2022年11月09日掲載
医師・歯科医師限定

【第21回日本再生医療学会レポート】臨床応用段階に入った「心筋球移植」――数々の課題を克服した技術開発(2500字)

2022年11月09日掲載
医師・歯科医師限定

慶應義塾大学医学部循環器内科 教授

福田 恵一先生

約20年にわたり多くの研究者が取り組んできた重症心不全患者に対する培養細胞由来の心筋移植による心臓再生療法が、ついに臨床応用できる段階に到達した。第21回日本再生医療学会総会(2022年3月17~19日)において、慶應義塾大学医学部循環器内科 教授 福田 恵一氏が移植に関する課題を克服した「iPS心筋球移植」について、その内容と今後の展望を講演した。

心臓再生医療の経緯と克服すべき課題

重症心不全は、心筋梗塞や心筋炎、心筋症などによって心筋細胞が一部壊死し、心筋の動きが悪くなることで生じる。基本的に心筋細胞が再生することはないため、細胞を外から投与することで元の心臓の動きを取り戻す必要がある。これが心臓の再生医療である。

1999年、自身が骨髄細胞からの心筋細胞の分化誘導について報告した後、第一世代の研究として、骨髄脳細胞や骨格筋細胞などを心臓に直接移植する臨床試験が数多く行われたが、心筋の再生に成功したものはなかった。続く第二世代の研究では、間葉系幹細胞や心臓由来幹細胞を用いて心筋細胞の再生を試みるも、非心筋細胞から分泌される液性因子のパラクリンに焦点を当てた研究が主体であり、限定的な効果しか望めなかった。

第三世代としては、ES/iPS細胞由来心筋細胞を直接移植することで収縮改善を狙った研究が進められてきたが、克服すべき課題がいくつかあった。1つは「移植する心筋細胞の質」だ。心臓の筋肉には心室筋や心房筋などが存在するが、心不全を治すためには心室筋が必要となる。また、心筋細胞は大量に移植する必要があるため「高純度の心筋細胞を製造することができるか」も重要なポイントだ。さらに「移植後の生着率改善」、「移植心筋に伴う免疫拒絶の最小化」、「移植に伴う心筋局所の障害・炎症の抑制」についても克服すべき点であった。

心室筋細胞特異的分化誘導、心筋細胞の純化精製に成功

そこで我々は、京都大学iPS細胞研究所CiRA(サイラ)で作製された、日本人最頻度HLAを父・母両方に持つハプロタイプホモiPS細胞を用いて、前出の課題を解決すべく研究を実施した。

我々はまず、心室筋細胞の選択的培養に取り組んだ。これまではiPS細胞から再生心筋細胞を作製する際、心室筋と心房筋が混在してしまうケースが多く、これでは心臓に移植することができなかった。そこで我々は、心室筋特異的心筋と心房筋特異的心筋を作り分けることに成功した。

次に課題となったのは、心筋細胞だけを純化精製することだ。心筋細胞に残存する未分化iPS細胞や非心筋細胞が移植されると奇形腫ができてしまうため、心筋細胞だけを移植する必要がある。そこで、未分化iPS細胞と非心筋細胞のみが死滅し、心筋細胞は生き残れる特殊な培養液を作ることができれば、心筋細胞の純化精製に成功するのではないかと考えた。

そして着目したのが、各細胞が持つエネルギー代謝の違いだ。iPS細胞などの多くの細胞はエネルギー源としてブドウ糖とグルタミンを使っているため、培養液からこれらを抜くと死滅する。ところがこうした状況でも、心筋細胞は細胞内に乳酸があればATPを合成でき、生き続けることができる。この性質を利用して、ブドウ糖とグルタミンを抜き、乳酸を添加した培地で細胞を培養することで、心筋細胞だけを純化精製することに成功したのである。

生着率を向上させる「心筋球」移植

続いての課題は、移植心筋の生着率だ。従来は心筋細胞をばらばらの状態で移植していたが、その方法では細胞が死滅したり、移植した針穴から漏れ出したりして、移植心筋の生着率は最大3%と非常に低い確率だった。

