2022年04月28日掲載
医師・歯科医師限定

【第80回日本癌学会レポート】EGFR阻害剤に対する耐性機序の研究――ノーベル賞受賞のゲノム編集「CRISPR-Cas9」を使った予想外の発見とは(3500字)

2022年04月28日掲載
医師・歯科医師限定

国立がん研究センター研究所 分子病理分野

小林 祥久先生

EGFR遺伝子変異を持つ肺がんには、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤オシメルチニブが標準治療とされているものの、約1〜2年で耐性を獲得してしまうという課題がある。小林 祥久氏(国立がん研究センター研究所)は、第80回日本癌学会学術総会(2021年9月30日~10月2日)の中で、ゲノム編集技術「CRISPR-Cas9」を用いた薬剤耐性機序の解明について解説した。

マウスIL-3依存性pro-B細胞株Ba/F3を用いた従来の方法

従来我々は、EGFR阻害剤の治療効果を確認する手段として、マウスのpro-B細胞株Ba/F3を主に用いてきた。Ba/F3の生存にはIL-3が必須であるため、IL-3を使用することなく培養すると3日で死滅する。このマウスにウイルスベクターを用いてEGFR遺伝子変異のコーディング領域を強制発現させることで、EGFRのみに依存し増殖するモデルを作製することが可能だ。

さらに、このモデルにN-ethyl-N-nitrosourea(ENU)という点突然変異を誘導する発がん物質を追加すると、通常1~2年で起こる薬剤耐性を短縮させることができる。実際我々は、たった1時間でエルロチニブやアファチニブに対する薬剤耐性を発現させるT790M変異モデルを作製することに成功している。これによって非常に早いスピードで実験ができ、各世代のEGFR阻害剤に対する網羅的な薬剤感受性一覧を短時間で示すことができる。また、各EGFR阻害剤にどのような耐性の二次変異が起こるのか、さらに耐性二次変異を克服する方法を示すことも可能だ。なお、Ba/F3にENUを追加する手法は、EGFR以外にもHER2METKRASなどの遺伝子研究にも有用だ。

CRISPR-Cas9システムを用いた新しい方法

2020年にノーベル化学賞を獲得したゲノム編集技術CRISPR-Cas9によって、特定のDNA配列を切断することが可能になった。我々はこのCRISPR-Cas9システムを応用して、前述のBa/F3のようなシンプルなモデルをヒト肺腺がん細胞株PC-9で作製することを試みた。

EGFR遺伝子変異PC-9細胞は、EGFRに依存して増殖し、EGFR阻害剤によって死滅する。そこで我々は、CRISPR-Cas9システムを用いて内因性の融合遺伝子を作製し、EGFR阻害剤に耐性を示すモデルを作製した。通常EGFR遺伝子変異や融合遺伝子といったドライバー遺伝子は相互排他的であり、同一患者の同一の腫瘍にみられることはない。しかしながらCRISPR-Cas9システムを応用することで、2個目のドライバー遺伝子が獲得でき、融合遺伝子のみに反応を示すモデルを作ることが可能だという。これを使用することで、CCDC6-RETESYT2-BRAFFGFR3-TACC3といった融合遺伝子を標的とする治療薬に対する薬剤感受性を解析することが可能となる。なお融合遺伝子は、その融合機序から逆位(Inversion)、欠失(Deletion)、重複(Duplication)などに分類されるが、いずれもCRISPR-Cas9システムを用いた作製が可能だ。

実際の臨床現場では、EGFR阻害剤と融合遺伝子を標的とする治療薬を併用した治療が試みられる。興味深い点は、CRISPR-Cas9システムで作製したモデルでは、このような併用療法に対する薬剤耐性獲得機序を解明できることだ。具体的には、融合遺伝子側の耐性機序、EGFR側の耐性機序、さらに共通の下流経路の変異など、さまざまな機序を解析することができる。

たとえば、タンキラーゼ阻害剤やTEAD阻害剤は、従来YAP1遺伝子の間接的な標的薬とされていたが、遺伝子増幅モデルに関しては効果が認められていなかった。しかしながら、CRISPR-Cas9システムの応用によって、オーロラ・キナーゼ阻害剤がYAP1遺伝子の発現だけでなく、転写後のタンパクを抑制するという機序が解明された。このように、CRISPR-Cas9システムは複雑なシグナル相互作用の解明を可能にすることができる画期的なゲノム編集技術である。

CRISPR-Cas9システムを用いた点変異モデルの作製

CRISPR-Cas9システムでは、トリプルミュータントのモデルを作製することも可能だ。今回我々が元々のEGFR L858R変異に加えて、T790MとC797Sという2つの耐性変異を併せ持つモデルで薬剤効果を検証したところ、標準治療とされている第3世代オシメルチニブでは効果がみられず、新薬である第4世代アロステリック阻害剤で効果を示し、さらにオシメルチニブを上乗せすることで、より高い効果が認められた。このように、CRISPR-Cas9システムは、新薬開発にも有用である。

出典:Ciric To,et al. Nature Cancer. 2022 Apr;3(4):402-417.

