2023年12月25日掲載
医師・歯科医師限定

日耳鼻・村上理事長に聞く 啓発活動の意味と意義、耳鼻咽喉科領域の課題

2023年12月25日掲載
医師・歯科医師限定

日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会 理事長/名古屋市立大学医学部附属 東部医療センター 特任教授・高次ウイルス感染症センター長

村上 信五先生

日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会(以下「日耳鼻」)とメディカルノートは共同で、耳鼻咽喉科に関する認知度調査を実施。結果をメディカルノートのコーポレートサイトで公開している。調査ではどのような症状や病気を耳鼻咽喉科で受診・治療すべきかなどについて、どの程度知られているかを調べた。2021年に実施された同じ調査の結果との比較、学会が啓発活動をする意味や意義、耳鼻咽喉科頭頸部外科領域の現状と課題などについて、村上信五理事長に聞いた。

「2年で変わるほうがおかしい」

2年前と今回の調査を比較すると、結果、傾向ともに大きな変化はなかった。私が感じたのは「2年程度で意識は簡単に変わらない」ということだ。日耳鼻は広報・啓発活動に力を入れているが、そうであっても一般の認識が変わるには5年、10年といったスパンの時間がかかるだろう。2年で大きく変わっているようだと、逆におかしいのではないかと思ってしまう。

病名に「耳」や「鼻」という文字があれば耳鼻咽喉科を受診するだろう。喉頭、咽頭の病気も、黙っていても耳鼻咽喉科に来る。しかし「食道」「甲状腺」などは、耳鼻咽喉科と認識できずに多くは内科に行ってしまう。一般の方は「上顎」という言葉から上の前歯ぐらいしか思い浮かばないかもしれないが、副鼻腔も含まれる。こうした「黙っていてはどこで治療を受ければよいのか分からない」病気について一般の方々に知ってもらうのが、我々の広報・啓発活動の目的であり使命だと思っている。

最初に話したように短期間で一般の意識は変わりえないので、根気強く広報・啓発活動を続けていく必要がある。その中でも、たとえばめまいや顔面神経麻痺など耳鼻咽喉科が専門とする領域ではあるけれど、一般の方からの認知が低い分野についてしっかりアピールしていくということになる。

そうしたアピールは難しいが、まじめに病気を扱うテレビ番組で耳鼻咽喉科の医師が認知度の低い病気についてしっかりと解説をするような機会があると、少しずつではあっても見ている人の専門性への理解が高まるのではないかと感じる。

診療実態を社会にアピールする必要性

耳鼻咽喉科頭頸部外科領域の課題としては、まず、頭頸部の病気に対する耳鼻咽喉科の診療実態をきちんと社会にアピールしていく必要があるということだ。2年前に「耳鼻咽喉科学会」から「耳鼻咽喉科頭頸部外科学会」に改称した。名実ともに首から上の脳と目と歯を除く全てを耳鼻咽喉科医が診察できるような体制を取らないといけないし、現実にやっている。ところが、がんでも耳や副鼻腔、咽喉頭といった名前が付けば耳鼻咽喉科に来るが、口腔がんや舌がんなどはどうしても口腔外科が先に浮かぶようだ。原発がんで終わればそれでもよいのだが、がんが進行すると全身的な病気になるので、我々としては耳鼻咽喉科頭頸部外科で診療するのがよいのではないかと思う。

また、めまいや顔面神経麻痺、睡眠障害、嚥下障害など「境界領域」の病気は、耳鼻咽喉科以外の診療科でも診ている。しかし、顔面神経減荷術、メニエール病によるめまいなら、内リンパ嚢開放術や前庭神経切断術、前庭・半規管削開術のような最終的治療は耳鼻咽喉科が担っている。

最初にどの診療科を受診するかによって、患者の最終的な予後が変わることが実際にある。たとえば顔面神経麻痺をインターネットで調べると、最初に鍼灸治療が表示される。鍼灸治療を否定はしないが、最初は薬物治療を行わないと後で何をやっても完全に治らないケースも出てくる。初期治療をどこでするかという情報が正しく患者に伝わるような啓発が必要だし、私個人としては境界領域について最後まできちんと診られるのは、耳鼻咽喉科だということをもっと患者にアピールしていかなければいけないと思っている。

そのために患者の認知度が高い病気よりも、知られていない病気について全国で講演会をしようとか、「耳の日」「頭頸部外科月間」などに各地区のイベントで取り上げようといったことをしている。アンケートは、広報・啓発活動のどこが弱いかを明らかにしてくれるので、数字の悪かったところほど我々にとっては参考になる。テストでも90点を95点にするのはなかなか大変だが、30点を50点にするのはできないことはない。

“医師過剰”時代にもステータス守れる実力を

もう1つの課題は人材育成だ。耳鼻咽喉科頭頸部外科専攻医は2023年に250人ほどいたが、2024年は200人を少し切る。新型コロナウイルス感染症の蔓延期に実習ができなかった影響が今になって出ているのかもしれない。

