2021年12月06日掲載
医師・歯科医師限定

糖尿病と心不全

2021年12月06日掲載
医師・歯科医師限定

富山大学 学術研究部医学系 内科学第一 准教授

八木 邦公先生

2021年現在、日本の心不全患者数は約100万人と推定されており、今後2035年にかけて大幅に増加すると予測されている。「心不全パンデミック」とも呼ばれるこの現象は、高齢化の進む日本にとって重大な問題だ。

心不全発症リスクの1つである糖尿病の専門医も、この心不全パンデミックを無視することはできないだろう。八木 邦公氏(富山大学 学術研究部医学系 内科学第一 准教授)は、第64回日本糖尿病学会年次学術集会(2021年5月20~22日)にて行われた教育講演の中で、糖尿病を併発する心不全患者の病態と治療について講演を行った。

糖尿病と心不全

心不全は「心臓が悪いために息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり生命を縮める病気」と定義され、その病態の根本は血流の滞留にある。左心室の充満圧上昇および左房圧の上昇によって血液の循環が滞ると、肺うっ血や肺浮腫がみられ、心拍出量の低下が引き起こされることで心不全症状を呈するようになる。

現在、日本の心不全患者は急増しており、近い将来に「心不全パンデミック」が起こるとされている。そんな心不全の重大なリスクの1つとなるのが糖尿病だ。18年間の追跡調査(2年ごとに検査を実施)による米国のフラミンガムスタディでは、糖尿病患者の心不全発症リスクが、非糖尿病患者と比較して男性で約2倍、女性では約5倍にもなることが分かっている。

日本でも糖尿病患者の心不全発症頻度をみた研究結果が2021年に発表され、心血管および腎疾患を持たない平均56~59歳の2型糖尿病患者の心不全の発症リスクは0.36%/年であることが報告されている。

<図A:SGLT2阻害薬群・その他の血糖降下薬治療群におけるイベント発症リスク>


図Aの上から2番目:Heart failure発症リスク

Komuro I,et al.Diabetes Obes Metab 23:19-29,2021より引用

同じく2021年に発表され、経口血糖降下剤で初期治療を受けた患者における心不全および心筋梗塞の累積発生率をみた試験では、心不全発症率が5年で5.4%、心血管基礎疾患なしの症例に絞っても4.6%であったことが報告されている。また、心筋梗塞に関しては5年で1.9%、心血管基礎疾患なし症例では1.6%であり、心不全のほうが高確率で発症している。

<経口血糖降下剤で初期治療を受けた患者における心不全・心筋梗塞の累積発生率>


図左(a):全例、図右(b):心血管基礎疾患なし例

青が心不全、赤が心筋梗塞

Kohsaka S,et al.J Diabetes Investig.2021 Aug;12(8):1452-1461.より引用

また同試験の結果を年齢別でみた場合、高齢者を含めた40歳以上の心不全発症率は0.9%/年であることが分かっている。この結果は脳卒中の発症率に近く、心筋梗塞と比較すると3倍ほど多いと考えられる。

糖尿病のHFpEF

HFpEFとHFrEF

心不全は駆出率が保たれた「HFpEF(ヘフペフ)」と、駆出率が低下した「HFrEF(ヘフレフ)」の2つに分けられる。駆出率は左心室のポンプ機能を表す指標であり、50%以上が正常、40%以下が異常、その中間がグレーな領域とされている。

心臓には収縮機能と拡張機能の2つの役割があり、駆出率の低下は収縮機能の低下によって生じる。つまりHFrEFでは収縮障害が基礎病態となる。一方、駆出率が正常なHFpEFは拡張障害が基礎病態となっていると推測されていたが、拡張機能の評価は難しいことから、あくまでも仮説でしかなかった。しかし2004年のNEJMにてHFpEFは拡張障害が基礎にあることが証明されている。

心不全の原因はいくつかあるが、多くを占めるのがHFpEFとHFrEFだ。しかし心臓にとって拡張と収縮はリンクしているため、収縮障害によって駆出率が低下しているケースでは、基本的に拡張障害も起こっているという。

これらを説明したうえで、八木氏は駆出率(EF)低下/拡張障害と心不全との関連についてまとめた表を提示した。


八木氏より提供

なお、心不全はあるが駆出率低下も拡張障害もない状態を示す「身不全(しんふぜん)」は、心臓自体ではなく体に原因があると考える必要があるという岸 拓弥氏が提唱している概念であることについても紹介した。

