2022年04月15日掲載
医師・歯科医師限定

【第80回日本癌学会レポート】胃がんの転移に対するHER2標的アルファ線治療――腹膜播種モデル・肝転移モデルマウスを用いた治療実験(2700字)

2022年04月15日掲載
医師・歯科医師限定

量子科学技術研究開発機構 重粒子線治療研究部 放射線がん生物学研究グループ 主任研究員

李 惠子先生

胃がんは世界的にもがんによる死因の上位にあり、初期での自覚症状がほとんどないため、進行し転移を伴う状態で発見されるケースが多い。こうした胃がん治療において、放射線を用いた新たな治療法の有用性の検証が進められている。

量子科学技術研究開発機構の李 惠子氏は、第80回日本癌学会学術総会(2021年9月30日~10月2日)において、胃がんの転移へのHER2標的アルファ線治療に関する研究について解説した。

新たな治療が求められる再発・進行性HER2高発現胃がん

転移を伴う進行性胃がんの治療には、主に化学療法や放射線治療が用いられる。また、胃がんの約20%がHER2高発現であることから、HER2は胃がんの治療標的分子として注目されている。2011年、切除不能な再発・進行性HER2高発現胃がんに対して、抗HER2抗体「トラスツズマブ」の効果が認められ、ファーストラインとしてトラスツズマブを併用する化学療法が推奨されるようになり、いくつかの薬剤との併用療法も行われるようになった。しかしその効果は限局的であり、より効果的でQOLの高い治療法の開発が求められている。

HER2標的アルファ線治療(TAT)の可能性

このような状況から、標的アイソトープ治療(TRT)が胃がんの新たな治療法として注目されている。TRTは放射性同位元素(RI)標識抗体を用いて腫瘍に特異的なRIを輸送し、直接患部を照射する治療法だ。局所だけでなく、体内に散在する転移や播種、さらにイメージングで捉えきれない微小がんにも有効と考えられている。

TRTには、これまで主に甲状腺がんに対するヨウ素-131などのベータ線放出核種が用いられてきた。しかし近年、アルファ線を用いたTRTである「標的アルファ線治療(TAT)」の研究が臨床応用に向けて進められている。

アルファ線の特徴の1つは高LET放射線であることだ。我々の研究では平均131keV/μmのエネルギーを放出することが分かっており、従来の放射線に対して抵抗性を示すとされた固形がんにも有効性が期待される。

<アルファ線の平均LET>

Satoshi Kodaira,Huizi Keiko Li,et al. PLoS One. 2017 Jun 28;12(6):e0178472.より引用

もう1つの特徴は飛程が短いことだ。標的となるがんに対し特異的に放射線を集積させることができ、周囲組織へのダメージの軽減も期待されている。

このような物理学的性質から、固形がんの微小転移などがTATの標的になると考えられる。実際に、骨転移を有する去勢抵抗性前立腺がん治療においては、ゾーフィゴ静注(塩化ラジウム-223)が唯一のアルファ線放射性薬剤として、2013年にFDA(アメリカ食品医薬品局)で承認されている。その翌年には、225Ac-PSMA-617 がベータ線では制御できなかった前立腺多発転移を完治したという報告でTATの有効性が臨床で証明され、さらに開発研究が加速している。

研究の概要

我々は、HER2高発現胃がんの転移に対する新規治療法を探るべく、2種類のマウスモデルを用いてTATの治療効果と毒性を評価した。アルファ線放出核種にはアスタチン-211を使用し、アスタチン-211を腫瘍にデリバリーするツールとしてトラスツズマブを使用した。

胃がんの転移モデルには、腹膜播種(PMGC)モデルと肝転移(LMGC)モデルの2種類を用いた。いずれもSCIDマウスに対し、HER2高発現のヒト胃がん細胞(N87)にルシフェラーゼ(発光酵素)を導入した細胞を腹腔および経脾的に移植している。

