2022年08月05日掲載
医師・歯科医師限定

【第53回日本動脈硬化学会レポート】重症COVID-19における血栓症と抗凝固療法――ROTEMの有用性に関する検討(4300字)

2022年08月05日掲載
医師・歯科医師限定

名古屋大学医学部附属病院 循環器内科 病院助教

平岩 宏章先生

重症COVID-19患者の凝固異常に対する抗凝固療法は国際血栓止血学会でも推奨されているが、内容や用量についてはさまざまな報告がある。現時点では不明瞭な点や課題も多い。平岩 宏章氏(名古屋大学医学部附属病院 循環器内科 病院助教)は、第53回日本動脈硬化学会総会・学術集会(2021年10月23~24日・国立京都国際会館)のシンポジウムにおいて、重症COVID-19患者の血栓症に対する抗凝固療法について講演を行った。

COVID-19の抗凝固療法――臨床試験の報告

国際血栓止血学会は重症COVID-19の凝固異常に対し、本邦で保険適用となっている未分画ヘパリンではなく、低分子量ヘパリンを推奨している。一方、重症COVID-19の凝固異常に対し、予防的投与量では未分画ヘパリン・低分子量ヘパリンともに効果不十分と報告されている。さらに治療用量の投与については、低分子量ヘパリンは効果不十分という報告はあるが、未分画ヘパリンに関する報告はない。

未分画ヘパリンは効果のモニタリングが必要とされている。ヘパリンの効果をモニタリングするにあたり、国際的にはAPTTの信頼性は低く、第Xa因子活性を測定すべきとの意見もある。しかし本邦で保険適用があり、臨床使用可能な指標はAPTTのみである。なお、ROTEM(rotational thromboelastometry)をはじめとするトロンボエラストグラフィの使用はCOVID-19に対して適用がない。

COVID-19の抗凝固療法に関するいくつかの臨床試験では、非重症COVID-19患者に対する治療用量での未分画ヘパリンの使用は、通常用量での使用と比較して院内死亡などのハードエンドポイントの改善に有効であることが示唆されている。一方、重症COVID-19患者に対しては、治療用量と通常用量で生存効果に有意差はみられず、血栓症のハイリスク群をD-dimer値で層別化した場合も、同様の結果であった。なお低分子ヘパリンを使用した場合は、治療用量で死亡や血栓症は減少した。

それでは、重症COVID-19に対する治療的抗凝固療法について、死亡や血栓症の回避に対する有効性は本当にないのだろうか。この疑問に対し、我々は2つの可能性を考えている。1つは「病態に対して治療が不十分である可能性」である。たとえば、すでに血栓が十分生じて手遅れになっている場合や、過凝固状態が生じており高用量が必要である場合が考えられる。

もう1つは「ヘパリンが効かない病態が存在する可能性」である。異なる機序による血栓形成、未分画ヘパリンと低分子量ヘパリンの違いなどを考慮する必要がある。我々は、これらの可能性を踏まえて、現在、中等症から重症COVID-19に対して未分画ヘパリンによる治療的抗凝固療法を行っている。理由は以下の4つである。

  • そもそも本邦では未分画ヘパリンしか保険適用でない
  • 初めから治療的抗凝固療法を行うことで、重症な血栓症リスクが減少する可能性がある
  • 未分画ヘパリンは低分子量ヘパリンよりも調節性があるので、重大な出血性イベントが起こりにくい
  • 中等症から重症COVID-19では有効と思われるサブタイプが存在する


抗凝固療法のモニタリングをするうえでは、APTTの有用性を検討することも重要である。重症COVID-19においてAPTT比の延長がどのような凝固状態を反映しているのか、未分画ヘパリンをAPTTガイド下で使用することで血栓症の新規発症を防ぐことはできるのかという疑問を解決していく必要がある。

当院における重症COVID-19と血栓症の診療実態

当院ではCOVID-19の第1波の際、深部静脈血栓症(DVT)の予防用量でヘパリンを投与していた。しかし、血栓症予防に対する効果は不十分という報告が散見されるようになったため、途中から治療用量に増量した。重症COVID-19で特に問題となる重大な血栓症は(1)ECMO関連の血栓症(2)脳梗塞(3)肺血栓塞栓症の3つである。それぞれについて、当院で経験した症例を紹介する。

症例1――ECMO関連の血栓症

VV-ECMO回路内の血栓形成が非常に激しく、凝固因子の消費が激しくなり、回路交換を必要とした。ECMO離脱時には大量の新鮮凍結血漿とフィブリノゲン製剤を要した。管理中のAPTT比は1.8〜2.5で維持できていたが、著明な血栓形成を認めた。

症例2――脳梗塞

6日間の挿管人工呼吸器管理を経て抜管したが、その後右上下肢の麻痺が出現し、左脳梗塞を認めた。心房細動は認めておらず、発症前のAPTT比は1.5〜2.5で維持できていた。より積極的な抗凝固療法の必要性を痛感した症例であった。

症例3――肺血栓塞栓症

急激に酸素化が低下し造影CTを施行したところ、肺血栓塞栓症と肺血流の低下を認めた。治療開始時から治療用量の未分画ヘパリンを使用しており、APTT比は2.0〜2.7を維持していた。10日後も広範囲の肺血流低下が残存しており、その後も酸素化の改善を認めず死亡退院した。APTT比が治療域に達していても血栓症を防ぐことはできなかった。

