2023年02月15日掲載
医師・歯科医師限定

【第84回日本血液学会学術集会レポート】次世代型CAR-T細胞療法の開発動向――遺伝子改変によるCAR-T細胞の最良化(4600字)

2023年02月15日掲載
医師・歯科医師限定

慶應義塾大学医学部 先端医科学研究所 がん免疫研究部門 教授/講演当時: 愛知県がんセンター研究所 腫瘍免疫応答研究分野 分野長

籠谷 勇紀先生

CAR-T細胞療法は血液がんへの高い治療効果が認められている一方、長期間抗腫瘍効果を維持できないことが課題となっている。籠谷 勇紀氏(愛知県がんセンター 腫瘍免疫応答研究分野 分野長)は、第84回日本血液学会学術集会(2022年10月14~16日)で行われた講演の中で、輸注後のCAR-T細胞の長寿化と長期間抗腫瘍効果を維持するため、またCAR-T細胞療法による副作用リスクを軽減するための遺伝子改変を用いた手法について、基礎研究レベルを含めた開発動向を解説した。

CAR-T細胞療法について

短期治療効果は高いものの残る課題も多い

CAR-T細胞療法は免疫細胞療法の1つで、患者自身のT細胞を取り出し、CAR(キメラ抗原受容体)分子を遺伝子レベルで導入した後、輸注によって体内に戻し、がん細胞を攻撃させる。本邦では2019年に初めて承認された。

CAR-T細胞療法は一部の血液がんに有効であり、短期の治療効果は非常に高い。小児および若年成人における、再発あるいは難治性のCD19陽性B細胞急性リンパ芽球性白血病(ALL)患者を対象とした実臨床におけるデータでは、1か月時点の完全寛解率は85%と報告されている。しかし、より長期的な治療効果を見ると、少なからぬ割合で再発が見られることが分かってきた。また、再発がなくCAR-T細胞療法の治療効果が持続する症例の一部は造血幹細胞移植治療を受けており、純粋にCAR-T細胞療法の効果によるものか判断できない場合もある。このような結果を見ると、CAR-T細胞療法はいまだ発展途上の治療法といえるだろう。

治療後の再発要因とその対処法

CD19に対するCAR-T細胞療法後の再発原因は、標的抗原の喪失や、輸注されたCAR-T細胞そのものの消失によるものに大別される。このうち抗原喪失に対しては、標的となる抗原を2種類に増やし、2抗原に対する認識能を持つDual CAR-TまたはTandem CAR-Tを用いる対処法がある。標的抗原を2種類にすることで、どちらか一方の抗原を喪失してもCAR-T細胞による抗腫瘍効果を維持できる。B細胞性腫瘍の場合は、たとえばCD19とCD20を標的とすることで、その両方を発現しない腫瘍細胞は再発例においてもほとんどみられないことが分かっている

上記の方法により抗原喪失を防いだ場合、輸注されたCAR-T細胞がどれだけ増殖し、効果を維持できるかがますます重要となる。一例として、慢性リンパ性白血病(CLL)では、CAR-T細胞の長期生存と、治療効果は明確な相関が見られることが報告されている。

遺伝子改変によるCAR-T細胞の性質変化

CAR-T細胞の長寿化

メモリーT細胞の分化制御

CAR-T細胞の生存を考えるうえで重要となるのがメモリーT細胞の分化状態だ。メモリーT細胞は均一の細胞群ではなく、分化階層構造を持つ。始めは幹細胞様メモリーT細胞(TSCM)と呼ばれる自己複製能の高い段階にあり、平均で約1年4か月に1度細胞分裂を繰り返す。条件が整えば約10年は自己を維持できるとの報告もある。

しかし、TSCMは抗原刺激を受けることで分化が進み、セントラルメモリーT細胞(TCM)やエフェクターメモリーT細胞(TEM)へと分化する。メモリーT細胞の分化は基本的に不可逆的に進行し、効率的な増殖が徐々に難しくなる。このため若い段階のメモリーT細胞ほど抗腫瘍効果が高いと報告されていることから、いかに分化を抑制し、若い状態を保てるかが重要なのだ。

メモリーT細胞の分化制御に関してはさまざまな手法が考案されており、現在注目されているのがエピジェネティック因子の修飾によりメモリーT細胞の性質を変える手法である。メモリーT細胞はその分化段階によって遺伝子発現が異なり、その背景にはエピジェネティックプロファイルの違いがある。そのため、分化に関わる根源的なエピジェネティック因子を修飾することで、たとえ数個の遺伝子に対する修飾であっても、メモリーT細胞の性質を大きく変化させ、長寿のT細胞を作製できる可能性がある。