増加するHFpEF

HFpEFとHFrEFの症例数の推移を調べた調査では、年々HFpEFが増加していることが分かっており、その原因として高齢化や糖尿病患者の増加が考えられるという。

そこで両者の有病率を2型糖尿病患者において比較した場合、HFrEFに比べてHFpEFのほうが5~6倍ほど多いことがいくつかの研究によって示されている。八木氏は、今後この差はより広がっていくだろうと述べた。

生命予後については、糖尿病の有無にかかわらずHFrEFとHFpEFで大きな差はないことが分かっている。またHFpEFを呈しやすい糖尿病患者の特徴として、高齢、肥満、虚血性心疾患、末梢動脈疾患、高血圧、TIA、心房細動、COPDを挙げた。

糖尿病の拡張障害の病態

拡張障害から心不全へ進行する割合は、各試験でバラつきが見られるものの年間1%以上あるといわれている。そしてあるメタ解析では、2型糖尿病患者における拡張障害の有病率は、収縮障害の有病率のおよそ3~4倍にあたる約46%であることが示されているという。

ここで八木氏は、心臓の代償反応と拡張障害の病態について解説した。

心臓にかかる負荷は前負荷と後負荷に分けられ、これらの負荷が大きくなると心不全となる。しかしすぐに心不全症状が出るのではなく、以下のような代償反応によってしばらくの間、心臓の機能は保たれる。

1.脈拍を増やす

2.1回あたりの拍出量を増やす

 ・収縮力を上げる

 ・送り出す血液量を増やす

こうした心臓の代償反応を説明している図が「Frank-Starling曲線」だ。この図では、心臓に流入する血液量が増加する(前負荷が増大する)と、その代償反応として心臓から送り出す血液量が増えることが示されている。


八木氏より提供

しかし一度この代償反応が破綻すると、心臓には変わらず多くの血液が入ってくるのにもかかわらず、血液を送り出すことができなくなる。そしてこうした破綻は、拡張障害で起こりやすいと八木氏は説明する。その理由は、脈拍の増加によって拡張期の心筋弛緩の時間が十分に取れなくなり、血液を受け取りづらくなるためだ。

結果として、拡張障害が起こっているHFpEFでは心拍出量を増やすことができず、正常例と比較して運動時の肺動脈圧が上昇しやすく、回復しづらい強い息切れ症状が現れる。

そのため、HFpEFの糖尿病患者に運動療法を推奨しても、少しの運動で息があがってしまうため実施が難しい場合もあるだろう。実際にHFpEFはHFrEFよりも運動耐容能の低下が大きいという報告があり、そのうえ糖尿病併発例ではより顕著であるという報告もある。

心エコーによる拡張障害の評価

それでは拡張障害による心不全はどのように評価したらよいのだろうか。心不全を診断する指標の1つにBNPがあるが、拡張障害では安静時に症状が出にくく、BNPが上昇しづらい傾向がある。そこで拡張障害の評価に有用となるのが心エコーだ。

心エコーは、非侵襲的で検査にかかる時間も短くて済むうえ、比較的再現性が高い特長がある。心エコーにおける拡張障害の評価基準は、アメリカ心エコー図学会・ヨーロッパ心血管画像学会『心エコーによる左室拡張機能評価のための勧告』の中で、「駆出率が維持されているにもかかわらず、心エコーにて左房圧や左室充満圧の上昇が確認された場合には拡張障害と判断する」とされている。

その判断の際に重要な指標が、E/E’(イーバーイープライム)だ。拡張早期波速度を僧房弁輪移動速度で割ったもので、左房圧と左室充満圧を反映する。一方、心房が左心室に血液を押し込むときの強さをみるE/A(イーバーエー)という指標も存在する。基本的にはE/E’によって評価するが、E/E’非適応例にはE/Aで評価することとなる。

HFpEFの治療

続いて八木氏は、HFpEFの治療法について解説した。

心不全治療の目的は、うっ血の除去、心拍出量の維持、死亡率の低減であるが、HFpEFに対して生命予後の改善が認められている薬剤は現時点では存在せず、ACEI、ARB、βブロッカーについてはすでに生命予後の改善効果はないことが確定している。