重症COVID-19における呼吸パラメータと凝固指標の関連

我々は、挿管人工呼吸器管理を必要とする重症COVID-19患者31名を対象に、人工呼吸器からの離脱のタイミングに関するパラメータと時間経過の特徴を調査した。

肺コンプライアンスを見たところ、人工呼吸器管理5日目を境に、早期人工呼吸器離脱群と人工呼吸器期間延長群の間で異なる傾向を示した。早期離脱群ではそのまま改善傾向を認めたのに対し、延長群では肺コンプライアンスの低下を認めた(下図左上)。一方、換気比は早期離脱群より延長群のほうが高いという傾向を示した。人工呼吸管理中の換気比の増加傾向は、両群で約2週間程度まで観察された(下図右上)。

赤が人工呼吸器期間延長群(N=11)、青が早期人工呼吸器離脱群(N=20)

Kasugai D, et al. J Clin Med. 2021 Jun 6;10(11):2513.より引用

下図は凝固指標の推移である。未分画ヘパリンの治療用量でAPTT比の目標設定値を1.5〜2.5としていたが、延長群ではD-dimerとFDPのレベルが徐々に増加した。AT3レベルは14日目まで消費性に減少を認めた。AT3レベルの低下とTATの持続的な高値から、治療中のトロンビン活性の制御が不十分であることが示唆された。

赤が人工呼吸器期間延長群(N=11)、青が早期人工呼吸器離脱群(N=20)

Kasugai D, et al. J Clin Med. 2021 Jun 6;10(11):2513.より引用
延長群では早期離脱群と比較して、換気比が高いにもかかわらず肺コンプライアンス低下が示されたという結果から、重症COVID-19では肺の微小血栓塞栓症と肺線維化という2つの病態関与が示唆された。換気比が上昇する理由として、微小血栓が生じることによる肺の末梢領域の血流低下と生理学的な死腔の増加が考えられた。

以上から、重症COVID-19において、APTTガイド下の未分画ヘパリンによる抗凝固療法では血栓症は制御できない可能性が示唆された。さらに、ヘパリン使用前からすでにAPTT比が延長している症例もある。重症COVID-19の28例の約半数で、未分画ヘパリン使用前のAPTT比延長を認めており、2.0を超えるような症例も認めた。このことから、そもそもAPTT比を治療の指標として使用できるかは疑問であるといえる。

重症COVID-19におけるROTEM測定の意義

我々は、重症COVID-19患者における凝固能や凝固因子の評価方法としてROTEMに着目した。ROTEMは全血を用いて血液の粘弾性を評価する検査である。従来の検査で分かる凝固開始までの時間に加えて、血餅ができるスピードや血餅の硬さと大きさ、血餅が溶けるスピードを評価できる。フィブリノゲンや血小板、凝固因子など、血中に不足している因子も調査可能である。

ROTEMによる予備的研究における少数の解析では、重症COVID-19患者は健常者と比較して、血餅形成開始までの時間(CT)が短く、血餅形成開始から20mm幅に達する時間(CFT)が短く、血餅振幅の最大値(MCF)が大きく減衰しにくいという特徴を認めた。

またAPTT比が延長した重症COVID-19症例において、過凝固がコントロールされているかを見るためにROTEM測定を行った。APTT比は患者1が2.7、患者2が4.8であった。患者2では、患者1に比べて凝固開始までの時間が長く血餅振幅が小さいという結果が得られ、異なる特徴を認めた。

平岩氏講演資料(提供:平岩氏)

重症COVID-19に対するROTEMの有用性について、血栓症発症の予測能は高いとされている。一方で、出血の予測能や止血能の評価に関する報告はない。また、COVID-19患者に対して治療的な抗凝固療法を行った場合、出血リスクは2.7%~21.4%に至るという報告もある。

今後はROTEMを使用した適切な抗凝固モニタリングが可能か、血栓症と出血の両方を減少させることができるか、未分画ヘパリンでも有用かなど、さらなる調査が必要である。調査結果によっては、重症COVID-19患者に対して、ROTEMでヘパリン投与量を決定して治療することが可能になるだろう。

現在、名古屋大学医学部附属病院 救急科(春日井 大介 病院助教)を中心に、年度事業として「重症新型コロナウイルス感染症の多発微小肺血栓塞栓症に対する治療を開発するための臨床試験体制の確立」という多施設共同の前向き観察研究を行っている(登録は2022年3月で終了)。当院をはじめ、東海地区を中心とした約20施設において、中等症から重症COVID-19を対象にCOVID-19による凝固亢進状態の評価や、重症化の予測に結びつけるための基盤となる研究である。

講演のまとめ

  • 重症COVID-19に対する未分画ヘパリンを用いたAPTTガイド下の治療的抗凝固療法は、血栓症の発症を予防するのには不十分な可能性がある
  • APTT比は未分画ヘパリンの投与量の設計に適切でない可能性があるものの、現在我々は他の選択肢は持ち合わせていない
  • ROTEMによる血液粘弾性検査は過凝固状態を検出でき、血栓症の予測に有用であることが示されている
  • ROTEMは、重症COVID-19における凝固・線溶系のモニタリングや適切な抗凝固療法の設計に有用な可能性があり、今後さらなる研究を進めていく

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