2023年02月24日掲載
医師・歯科医師限定

【第81回日本癌学会レポート】 過去と現在のがん研究――基礎研究者の立場から捉える魅力と意義(4000字)

2023年02月24日掲載
医師・歯科医師限定

金沢大学がん進展制御研究所 分子病態研究分野 教授

後藤 典子先生

がんはかつて不治の病であったが、がん研究の成果が予防、早期発見、早期治療に生かされてきている。そして現在は、がんは治癒可能または生活習慣病に位置付けられる手前まで来ている。後藤 典子氏(金沢大学がん進展制御研究所 分子病態研究分野 教授)は、第81回日本癌学会学術総会(2022年9月29日~10月1日)において、女性であり臨床経験もある基礎研究者の立場で、がん研究の魅力・意義について、これまでの研究成果を交えて紹介した。

EGFRとNIH3T3細胞のトランスフォーメーション

臨床研修をしていた1991年頃、がんは不治の病だった。そんながんのメカニズムを明らかにして治療に役立てたいと思ったのが、基礎研究を始めたきっかけだ。当時は“がん遺伝子ハンター”の時代であり、新たながん遺伝子が発見され始めていた。しかし、がん化や増殖のシグナル伝達は不明であり、がん遺伝子の発見をどう治療に結びつけていけばよいのか分からずに研究を行っている状況であった。

ちょうどその時期、がん遺伝子のRasによりNIH3T3細胞のトランスフォーメーションが起こること、またEGFRの活性化によってもEGFRがGrb2-SOS複合体と結合してRasを活性化させトランスフォーメーションが生じることが先行研究で示されており、その再現実験を行っていた。

我々は「Grb2が結合しないEGFR細胞内欠失変異体を作製すれば、Grb2-SOS複合体を介したRas活性化が生じず細胞のトランスフォーメーションも生じない」との仮説を立てて検証したが、予想に反して細胞トランスフォーメーションが認められた。その原因を調べたところ、EGFR細胞内欠失変異体ではアダプター分子のShcのリン酸化によりShc-Grb2-SOS複合体ができ、Rasを活性化することが明らかになった。

予想に反した結果が得られ、そこに新たな生命現象を見出す経験をしたことに非常に感動し、私は基礎研究に没頭していった。

FRS2αとFRS2β

その後、ニューヨーク大学医学部に留学し、FGFRに結合するアダプター分子であるFRS2αの検討を行った。当初、ノックアウトマウスの作製に取り組んだが発生しなかったため、FRS2αのShp2結合部位が変異したマウスの作製を試みた。その結果、FRS2α変異マウスも生まれなかったため、生まれる直前のマウスを調べたところ、目・脳・骨・心臓など多くの組織に問題が生じており、FRS2αはこれら多くの組織幹細胞の維持に重要であることが分かった。さらに、神経幹細胞/前駆細胞のスフェロイド培養を行ったところ、FRS2α変異マウスではスフェロイドがまったくできなかった。これらの結果から、FRS2αはFGFシグナルの司令塔であり、その一部の機能が欠損しただけで多数の組織幹細胞が障害されてしまうことが明らかになった。

続いて、FRS2βのノックアウトマウスを作製してみると、FRS2αと異なり明らかな障害を呈さなかった。そこで、マウスの胎児でFRS2αとFRS2βの発現をみたところ、FRS2αは全身のさまざまな箇所に発現する一方、FRS2βの発現は脳・神経に限局していた。

乳がん幹細胞を用いた研究

帰国後は乳がんの研究に取り組んだ。同時期の2003年にMichael Clarke博士らは、乳がんの臨床検体より得られたCD44+/CD24-/low細胞をマウスに移植することで、新たにがんが形成されることを報告し、がん幹細胞が存在することを示唆した。元々神経幹細胞の培養を行っていた私は、同じ培地でがん幹細胞の浮遊培養を試みたところ、問題なくスフェロイドが形成された。当時はがん幹細胞の存在に懐疑的な意見が多かったが、スフェロイド培養では幹細胞性のある細胞が、浮遊培養したときの細胞死・アノイキスに抵抗性であるという理論がある。そのため、得られた実験結果からがん幹細胞の存在を確信した。

それ以降、乳腺外科との共同研究を開始し、200検体以上を収集してきた。これらの検体を用いて、乳がん幹細胞のスフェロイド培養やオルガノイド培養を行ったり、がん組織を免疫不全マウスの乳腺組織内に移植するpatient-derived xenograft(PDX)モデルを作製したりして、研究に活用してきた。

乳がん幹細胞のスフェロイド培養

その研究の1つで、乳がんの臨床検体から濃縮したCD44+/CD24-分画が神経幹細胞の培養に用いられる培地(sphere culture medium:SCM)でスフェロイドが形成されること、ほかの分画からはスフェロイドが形成されないことを認め、がん幹細胞の維持にはスフェロイド培養が重要であることを明らかにした(下図)。

