2022年10月19日掲載
医師・歯科医師限定

【第94回日本胃癌学会レポート】胃がん患者に対する薬物療法の現状と今後の展望――他がん種の臨床成績を踏まえて(3000字)

2022年10月19日掲載
医師・歯科医師限定

東京大学医科学研究所附属病院 腫瘍・総合内科教授/診療科長

朴 成和先生

HER2陰性胃がんの1次化学療法は、1990年代以降大きな進展がなかった。しかし、2020年にニボルマブ併用療法の臨床試験結果が発表されたことで、胃がんの1次化学療法が大きく進歩した。免疫チェックポイント阻害薬や分子標的薬の登場により、胃がんの薬物療法は今後どのように変化するのだろうか。

東京大学医科学研究所附属病院 腫瘍・総合内科教授/診療科長の朴 成和氏は、第94回日本胃癌学会総会(2022年3月2〜4日)の会長特別企画にて、胃がん治療の現状と今後の展望について解説した。

胃がんの1次治療を変えた、免疫チェックポイント阻害薬の登場

胃癌治療ガイドラインは2001年の第1版発刊後、改訂を重ねて2021年には第6版が発刊されている。その間、新たな薬物療法が次々と登場し、2次治療や3次治療は大きく進歩してきた。しかしながら胃がんにおける1次化学療法は、経口フッ化プリミジンやオキサリプラチンは登場したが、HER2陽性胃がんに対するトラスツズマブを除き、大きな発展を遂げてこなかった。

その状況を変えたのが、2020年のESMO(欧州臨床腫瘍学会)で発表された、ニボルマブ併用療法の臨床試験「ATTRACTION-4試験」と「CheckMate 649試験」だ。両試験ともに標準治療と比較して奏効率では約10%の上乗せ効果があり、PFS(無増悪生存期間)での有意差も示されている。OS(全生存期間)については、CheckMate 649試験で有意差が出た。免疫チェックポイント阻害薬の登場により、約30年ぶりに胃がんの1次治療が大きく進歩したのだ。

免疫チェックポイント阻害薬と分子標的薬の併用効果――1次治療への期待も

ほかのがん種と比べると、胃がんでは長期生存例が少ないという課題が残る。ATTRACTION-2試験で、胃がんの3次治療以降におけるニボルマブ投与による長期の治療成績を調べたところ、3年PFSは1.9%の差にとどまっているのだ。現在、イピリムマブ+ニボルマブ+化学療法の効果を検証するATTRACTION-6試験が日本・韓国・台湾で進行中であり、長期生存例を期待したい。

一方で、胃がんに対する免疫チェックポイント阻害薬と分子標的薬の併用効果を検証したEPOC1706試験では、レンバチニブとペムブロリズマブの併用療法は殺細胞性抗がん剤を使用せずに奏効率は66%、3次治療以降においてはPFSが7.1か月であった。ニボルマブの単剤投与のPFSが2か月前後だったことを考えると、驚くべき好成績といえるだろう。1次治療におけるレンバチニブとペムブロリズマブの併用効果については、現在進行中のLEAP-015試験でさらなる検証が行われている。

免疫チェックポイント阻害薬の登場による治療成績の変化

化学療法後に根治的胃切除を行うコンバージョンセラピーや、周術期の補助化学療法においても、免疫チェックポイント阻害薬がさらなる治療成績の向上をもたらしつつある。たとえばMSI-High/dMMR患者を対象に、術前化学療法としてニボルマブ+イピリムマブを投与した試験では、病理学的完全奏効率が58%との結果が報告された。対象患者を絞り込むことで、化学療法のみで治療できる症例が出る可能性も期待できる。

また、Stage IVの胃がんに対するコンバージョンセラピーについて調査したCONVO-GC-1試験では、化学療法後にある程度腫瘍を切除できれば、40%前後の5年生存率が得られるとの結果が示された。化学療法で手術ができる状態まで腫瘍を縮小させることができれば、治癒が期待できるだろう。

胃がんに対する分子標的薬の位置づけ

一方で、胃がんに対する分子標的薬の開発は難航している。その理由について考えてみたい。

分子標的薬が介入できる遺伝子変異が少ない

まず、胃がんでは分子標的薬が介入できる遺伝子変異が少ないことが挙げられる。SCRUM-Japan GI-SCREENのプロジェクトからの初期の報告では約500例でゲノム検査が実施され、もっとも頻度の高い遺伝子変異はP53であることが分かっている。しかし、P53遺伝子変異をターゲットとした分子標的薬は開発されていない。ついでHER2変異が多くみられるが、そのほかの遺伝子変異の頻度は少なく、分子標的薬は介入しにくいと考えられる。

がん細胞の不均一性が強い

次に考えられるのが、胃がんにおけるがん細胞の不均一性だ。HER2陽性胃がんの免疫染色を見ると、同じがん組織の中に3+の細胞や1+の細胞、まったく染まっていない細胞が見られる。発現の異なる複数のがん細胞が混在する組織に分子標的薬を使用しても、効果は限定的である可能性が考えられる。

一方Antibody Drug Conjugate(抗体薬物複合体:抗体にリンカーで抗がん剤を結合させた薬剤)の場合、トラスツズマブデルクステカンにみられるように、薬剤はHER2陽性のがん細胞に取り込まれ、がん細胞が死んだ際に抗がん剤が細胞外に放出され、HER2陰性のがん細胞にも効果を示すことが証明された。トラスツズマブデルクステカンの効果を検証したDESTINY-Gastric01試験では、奏効率が51%となり、3次治療でありながら高い延命効果が示された。Antibody Drug Conjugateのさらなる発展に期待がかかる。

がん細胞のBilologyに変化が起きやすい

胃がん細胞ではBilologyに変化が起きやすいことも挙げられる。HER2陽性胃がんのトラスツズマブを含む一次化学療法で増悪した後の2次治療において、パクリタキセルとトラスツズマブを併用した無作為第II相試験(WJOG7112G試験)では、1次治療前にはほとんどの患者でHER2発現が3+を示したが、2次治療前にはHER2が陰性に転じた患者が増えていた。胃がんは分子標的薬に対する変化が非常に速く、すぐに効果を示さなくなる可能性が考えられる。

他がん種における分子標的薬併用の成功例

他がん種では、分子標的薬の併用による成功例が報告されている。例としてBRAF V600E変異を持つ大腸がんに対し、複数の分子標的薬を併用したBEACON試験を紹介する。

該当する患者に対し、BRAF阻害薬単剤を使用してもほとんど効果がみられなかった。機序として、BRAF阻害薬を使用したことでBRAFからのネガティブフィードバックが阻害され、上流からのシグナルが増幅されることが解明された。分子標的薬を複数併用して別経路のシグナルも同時に阻害することで、大きな延命効果が示されている。今後のがん治療において、分子標的薬の併用は非常に重要になるだろう。

講演のまとめ

  • 免疫チェックポイント阻害薬の登場により、胃がんの1次化学療法が大きく進歩した
  • 免疫チェックポイント阻害薬はコンバージョンセラピーや補助化学療法においても好成績を示している
  • 胃がんに対する分子標的薬の開発は難航している
  • 分子標的薬の多剤併用により臨床成績の向上が期待できる

会員登録をすると、
記事全文が読めるページに遷移できます。

会員登録して全文を読む

医師について

新着記事