しかし、SGLT2阻害剤、ARNI(アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬)、MRAに関しては、生命予後の改善効果について検証が進んでおり、今後の結果に期待がされている。

SGLT2阻害剤は、水分や塩分を尿中に排出して前負荷を軽減する効果があり、すでに糖尿病患者の心不全予防で支持されている。HFrEFでは心不全発症抑制効果が証明されており、日本におけるデータでも28%の心不全発症抑制効果が認められているもののHFpEFに関しては今後の課題だろうと述べた。

またARNI(サクビトリル/バルサルタン)は、RAS阻害薬の中でもっともよい成績を出している薬剤だ。ここで八木氏は、HFpEFに対するARNIの効果をみたPARAGON-HFを紹介した。本試験では、心血管死および心不全による全ての入院を主要評価項目として、サクビトリル・バルサルタン群とバルサルタン群を比較している。

その結果、後少しのところで有意差がつかない結果となったが、その理由としてp値が0.06と高めに設定されていたことと、対照薬がプラセボでなくバルサルタンであったことを挙げた。今後、試験デザインを変更することで、HFpEFに対するARNIの有効性が認められる可能性は高いだろうと八木氏は見解を示した。

<図A:心血管死および心不全による全ての入院における比較>


SD Solomon,et al.Randomized Controlled Trial N Engl J Med. 2019 Oct 24;381(17):1609-1620.より引用

糖尿病の拡張障害の治療

体重管理

糖尿病患者にとって肥満は心不全のリスクとなる。BMIと左室の重量には相関があるといわれており、肥満では心筋拡張障害が強い傾向にある。

実際にBMIの値によって3群に振り分け比較したところ、BMIが高い症例でE/E‘やE/Aの悪化がみられるという報告がある。また体重変化と拡張機能の変化の相関を調べたところ、体重増加例で心筋拡張障害の悪化がみられたという報告もある。

心筋拡張障害に対してはGLP-1アナログ製剤の有用性が多数の報告で示されている。八木氏自身も検証を行った結果、GLP⁻1アナログ製剤によって心筋拡張障害指標の改善が確認された。BMIで補正すると有意性は消滅したものの、最終的にBNP改善には寄与しているため、GLP-1アナログ製剤に心筋拡張障害を改善させる作用はあると考えてよいだろうと語った。

またSGLT2阻害剤とGLP-1アナログ製剤を比較した際、体重減少結果が同等であっても、炎症反応の抑制作用はGLP-1アナログ製剤のほうが優れていたという報告もある。

糖尿病細小血管合併症との関連

八木氏は最後にHFpEFと糖尿病細小血管合併症の関連について解説した。

HFpEFでは細小血管密度が減少しているという報告があり、糖尿病性の細小血管合併症があると死亡率が高くなることも分かっている。また、HFpEFにおける細小血管合併症の数と心肥大の割合は相関することも明らかになっているという。

実際に八木氏の自験例でも細小血管合併症の数と拡張障害の割合に相関がみられている。


八木氏より提供

そして、拡張障害のリスク因子と相関の程度についても調べた結果、細小血管合併症の数が拡張障害にもっとも関与していることが分かった。そのほか年齢や足関節上腕血圧比(ABI)低値、収縮期血圧(SBP)高値で拡張障害との相関がみられた。

また富山大学附属病院に入院する310例の2型糖尿病患者を対象に行った調査では、細小血管合併症の数と拡張障害に有意な相関がみられたという。合併症としては腎症、網膜症の順に多く、神経障害を持つ患者ではあまりみられなかった。

2型糖尿病患者における心不全の危険因子を調べた研究では、糖化ヘモグロビンが危険因子となることが分かっており、八木氏は「血糖コントロールと拡張障害との関連については今後も検討されてしかるべきだろう」と語り、講演を締めくくった。

まとめ

・糖尿病は心不全の重大なリスクである

・糖尿病の心不全ではHFpEFがHFrEFの5~6倍多い

・糖尿病のHFpEFでは運動耐容能が低下する

・拡張障害の評価には心エコーが有用である

・HFpEFの死亡率低減効果を示す薬剤は現時点で存在しないが、今後の検証によってはSGLT2阻害剤やARNIがHFpEFに有効性を示す可能性が高い

・減量が心筋拡張障害を改善させる効果が報告されている

・厳格な血糖管理などによる糖尿病性細小血管合併症の予防が、心筋拡張障害に有効性を示す可能性がある

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