2022年07月21日掲載
医師・歯科医師限定

【第119回日本内科学会レポート】高齢者糖尿病の診療ポイント――認知機能障害やフレイルとの関連、対策、薬物治療について(4200字)

2022年07月21日掲載
医師・歯科医師限定

東京都健康長寿医療センター 副院長/内科総括部長/フレイル予防センター長

荒木 厚先生

糖尿病は、高齢になるほど有病者の割合が高くなる傾向があり、本邦では65歳以上の約5人に1人が罹患しているといわれている。今回荒木 厚氏(東京都健康長寿医療センター 副院長/内科総括部長/フレイル予防センター長)は第119回日本内科学会総会・講演会(2022年4月15日~17日)における教育講演の中で、高齢者糖尿病における診療のポイントについて解説した。

高齢者糖尿病における個別化医療の重要性

高齢者糖尿病は個人差が大きい。これは、老年症候群、併存疾患、年齢(75歳以上)、長期罹病期間、糖尿病の病型(1型)、重症低血糖の既往など、さまざま背景を持つ患者が多いためだ。またこれらはいずれも、平均余命の短縮や低血糖のリスク上昇の危険因子となる。したがって高齢者糖尿病では、これらの危険因子を考慮した「個別化医療」が重要だ。

荒木氏講演資料(提供:荒木氏)

糖尿病と認知機能障害・認知症の関連

老年症候群は、医療や介護を必要とするような加齢に伴う症状または徴候の総称と定義される。高齢糖尿病患者では、老年症候群に分類される症状の中でも、特に認知機能障害・認知症、うつ状態、フレイル・サルコペニア、転倒・骨折、低栄養、ポリファーマシーなどの症状が非糖尿病患者に比べて約2倍多い。

糖尿病患者における認知機能障害・認知症のリスク――スクリーニングの方法は

このうち認知機能障害や認知症については、糖尿病と絡めた前向き研究が数多く実施されている。114件をまとめたメタ解析では、糖尿病患者におけるアルツハイマー病発症率は非糖尿病患者の約1.5倍、血管性認知症は約2倍と報告された。さらに認知症の前段階であるMCI(軽度認知障害)も生じやすいことが明らかとなったほか、別の研究でもHbA1cが8.0%を超えるとMCIや認知症を発症するリスクは約2倍に上昇すると報告されている。認知機能の低下は、糖尿病治療に重要な生活管理(セルフケア)能力にも影響を及ぼすため注意が必要だ。

このように糖尿病と認知機能障害には強い関連があるが、全ての糖尿病患者に認知機能障害のスクリーニングを行うのは困難だ。そのため診療を行う中で、記憶障害、手段的ADL(日常生活動作)障害、セルフケア障害、心理状態の悪化、サルコペニア・フレイルなどの手がかりを見つけながら、必要に応じて長谷川式認知症スケールやMMSE、DASC-21、DASC-8などの検査を行うとよいだろう。

糖尿病とフレイルの関連

糖尿病患者におけるフレイルのリスク――低血糖でもフレイルリスク上昇

フレイルとは、ストレスによって要介護や死亡に陥りやすい状態のことで、要介護と健康の中間に位置づけられている。身体的フレイル(疲労感・体重減少など)、精神的フレイル(認知機能障害など)、社会的フレイル(孤立・閉じこもりなど)などがあり、多面的に評価することが大切である。いずれも可逆性のため、運動などによって健康を取り戻せる可能性がある。

糖尿病とフレイルの関連を調べたメタ解析では、糖尿病患者におけるフレイル発症リスクは非糖尿病患者の1.48倍であると示された。さらに、フレイル発症の危険因子として高血糖、低血糖、大血管症などを考慮することが重要であり、これらは認知症発症の危険因子でもある。糖尿病患者がフレイルを合併すると、要介護、QOL低下、死亡のリスクが上昇することが解析結果として報告されている。

しかしながら、血糖コントロールに関しては注意しなければならない。高齢者1,848人を4.8年追跡した研究で、HbA1c 7.6%でのフレイル発症リスクを1とした際、HbA1c 8.2%でのリスクは1.3倍、さらにHbA1c 6.9%でのリスクも1.41倍であったと報告されたのだ。HbA1cは高値だけでなく、低値にも注意しながらコントロールしていく必要があるだろう。

フレイル・サルコペニアの評価

フレイルの評価法として、もっとも標準的に用いられるのは「J-CHS基準」だ。体重減少、疲労感、握力低下、身体活動量低下、歩行速度低下の5つを評価して診断する。握力や歩行速度の測定が難しい場合には「簡易フレイルインデックス」という評価方法に置き換えることも可能で、いずれも3項目以上に該当するとフレイルと認定される。

また、フレイルと似た概念にサルコペニアがある。サルコペニアは、加齢などが原因で筋肉量が減少したり筋力が低下したりする症状を指し、糖尿病患者ではサルコペニアの発症リスクが1.55倍になることが明らかとなっている。サルコペニアの診断は筋肉量・筋力・身体能力の3つから行われる。特に糖尿病では握力が低下しやすいため、高齢糖尿病患者に対しては定期的な握力測定が重要である。

フレイルと認知機能障害における共通の対策法

認知機能障害とフレイルには、共通の危険因子や病因が多数存在する。インスリン抵抗性、腹部肥満、動脈硬化の危険因子、脳白質病変、炎症、身体活動低下、低栄養、孤立などだ。そして、それらに対する共通の対策としては、運動(レジスタンス運動を含む)、栄養サポート、血糖コントロール、社会参加などが挙げられる。

