2022年05月19日掲載
医師・歯科医師限定

【第74回日本胸部外科学会レポート】食道癌の低侵襲手術――小開胸で行うポイントは(3500字)

2022年05月19日掲載
医師・歯科医師限定

千葉大学大学院医学研究院 先端応用外科学 教授 / 千葉大学医学部附属病院 食道・胃腸外科 科長

松原 久裕先生

食道癌の手術では3領域リンパ節郭清術が標準的な方法であるが、小開胸であっても十分低侵襲な手術が可能だ。今回、松原 久裕氏(千葉大学大学院医学研究院 先端応用外科学 教授)は、第74回日本胸部外科学会定期学術集会(2021年10月31〜11月3日)において、「小開胸でも十分低侵襲な食道癌根治手術」と題し、3領域リンパ節郭清術を行う重要性とともに、小開胸で行う食道癌手術のポイントについて解説した。

3領域リンパ節郭清術の重要性

現在、食道癌では頸部、縦隔部、上腹部の3領域リンパ節郭清術が標準的である。3領域リンパ節郭清術が標準手術として普及したのは、当科の教授を務められた磯野 可一氏が日本食道疾患研究会(現:日本食道学会)所属の施設を対象に行った全国調査がきっかけである。3領域と2領域のリンパ節郭清術の手術成績について比較した結果、3領域リンパ節郭清術のほうが良好であることが示されたのだ。なお、当科データでも2領域リンパ節郭清術において、リンパ節転移陽性症例のリンパ節での再発率が高いことが分かっている。

また、鎖骨上リンパ節郭清(104番)は、第10版までは3群だったのが、第11版からは2群と分類され、規約上でもD2郭清には3領域リンパ節郭清術が必要とされるようになった。

食道癌における全国データの解析

ここで1つ興味深いデータを示す。食道癌全国登録を基に食道癌取扱い規約委員会が行った解析において、胸部中部食道癌における中縦隔リンパ節の転移率は20.9%、鎖骨上リンパ節転移率は22.8%と示されている。それにもかかわらず、転移率が高い鎖骨上リンパ節転移における5年生存率は40.0%(中縦隔リンパ節転移では29.0%)という結果が示されているのだ。また治療上、最重要といわれている上縦隔リンパ節の転移率は37.4%と高いことから、このデータからも上縦隔と鎖骨上リンパ節周辺を郭清する重要性が分かるだろう。

日本国内における規約とUICCのTNM分類

食道癌取扱い規約上、食道癌の病期はI~IV期に分類されている一方、UICC(国際対癌連合)では癌の進行度を判定する国際的な基準としてTNM分類を用いて分類している。2021年時点でTNM分類の最新は第8版であり、現在、最新の国内全国登録に用いられているのは第7版での集計であるが、食道癌取り扱い規約上の分類と大きな相違点がある。胃癌については国内規約とUICCの規約がほぼ同様であることを鑑みると、食道癌においてもそうした整合性が今後求められる。

小開胸で行う食道癌手術

開胸のポイント

ここからは、今回のメインテーマである小切開で行う食道癌の手術について解説する。食道癌の手術は小さな開胸でも十分施行可能である。体の右側から開胸し、広背筋の前面に沿う形で、前鋸筋をあまり切らないように前鋸筋の間を裂くようにして切開する。

通常は第4肋間で開胸し、肋骨の上縁で肋間筋を切離する。肋骨と肋軟骨は切除しない。その際、通常使用される開胸器に加えて、小開胸器をクロスさせてかけることで非常に良好な視野が得られる。開胸開始時から一度に開胸器を広げてしまうと肋骨が折れるため、小さな創から時間をかけながら徐々に開創の幅を広げていくこともポイントだ。

周術期におけるステロイド剤の使用

食道癌の周術期におけるステロイド剤の使用は、開始初期には議論されることもあったが、近年通常に行われるようになっている。当科ではメチルプレドニゾロンを開胸時に250mg、術後2日後まで125mg/日、3日間で計500mg投与することで過剰なサイトカイン放出のカスケードというサージカルストレスをブロックし、MOF(多臓器不全)への予防に努めている。このように、積極的にステロイド剤を使用することと、開胸部をなるべく小さくとどめる術式によって、食道癌のような侵襲の大きな手術においても、SIRS(全身性炎症反応症候群)の期間を0.5±0.7日と制御している。

開胸時間を短縮する工夫

我々はより侵襲を少なくするために、開胸時間をより短時間にすべく経裂孔下縦隔リンパ節郭清を行っている。頸部から郭清を進めても奇静脈弓の手前まで郭清することが可能で、開胸時間の短縮となる。上縦隔周辺の郭清が非常に重要であるため徹底して行い、胃管との吻合も胸腔内で行っている。胸管を温存していることも当科の重要なポイントだ。

胸管の温存か? 切除か?

胸管を残すか切除するかについては、見解が分かれる。浜松医科大学の外科学第二講座 竹内 裕也教授らは、慶應義塾大学で行った研究でリンパ節郭清の際に胸管を温存した群と切除した群を比較検討している。リンパ節郭清の総個数では、前者が20.02個、後者が27.93個であり、胸管を切除したほうが徹底的な郭清という点では良好だといえる。しかし、それぞれの生存率を解析してみると、ステージIでは胸管を切除したほうが良好であるが、ステージII~IVでは両群ともに大きな差はみられない。この結果をさらに解釈するためには、生存率に関する解析が必要であるが、非常に少ないのが現状だ。

Satoru Matsuda,Hiroya Takeuchi,et al. Medicine (Baltimore). 2016 Jun;95(24):e3839.より引用

一方で注目すべき点が乳び胸などの合併症の有無である。胸管の切除と乳び胸の発生率について解析したシステマティックレビューを見ると、胸管を切除したほうが発生率は少ないとする報告が多い。なお、生存率について解析している中国からの報告によると、胸管を温存した群で高い生存率が得られることも示されている。また、胸管の走行は非常に多様であり、約20%弱には破格があるといわれているため、切除の際には十分な注意が必要だ。

講演のまとめ

  • 「食道癌取扱い規約」第11版から鎖骨上リンパ節郭清は2群と分類され、規約上もD2郭清には3領域リンパ節郭清術が必要となった
  • 小開胸で食道癌手術を行うポイントの1つとして、通常使用する開胸器に加えて、小開胸器をクロスさせてかけることで非常に良好な視野を得ることが大切である
  • 肋骨を折らないように小さな創から徐々に開創の幅を広げていくこともポイントである
  • 積極的にステロイド剤の使用、胸管の温存、開胸時間の短縮など統合化した手術によりSIRSの期間を制御できる

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