提供:厚川氏)

肝硬変患者データを用いたコホート研究――PoPHの割合や特徴を探る

上記の反省を踏まえ、我々は肝硬変患者におけるPoPHの割合や特徴を調査する目的で、日本医科大学付属病院の過去40年分の診療録を用いたコホート研究を行った。

患者背景

解析対象は、肝静脈カテーテルが施行された肝硬変症例338例のうち、門脈圧亢進症と診断され、かつ肺動脈カテーテルが施行された186例だ。肝硬変の背景は、当時の日本の疫学を反映してHCV由来が多く、次にアルコール由来が多かった。Child-Pugh分類はclass Bの症例がもっとも多く、門脈肝静脈圧較差(HVPG:Hepatic Venous Pressure Gradient)の中央値は18.4mmHgであった。

解析の結果、肝機能が低下するにつれHVPGは上昇することが明らかとなった。またHVPGの分布は、中央値が18mmHg未満の正規分布を示すことも判明した。右心カテーテルを実施して得られた因子に着目すると、肺動脈圧(PAP:Pulmonary Arterial Pressure)はほぼ正常値だが一部高い症例が含まれており、そのカットオフ値としてはPAP=20mmHgが適当だといえる。肺血管抵抗(PVR:Pulmonary Vascular Resistance)に関しても一部高い症例がみられたが、多くの場合で正常だった。左心不全を示唆する症例はほとんどない。一方で、肝硬変患者は循環亢進状態を呈することが多いため、全体の約1/3の症例で心拍出量(CO:Cardiac Output)が高値を示した。

mPAPによる背景因子の違い――AIHやPBCの既往が肺動脈圧高値と関連か

平均肺動脈圧(mPAP:mean Pulmonary Arterial Pressure)=20mmHgをカットオフ値として、複数の背景因子について比較検討を行った。その結果、自己免疫性肝炎(AIH:Autoimmune Hepatitis)または原発性胆汁性胆管炎(PBC:Primary Biliary Cholangitis)を発症している割合が、mPAP>20mmHgの症例で有意に高い結果となった。一方プロトロンビン時間やChild-Pughスコア、ALBIスコアは、mPAPの数値による差は見られなかった。最終的にPoPHの確定診断がなされたのは186例中2例(1.1%)で、PBC合併例(女性)とアルコール性肝炎合併例(男性)であった。

厚川氏講演資料(提供:厚川氏)/Atsukawa M et al. Hepatology Research 2020 Nov;50(11):1244-1254. より改変

心エコー図検査導入症例の検討――疫学調査によるリスク因子の抽出

mPAPによる背景因子の違いはAIHやPBCの既往以外にほとんどみられないことから、肝予備能やHVPGにかかわらず、基本的に肝硬変患者に対してはPoPHの存在をスクリーニングする必要があるといえる。しかし実臨床において、肝硬変患者の患者全例に対して心エコー図検査やカテーテル検査を実施するのは現実的ではない。そこで、消化器・肝臓専門医が心エコー図検査を積極的に施行すべき症例の特徴を明らかにすべく、多施設共同研究(KTK49 Liver Study Group)において、「肝硬変患者における門脈肺高血圧症の疫学調査」を実施した。

患者背景

多施設共同研究の参加施設から630例の心エコーデータの提供を受け、最終的に486例のデータを用いたコホートを作成した。患者背景は、男女比がおおむね1:1、肝硬変の原因はウィルス性肝炎がもっとも多く、2番目に多い原因がアルコールであった。心エコー図検査における三尖弁逆流圧格差(TRPG:Tricuspid Regurgitant Pressure Gradient)の中央値は22mmHgで、平均BNP値は39.5pg/mLだが、中には約700 pg/mLと高値の症例もみられた。また91人が息切れを訴えていた。

TRPGを基準とした背景因子の比較

カットオフ値をTRPG=35mmHgに設定したところ、全症例の10.5%がTRPG=35mmHgを超える結果となった。カットオフ値を基準にさまざまな背景因子を検討すると、肝予備能はTRPGの値による差はみられなかった。一方、BNPはTRPG高値症例で有意に高く、息切れのある症例も多くみられた。また性別は女性に多い傾向であった。

厚川氏講演資料(提供:厚川氏)

背景因子別にTRPG高値症例の頻度を検討すると、有意差は認められなかったものの、AIH、またはPBCをもつ患者で再発例が15%ともっとも多くみられた。次いでアルコールが11.1%との結果だ。

さらにTRPG≧35mmHgに寄与する因子を多変量解析したところ、性別(女性)、BNPが39pg/mL以上、息切れの症状の3つが独立因子として抽出された。これらを用いてリスクスコアを算出する計算式を作成した。リスクスコアとTRPGの相関図は正の相関を示したものの、相関係数は0.3程度と弱い相関だ。算出したリスクスコアの計算式は、実臨床で活用するには精度が低い。

そこで、TRPG≧35mmHgに寄与する3つの独立因子に対し、BNPをカテゴリ変数として代入して再度多変量解析を実施し、各項目のオッズ比を整数化したものをリスクスコアとして用いた。

新たに作成したリスクスコアの計算式を用いて患者を評価したところ、リスクスコアが4点以上の患者において、TRPG≧35mmHgの頻度が急激に上昇することが明らかとなった。スコアが4点以上の症例について特徴を調査したところ、息切れの症状がある症例とない症例がそれぞれ約半数ずつみられた。息切れの症状とは独立した因子である性別およびBNPもリスクスコアとして機能していることが示唆される。

シャントとTRPGの相関

門脈―大循環シャントの存在がPoPHの発生機序の一因となっている可能性が考えられていたことから、当院の症例をもとに門脈―大循環シャントとTRPGの相関を検討した。しかし、門脈―大循環シャント部位や門脈―大循環シャント径とTRPGはまったく相関がないことが明らかとなった。加えて、門脈―大循環シャントの成因となる脾腫とTRPGにも相関がないことが示されている。門脈―大循環シャントや脾腫が時間の経過とともにTRPGと相関するか否かについては、今後さらなる検討が必要だ。

講演のまとめ

  • 国内外の既報より、肝硬変患者あるいは門脈圧亢進症患者のうち1〜6%がPoPHを合併している可能性がある
  • 本邦における心エコー図検査を用いたコホート研究で、約10.5%にPHの疑いがあることが明らかになった
  • PoPHは女性、息切れ症状、BNP高値症例に多い可能性があり、肝線維化の程度や肝予備能とは相関がない
  • 肝硬変患者に対し、一度は心エコー図検査などによるPoPHのスクリーニングを実施する必要がある

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