食事療法

フレイル・サルコペニアを考慮した食事療法に関しては、糖尿病診療ガイドライン2019で示されている適正エネルギー量を守ること、そして体重1kgあたり最低1.0gのたんぱく質を毎日摂取することが重要だ。

ガイドラインでは、総エネルギー摂取量(kcal/日)は「目標体重(kg)×エネルギー係数(kcal/kg)」で求めるとされている。なお、目標体重とエネルギー係数については以下のとおりだ。

<目標体重の目安>

・65歳未満……[身長(m)]²×22

・65歳以上……[身長(m)]²×22〜25(係数の幅を広げることで、従来よりも多くのエネルギー量摂取の指示が可能)

<身体活動レベルと病態によるエネルギー係数>

(1)軽い労作(大部分が座位の静的活動)……25~30

(2)普通の労作(座位中心だが通勤・家事・軽い運動を含む)……30~35

(3)重い労作(力仕事や活発な運動習慣がある)……35~

*高齢者の筋肉低下を予防する場合は身体活動レベルより大きい係数で設定し、肥満で減量が必要な場合は身体活動レベルより小さい係数で設定する

目標体重あたりのエネルギー摂取と死亡リスクについて、J-EDITとJDCSのデータを解析した研究では、エネルギー摂取量がもっとも少ない群/多い群の両方で、死亡リスク増加を確認した。25~35kcal/kgの群ではもっとも死亡リスクが少ないとされているため、これを目安とするのがよいだろう。

また、たんぱく質摂取量と死亡リスクの関連について、2,346名のデータを用いた解析では、75歳以上ではたんぱく質摂取量が少ないほど、死亡リスクが増加していることが分かる。腎機能障害がみられない後期高齢者においては、1.15g/kg以上のたんぱく質摂取が必要だろう。

運動療法

運動療法については、レジスタンス運動と多要素の運動(柔軟性運動から各強度のレジスタンス運動、有酸素運動を組み合わせる)が有用だ。市町村の運動教室、デイケア、通いの場などを利用して少なくとも週2回以上の運動を習慣づける。重要なのは、運動療法に加えて、栄養指導や糖尿病療養指導、血糖コントロールといった多因子の介入を行うことだ。これによってフレイルの指標であるSPPBスコアが改善したという報告もある。

高齢者糖尿病における薬物療法

次に高齢者糖尿病における薬物療法について解説する。

薬剤は、重症低血糖や転倒・骨折のリスクを考えながら選択することが重要だ。さらに腎機能評価による薬剤の選択と用量調節を行う必要もある。

重症低血糖のリスク

有害事象の中でも深刻であるとされる重症低血糖は、回復にほかの人の助けが必要な低血糖と定義され、認知症発症の危険因子とされている。本邦でも病院1施設あたり年間6.5名ほどの受診が報告されており、患者の平均年齢は77歳、平均HbA1cは6.8%だ。DPCデータを用いた解析では、SU薬とインスリンの併用で約18倍、グリメピリド2mg以上で約13倍、低血糖による入院リスク上昇が認められている。

重症低血糖は、死亡や心血管死、大血管症、細小血管症、認知症発症、転倒・骨折など、糖尿病合併症だけでなく老年症候群のリスク上昇につながることも報告されている。高齢者で低血糖が起こりやすい理由としては、腎機能障害による薬剤の蓄積に加えて、低血糖症状が見逃がされがちであること、さらに食事量減少の場合に低血糖の対処が困難であることが考えられる。介護者への教育や、リアルタイムCGMの普及・発展に力を入れるなどの対策が必要だろう。

適正な血糖コントロールの重要性

高齢糖尿病患者の血糖コントロール目標については、患者の認知機能とADL評価に基づき3つのカテゴリーに振り分けたうえで、重症低血糖が危惧される薬剤の使用有無によって決定する。J-EDIT研究では、カテゴリーIと比べてカテゴリーIIは1.83倍、カテゴリーIIIは3.05倍死亡リスクが高いことが示されている。

カテゴリー分類するための認知・生活機能質問表としては、DASC-8(DASC-21の短縮版)が開発された。認知機能、手段的ADL、基本的ADLに関連する計8問について4段階で評価する。合計点が10点以下であればカテゴリーI、11~16点はカテゴリーII、17点以上はカテゴリーIIIに分類される。

当院のフレイル外来を受診した431名のデータ解析では、カテゴリーが進むにつれてフレイル、認知症、うつ傾向、低栄養、服薬アドヒアランス低下の割合が高くなっていることが示された。したがって、カテゴリーII以上の患者では、薬剤処方の単純化、食事・運動などのフレイル対策、社会参加などの社会的対策などを行い、カテゴリーIIIで減薬・減量を考慮することが必要であるだろう。

荒木氏講演資料(提供:荒木氏)

講演のまとめ

  • 高齢糖尿病患者はさまざまな危険因子を持つため、各患者の背景に合わせた個別化医療が必要となる
  • 糖尿病患者は認知機能障害やフレイルをきたしやすいが、運動療法や食事療法、社会参加によって改善できる可能性がある
  • 高齢者糖尿病の薬物療法においては重症低血糖に注意し、適切な血糖コントロールを行う

会員登録をすると、
記事全文が読めるページに遷移できます。

会員登録して全文を読む

医師について

新着記事