なおこの手法では、T細胞を体外で作製するCAR-T細胞療法の特徴を利用し、遺伝子改変によりT細胞の性質を安定的に変化させる戦略をとることが多い。

長寿化に関わるエピジェネティック因子

基礎研究レベルまで含めると、メモリーT細胞のエフェクター機能や、メモリー形質を変化させるのに有効なエピジェネティック因子として報告されたものは非常に多い。そのうち、実際に修飾によってCAR-T細胞の治療効果によい影響をもたらしたと報告されたものには、DNMT3ABRD4、SUV39H1などがある。

我々が発見した、長寿化に関連する転写制御因子にPRDM1がある。PRDM1はメモリーT細胞のエフェクター機能に非常に重要な役割を果たす因子である。ヒトのメモリーT細胞においてPRDM1をノックアウトしたところ、メモリーT細胞の形質を維持したまま、より長生きすることが確認された。

同研究では、PRDM1というたった1つの因子をノックアウトしただけで、非常に多くの遺伝子発現を変化させることも確認されている。オープンクロマチン領域を解析できるATAC-seqによれば、PRDM1ノックアウトにより7,000以上ものゲノム領域が変化した。マウス腫瘍モデルにおける検討では、PRDM1ノックアウトのCAR-T細胞は輸注後に長期間生存し、より高い抗腫瘍効果も認められている。

CAR-T細胞の抗腫瘍効果の維持

T細胞の疲弊

CAR-T細胞の長寿化のほかに、CAR-T細胞療法の抗腫瘍効果に関わるのが、T細胞の疲弊である。T細胞は、がん細胞から慢性的な抗原刺激を受けると疲弊状態に陥る。また、CARの構造によっては重合が起こり、抗原刺激を受けなくとも疲弊と似た状態になることもあるとの報告がされている。

従来、疲弊はT細胞が分化を経た最終段階で起こると考えられていた。しかし最近では、幹細胞様メモリーT細胞のような初期の分化段階でも、持続的な抗原刺激によって疲弊が起こり得ることが分かってきた。つまり、T細胞の分化と疲弊は、別の軸で考えることが重要となる。

その根拠ともいえるのが、先ほど紹介したPRDM1ノックアウトである。PRDM1ノックアウトT細胞ではメモリー形質が維持されているにもかかわらず、コントロールとノックアウトとで疲弊マーカーのPD-1発現にそれほど変化はみられなかった。さらに、PRDM1ノックアウトのCAR-T細胞を固形がんモデルマウスに注入してみると、T細胞自体は腫瘍中に多く残っているにもかかわらず、抗腫瘍効果は失われていることが分かった。つまり、T細胞がメモリー形質を維持し、腫瘍中で長生きするだけでは抗腫瘍効果の持続には不十分であり、いかにエフェクター機能を維持するかが併せて重要となる。

籠谷氏講演資料(提供:籠谷氏)

疲弊状態から回復するための遺伝子改変

特にT細胞の疲弊が起こりやすい固形がんでは、疲弊した状態から回復できるような改変が、長寿化の改変に加えて必要となる。

疲弊というと、PD-1をはじめとする免疫チェックポイント分子の阻害を思い浮かべる方も多いだろう。しかし実は、T細胞の疲弊の性質は遺伝子・エピゲノムレベルですでに決定されており、PD-1を阻害しても疲弊の性質はほとんど変化しない。したがって、より根源的にプロファイルを変化させるためには、転写ネットワークもしくはエピジェネティックレベルでの変化が必要となる。上記のような状況を踏まえ、近年、T細胞の疲弊に関連する転写制御因子およびエピジェネティック因子に関する報告が増えている。

副作用の発生リスク軽減

CAR-T細胞療法による副作用発生のメカニズム

腫瘍量が大きい、あるいはCAR-T細胞の増殖量が多い場合などは、輸注後のCAR-T細胞から放出されるサイトカインによって体内のマクロファージが活性化され、炎症性サイトカインであるIL-6やIL-1βなどが大量に放出されることが知られている。その結果、副作用としてサイトカイン放出症候群や神経障害を発症することがある。

症例を適切に選択すれば、副作用のリスクはある程度減らせるだろう。一方で、遺伝子改変によってT細胞の増殖能を向上させた場合、副作用のリスクが高まる恐れもあるため、その点を考慮する必要がある。