そこで生着率を高めるために、マイクロウェルプレートを用いて約1,000個の心筋細胞を1つの塊にした「心筋球」を作り出した。心筋球を移植することで、細胞表面の細胞外マトリックスや細胞接着因子、イオンチャネルなどが損傷されないまま移植でき、生着率は大きく向上した。

実際にマウスに移植された心筋球は、生着とともに細胞質が肥大化することが示された。

また、免疫不全マウスへヒト再生心筋を移植した研究では、細胞質が肥大するだけでなく、移植後4か月時点で移植組織にバスキュラーネットワークが形成され、ホストであるマウス側の細胞から血流が供給されていることも明らかとなったのである。

下図の上段はマウス再生心筋細胞をマウス心臓に移植したものである。Pre、3wk、8wkはそれぞれ移植前、移植3週後、移植8週後を示す。心筋球の形で移植した心筋はホストの心筋組織内に集簇して生着し、生着率も高い。また、移植当初は小型の心筋であったものが、時間経過とともに生理的に肥大していることが観察されている。

下図の下段左は、ヒトES細胞から作製した心筋細胞を心筋球の形にしたものである。心筋球1個は約1,000個の心筋細胞から構成されている。下段中央と右は免疫不全マウスに移植したヒト再生心筋である。赤色色素で標識されたヒト再生心筋はきれいに生着している様子が観察されている。

福田氏講演資料(提供:福田氏)

均一な移植を実現「高密度移植針」の開発

移植に用いるデバイス「高密度移植針」も開発している。通常の注射針は先端に刃が付いているため、組織に刺入すると血管組織が切断され、出血を伴う。開発した移植針は、先端が鍼灸の針のような盲端の形状となっており、細胞の射出口に6か所の側孔がある。この移植針を3本程度平行に配置し、針孔同士が組織内で連結しないような構造とした。この方法により心筋球を移植すると、刺入孔からの出血を最小限にでき、心筋球の漏出も抑制できるのだ。

福田氏講演資料(提供:福田氏)

再生心筋球移植に適した時期と今後の展望

これまで、ES/iPS細胞由来心筋細胞を移植後、早期に不整脈を生じるという結果が複数報告されてきた。一方、我々が実施したカニクイザルへのヒトiPS細胞由来心筋球移植では、5匹中1匹にだけ上室性頻拍(SVT)が生じ、その持続時間もわずか9分であった。この結果は、前述までに紹介した複数の技術開発によるものだと考えている。

それでは心不全のステージ分類において、再生心筋球移植はどの段階で実施すべきなのだろうか。一般的に心臓移植は、心不全の末期といえる段階(ステージD)で行われる。それよりも一歩手前の「ステージC」の段階で再生心筋球を移植することで、心不全の増悪を防いでいきたいと考えている。

近々、虚血性心疾患に対するiPS細胞由来心筋球の移植に関する治験(LAPiS試験)が開始予定だ(概要は下図)。患者のリクルートを進めており、いずれ成果を発表できればと考えている。


福田氏講演資料(提供:福田氏)

虚血性心疾患に伴う心不全に対する再生心筋細胞移植治験の概念図。冠動脈バイパス術と同時に心筋細胞移植を実施する。術後急性期には虚血改善の効果が観察されるが、移植心筋は時間経過とともに肥大していくため、心筋再生の効果は時間経過とともに向上すると考えられる。

講演のまとめ

心不全に対する心臓再生医療への期待

  • 移植した心筋細胞は、ホストの心筋と同期して収縮力の改善に寄与する
  • 心筋球移植・移植デバイスの開発による壊死心筋の減少や炎症の最小化によって、高い生着率および長期生着が実現可能となる
  • 多能性幹細胞由来製品で課題となっていた造腫瘍性を心筋細胞の純化精製により克服した
  • 心筋細胞の直接移植における不整脈の懸念に対しては、高純度の心室筋細胞移植や移植時の炎症低減により克服しつつある

会員登録をすると、
記事全文が読めるページに遷移できます。

会員登録して全文を読む

医師について

新着記事