PMGCモデルを用いた研究

PMGCモデルのマウスを用いた研究では、薬剤投与法を検討し、異なる線量のアスタチン-211抗体を投与するTAT治療群と、PBS、非標識抗体、またはフリーのアスタチン-211を投与する3つのコントロール群で治療効果を比較した。

従来のTRTでは放射性薬剤を静脈投与するが、本研究では腹腔内に散在する腫瘍により効率的にドラッグデリバリーできるよう、アスタチン-211抗体を腹腔に直接投与し、治療効果を検討した。

結果として、TAT治療群ではアスタチン-211抗体をたった1回投与しただけで投与3週間後には腹膜播種が完全に消失した。TAT治療群6匹中2匹において観察期間内での再発がみられなかったうえ、生存期間も有意に延長された。なお、体重減少、白血球数減少、肝機能・腎機能の低下などの重篤な毒性はみられなかった。

<各群の治療効果>

Huizi keiko Li,et al. Cancer Sci. 2017 Aug;108(8):1648-1656.より引用

また、TAT治療後のDNA二重鎖切断(DSB)のマーカーであるγH2AX を評価した結果、in vitroとin vivo双方において、TAT治療によりHER2特異的にDSBが生じていることが分かった。このことからTAT治療に用いるアルファ線に関しても、従来の外照射高LET放射線と同様に、DNAに複雑で修復しにくい傷を生じることで高い細胞殺傷効果を示すことが推測された。

肝転移LMGCマウスを用いた研究

次に肝転移LMGCマウスモデルを用いた治療実験を紹介する。この研究ではまず、LMGCマウスの尾静脈からアスタチン-211抗体を投与して薬剤動態を調べた。すると、腫瘍集積は徐々に増加し、投与後24時間の段階で約13%ID/gとなった。経静脈投与のため投与直後の血液中の集積が高く、時間経過に伴い減少していくことも示された。なお、甲状腺や胃への集積が比較的高かったのは、抗体から外れたフリーのアスタチン-211によるものと考えられる。

<アスタチン-211抗体の集積部位と集積量>

Huizi keiko Li,et al.J Nucl Med. 2021 Oct;62(10):1468-1474.より引用

治療実験では、LMGCマウスに対し、アスタチン-211抗体を投与するTAT治療群と、PBS、非標識抗体、またはアスタチン-211標識非特異的Human IgGを投与する群の3群のコントロール群に分け、それぞれ尾静脈より薬剤を投与し、治療効果を検討した。

コントロール群では肝転移の進行が顕著だったのに対し、驚くべきことにTAT治療群では1回の治療で投与1週間後には腫瘍が完全に消失したのだ。さらに、治療群8匹中6匹は観察期間内の再発がみられず、生存期間も有意に延長された。なお、TAT群の治療後の腫瘍を病理解析したところ、コントロール群の腫瘍に比べて壊死領域が増大傾向にあることが明らかになった。

<各群の治療効果>

Huizi keiko Li,et al.J Nucl Med. 2021 Oct;62(10):1468-1474.より引用

TAT治療による重篤な体重減少、白血球数減少、肝機能・腎機能の低下はみられなかった。さらに正常な肝臓および体内動態試験でフリーのアスタチン-211の集積が高かった胃への影響もみられていない。

以上の2つの研究から、TATがHER2高発現胃がんの転移に対し、効果的で低侵襲な新規治療法として期待できることが実証された。

講演のまとめ

PMGCマウスに対するTAT治療実験について

・腹腔投与3週間後には腹膜播種が完全に消失した

・治療群6匹中2匹に観察期間内での再発はみられず、生存期間も有意に延長された

・重篤な毒性は確認されなかった


LMGCマウスに対するTAT治療実験について

・投与1週間後には腫瘍が完全に消失した

・治療群8匹中6匹に観察期間内での再発はみられず、生存期間も有意に延長された

・重篤な毒性はみられず、胃や肝臓への影響もなかった

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