小林氏講演資料(提供:小林氏)

さらに、CRISPR-Cas9システムを用いて解析をしていると、予想もしなかった発見に遭遇することもある。その一例を紹介する。

EGFR阻害剤に耐性となった実際の臨床検体で検出されたBRAF V600E、KRAS G12C、KRAS G12D、KRAS Q61K、KRAS A146Tの耐性機序としての役割を調べるため、我々はCRISPR-Cas9システムを用いてこれら5つの点変異をEGFR変異のある細胞株PC-9で起こすことで、実際の患者さんに起こったイベントを再現しようと試みた。ゲノム編集をしたバルク細胞をEGFR阻害剤オシメルチニブに1週間さらしたところ、BRAF V600EやKRAS G12C、G12Dでは耐性クローンが確認された一方で、KRAS Q61KやA146Tではまだ確認されず、その後耐性クローンの出現までに3週間を要することが分かった。

出典:Yoshihisa Kobayashi,et al. Nature. 2022 Mar;603(7900):335-342.

小林氏講演資料(提供:小林氏)

シングルクローンに対する薬剤感受性試験では、親株PC9ではオシメルチニブによって約8割の増殖抑制効果がみられた一方で、BRAF V600Eでは非常に強い耐性を示した。KRAS G12DやA146Tは強い耐性、G12Cは比較的弱い耐性であった。そして意外にも、肺がんだけでなくほかのがん種でも数多くみられるKRAS Q61Kでは、まったく耐性を示さないという非常に不自然な結果が示された。

そこで、より客観的なデータを得るために、バルク細胞に対して次世代シーケンシング(NGS)解析を行った。結果、KRAS G12C、G12Dでは、CRISPR-Cas9システムによるゲノム編集後のベースライン時でも10%程度の遺伝子変異が検出され、その後経時的に50%、80%と期待どおりの対立遺伝子頻度上昇が確認された。KRAS A146Tは、ベースライン時の対立遺伝子頻度は低かったものの、経時的な上昇がみられたことから耐性を獲得したといえる。一方KRAS Q61Kではむしろ下降しており、耐性を獲得しないことが示唆されたが、予想外にQ61Kに加えてG60Gサイレント突然変異も同時に起こった亜集団では、対立遺伝子頻度の上昇が確認されたのである。このサイレント変異は元々ドナーテンプレートに設計していなかったことから、CRISPR-Cas9システムによる切断が行われた際の偶然のエラーによってすぐ隣のG60Gで遺伝子変異が起こったサブクローンが顕在化してきたと考えられた。

そこで、あらためてQ61K+G60Gサイレント変異をドナーテンプレートに入れてモデルを作製したところ、ポジティブ・コントロールとしてのKRAS Q61Hとともに対立遺伝子頻度の上昇が認められた。一方、Q61KなしでG60Gサイレント変異のみを3種類「TからA」「TからC」「TからG」起こしたモデルに関しても解析したが、上昇はまったくみられなかった。結論として、KRAS Q61Kが薬剤耐性を示すには、すぐ隣にあるG60Gのサイレント突然変異が必須であることを偶然にも発見できたのである。

より詳細にシングルクローンで解析したところ、サイレント突然変異がないKRAS Q61Kと親株のPC-9では耐性がみられず、ポジティブ・コントロールのKRAS Q61Hとサイレント突然変異を起こしたKRAS GQ60GKでは、非常に強い薬剤耐性がみられた。

さらにKRAS GQ60GKでは、オシメルチニブ治療に対してpERKのフィードバックが起こりアポトーシスが阻害されていた。また、GTP-RAS(活性型RAS)の発現は、Q61K単独では低かったが、GQ60GKではポジティブ・コントロールのKRAS G12Dと同等に高かった。しかしながら、今回使用したモデルはEGFR遺伝子変異PC9細胞であるため、KRASの上流にあるEGFRからのシグナルによってデータが見にくくなっている可能性が考えられた。そこでオシメルチニブ存在下のデータを解析したところ、サイレント突然変異によってGTP-RASが非常に強く発現することが再確認された。特許の関係上、この先の機序解明と臨床応用のデータは現時点では公開できないが、従来の方法ではこのような発見は不可能であり、CRISPR-Cas9システムによる偶然の発見となった。

*本研究結果は2022年3月2日付(日本時間3月3日)にNatureにて掲載された

講演のまとめ

  • Ba/F3にENUを追加した従来モデルはEGFRの耐性二次変異の研究に非常に便利なモデルである
  • CRISPR-Cas9システムの応用によって、2つのドライバー遺伝子を持つモデルや、融合遺伝子などを人工的に作製することが可能となり、さまざまな種類の薬剤耐性を明らかにすることが可能となる
  • CRISPR-Cas9システムは、従来の手法であれば見つけることが不可能であった発見を可能とし、さらにはそのバイオロジーを明らかにする可能性も秘めた驚くべきテクノロジーである

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