2022年09月01日掲載
医師・歯科医師限定

【第7回日本肺高血圧・肺循環学会レポート】膠原病性肺動脈性肺高血圧症の病態形成をIL-6シグナルから考える(3400字)

2022年09月01日掲載
医師・歯科医師限定

国立循環器病研究センター研究所 血管生理学部 部長

中岡 良和先生

現在、肺高血圧症の治療に用いられる主な薬剤は肺血管拡張薬である。膠原病性肺動脈性肺高血圧症では、膠原病の疾患活動性があれば免疫抑制療法が行われるが、治療反応性に乏しい場合もある。膠原病性肺動脈性肺高血圧症の予後改善には新たな治療薬が求められており、そのためには適切なモデル動物の開発が必要である。

中岡 良和氏(国立循環器病研究センター研究所 血管生理学部 部長)は、第7回日本肺高血圧・肺循環学会学術集会(2022年7月2日~3日)で行われたシンポジウム「肺高血圧症の基礎研究」において、同氏らが取り組んでいる、新たな膠原病性肺動脈性肺高血圧症モデル動物の開発状況について、IL-6シグナルとの関連を中心に紹介した。

肺動脈性肺高血圧症の分類と予後:モデル動物開発の必要性

肺動脈性肺高血圧症(pulmonary arterial hypertension:PAH)は、遺伝性素因に炎症や化学物質の曝露などの外的要因が加わり、肺動脈遠位部にリモデリングを生じることで発症する。肺高血圧症臨床分類(ニース分類2013年)により、特発性、遺伝性、薬物・毒物誘発性、各種疾患に伴うPAHに分類され、膠原病性PAHは各種疾患に伴うPAHに含まれる。

中岡氏講演資料(提供:中岡氏)/Simonneau G, et al. J Am Coll Cardiol . 2013; 62(25 Suppl): D34-41より引用改変

現在PAHの治療に用いられる薬剤には、プロスタグランジンI2(prostaglandin I2:PGI2)経路に作用するPGI2製剤、一酸化窒素経路に作用するホスホジエステラーゼ5(phosphodiesterase 5:PDE5)阻害薬と可溶型グアニレートシクラーゼ(soluble guanylyl cyclase:sGC)刺激薬、エンドセリン経路に作用するエンドセリン受容体拮抗薬の3系統がある。いずれも肺動脈平滑筋の収縮弛緩を治療標的とする肺動脈拡張薬であるため、これらの薬剤で病状が改善しない場合は異なる作用機序の薬剤が必要と考えられる。実際に特発性・遺伝性PAH患者を対象とした検討で、肺動脈拡張薬に治療抵抗性で平均肺動脈圧が低下しない場合には、予後不良であることが示されている。 

中岡氏講演資料(提供:中岡氏)/Ogawa A, et al. Am J Cardiol. 2017 ; 119(9): 1479-1484

さらに、膠原病性PAHは、特発性・遺伝性PAHよりも予後不良とされる。PAHを呈する膠原病として、欧米では強皮症が最多であるが、日本を含むアジアでは混合性結合組織病や全身性エリテマトーデス(Systemic lupus erythematosus:SLE)が多く、シェーグレン症候群も少なくない。またSLEによるPAHでは、SLEの疾患活動性がある場合は免疫抑制療法が有効であることが示されている。そのため本邦の肺高血圧症治療ガイドラインでは、膠原病性PAHの治療指針として、膠原病の疾患活動性があれば免疫抑制療法を行い、その後に肺動脈拡張薬を用いるよう示されている。一方、強皮症によるPAHでは免疫抑制療法への反応性が乏しく、膠原病性PAHの中でももっとも予後不良とされる。強皮症を含む膠原病性PAHの予後改善には新たな治療薬が求められており、そのためには適切な膠原病性PAHモデル動物の開発が必要である。

IL-6によるPAHの病態形成

Interleukin-6(IL-6)は多面的な機能を有する炎症性サイトカインであり、生物学的製剤や抗IL-6受容体抗体、Janus kinase(JAK)阻害薬など、IL-6シグナルを標的とするさまざまな薬剤が開発されている。そのうち、抗IL-6受容体抗体であるトシリズマブは、2008年に関節リウマチ、若年性特発性関節炎に対して保険適用となった薬剤である。中岡氏らは、高安動脈炎患者を対象としたTakayasu arteritis treated with Tocilizumab(TAKT)試験において、トシリズマブがプラセボと比較して、ステロイド漸減に伴う高安動脈炎の再発を抑制する傾向を報告した。本試験の結果もあり、トシリズマブは2017年に高安動脈炎、巨細胞性動脈炎に対する効能・効果が追加承認された。さらに血管炎症候群の診療ガイドライン2017年改訂版でも、ステロイド治療抵抗性の高安動脈炎に対するトシリズマブの使用が高いレベルで推奨されている(推奨クラスI、エビデンスレベルB)。また2022年には、COVID-19による重症肺炎にもトシリズマブが保険適用となった。

特発性PAH患者では、血中IL-6値が上昇することが報告されている。モデル動物でも低酸素誘発性肺高血症マウスにおいて、低酸素負荷後2日目をピークとして肺の内皮細胞・平滑筋細胞でIL-6のmRNAが上昇し、1週間後には低下して基礎値のレベルまで戻るとの報告がある。さらに、マウス版トシリズマブであるMR16-1を投与してIL-6シグナルを抑制すると、低酸素負荷による肺高血圧症の誘発が抑制された。またIL-6の下流では、Th17細胞から分泌されるIL-21が、肺高血圧症の病態形成において重要であることが明らかにされている。