後藤氏講演資料(提供:後藤氏)

さらにSCMに含まれる液性因子のうち、Heregulin(HRG)単独で同様にスフェロイドが形成される結果も認めた。HRGは、EGFR/HERファミリーのHER3のリガンドであり、HRGによる刺激でHER3/HER2ヘテロダイマーが活性化される。また、乳がんはLuminalタイプ、HER2タイプ、トリプルネガティブタイプといったサブタイプに分類されるが、いずれのタイプの臨床検体でも同様にHRGによるスフェロイド形成の促進が認められた。2022年6月の米国臨床腫瘍学会で、HER2モノクローナル抗体であるトラスツズマブとカンプトテシン誘導体とが結合した抗体薬物複合体のエンハーツ(トラスツズマブ-デルクステカン)が、HER2低発現転移性乳がん患者に有効であることが報告され、多くの聴衆が立ち上がり拍手喝采を送るほど、大きなインパクトを与えた。しかし基礎研究者である私は、HRGの作用に通じるものとして当然期待される結果として受け止めた。

NFκB経路による乳がん幹細胞の維持

がん細胞の複雑なシグナル伝達には、炎症性マスター転写因子であるNFκBの活性化による経路も含まれる。HRGでHER2/HER3を刺激すると、その下流でNFκBが活性化することが判明したため、がん幹細胞の維持に重要な鍵分子を明らかにすべく、HRG刺激によってNFκB依存的に発現変動する遺伝子を網羅的に検索した。その結果、HRG-HER2/3-NFκB経路は多くのサイトカインを産生誘導すること、がん幹細胞と周囲のがん細胞・ニッチ細胞(間質細胞、免疫細胞、血管内皮細胞)がサイトカインにより相互作用し、がん幹細胞を維持していることが明らかになった(下図)。またNFκB経路で、セマフォリン3A-MICAL3-Numbシグナルによって乳がん幹細胞が対称性分裂を起こすことが分かり、MICAL3がその分子標的となることも発見した。

後藤氏講演資料(提供:後藤氏)/図はTominaga K,et al.Oncogene. 2017 Mar 2;36(9):1276-1286.より改変

EGFRシグナルとミトコンドリア1炭素代謝酵素

同様に、EGF刺激によってEGFRチロシンキナーゼ依存的に発現変動する遺伝子を網羅的に検索した。その結果、新たな分子標的としてミトコンドリアの1炭素代謝酵素であるMTHFD2を見出した。

1炭素代謝酵素は細胞質とミトコンドリアに存在し、葉酸依存性に核酸合成する経路を触媒する。細胞質とミトコンドリアでは作用する酵素が異なり、がん細胞では主にミトコンドリアの1炭素代謝酵素が機能し、核酸を大量に合成して高い増殖能力を呈する。MTHFD2は、がん細胞に特異的なミトコンドリアの1炭素代謝酵素であり、これを分子標的としても細胞質の1炭素代謝には影響しないため、副作用の少ない治療が実現する可能性がある。このコンセプトを企業に導出し、MTHFD2阻害薬を合成することができた。さらに現在は、MTHFD2の1つ下流のミトコンドリア1炭素代謝酵素であるMTHFD1Lの阻害薬開発に取り組んでいる。

後藤氏講演資料(提供:後藤氏)/図はNishimura T,et al. Oncogene. 2019 Apr;38(14):2464-2481.より改変

今後のがん研究に向けて

現在はがんを治癒もしくは生活習慣病にできる手前まで来ている。がん遺伝子パネル検査が保険収載され、がん基礎研究の成果が実臨床に生かされてきている。しかし、がんは極めて不均一で、がん遺伝子の変化だけでは説明がつかないため、パネル検査の恩恵を受けられる患者は少数にとどまる。今後は診断の際に実際のRNAレベルでの発現変化を調べることが必要となるだろう。

現在のがん研究は、好奇心が治療に結び付く展望が開かれている時代である。その中では、異分野連携を超えた大きな国際的共同研究体制を作ったり、研究者がダイバーシティを高めてそれぞれの得意分野を生かして相乗効果を発揮したり、基礎研究者が実験だけでなくビッグデータを使いこなして解析を行ったりすることが求められる。さらに臨床医とのつながり、製薬会社や診断薬・検査装置などの産業界とのつながりが必要だ。グローバルな人脈を活用して、自らスタートアップの企業をつくることもできるエキサイティングな時代が到来している。

講演のまとめ

  • 基礎研究では、仮説に反した結果が得られたときこそ新たな生命現象の発見があり、それを見出したときには大きな感動が得られる。
  • 現在のがん研究には、面白くてワクワクするという魅力と、研究成果ががん治療に役立つことが期待できるという意義があり、Curiosity-driven researchがTranslational researchにつながるエキサイティングな分野である。

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