学生に耳鼻咽喉科頭頸部外科の魅力を訴えていかなければならない。また、将来が不安だと人は来ないので、診療拡大や新技術の導入などを絶えず行っていく必要がある。

昔の研修医は2年ほど大学に残って研修をしていたが、今は市中病院に行くことが多くなっている。そうすると、聴力などの検査は病院の中の検査部でやり、自分ではやらなくなってしまう。そのまま研修を終わって開業すると、自分では検査ができない。そこで、2025年度から、検査実技の単位を取らないと専門医試験を受けられない仕組みに変更する。

2030年以降は“医師過剰”になるともいわれている。その時に自分のステータスを守れるような実力を、若手につけてもらいたいと思っている。

啓発は適切な治療に至る最短ルートを提供するため

学会が病気についての啓発活動をするのはなぜか。それは、困っている人に最善の治療を提供するために、正しい情報を届けることが大切だと考えているからだ。自分の体に問題が生じたときに、どこに相談すればよいのか分からないままいろいろな病院や診療科を回った末に、症状が進行してからやっと専門の診療科にたどり着くということが往々にしてある。そういった患者が適切な治療を早く受けられる最短のルートを提供するために、啓発活動をしている。

さらに、生活環境の改善で予防できることについても、啓発の対象にしていきたい。たとえば「ヘッドホン難聴」。WHO(世界保健機関)も警鐘を鳴らしているが、日本では国の対策があまり活発に行われてはいない気がする。であれば、聴力に関することだから、学会として国民に「大きな音で耳を酷使すると難聴になる恐れがある」ということをもっと知ってもらえるよう、活動する必要があるのではないかと思っている。

難聴への介入で認知症予防の可能性

難聴に関しては、2017年、2020年にLANCET国際委員会が「認知症の予防できるリスクファクターのうち、最大のものは難聴である」などとするリポートを公表した。認知症のリスクファクターのうち予防できるものが約40%。難聴は全体の8%と、12の要因の中でもっとも大きな割合を占めるとされた。

認知症を予防するためには、難聴をきちんと補聴することがもっとも効率がよいと思われる。今年(2023年)、認知症の進行を数年間遅らせることが期待できるレカネマブという薬が日本でも承認され、1人1年間当たりの薬価が298万円と決まった。どれだけの人に使われるかは分からないが、コストパフォーマンスとしてどうなのかという疑問が生じる。

難聴の方に補聴器を助成することで、それなりの効果があるというデータも出てきている。全体への補聴だと効果が薄まってしまうが、糖尿病や循環器の病気などがあるハイリスクの方は、補聴することで認知症を遅らせることができるといった研究(「補聴器装着など聴覚的介入でハイリスクグループの認知機能低下抑制―研究代表者が講演」)など、エビデンスも出てきている。

似て非なる「補聴器と集音器の違い」 もっと周知を

我々耳鼻咽喉科としても、中高年の難聴対策を進めていく必要がある。難聴と認知症の関係を啓発し、各自治体に補聴器購入の助成を働きかけると同時に、国民の多くが混同していると思われる「補聴器と集音器の違い」についても周知していく必要を強く感じている。

聞こえの問題が生じたら、耳鼻咽喉科に行くときちんとした補聴器の販売店を紹介してくれる上に、助成金や税の免除も受けられる可能性がある。このことを多くの方に知らせたい。

安さもあって多くの方が補聴器だと思って集音器を買ってしまう。ところがきちんと聞こえるようにならないので「補聴器は使えない」と思ってしまったり、耳鼻咽喉科や消費者団体などに苦情を寄せたりする。そうして補聴器のイメージが低下してしまうと、私どもがリカバリーするのも難しくなってしまう。

日耳鼻では補聴器適正普及ワーキンググループを作っている。補聴器への助成は国ではなく自治体の事業だ。現状では自治体ごとにかなり差があり、今のところ唯一全県で助成されるようになっているのが新潟県だ。それをモデルに、全国の自治体に補聴器の助成をお願いしている。

補助を受けるためにはきちんと耳鼻咽喉科を受診して、必要性を示す証明書を受け取る必要がある。我々が作成した診療情報提供書を持って認定補聴器技能者のいる販売店で補聴器を購入すると、その費用は医療費控除の対象に含めることができ、翌年の税金を一部免除されるので、さらに購入のハードルが下がる。

我々の目指すところは、まず難聴に気付き、耳鼻咽喉科に来て検査を受けてもらう。そのうえで必要であれば助成を受ける手助けをして補聴器を購入してもらうとともに、診療情報提供書によって購入のサポートをする。私どもは日本補聴器販売店協会と連携しているので、認定補聴器技能者のいる販売店を紹介することができる。技能者のいる店ではきちんと補聴器のフィッティング(補正)をしてもらえるので「使えない」と不満を持たれることは起こりにくくなる。また、医師と販売店の間に言語聴覚士(ST)を入れると、患者との対応もうまくいく。

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