中岡氏講演資料(提供:中岡氏)/Hashimoto-Kataoka T, et al. Proc Natl Acad Sci U S A. 2015; 112(20): E2677-2686

新たな膠原病性PAHモデルマウスの開発:プリスタン/低酸素マウス

現在利用可能なPAHマウスモデルは、肺実質の炎症(間質性肺炎)が認められず、肺の内皮細胞・平滑筋細胞の炎症も長期間持続せず、膠原病性PAHとは類似していない。そのため、膠原病病態を反映した新たなPAHマウスモデルの開発が必要とされている。

プリスタン(飽和テルペノイドアルカン)は鮫肝油や鉱油から得られる油状の液体で、SLEマウスモデルの作製にも用いられている。さらにヒトのSLEの病態とも関与することが、疫学研究の結果として示されている。このプリスタンをマウスに投与して肺胞出血を誘導し、4週間後に生存したマウスに低酸素負荷を加えて作成したのがプリスタン/低酸素(Pristane/Hypoxia:PriHx)マウスである。PriHxマウスは、プリスタン投与単独または低酸素負荷単独のマウスよりも肺実質の傷害が強く、右室収縮期圧の上昇、肺血管中膜肥厚の進行、右室/左室中隔重量比の上昇といった肺高血圧症の病態増悪が認められ、線維化関連遺伝子・炎症関連遺伝子の発現も亢進していた。さらにマウス版トシリズマブのMR16-1をPriHxマウスに投与すると、右室収縮期圧と右室/左室中隔重量比の低下が認められたことから、PriHxマウスの病態形成にはIL-6の産生亢進が関与していると考えられる。すなわちPriHxマウスは肺高血圧病態に、肺の炎症病態・線維化病態を伴っているため、新たな膠原病性PAHマウスモデルとして期待される。

最重症の肺高血圧症モデル動物:SU5416/低酸素ラットモデル

肺高血圧症モデル動物のうち、血管内皮細胞増殖因子受容体-2阻害薬であるSugen5416を投与して低酸素負荷を行ったSU5416/低酸素(SU5416/hypoxia:SuHx)ラットモデルは、最重症の肺高血圧症病態を呈する。この重症化のメカニズムには、環境ホルモン受容体として知られるアリルハイドロカーボン受容体(Aryl Hydrocarbon Receptor:AHR)の活性化が関与することが示されている

一方、IL-6ノックアウトラットでは、SuHxモデルの肺高血圧症病態形成が顕著に抑制される実験結果も認められている。

新たな膠原病性PAHモデル動物の開発:Regnase-1ノックアウトマウス

Regnase-1は、IL-6などのサイトカインの3’ untranslated region(UTR)を認識して分解するリボヌクレアーゼで、炎症のブレーキとなる。Regnase-1ノックアウトマウスでは、IL-6の産生が遷延かつ亢進し、脾腫・リンパ節腫大を呈して15週以内に死亡すること、血清中の免疫グロブリンおよび抗dsDNA抗体が上昇し、肺胞の隔壁も肥厚することが示されている。また、PAH患者における末梢血単核球細胞のRegnase-1発現は、健常ボランティアと比べて有意に低下しており、Regnase-1発現の低い群は高い群よりも、死亡・肺移植・心不全入院の複合イベント発症率が上昇することも報告されている。さらに膠原病性PAHでは、重症度・病態とRegnase-1発現低下との相関関係が強く認められる。

そこで、自然免疫系細胞でRegnase-1遺伝子をノックアウトしたマウスを作成したところ、低酸素や薬物の負荷なく重症PAHの表現型が自然発症して予後不良であった。このRegnase-1欠損マウスの肺胞マクロファージでは、IL-6、IL-1、血小板由来成長因子(platelet-derived growth factor:PDGF)の遺伝子発現が亢進しており、これらがPAH病態の発症に関与していると考えられる。さらに、それぞれの遺伝子の3’UTRをLuciferaseに組み合わせて評価した結果、IL-6、IL-1α、PDGF-A、PDGF-BなどがRegnase-1により分解制御される標的遺伝子であることが示唆された。そのためRegnase-1ノックアウトマウスにおいて、これらのシグナルの拮抗薬を投与する治療実験を行ったところ、MR16-1によるIL-6阻害とイマチニブによるPDGF受容体阻害により、PAH病態の改善が認められた。

以上より、平常時には肺胞マクロファージでRegnase-1が、IL-6やPDGFなどのmRNAの過剰産生を抑制しており、これが破綻すると末梢血ではRegnase-1の発現が低下し、炎症反応がブーストして肺動脈の閉塞病変を生じると考えられる。このRegnase-1ノックアウトマウスも、重要な膠原病性PAHモデル動物として期待される。 

中岡氏講演資料(提供:中岡氏)

講演のまとめ

  • 現在利用可能なPAHマウスモデル(低酸素誘発性肺高血症マウス、SuHxラットモデル)は、膠原病病態を反映していない
  • プリスタンを投与して低酸素負荷を行ったPriHxマウスは、肺高血圧病態に肺の炎症病態・線維化病態を伴っている
  • IL-6のmRNAを分解制御するRegnase-1をノックアウトしたマウスでは、炎症反応が増幅して膠原病性PAHの病態を自然発症する
  • PriHxマウスおよびRegnase-1ノックアウトマウスはいずれも、新たな膠原病性PAHモデル動物として期待される

会員登録をすると、
記事全文が読めるページに遷移できます。

会員登録して全文を読む

医師について

新着記事