現在、CAR-T細胞療法に伴うサイトカイン放出症候群に対しては、トシリズマブの効果が確認されているものの、神経障害への効果は不十分である。マウスモデルではIL-1阻害薬のアナキンラの有効性が報告されているが、臨床応用はまだ先と考えられる。いずれにしても予防投与としての効果は確立されていないのが現状だ。

CAR-T細胞の改変による副作用リスク軽減

そこで現在考えられているのが、CAR-T細胞自体にサイトカイン放出症候群を起こしにくくする仕組みを組み込む方法である。たとえば、CAR-T細胞にIL-6に対する抗体を遺伝子レベルで組み込み分泌させる方法や、IL-1のアンタゴニストを細胞表面に発現させる方法、マクロファージの活性化に関わるサイトカインをあらかじめノックアウトしておく方法などだ(※※)。我々も、CAR-T細胞そのものにサイトカイン放出症候群発症を防ぐシステムを搭載するための開発に取り組んでいる。いずれの方法も疾患を完全に予防できるとは限らないが、IL-6やIL-1の量を減らすことで副作用のリスクを軽減できると考えている。

一方で、近年NK(ナチュラルキラー)細胞にCAR遺伝子を組み込んだCAR-NK細胞を使用することで、サイトカイン放出症候群が起こりにくくなると報告された。NK細胞から放出されるサイトカインのプロファイルがT細胞とは異なり、体内のマクロファージ系の細胞が活性化しにくいと考えられている。ただ、NK細胞は末梢血中の頻度が少なく、T細胞と比較して増殖能が低いことや、エフェクター機能が長く続かないことなど課題は多く残っている。

CAR-NK細胞に関して興味深いのは、一部のNK細胞がメモリーT細胞と似たような長期生存能を獲得できることである。ただし、具体的にどのような転写制御因子やエピジェネティック因子がそのメモリー形質に関わっているかは明らかとなっていない。今後基礎研究レベルで突き止めていくことで、CAR-T細胞と同じように、遺伝子改変によって長寿化やエフェクター機能を維持できる可能性があると考えている。

CAR-T細胞療法と似たその他の治療法

CAR-T療法の代替となり得る治療法として、BiTE(Bispecific T-cell Engager)を紹介する。BiTEの作動原理はCARと非常によく似ている。CD19抗原を特異的に標的とするBiTEであるブリナツモマブは、抗CD3抗体とB細胞抗原CD19に対する抗体の両方を有し、両者を引き合わせて生体内のT細胞を活性化させる。

また、2022年にFDA(米国食品医薬品局)で承認されたテベンタフスプは、表面抗原に対する抗体の代わりに、可溶性T細胞受容体を介して、がん細胞上のHLA―ペプチド複合体を認識させ、T細胞にがん細胞を引き寄せることで攻撃を行わせる。これは切除不能あるいは転移性のぶどう膜メラノーマに対して承認されている。

薬剤を用いた治療法の利点は、細胞療法と比較して手間や費用が少なくて済むことである。一方で、半減期が短いために持続的な反復投与が必要であることや、直接比較は難しいものの、一般的にはCAR-T細胞療法と比較して効果が低いと考えられていることが課題だ。ブリナツモマブ投与で完全寛解や部分寛解に至った白血病患者のうち、40%は造血幹細胞移植を受けているのが現状で、移植に先立つブリッジング療法として位置付けられている。

この原因として、BiTEではT細胞への刺激が抗CD3抗体のみによるものであり、強刺激分子やサイトカインシグナルなどからの複合的な刺激を入れられるCAR-T細胞療法と比較すると、効果が劣るのではないかと考えている。BiTEに関しては、より複合的なT細胞刺激シグナルを送ることが今後の課題である。

講演のまとめ

  • CAR-T細胞療法は短期の治療効果は高いが、長期では抗腫瘍効果が低下する。その主な要因は抗原ロスとCAR-T細胞の消失である
  • 抗原ロスに対しては、Dual CAR-TおよびTandem CAR-Tによる対処法が用いられている
  • CAR-T細胞の消失や長期間経過後の抗腫瘍効果低下の問題に関しては、関連する転写制御因子やエピジェネティック因子を同定・修飾することで遺伝子改変を行い、T細胞を長寿化し、抗腫瘍効果が維持できるよう変化させる研究が進んでいる
  • CAR-T細胞療法による副作用に関しては、遺伝子改変によるリスク軽減が研究されているほか、副作用リスクの少ないCAR-NK細胞を用いた治療法の開発も注目されている
  • BiTEは手間や費用の面で優れており、T細胞を最適化できればCAR-T細胞療法の代替療法となり得る

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